※この作品はR-18です。

オリシューとISヒロイン(ry   作:user

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わんこなガール3

「え? え? え?」

「喜べシャルル! 俺達、男子生徒も大浴場に入れるんだぜ!」

「当然、シャルも一緒に入るよな?」

 

 一夏は上機嫌に笑っている。

 リーシュは歪に笑っている。

 リーシュの笑みは、一夏には気障ったらしく見えただけだったが、シャルルには邪悪な笑いにしか見えなかった。

 

「日本には裸の付き合いってもんがあってさ」

「心に衣着せず、ってやつだ」

「おまえ、日本人の俺より詳しい説明すんなよ!」

「おまえが馬鹿なんだよ!」

「なんだと!」

「ああ?」

 

『はっはっはっ!』

 

 男二人は馬鹿だった。

 男は大抵馬鹿なものだが、複数が集まると相乗効果によって馬鹿に拍車が掛かるのはよく知られている。

 

 一方、シャルルの頭の中には、ようやく言葉の意味が届きつつあった。

 風呂、である。

 

「シャルも行くんだろう?」

「え!?」

 

 シャルルは、リーシュに肩を組まれた。

 リーシュの手にはいつ用意したものか、トートバッグに、畳まれ丸められたバスタオルが数本入っている。

 リーシュだけが使うには多すぎる。シャルルの分も用意してあると思われた。

 

 風呂、である。

 裸になると言うことだ。

 リーシュと、一夏と、一緒に。

 二人の男性の前で、裸になると言うことだ。

 三人で全裸になって、湯に浸かると言うことだ。

 

「ボ、ボクは……!」

 

 出来るわけがない。

 シャルルは、喉を隠し、胸を隠し、男子制服を着て性別を偽ってはいるものの、中身は男子ではない。15歳の女の子なのだ。

 二人の男性の前で裸を晒すなど、出来るわけがない。

 拒否の叫びを上げようにも、リーシュが、行くよなぁシャル、と耳元で凄み、声を上げられない。

 体は固まったように動かない。一歩も動けないのに、肩を組んだリーシュが強引に引っ張っていく。

 一夏へ助けを求めようにも、一夏は背を向けて先を歩き始めていた。

 

「そんな…………、ボク……、ボク………………!」

 

 シャルルは混乱の極地にあった。

 頭が茹り、何も考えられない。

 拒否しようにも抗えない。

 どうすればいいのか、全くわからない。

 こんな時、出来ることは、やってしまうことは知れている。

 見る間に目には涙が溜まり、子供のように泣き出してしまう寸前、リーシュの腕が肩から外れた。

 リーシュの邪笑が柔らかく変じ、シャルルの頭を乱暴に一撫でした。

 

「このあたりで許してやる」

 

 リーシュは一夏を追いかけ、歩き去って行った。

 

 

 

「あれ? シャルルは入らないのか?」

「あいつはフランス人だからな。フランスは香水が生まれた国だ。香水で体臭を誤魔化すから、風呂に入る習慣がないんだよ」

「マジかよ…………」

 

 

 

 酷い追い討ちを掛けられ、シャルルだけが取り残された。

 その場にへたり込み、やがて、のろのろと部屋へ戻った。

 

 少しずつ、わかってきたような気がする。

 リーシュが言った『許す』の意味はわからない。けれど、自分が一緒に入浴するのを嫌がったのを、リーシュは確実に知っていたはずだ。

 もしかしたらリーシュは、自分が性別を偽っていたのを、知っていたのかも知れない。

 そうと考えれば、色々と納得いくところがある。

 自分は、本当は女なのだと、告白しようとする度に邪魔が入った。リーシュがそうと誘導していたのかも知れない。

 疑い出せば限がない。

 もしかしたらリーシュは、自分が起きているのを知っていて、隣であんな、あんな、口に出せないようなことをしたのかも知れない。

 

 ショックでよろめいていたシャルルだったが、冷静になっていくに連れて怒りが湧いてきた。

 どうして自分が、あんな目に合わなければならなかったのか。

 どうせ自分は、IS学園に入学した目的を果たせない。

 自分がどうなろうと構わない。どうせフランスに戻ったところで、碌でもないことになるのはわかりきっている。

 父の命令は果たせない。更に、周囲を大騒ぎさせた性別詐称もある。

 IS学園に残っても、フランスに戻っても、未来は全く見えなかった。

 だから。

 せめてリーシュに一言言ってやる。

 

