オリシューとISヒロイン(ry 作:user
「おりしゅぅ……。わたしのこと、忘れないで…………」
「勿論だよ……、本音」
二人はひしと抱きしめ合った。
白けた視線に苦笑い、乾いた笑いが囲んでいる。
生木を裂くかのような別れだが、隣の部屋に移るだけなのだ。
引越しの手伝いに来た箒と一夏が、そうなるのは無理もない。
新顔であるシャルルは、とりあえず笑うしかなかった。
本音が1021号室に引越しをしてから、それなりの時間が経っている。運び出す物の一つ一つに思い出が込められており、まとめられ箱に入れられ運ばれていく都度に、本音はくすんくすんとべそをかいた。
その度にリーシュが慰めた。箒はそんなリーシュに怒った。一夏はそんな箒を宥めた。シャルルはやはり笑うしかなかった。
遅々として進まなかった引越し作業も、やがては終わるもの。
最後に抱き合い、手を振って隣室に消える本音を見送り、リーシュとシャルルは二人きりになった。
閉じた部屋に二人きりである。
他者の目はない。
シャルルには、リーシュに告白しなければならない事があった。
フランスは言わずと知れるヨーロッパの国家であり、リーシュの出身であるスイスとは隣国同士だ。当然、リーシュの評判は余すことなく知っている。
もしも告白してしまえばどうなってしまうのか。
シャルルには、確信にも似た予想があった。
真実を告げる許可を、実の父親から得ている。もちろん命令ではなく、要望ですらない。
告げるか告げないか、シャルルの心次第になっている。
まだ会って一日目だが、悪い人間には思えなかった。周囲の人間とも良好な関係を築いているように思える。
いいのだろうか。いいのではないか。嘘を吐いたままでいたくない。
だが、会ったばかりなのだ。相手が美麗なリーシュでも、会ったばかりと言うのはやはり。
シャルルの葛藤を他所に、リーシュはシャルルの正面に座って切り出した。
「シャルル・デュノア君。君の父親はフランスのISメーカー、デュノア社のデュノア社長で間違いないかな?」
リーシュからは、さっきまで本音と抱き合っていた雰囲気は微塵もなかった。
冷たいのか熱いのか、湖水の青と炎の赤がシャルルを見詰めていた。
シャルルは、リーシュの瞳に星空を幻視した。
満天の星空に包まれ、体が溶けていく眩暈にも似た感覚。
見据えられていた。
全てを見られている。
嘘は言えない。言っても見抜かれる。確信があった。
これが、彼が、リーシュ=オリオール。
「……やっぱり知ってたんだね。うん。ボクの父はデュノア社の社長、だよ」
フランスのIS企業であるデュノア社。フランスの代表候補生であるシャルル・デュノア。
IS、フランス、デュノア。極当たり前の帰結だった。
「君がIS学園に入学したのは社命か?」
「…………うん」
「目的は、と訊いても意味がないな。結論を伝えよう。俺はデュノア社以前に、IS産業へ出資するつもりはない」
シャルルは儚く笑った。
シャルルがIS学園に入学したのは、リーシュと接触するためだ。
ヨーロッパの人間なら誰でも知ってる財界の巨人。そのリーシュと接触を命じられたのだから、父であるデュノア社長の目的は、リーシュから投資を引き出すためと思われた。
現在のデュノア社は、IS開発の遅れにより経営危機に陥っている。それを回避したいがためのものだろう。
しかし、こちらから切り出す前に断られた。
シャルルがここにいる意味が、失われた瞬間だった。
「………………どうしてか、訊いてもいいかな?」
「それはデュノア社としての質問か? 君個人のものか?」
「ボク個人からの質問だよ」
リーシュは目を細め、シャルルを見詰める。
シャルルは居心地悪く固まるも、目を逸らさない。
