オリシューとISヒロイン(ry 作:user
朝のホームルーム前の、どこか長閑な時間。少女の怒声が響き渡った。
ラウラが物凄い剣幕でリーシュに詰め寄っている。
ラウラは現役のドイツ軍少佐だ。IS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」隊長を預かっている。その怒気は凄まじく、数多の修羅場を掻い潜ってきたリーシュをして、一瞬とは言え動きを止めるほどだった。
「赤ちゃんがキャベツ畑からやって来るなんて全くの出鱈目ではないか!!」
ラウラはリーシュを信じたのだ。
それこそ、幼子が父を無条件で信じるように、一切の疑いを抱かず、心から信じたのだ。
嘘だった。
信じたのに、裏切られた。
卑劣な裏切りはラウラの心を裂き、溢れた怒りがリーシュへ向かうのは当たり前のことだった。
裏切り者には報いを。
固く握られた拳は震え、振り上げられるのを今かと待つばかり。
「それは、だね」
リーシュが、ちらと周囲を見渡せば、シャルロットが眉尻を下げ、顔の前で両手を合わせていた。
ラウラのルームメイトが、残酷な真実を告げたらしい。
毎晩、嬉々としてキャベツの栽培方法を調べているラウラを、シャルロットは見ていられなかったのだ。
シャルロットなりの優しさなのだが、優しさが常に人に優しいとは限らない。
「言い訳は無用だ!」
ラウラは軍人だ。リーシュの上官ではないが、明らかに間違ったことを放置しておくわけにはいかない。修正しなければならない。
拳が、徐々に持ち上げられていく。
周囲は固唾を呑んで、ではなく、温かい目で二人を見守っていた。
彼女らの心を集約すると、キャベツ畑を信じちゃうラウラちゃん可愛い、である。
間近で見れば凄まじいまでの怒りだが、一歩離れれば、小さくて可愛い女の子がぷんぷんしているようにしか見えない。
それに、どうせリーシュが上手くあしらってしまうであろうとの確信が皆にはあった。
日常茶飯事、とまでは行かなくても、箒を怒らせ、なし崩し的に有耶無耶にしてしまうのは、珍しい光景ではない。
「ラウラは、どうしてキャベツ畑から赤ちゃんが来るのか知ってるかい?」
「そんな出鱈目を私が知るか!」
リーシュは柔らかく微笑んだ。
子猫の警戒を解くように、幼子へ愛を与えるように。
「あれは恋占いから始まって、赤ちゃんが来る、と言う伝承になったんだ」
ピタリ、と。振り上げつつあるラウラの拳が止まった。
「何事も順序がある。結果だけを求めてはいけない。それはラウラも知っているだろう?」
「…………その通りだ」
「キャベツの葉をかじって、恋占いから始めるのが良いと思ってる。言いたいことをわかってくれるかな?」
「……………………あぁ。私が、短絡だった」
物事には順序がある。
過程を飛ばし、結果だけに飛びつくことは可能であるが、美しくない。
結果とは、積み重ねられた過程があるからこそ、尊くなるのだ。
リーシュはこう言っている。
恋から始めよう、と。
白皙に朱が上る。
ラウラはリーシュを直視できず、目を伏せた。そんなラウラの頭を、リーシュは優しく撫でている。
ISは、二人の例外を除けば女性にしか起動できない。そのためIS学園の生徒は、二人の例外を除けば女生徒ばかりだ。1年1組の生徒も、やはり二人の例外を除けば女生徒ばかりなのだ。
にもかかわらず。
今の一幕を見ていた生徒の大半が、ラウラに恋をした。
頬を染め、俯いて、無意識にリーシュへ手を伸ばそうとするラウラは、少女達の心を惑わすほどに可愛らしかった。
厳しいドイツ軍少佐は、もう何処にもいない。
恋をしているのか、恋に恋をしているのか。
そこにはラウラがいるだけだった。
学年別個人トーナメントの開催が告知された。
生徒全員が強制参加であり、本来は個人戦であるものの、本年に限ってはツーマンセルのタッグ戦に変更されている。
一年生を筆頭に、今年は専用機持ちが多く、戦闘経験を積ませるためである、らしい。
ISには経験を積ませるのが良いらしく、更には集団戦の心構えを持たせるためである、らしい。
リーシュは今回も蚊帳の外である。
そんなん知らん、と不貞腐れているわけではない。ISに搭乗して戦闘をするのは自分の仕事ではないと、本人も周囲も、誰もが認識していた。
ただ、盛り上がる周囲から取り残されているのは事実である。
タッグ戦のペアは学年を跨がなければ、原則として誰と組むのも自由となっている。
織斑一夏は、篠ノ之箒へペアを申し込み、了承された。
気安い幼馴染であり、ルームメイトであり、なにより同じ剣を使うもの同士だ。