 シャルルが怒りに燃えている最中。当のリーシュが戻ってきた。

 

「リー…………」

 

 一睨みされ、続けられなかった。

 リーシュの様子は、不機嫌そのものである。

 風呂から戻るには早すぎた。それが不機嫌の原因であるとシャルルには予想できたが、だからと言って何が出来るわけでもなかった。

 リーシュはベッドに身を投げ、腕枕をして目を瞑る。

 話しかけるなオーラが出ていた。

 シャルルには、告白することも、文句を言うことも出来なかった。

 

 

 

 リーシュが戻ってきた理由の発端は、一夏と共に大浴場へ向かっているところを複数の女生徒に目撃されたからである。

 

 大浴場。男二人。裸。二人きりで。

 

 不穏すぎるキーワードが耳に届いた。シャルルに復讐をしている間ならば聞き流したが、復讐は終わった。わざわざ耐える必要はない。

 二人、別々に入ることになった。

 順番はじゃんけんで決めた。

 リーシュは負けた。一夏に負けた。

 例えじゃんけんであろうと、真剣に勝利を目指して、負けたのだ。悔しさは大きい。大きな子供である。

 

 

 

 居心地の悪い時間が流れる。

 リーシュはベッドで横になっているだけ。

 シャルルは俯き、決意を固めて顔を上げるとリーシュの姿が目に入る。目に入ると同時に決意が萎んだ。

 どれくらいそうしていたか。

 時計の長針が半周しようとしたころ、ドアがノックされ、リーシュが喜色を浮かべて飛び出ていった。

 

 シャルルだけが一人残った。

 どうしてこんなにも意地悪されるのか。

 性別詐称が悪いことだと知ってはいても、それでリーシュに迷惑を掛けたわけではない。

 しようと思っていた告白も、出来ていない。

 部屋でリーシュを待っていれば、いずれやってくるのはわかっている。だけども、邪魔が入るような気がしてならない。

 リーシュだけに告げるつもりなのだから。

 今。

 リーシュは間違いなく一人だけのはずだ。

 女子は禁止されている時間のはずだ。

 もう一人の男子は、一夏はさっき部屋に戻ったところだ。

 リーシュは、今、一人だけで大浴場にいるはずなのだ。

 覚悟は出来ている。

 父から話を聞いたとき、そうなるかも知れない、と。何度も考えた。

 決意して、本当のことを話そうと、何度も試みた。

 それに、と。

 心中に暗いものが湧いてくる。

 もしも、自分が女の子であると知っていたなら。一緒の部屋で生活していたのに。リーシュは何もしようとしなかった。着替えを覗くこともなかった。自分には、女の子としての魅力がないのではないか。

 リリスの愛人とさえ呼ばれるリーシュが、まるで手を出そうとしないのだから。

 

 どうせ自分は。

 

 何度思ったか知れない。

 シャルルは、バスタオルと着替えをバッグに詰めて、廊下へ通じるドアを開いた。

 

 

 

 

 

 ふーんふふん♪ と、リーシュは鼻唄を歌いながら風呂に浸かっていた。

 先までの不機嫌は何処へ行ったのか、上機嫌そのものである。

 広い。

 それに尽きる。

 設備も素晴らしい。合理的で機能的で、洗練されている。

 さすがは温泉大国日本である。

 残念ながら、大浴場の湯は温泉ではなく沸かし湯であるが、リーシュはまだ17歳だ。温泉につかって『あ゛~~~~~』とやる年ではない。

 スイスにあるリーシュの住居には大きな浴場が幾つもついているが、ここまで広いものはない。詰めれば20人は同時に入れる浴場もあるが、詰めれば、だ。ゆったりと、ではない。