数秒ほどそうしていると、リーシュは、ふっと息を吐いた。
息と同時に鋭さも抜けたようで、どこか投げやりに、まぁそうだろうな、と言った。
「いいか、シャル。現在ISのコアは幾つある?」
「…………えっと、467、かな?」
「かな? じゃないだろう、かな? じゃ。もっとはっきり答えろ」
「うぅ……ごめんなさい…………」
どうして叱られ、謝っているのか。
シャルルには理解できないし、疑問にも思えないほど自然だった。
「467機だ。たったの467だ。その内の三割以上が研究開発に使用され、稼動していない。残りは幾つだ?」
「ええ~っと、300と少し、です」
「…………で、答えはわかったか?」
わかるわけがなかった。
しゅんと俯き、上目遣いでリーシュを覗き見る。
リーシュの視線は冷たかった。
「わからない、です……」
「……………………パイが小さ過ぎる。ただでさえ低コストで生産できるISだ。仮に稼動状態にあるIS全てを毎年完全換装したとしても、市場規模が小さすぎてビジネスにならない。少し注いだだけで満杯になる器に、好き好んで投資するバカがいるか。ISの必要性は理解出来なくもないが、それは俺の仕事じゃない。あえて手を出すにせよ、広告塔以上の価値はない」
「はい……わかりました…………」
「それとシャル。お前は専用機を持ってるんだろ?」
「はい……持ってます。ラファール・リヴァイヴ――」
「名前なんてどうでもいい」
リーシュはひどかった。
「それはシャル個人の所有か?」
「……デュノア社のもの、です」
「付け加えれば、デュノア社所有のISはフランス政府が許可を出してるものだ。更に、フランスにあるISはIS委員会が分配したものになる。そんな紐付きに手を出すバカがどこにいる?」
シャルルのお父さんの会社がそうなんです。
余りの言いようだが反論できず、シャルルの目には涙が溜まっていった。
「細かな理由は他にもあるが、以上によって、俺は現状、ISに投資するつもりは一切ない。わかったか?」
「わかり、ました…………」
「その程度、少し調べればわかるはずだ。いいか、シャル。わかる、はず、だ」
「……………………はい……」
いつの間にか愛称で呼ばれていることにも気が付かず、シャルルは先ほどの本音のように、くすん、とべそをかいた。
目的が果たせない上にこの仕打ち。
覚えていた葛藤も全て、どうでもよくなってしまった。
どうせ自分に価値なんてない。
なるようになってしまえ、と。半ば自棄になり、シャルルは、
「実は! リーシュに聞いて欲しいことがあるんだ。実はボク――」
「待て」
シャルルは待った。
リーシュの『待て』に条件反射のように従ってしまった。
それから間もなくのことである。
ドアがノックされ、一夏がやってきた。
来たぜ、遅かったな、と交わし、シャルルがあっけに取られている間に準備が進んでいく。
和紙が貼られたライトブラウンのガラス瓶。
手の平サイズの木製の箱。蓋はなく、上部が開放されている。
それと、何故か、塩。
ガラス瓶の封を開け、傾ければ無色透明の液体が流れ落ち、小さな木箱に注がれていく。
鼻腔をくすぐる、甘い酒精が漂い始めた。
「ってこれ、アルコールじゃない!?」
ガラス瓶は一升瓶。
木の箱は一合枡。ちなみに、一合とは約180cc。十合で一升となる。
「シャルの歓迎会だ」
「数少ない男同士、仲良くしようぜ」
「フランスじゃワインが水代わりだろ」
塩は枡の縁に盛った。
日本酒のアテに塩。
渋すぎる17歳と15歳であった。
「シャルル・デュノア君のIS学園入学と」
「三人目の男性適合者を祝して」
『かんぱ~い』
「か、かんぱい」