言ってしまうとバランスが悪い。どちらも超接近戦を得手としている。中・遠距離はからきしだが、一旦懐に潜り込めば、その攻撃力は凄まじい。超攻撃的一撃必殺ペアである。
一夏は、一人寂しそうにしているように見えるリーシュをつついた。
優勝ペアに賞品は出さないのか、と。
一夏が段々俗世に紛れてきた。全てリーシュのせいである。
先のクラス対抗戦では、細やかながらであり、事後になってしまった。
出来るならば、初めから何かしらの賞品を用意したほうが、生徒達のやる気も出ることだろう。
織斑先生に確認し、常識的な範囲内で高価なものでなければ、と了承を得た。
形に残るものは好ましくない。
ならば。
優勝ペアには、ペアの食事券をプレゼントする、と発表した。
もちろん、各学年の優勝ペア毎に、である。
リーシュの用意するお食事券である。
夜景の綺麗なレストランでも、有名ホテルのバイキングでも、ドレスコードでガチガチの高級レストランでも。
食事が可能な場所であれば、どこでも可能なお食事券だ。
もちろん、その際の交通費はリーシュ持ち。ドレスコードをクリアするための衣装は、プレゼントしてもリーシュとしては問題ないが、織斑先生コードに引っかかるため、レンタルで対応する。
この発表に、生徒達のやる気は俄然高まった。
優勝賞品を聞き、あろうことか一夏が、あの一夏が、何と言うことかあの一夏が、優勝したらチケットをどちらも譲って欲しいと、箒へ持ちかけた。
金額に換算すれば、相当になるチケットだ。一夏は本気で頼んでいるわけではなく、極々軽い気持ちで、もしも万が一要らないのだったら、もちろん箒の都合が最優先で、出来ればどころではなく物の試しで、箒へ訊ねてみた。
あの一夏が。
ペアの食事券を。
箒は目頭が熱くなった。
リーシュの教育が、ここまで一夏を成長させるとは。
少し前であれば、一夏の言葉を暗澹とした気持ちで聞いていたであろうが、今の箒には、心中に暗いものは何一つない。
純粋に一夏の成長を喜び、優勝したらチケットを譲ることを、快く約束した。
リーシュはこの話を聞き、箒・一夏ペアが優勝したら、箒とは個人的に食事へ行こう、と約束した。
何故か周囲に漏れた。
優勝したら、リーシュと二人きりで食事に行ける。
伝言ゲームとは恐ろしいものである。
曲解されなかっただけ、ましであるかも知れない。
生徒達のやる気は、素晴らしいほどに高まった。
これにはリーシュも頭を抱えた。
女性を食事に招く、ことになる。
近しい箒であれば、何が好みかをわかっている。目星となる店を、既に幾つか思い付いていた。
が、不特定多数となると難しい。
IS学園の生徒は、極々一般的な少女から、現役の軍属から、古い歴史を持つ家柄から、青い血を引く貴族から、実に様々な少女達が集まってきている。
彼女らのいずれをも満足させねばならない。
男が女を食事に招くとは、ただ食事をするのとはわけが違う。
男の格を見せるのだ。
食事の内容はもちろんの事、ロケーションがなによりも重要だ。
スイスであれば所有する邸宅の何れかに招き、気の合う料理人に頼めば事は済む。
しかし、ここは日本だ。
日本については十年前から学んできているが、幾らなんでも食事が出来る場所まで把握しているわけがなかった。
楯無と近づき、日本へも手を入れることになったが、何せ日が浅い。
お手上げだった。
自分が出来ないのなら、出来そうな人を頼りにするのが一番である。
「それで、わたしのところに来た、と言うわけね」
楯無の視線は冷たい。
自分以外の女と食事をするため、良い所を教えて欲しい、と来たのだ。
面白いわけがない。
「頼りに出来るのは刀奈だけなんだよ」
「っ! ………………そんなこと言われても騙されないんだから」
つんとそっぽを向くが、頬が赤い。
頼りに出来る。刀奈だけが。
どこか、楯無の乙女心を刺激したらしい。
「下調べに、刀奈と一緒に行きたいんだ。構わないだろう?」
「…………別に、食事くらいなら付き合ってあげてもいいわよ」
「ありがとう」
自分が一番最初である。
やはり、どこか楯無の乙女心を刺激したらしい。
顎に手を添えられ、視線を合わせられると、楯無はいつものように瞳を閉じた。
リーシュと二人きりで食事。それが優勝ペアへの副賞となった。
生徒達は、真剣に優勝を目指し始めた。
ラウラ・ボーデヴィッヒは、ルームメイトのシャルロット・デュノアとペアを組んだ。
ドイツの代表候補生、フランスの代表候補生。独仏同盟である。遠・中・近距離と、万能タイプのペアだ。どちらも代表候補生であり、ラウラの実力は織斑先生の折り紙つき。当然のように優勝候補の一角で、いっそ反則的ですらある。
布仏本音は、更識簪とペアを組んだ。