 帰国したら露天風呂を作ろう、と。リーシュが夢見ていると、大浴場の戸が開く音が響いた。

 リーシュの鼻唄だけが響く空間で、その音は大きく響き渡った。

 リーシュが首だけで振り返ると、髪を解いたシャルルの姿があった。

 体にバスタオルを巻き、胸まで隠している。

 シャルルの胸は、見違えようがないほど、はっきりと膨らんでいた。

 浴場の熱気に中てられたか、それ以外のものか、肌がうっすらと上気している。

 彼は、否、彼女は、ゆっくりとリーシュの傍まで歩み寄ってきた。

 

 リーシュに驚く素振りがないのを見て、シャルルは確信した。

 

「ボクが女の子だって。知ってたの?」

「当たり前だ。本名はシャルロットか?」

「……うん。……それも知ってたんだ…………」

 

 知っていたわけではない。シャルルの女性名が、シャルロット、もしくはシャルロッテ、であるだけだ。当てずっぽうとも言う。

 安直過ぎる偽名に、リーシュは内心で呆れてしまう。

 

「……………………………………隣に入っていいかな?」

「ダメに決まってるだろ」

 

 シャルルの決意は、無残にも打ち砕かれた。

 覚悟に覚悟を決めて、全てをさらけ出す覚悟で挑んだのだ。

 それが、それが。

 音もなく世界が砕け散り、シャルル、改め、シャルロットはその場に崩れ落ちた。

 そんなシャルロットを見るリーシュの目は、冷たい。

 

「シャル……………………。お前、風呂に入ったことあるか?」

 

 ここにきて、温厚なシャルロットはついに切れた。

 許せるものではなかった。

 

「あるに決まってるよ! フランス人だってちゃんとお風呂に入るんだから!! バカにしないでよ!!」

 

 リーシュの追撃は、きちんとシャルロットの耳に届いていたらしい。

 激昂するシャルロットに、やはりリーシュは冷ややかだ。

 

「いいか、シャル。俺が言ってるのは風呂だ。シャワーでもバスでもない。水着を着て入るスパでもない。風呂、だ。日本式の風呂のことだ。もう一度訊くぞ。お前、風呂に入ったことあるのか?」

「…………………………ない、です……」

 

 今までフランスで生活していたのだ。

 日本に来てからは、寮の部屋についているバスルームで済ませてきた。入ったことがあるわけがなかった。

 

「湯に入る前にかけ湯をしろ。湯を体に掛けて汚れを流せ。出来れば体を洗ってから来い。それと、湯に入るときはタオルをとれよ。湯につけるな。日本に来たんだから日本のマナーを学べ」

「はい…………」

 

 正論だった。

 反論の余地は微塵もなかった。

 シャルロットは、すごすごとシャワーへ向かい、リーシュの視線が此方に向かないのを確認してから、体を洗い始めた。

 シャルロットが体を洗っている間、リーシュは浴槽の縁に頭を乗せて体を浮かせたり、上半身を出して体を冷やしたりと、子供と大人のように風呂を楽しんでいる。

 リーシュが再び、元のように入ってるのを見て、シャルロットは静かに隣に入った。

 膝を抱き、胸と股間を隠して、間には人が一人入れる分だけのスペースを空けて。

 リーシュの視線はシャルロットへ向かない。

 少し、傷つく。

 シャルロットは、溜息と共にリーシュへ疑問を投げた。

 

「どうしてボクに意地悪したの? 知ってたんでしょ?」

 

 無知とは罪なのだ。やはり、シャルロットは自身の罪を全くわかっていなかった。

 

「お前のせいで、俺に同性愛疑惑が掛かった」

「それだけで!?」

「それだけ、だと? お前は、自分がレズビアンで、ルームメイトを力尽くで物にするような女だと思われてもいいのか?」

「ごめん…………。思われたくないです…………………………」

 

 シャルロットは、ようやく己の罪を知った。

 長く苦しい一週間だったが、シャルロットの罪は雪がれたのだ。最早リーシュには、何の他意もない。

 

「俺からも訊こう。どうして男装なんて馬鹿な事をした?」

「……お父さんに、デュノア社長にそう命令されたから…………」

「嘘だな」

 

 シャルロットの告白を、リーシュは一蹴した。

 