一夏は塩を一舐めし、くい、と日本酒を煽る。姉に似たのか、15歳にして貫禄ある飲み方だった。
リーシュは少量を口に含み、舌で転がし味わっている。何度か飲み方を変え、確実に中身を減らしていく。
シャルルは恐る恐る、舐めるように飲んでいた。ワインを飲みなれていても、日本酒は初めてなのだ。
男子学生など、国が違っても、どこも似たようなものである。
シャルルがなんとか半分ほど減らしている間に、一夏は三度飲み干している。リーシュはその中間あたり。
飲み慣れていないせいもあるだろうが、シャルルの頬が一番赤く染まっていた。
男子生徒ならではの苦労を肴に、杯が進んでいく。
シャルルは曖昧に苦笑するしかなかった。
酔いが進んだか、一夏が刺激的な言葉を口にした。
「最近、なんだか箒が綺麗なんだよ」
「!?」
この男、ようやく箒の魅力に気が付いたのか。
箒と情を交わしたリーシュは、心中穏やかでない。箒を手放すつもりはないが、箒の幸せを考えるとどうするのが最善なのか。自身の感情と箒の幸せと、あらゆる状況を瞬時にシミュレートする。ちなみに、一夏の幸せはどうでもいい。男なら自分の足で立て、である。
「俺、思ったんだけど……。ああなってる千冬姉って見たことないんだ」
やはり一夏は一夏だった。
「今までは自分のことで精一杯だったから千冬姉のことに気付けなかったけど、もしかして千冬姉……………………。恋人とかいたことないんじゃ…………」
「…………そうか」
「………………………………」
リーシュは搾り出すように応え、シャルルは息を飲んだ。
「これってまずくないか? 千冬姉ってそろそろさん――」
「あ、あーーーーーっ! ボク、そろそろ眠くなっちゃったなぁ! フランスと日本って時差があるし、眠くなっちゃっても仕方ないよね!」
シャルルは本能で、知ってはいけない情報を遮断した。
ブリュンヒルデのそのような事情など、絶対に知ってはならない情報だ。
今日、ラウラが一撃で昏倒したのを、シャルルはよく覚えている。
「それもそうだな。入学初日で疲れたろうからゆっくり休んでくれ。ベッドはどっちを使っても良いぞ。今までは交互に使ってきたし」
一夏には言葉の意味がわからなかった。シャルルにはわかってしまった。どちらのベッドも使ったことがあると言うことは、どちらのベッドも使われたという事だ。
シャルルの顔に、酔い以外の赤が混じった。
妄想を振り払うように頭を振ると、余計に酔いが回ってきた。なんとか堪え、アイマスクを取り出してベッドに潜りこんだ。
シャルルが眠ってしまっても、二人の酒宴は続いていく。さすがに声量は絞ったが。
「今度、弾と久しぶりに会うことになってさ。リーシュも会ったことあるよな?」
「!! …………あぁ。俺が混じってもいいんだろ?」
「当たり前だろ。シャルルも誘って、男だけで遊びに行こうぜ」
リーシュの口角が釣り上がる。
次の休みの予定を埋めて、この日はお開きとなった。
一夏が退室したのを、寝た振りをしていたシャルルは察した。
アイマスクを外し、様子を窺うとリーシュはデスクに向かっている。
「あの、ね。リーシュに話したいことが――」
「後にしろ」
にべもない。
シャルルの決意は儚く折れた。しょんぼりとベッドに潜りこむ。
リーシュはバングルを起動し、友人へと通信していた。
「弾か? 俺だ、リーシュだ。…………ああ、一夏から聞いた。俺も行く。いいか、蘭ちゃんを連れて来い。俺とお前で抜け出す。二人きりになってもらう。…………そうだ。蘭ちゃんに伝えておいてくれ。今の一夏は虎に怯える子供だ。蘭ちゃんは猫になれ。子猫だ。当日のコーディネートも指示する。…………任せろ」
(この人はいったい何をやってるんだろう…………?)