簪の専用機がほぼ組み終わり、その演習の意味合いを兼ねてトーナメントへ挑むこととなる。
簪は日本の代表候補生であるが、いきなりの実戦で優勝を狙えるとは思っていない。
機会を見て、二人でリーシュへねだろうと考えている。ある意味腹黒ペアである。
そんな簪を見て、姉が泣いたのは言うまでもない。
優勝は独仏同盟のものか、と思われたとき、彼女らを凌ぐ優勝候補が現れた。
ずるい、大人気ない、反則だ、との声に、彼女は悠然と、
『何か問題がありまして? ええ、何の問題もありませんわ』
綺麗な笑顔を見せた。
セシリア・オルコットは、凰鈴音とペアを組んだ。
イギリスの代表候補生、中国の代表候補生。1組のクラス代表と2組のクラス代表。遠距離戦のエキスパートと、中・近距離を物とするパートナー。
クラス対抗戦で見せた苛烈な戦いを、誰もが記憶していた。
文句なく、優勝候補の筆頭に名乗り出た。
俗に、ガチで来た、と言われるものだ。
彼に彼女らがISの訓練に勤しんでいる時、鈴音は時間を縫って、いつものように室内競技場の一角にいた。
ISスーツではなく、動きやすい体操着姿である。
半袖の上衣は兎も角、下はブルマである。この時代にブルマである。スパッツではなく、何故かブルマである。全てIS学園が正しい。
「今日もちゃんと来たわね」
「はい、よろしくお願いします。先生」
「むふふ…………。先生じゃないわ。あたしのことは師父と呼びなさい!」
「はい、師父!」
「よろしい! じゃあ今日も始めるわよ!」
ノリノリであった。
鈴音に師事しているのはリーシュである。
こちらも動きやすい体操着姿。
二人とも、手にはグローブを嵌めている。防寒ではなく、ボクシング用のものではなく、手の保護以上の意味を持たないスポーツ用のグローブ。
構える鈴音に対し、リーシュは直立不動の自然体。
鈴音が仕掛け、リーシュが受けるか避けるかするのがルールだった。
二人の訓練は、クラス対抗戦が終わった頃から始まった。
ISの操作はほどほどに、のリーシュだが、身体の動かし方は学びたいと初めから思っていた。
目に付いたのが、鈴音だった。
リーシュは、箒や一夏のように剣を使うわけではない。銃器は尚更使うわけがない。楯無は無手でも動けるが、実戦的・攻撃的過ぎる。リーシュが学びたいのは自衛の手段なのだ。
そこへ、鈴音の姿が目に入った。
鈴音は中国拳法の達人、ではない。
ISの操作のため、中国拳法を軽く習いはしたものの、習熟とまではいっていない。基礎中の基礎止まりで、あとは自己流だ。だが、基礎だけは念入りに訓練した。
ISについて学び始めてから、たった一年で代表候補生にまで上り詰めた鈴音だ。一部からは努力の天才と称されるほど。
その鈴音が念入りにこなした基礎なのだから、瑕疵があろうはずがない。
リーシュの目には、鈴音の動きがとても綺麗に見えた。
クラス対抗戦で、失恋の痛みを燃やした鈴音は気が抜けていた。
燃え尽きたのかも知れない。
一夏を追ってIS学園に入学したと言うのに、知らぬ間に婚約者が出来ていた。
入学の意味が失われたのも同然で、気の抜けた日々を送っていた。
リーシュが声を掛けたのは、そんな時だ。
格闘の訓練を施して欲しい、と。
最悪なニュースを持ってきた恨みがあった。
一方的に、ぼこぼこにしてやろうと思った。
リーシュが学ぼうとしているのは、格闘は格闘でも防御が中心と言うのも良かった。
流石に顔は殴れなかったものの、全力で殴り、蹴り、投げ飛ばした。
リーシュは挫けずについてきた。
体格はしっかりしているし、ジョギングや筋肉トレーニングなど、体作りを欠かしていないのだ。加えて、運動神経が鈴音の想像以上に優れていた。
砂が水を吸うように上達し、今となってはクリーンヒットを与えることは難しい。
自分の指導でリーシュが上達するのを見るのは面白かったし、今まで見たことがない種類の男だったのだ。
髪型を少しいじれば、リップの種類を変えれば、少し気分が悪いときがあれば、面白くないことがあれば。全てに気付き、褒め、宥め、慰めてくる。
それでいきなり恋に落ちるほど、鈴音の恋は安くない。
けれど、面白い男なのは確かだ。
一緒にいて楽しいのも、そうなのだ。
鈴音は、リーシュの周りを円を描くように動いていく。
二人のルールでは、リーシュが防御、鈴音が攻撃。リーシュは、鈴音が攻撃する瞬間まで動いてはいけない。
受けるか捌くか見事に避けるか。はたまた無様に直撃を許すか。
鈴音は、リーシュの真後ろで動きを止めた。
きゅうと、拳を作る。
踏み込み、一息で間合を詰め、リーシュは鈴音との訓練で得た成果を見せ付けた。