「デュノアの社長とは何の面識もない。が、顔を見れば、経営を見ればわかる。あれは自分の娘にそんなことをさせる男じゃない。もう一度訊く。シャルロット、お前は、何だ?」

 

 切り込まれた。

 シャルロットの柔らかい部分を、リーシュの言葉が切り裂いた。

 逃げ場はなかった。

 逃げ場がないからこそ、ここを選んだのだから。

 

「……ボクのお母さんは……………………、お父さんの、…………愛人、だったんだ」

 

 顔を伏せ、シャルロットはポツリポツリと話し始めた。

 シャルロットは、デュノア社長とその愛人との間に出来た子供だった。

 ずっと母娘二人で暮らしてきたが、二年前に母が他界。シャルロットはデュノア家に引き取られることになった。そこに、シャルロットの居場所はなかった。

 高いIS適正を見出され、デュノア社のテストパイロットとして働いてきた。

 心が磨り減るような毎日だった。

 今年になって、一夏が男性適合者として発表された。

 当初は、やはり男装して一夏に近づき、データを盗もうと言う計画だった。聞くところによると、デュノア社長の本妻が率先して計画したらしい。

 そして、リーシュの入学が発表された。

 データ入手の件は白紙になり、リーシュへ近付けと命令された。今度は、シャルロットの父、デュノア社長の方が率先して動いたようだった。デュノア社は現在経営難に陥っている。リーシュから投資を引き出すために、と思われた。

 結果はリーシュが突き付けた通り。

 もう、シャルロットには、どこにも居場所がなかった。

 

「そういうことか……」

 

 シャルロットから話を聞き、リーシュは納得がいった。

 

「つまりシャルの父は、母娘続いて愛人をやれ、って言ってるわけだ」

「そんな……、そんな言い方…………ひどいよ…………………………」

「俺の噂を知ってるだろ。他にあるか?」

「…………………………」

 

 シャルロットは、湯に逆上せたのか、リーシュの傍にいるのが辛くなったのか、湯から上がった。

 浴場から出るわけではなく、リーシュのすぐ後ろで蹲った。

 すすり泣きの声が聞こえてきた。

 

 

 

 シャルロットへの言葉は、嘘ではない。

 嘘ではないが、リーシュが推測したものの一部に過ぎない。

 

 フランスは愛の国だ。男女がいれば、その関係が恋人だろうと夫婦だろうと、愛人だろうと誰も何も言わない。

 が、関係がどうであれ、出来るものは出来る。そうして生まれたのがシャルロットだ。

 母が生きていれば良かったが、いなくなってしまった以上、シャルロットの立場は非常に不安定だ。

 リーシュや、楯無とは違う。シャルロットが一人で生きていくことは難しい。

 デュノア家に身を寄せようと、本妻との軋轢があるだろう。

 それに加えて社長の実子だ。今は良くても、いずれ誰かが担ぎ上げ、社内での政治闘争に利用される可能性もある。

 ならば安全なところへ、良からぬ輩の手の届かないところへ。

 幸運にも、リーシュと接触する機会が生まれた。

 シャルロットは、代表候補生になるほど優秀な人間だ。容姿も可愛らしい。近くに行けば、必ずリーシュの目に留まったことだろう。が、クラスが違ってしまえばわからない。期間は一年間しかないのだ。

 デュノア社に、IS学園のクラス編成に介入できる権限はない。

 リーシュの目に留まるように、男装のままシャルロットを送り込んだのだろう。

 

 当たり前だが、凄まじくリスクが高いやり方だ。

 虚偽、どころではない。

 リーシュの傍に、実子を送るのだ。

 リーシュがIS業界に興味がないことが知られているとは言え、シャルロットを利用してデュノア社を乗っ取ることは可能だ。

 シャルロットを旗頭に重役連中に働きかけてもいいし、正々堂々プロキシーファイトを仕掛けてもいい。シャルロットを社長に据えて、新デュノア社を立ち上げ、旧デュノア社の社員を吸い上げることも出来る。

 リーシュの思惑一つで、どうとでもなってしまう。

 