翌日、夜。
寮に戻り、やはり二人きりになった。シャルルは食事も風呂も終え、今はリーシュが入っている。
今日こそ告白する。
もう自分を見限り、自棄になっているのを自覚していた。けども、風呂を終えて即告げることは出来なかった。それでは誘っているようにしか見えないし、いつ誰がやってくるかわからない。リーシュにだけ知らせるつもりなのだ。
リーシュが風呂から出て、誰もいない状況で、を想定して脳内シミュレーションに励んでいた。
その状況は誘ってることにしかならないと、シャルルは気付いていない。
誘うとは何を指すのか。シャルルにしかわからないことである。
脱衣所への扉が開き、きちんと体を拭いて、きちんと部屋着に着替えたリーシュが現れた。箒の教育の賜物である。
「あのね! リーシュに話したいことが――」
「入るぞ」
無情にもドアがノックされ、ラウラ・ボーデヴィッヒが入ってきた。
ラウラの服装は、何と言うかあれだった。
「ラウラさん……、その格好は?」
「これか? 男はこのような服装を好むと聞いている。どうだ?」
「…………」
「…………」
リーシュもシャルルも言葉がない。
ラウラは、ワイシャツを着ていた。以上である。
ご丁寧に、第三ボタンまで外し、これがもし本音や箒であったら、谷間を大いに主張していたことだろう。先端すら見えたかも知れない。慎ましいラウラでは、そうはなっていなかったが。
「本当は下に何も着けないのが正しい作法らしいが、廊下で篠ノ之と会って――」
言って、ワイシャツを捲った。
白い、無地の下着が露になる。もしも穿いていなかったら、その奥に秘めるものを見せてしまう無防備さ。
慌ててシャルルが止めようとしたところ、
「ラウラさん……。篠ノ之、じゃない。箒、だ」
「ラウラでいい。これはしの――」
「箒、だ」
「箒、……だ。……です」
ドイツ軍人も、リーシュの圧力には勝てなかった。
シャルルは幸運なことに、自分で経験する前にリーシュの禁句を知ることが出来た。
「それで、どんな用事かな?」
「決まっているだろう。子作りのためだ」
昨日、織斑先生に厳禁と言われたにもかかわらず、ラウラの中ではリーシュとの子作りが優先されるらしい。
「無粋とは思うのだけど、何故、と訊いて良いかな?」
ラウラは無言で眼帯を外し、金眼を見せた。
「貴様も知っているだろう? 私はデザイナーベビーだ」
いきなり重すぎる話題だった。
シャルルは息を殺し、二人の視線から逃げるようにベッドへ潜りこんだ。
「……よく、知ってるよ」
遺伝子操作及び、ナノマシン投与による人体強化。
法に触れ、人倫すら犯す技術により生み出された強化人間。
それがラウラ・ボーデヴィッヒだ。
リーシュは嫌な筋からの情報を発端に、ドイツでそのような研究が行われているのを知ってしまった。まるで、フィクション世界のレーベンスボルンだ。
知らなければどうしようもないが、知ってしまえば無視も出来ない。
解体するのも潰すのも容易いことではあったが、異端であっても優秀な研究者達が集まっているのは確かだった。彼らを刑務所に送るのは惜しい、と。リーシュは考えた。
要は使い方だ。
ナイフは人を刺すが、リンゴも剥ける。一度人を刺したからと言って、ナイフを処分するのは馬鹿げている。よく切れるナイフなら尚更だ。
当時、リーシュの力は今ほどではなかった。
これを自身の力を計るテストと見なし、金と知恵を駆使して彼らを誘導した。
今では、当時の研究者達は医療分野で働いている。
研究成果であるデザイナーベビー達は実験体としての立場から解放され、守秘の関係から民間に出た者はいないものの、それぞれの分野で活躍している。
ISの世界に進んだのはラウラ一人だ。
「よって、貴様を私の嫁にする」
「……わかったよ」
(わかっちゃうんだ!?)
シャルルの叫びは届かない。
リーシュとラウラの距離が近付いていく。
シャルルは、激しい動悸に心身を消耗させ、固唾を呑んで盗み見ていた。
「ラウラ…………」
「リーシュ…………」
ごくり、と。シャルルが一番緊張していた。
「一緒にキャベツを採ろうか?」
「!?」
(!?)
「は、はは……。騙されないぞ。私は子作りの方法を知っている。子供が出来るには、おしべとめしべをこう…………」
「キャベツにもおしべとめしべはあるよ」
黄色い可憐な花を咲かせるのである。
「!? そう言えば、そうだった…………!」
(信じちゃうんだ!?)
やはりシャルルの叫びは届かない。
ラウラは、真理の残酷に愕然とする詩人のようであった。
「一緒にキャベツ畑を作ろう」
「あぁ……!」
うつらうつらとしてしまったのか。
シャルルが短い睡眠から目を覚ますと、デスクに向かうリーシュの背中が見えた。ラウラの姿は見えない。
チャンスである。
「リーシュ。ボクは――」
「後にしろデュノア。今は私と嫁の時間だ」
幼くも鋭さのある少女の声。リーシュではない。
椅子に座るリーシュが、くるりと椅子を回転させると、リーシュと、リーシュの膝上に座るラウラが現れた。
男女と言うより、配色が似ている二人がこうしていると、まるで仲良し兄妹だ。
ちらりと見えたディスプレイには、キャベツの栽培方法が載っていた。
シャルルの決意は、またも折れた。
更に翌日。
二度あることは三度あるのか、篠ノ之箒が来室した。
「デュノア……。オリオールは見た目通りにダメな男だ。あまり甘やかすな」
「それは酷いよ、箒さん。ちゃんと一人で髪を乾かすし、服も着てるし」
「当たり前だ!!」
本当に当たり前のことである。
シャルルは、笑うしかなかった。
箒はリーシュに愚痴を零しながらも、洗い物を畳んだり、ベッドの乱れを正したり、散らかっている部分を片付けたりと。甲斐甲斐しく世話を焼く。
時折、シャルルへリーシュのダメなところを連ねていく。
合間、シャルルへ視線を飛ばす。
時計の針が進むごとに、頻度が増していく。
幸か不幸か、いや、間違いなく不幸、だろう。シャルルは空気を読むのが上手かった。
箒の視線が何を言っているのかに気づいてしまい、わざとらしく欠伸をした。
「二人には悪いけど、ボク、もう寝るね。まだ時差に慣れてないんだ」
「そ、そうか! 私はもう少し。もう少しだけいるが、ぐっすり眠ってくれ」
「うん、ありがとう。おやすみなさい」
おやすみ、と返す言葉が二つ重なった。
残る二人、無言でいる。
リーシュは気楽な風だが、箒は息を殺して、眠るシャルルを観察している。やがて、規則的な寝息が聞こえてきた。
「……………………………………デュノアは眠ったのか?」
「見ての通り、だね。まだ来日して一週間も経ってないんだ。八時間の時差は大きいよ」
実を言えば、全く違う。
日本とフランスでは、日本の方が八時間進んでいる。この時間、フランスではまだまだ明るい時間なのだ。眠気がやってくるわけがない。
しかし、箒は信じた。
人は、信じたいものを信じるのである。
「そう、か。……………………なっ、何をする! そんな気安く……!」
(!?!?!?)
「待たせちゃったね。でもこれで、ようやく二人の時間がとれるよ」
「ば、馬鹿を言うな! 私が、そんな……。止めろ……、デュノアに、聞こえる…………」
「シャルはよく眠っている。箒さんが声を抑えられれば大丈夫」
「そんな………………ぁっ、……リーシュ………………」
衣擦れの音。
漏れる吐息。
押し殺した声。
肌がぶつかる音。
多少は眠ったのだろうか、箒は明け方近くになって帰っていった。
シャルルは一睡も出来なかった。
「オリシュー! 会いたかったよぉ!」
授業で会っただろ、と突っ込んではいけない。あれはあれ、これはこれ、である。
シャルルは目を逸らした。
本音は、シャルルがいることを気にもせず、リーシュに抱きついている。リーシュも、もちろん本音を抱きしめている。
初めて見た時は、本音の純真さから誰にでもするような抱擁に思えた。だが、昨夜のことを思い出すと、とてもそれだけとは思えなかった。
「デュッチーもこんばんは~」
「こ、こんばんは……」
早速、愛称を頂戴したシャルルである。
あれがね、これがね、と、他愛ない会話にシャルルも巻き込まれていく。
その間、ずっとリーシュに抱きついている本音である。
目の毒だった。
「ねぇ、オリシュー。もう三日も、だよ?」
(!?)