 最初、リーシュはシャルロットを僅かながらとは言え、疑った。

 シャルロットが告白した通り、データを盗むのか、罠に嵌めて金を引き出そうとしたのか、と考えた。部屋で言葉を交わし、それはない、と確信したが。

 ありえない仮定として、シャルロットが、デュノア社の心積もりがそうであったならば。

 フランスで、誰もデュノアと口に出来ないような目に合わせるつもりだった。

 ビジネスの世界とは、数字だけが踊る綺麗な世界ではない。

 気に食わない、威張りたい。

 子供同然の幼稚な考えがあちこちに蔓延している。子供のように素直に口にしないだけ、よほど性質が悪い。

 そんな世界だ。舐められたら終わりだ。隙を見せれば、誰かが、何かが食いついてくる。

 ところが、蓋を開けてみれば娘可愛さに親馬鹿が炸裂しただけだった。

 心中は、娘を嫁に出す父の物だったろう。

 

 愛人の娘だ。

 間違いなく、本妻よりも愛したであろう愛人の娘だ。

 愛した女に似て、若く、愛らしい娘だ。父親が可愛く思わないわけがない。

 だからと言って、自分の会社と、自分と愛人との娘を、天秤に掛ける馬鹿がどこにいるのか。

 親の心子知らず、とはよく言ったもので、シャルロットは父の考えが全くわからず、使い捨ての道具にされたとしか思っていないようだった。

 リーシュが振り返ると、シャルロットの背中が小さく震えている。

 座り込み、すすり泣いている。

 

 本音が、簪が泣いていたら、リーシュは一も二もなく慰めている。気が強い箒でも変わらない。それは自立している楯無であっても同じだ。

 ところが、どういうわけか。

 シャルロットが泣いていても慰める気持ちが起こってこない。

 むしろ、もっと泣いている姿を見たくなってしまう。

 ひどく、嗜虐心を煽られる。

 

「シャル」

 

 短く呼びかけた。

 シャルのすすり泣きは止まない。

 

「シャル」

 

 もう一度呼びかけた。

 すすり泣きの声は止まず、だけども、シャルロットはゆっくりとリーシュに振り返った。

 暗い目を赤く腫らし、顔は涙に濡れきっている。

 どうしようもなく哀れで、とても可哀そうな姿だった。

 シャルロットの泣き顔は、リーシュの心に深く突き刺さった。

 リーシュは風呂に入ったまま、右の手を、手の平を上にしてシャルロットに差し出した。

 

 象徴的だった。

 手を差し出す。手をとる。救い上げる。

 暗く閉ざされたシャルロットの心には、光が差してきた思いだった。

 シャルロットは、リーシュの方へ体ごと向き直り、羞恥から片手で胸を隠したまま、もう一方の手をリーシュへ伸ばし、二人の手が重なろうとした寸前、リーシュの手が避けた。

 困惑し、悲しみが降り、絶望に落ちようとする時、リーシュが一言口にした。

 

「お手」

「!?」

 

 シャルロットは知っている。そのワードが何を意味するのか知っている。

 日本語の学習をするとき、テキストに出てきた。

 それは、人が人へ告げる言葉ではなかった。

 人が、愛玩動物へ、命令する言葉なのだ。

 人が、犬へ投げる言葉なのだ。

 リーシュは、シャルロットを、犬のように扱おうとしている。

 屈辱に体が燃えて、手を打ち払ってやりたかった。

 出来なかった。

 体にも、心にも、力が湧いてこなかった。

 リーシュの言葉が、全身を縛り付けてしまったかのようだった。

 

 シャルロットはリーシュの目を見て、差し出された手を見て、もう一度リーシュの目を見て、リーシュの手に自身の手を乗せた。

 

「あ………………」

 

 リーシュの眉間に皺が寄り、シャルロットの手から離れていった。

 シャルロットが知らず零した声は何を意味したのか。シャルロット自身にもわからないでいる。

 

 リーシュの手が、床上から数センチのところで止まった。

 リーシュは、困惑するシャルロットの顔を見て、言った。

 

「あご」

「!!!!」

 