何が三日なのか。
シャルルがこの部屋に入ってからの日数と同じなのは、何かの偶然なのだろうか。
「俺だっていつも空いてるわけじゃないんだ。忙しいときは一週間不眠不休のことがあったし、本音には慣れてもらわないと、ね」
「でも~~。今はオリシューがここにいるし」
「シャルも、いるね」
「うぅ…………。デュッチーはまだ寝ないの?」
余りにも余りにもが過ぎる直球だった。
シャルルには手も足も出なかった。
「そ、そろそろ寝ようかな、と。思ってる、よ?」
「それじゃおやすみなさーい」
「は、はははは…………。おやすみなさい……………………」
「おやすみ」
「覗いちゃヤダよ?」
「!?」
むしろデッドボールだったのかも知れない。
シャルルは、ふらふらとベッドに倒れこみ潜りこみ耳を塞いだ。
この日も、シャルルは一睡も出来なかった。
違う女性と二日続けて。
リーシュの噂は全て真実なのだと、改めて思い知るシャルルであった。
翌日は休日だった。
リーシュと一夏から外出を誘われたシャルルだったが、固く辞退した。
二日続けての、慣れない徹夜である。体が持たなかった。
二日ぶりの熟睡は、とてもとても心地よかった。
隣のベッドで行われていたことは、頭の隅から追い出した。
睡眠により体力と気力を回復し、リーシュに告白しなければならない、と決意を固めていたところ、またも一夏を交えた酒宴が始まる。
一夏の様子が、前回よりも高ぶっているように思えた。
この日はお開きとなることなく、リーシュと一夏は床の上で雑魚寝した。
男なんてこんなものである。
やはり、シャルルはリーシュへと真実を告げることが出来なかった。
「えへへ……。来ちゃいました」
「わざわざ来てくれてありがとう」
「ううん。わたしがリーシュさんに会いたかったんです」
シャルルはアイマスクを着けて、ベッドに入っている。
ドアがノックされたと同時に、である。
今度はシャルルが知らない少女だった。
「この人。確か、フランスの代表候補生ですよね?」
「そして、専用機持ち。簪さんの方はどうかな?」
「簪、って呼んでください。……本音が来てくれて助かってます。手伝ってもらってるわけじゃないんですけど、時間配分とか、そう言うの…………」
「マネジメントの重要性がわかってきたかな?」
「はい…………。でも、今日は、その…………あっ………………」
「簪に言わせるほど、簪のことがわからないわけじゃないよ」
「あっ……ん……。ダメです……。起きちゃいます…………」
「シャルは一度眠ると、朝まで起きないんだ。大丈夫だよ」
「でも……でも………………あっぁうっ」
シャルルはまたも、全く眠れなかった。
三人目、である。
三人とも、明け方まで居座っている。
毎夜、最後まで付き合っているリーシュの体力は、シャルルの想像以上だった。
「ふーん……。この子が三人目の、ね」
アイマスクを着け、横を向いているシャルルの空寝は、どういうわけか見破られなかった。
「なんだかか~わいい。お姉さん、食べちゃいたくなるなー」
「無茶言うね…………」
「あれ? もしかして嫉妬した? 嫉妬しちゃった?」
「あのね……」
「あなたにも結構可愛いところがあるのね。ふ~~ん、なるほどねー」
「………………」
「え、……ちょっと、冗談だって……いや…………だめ………………あぁっ!」
(…………………………………………)
「わたし、マゾじゃないもん…………」
「何も言ってないだろ」
眠れるわけがなかった。
一度は回復したかに見えたシャルルだが、容赦なく体力と精神力を削られていく。
ガリガリと音を立てて蝕まれていく。
授業中も精彩を欠いた。
リーシュが寝かせないのでは、と噂された。
大体合ってる。
リーシュは、不本意なこと甚だしい噂を、知りつつも甘受した。
そうして、運命の日を迎えた。
織斑先生から事を告げられ、リーシュと一夏は握手を交わした。
IS学園、学園寮、大浴場の、男子解禁の日がやってきたのだ。
訴え続けて幾年月、はオーバーだが、入学直後から訴え続けてきたものがようやく形を得たのだ。
シャルルには、何がなんだかわからない。
間近に迫るものを、シャルルは、彼は、否。
彼女は知らないでいた。