 顎、である。

 お手に続いての顎なのだから、手に顎を乗せろと言うことだ。

 手の位置は低い。

 今のままでは乗せられない。

 どうすればいいのか。

 頭を、もっと低い位置にもっていかなければならない。

 つまり、床に両膝を突き、両手も突き、犬のように四つん這いになれ、と。

 そうしてしまえば、乳房も、股間も、どこも隠すことが出来ない。

 全てを晒し、犬のような格好をしろ、と。

 リーシュはそう言っている。

 

 素直に出来るわけがなかった。

 シャルロットの視線が、リーシュの手と、顔と、素早く何度も往復する。

 困惑し、困惑し、怒りはなくて困惑し、段々とリーシュの顔が険しくなっていく。

 ひっくひっくとしゃくり上げ、シャルロットは、両手を床に突いた。

 

 青ざめていた肌が、綺麗なピンクに染まっている。

 形のよい乳房を、惜しげもなくリーシュへ晒している。今まで、一体どこに収まっていたのかと思われるほどだ。

 股間にある陰毛も、覗き見ることが出来た。金色の髪と同じ色をしている。

 

 シャルロットは、固く目を閉じ、リーシュの手の平に、顎を乗せた。

 両膝を突き、両手を突き、リーシュの前で、犬のような格好に。

 

 リーシュは何も言わない。

 シャルロットが我慢できずに目を開くと、難しい顔をしたリーシュと目が合った。

 シャルロットには、リーシュが何を求めているのかさっぱりわからなかった。

 

 シャルロットからすれば、リーシュは最後の寄る辺になってくれるかも知れない人だ。

 意地悪をされたけれど嫌いではないし、理由にも納得がいった。

 それに、憧れでもあった。

 ヨーロッパに生きる年若の少女なら、誰もが一度は、と夢見る男だ。

 夢なのかも知れない。

 だから、こんなことになっているのかも知れない。

 まるで犬とご主人様。

 犬なのは、当然シャルロット。

 だから。

 だから。

 リーシュに優しくして欲しくて。

 もっと優しい顔をして欲しくて。

 

「……わ………………」

「?」

 

 リーシュが険しい顔をしているのは、奥歯を噛み締めているからだ。

 シャルロットが、余りにも愛らしすぎる。

 気を抜けば襲い掛かってしまいたくなるほどに。

 奥歯を噛み締め、眉間に力を入れ、シャルロットの魅力に抗っている。

 もう少し。

 もう少しだけ、シャルロットの痴態を見ていたい。

 

「わん……。わん…………」

「!!」

 

 四つん這いになり、涙目の上目遣いで、顔から体から、羞恥で赤く染め、それでもリーシュから目を逸らさず。

 シャルロットはリーシュの関心を買おうとして。

 犬の鳴きまねをした。

 限界だった。

 

 

 

 リーシュの心中を表すとこうなる。

 即ち、なんだこの可愛い生き物は、と。

 

 

 

「え!? え!?」

 

 顎を掴み、シャルロットを立たせると、湯の中に引きずり込んだ。

 そのまま、強く、強く、抱きしめる。

 そして強く宣言した。

 

「シャル。お前は俺のものになれ」

「え!? でも、ボク……」

「黙れ。はい、と言え」

 

 あんまりな言い様だった。

 シャルロットの気持ちを微塵も考慮していない、一方的過ぎる要求だった。

 

 リーシュはシャルロットを抱きしめ、答えを待っている。

 強く抱きしめ、離さないと言っている。

 

 シャルロットの心に、体に伝わってきた。

 心が、体が熱を持ち、涙が溢れてきた。

 居場所が出来たと実感した。

 守ってもらえると実感した。

 求めてくれるのがわかってしまった。

 リーシュから求められているとわかってしまった。

 嬉しくて、幸せで、安心して、涙が出てきた。

 気付けば、リーシュの背に腕を回し、うん、と言っていた。

 

「はい、と言え、と。言っただろう」

「はい…………」

 

 リーシュは、悲しみから喜びの涙に変わったシャルロットの頬を撫で、両手で包むと上を向かせた。

 シャルロットには、何の合図だかよくわかった。

 強く、ではなく、柔らかく瞳を閉じた。

 唇に、今だかつて感じたことのない、甘美が降りてきた。




本話を書いてた時おシャルはあざといとのオラクルが降りた
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