オリシューとISヒロイン(ry 作:user
リーシュが執務机に着き、書類を手にすると、虚は時計を確認した。
虚は更識を支える布仏の娘だ。リーシュの個人的なことは三人から聞かされてきた以上を知らないが、世界がリーシュをどのように評価してきたかについては、一部では楯無以上に知っていた。
果たして、評判と同等の人物なのだろうか。
虚の主である楯無の雇用主となろうとしている男だ。
計ってやろう。
そう言った意図がないとは言えなかった。
生徒会の仕事が溜まってしまったのは、幸か不幸かで言えば、間違いなく不幸であるが、リーシュの程度を推し測るには都合がよいとも言える。
とは言っても、所詮は一学園の生徒会が抱える仕事だ。リーシュの普段の仕事と同列に数えることは出来ない。
参考になればよい、と思っていた。
それに、リーシュを計るのが第一ではない。
生徒会の仕事を減らすことと、リーシュへの細やかな復讐なのだ。
今日まで、どれほどうんざりとした思いをさせられてきたことか。このくらいは許されてしかるべきである。
リーシュが書類を捲る。
リーシュの手並みは、生徒会の業務に慣れた虚の目から見ても鮮やか過ぎた。
サボりがちの楯無と言えども、最低限の仕事はこなしてきた。
部活動の予算編成や、学園の行事に関することがそれである。
溜まっているのはそれら以外のもの。
生徒会へ届く、生徒達からの陳情などは大半が手付かずのままでいた。
リーシュの手元にあるのがそれだ。
生徒達から届けれらた陳情を書式に沿ってプリントアウトし、まとめたものである。
先ず、リーシュは書類の束を捲っていった。
ぱらぱらと、一枚あたり一秒も掛けずに次へ移る。目を通しているのかどうかすら怪しい。
五分と掛けずに全てをめくり終え、再び最初から目を通していく。
今度は目を通すだけではなく、書類を分類していく。
早急に対応が必要なもの。例えば、学園生活の安全に関わるものなど。
すぐに対応しなくてもよいが、検討すべきもの。例えば、学園生活の快適さに関わるものなど。
生徒会では対応できず、学園側へ通すもの。例えば、校則に関わるものなど。
そして、それら以外。
分類を終えるとペンを持ち、書類へ妥当と思われる案を書き込んでいく。予め考えがあったのではと思われるほど、淀みなくペンを走らせていく。
学園側へ投げるものであっても、一筆添える。
二十分ほどで、すべき仕事の大半が終了した。
電子媒体ではなく紙媒体であるため、物理的にこれ以上の早さは出せないのでは、と思われた。
そこで、リーシュの手は止まった。
傍に座る虚を窺うも、何も言ってくれない。
書類を一枚終える度に、運んでいった虚である。リーシュの仕事の進行度合いがわかっていないわけがない。
無言の内に、残りもやれ、と言っている。
生徒達からの陳情なのだ。
それら全てが、学園の根幹に関わるような、重要な提案であるわけがない。
むしろ、大半はそこからほど遠いものである。
書類の内、九割がそのようなものなのである。
綺麗に表現するならば、年頃の少女が持つ繊細な心が訴えるもの、となるが、言葉を選ばなければ、どうでもいいようなものばかり。
けども、虚はやれと言っている。
これは、虚の細やかな復讐なのだ。
虚は容赦しなかった。
リーシュは渋々と、書類の山へ再び手を伸ばす。
右だろうが左だろうが、どちらでもよいような問題ばかり。最適解を探すのはリーシュの得意分野だが、どうでもいいような問題をどうにかしろと言うのは、苦しいの一言に尽きた。
参考までに、一つ挙げる。
『学食のライス中は多すぎます。でも、ライス小の大盛りでは物足りないです。ライス中の小を用意してください』
もしもこれが一夏からの要望であったならば、リーシュは無言で一夏をぶっ飛ばしていたことだろう。
食べた分動けと言うべきか、少なくても我慢しろと言うべきか、要望に応えるべきか。
年頃の少女と食の問題は、リーシュも理解している。
お腹一杯になりたい。けれど、美しい痩身でいたい。矛盾であるが、理解出来る。
理解しているが、余りにもどうでもいい。
どうでもよすぎて、思考停止に陥ってしまう。
このような難題が、数百と残っている。
楯無が手付かずにしていた理由が、よくわかってしまった。
苦心の末に一枚の書類を処理し、虚に懇願の視線を送るも黙殺される。
悩み惑い、もう一枚を終えてから虚を見るが、素知らぬ顔をされる。
リーシュは、ふぅと深く息を吐き、萎える心を奮い立たせながら書類仕事を続けた。
唖然愕然呆然などなど。
負の百面相をするリーシュを、虚は楽しく見守っていた。
いい気味、と腹黒く笑っているわけではない。
純粋に、見ているだけで楽しいのだ。
黙っていれば、いや、口を開いていても、ダイアナの写し身とさえ呼ばれるリーシュなのだ。どんなシーンを切り取っても絵になる。
そのリーシュが露骨に顔をしかめているのは、どこか滑稽で笑いを誘った。
もちろん、声を出して笑う虚ではない。
リーシュが書類へ集中しているのが良かった。
他の誰もいないのも、もっと良かった。
虚は安心して、リーシュの姿を鑑賞することができた。
ふと、リーシュの手が止まった。
悩み、呻き、遅々としてはいても、書類を手に取り、ペンを走らせていたリーシュだ。
それが、完全に動きが止まり、目を閉じて天を仰いでいた。
屋内であり、目を閉じてはいても、リーシュの瞳には広大な空が映っていた。
空を眺めて落ち着かなければ、どうにもならない難題が出てきたのだ。
虚はリーシュの手元を覗き込むと、反射的に書類を奪っていた。
「このような問題は私に流してください!」
リーシュからの懇願を、無視し続けていた虚である。
「ありがとう……。助かるよ、虚さん」
つまらないことを蒸し返すリーシュではない。それに、リーシュは疲れていた。
男ではどうにもならない、触れてはならない問題だった。
女子トイレの個室に備えられたゴミ箱など、男が見ても聞いてもよいものではないのだから。
他に、あのような問題をリーシュの目に触れさせるわけにはいかない。
虚は残った書類を手に取り、目を通していく。
見せるべきではないものが見つかった。
抜き取り、シュレッダー行きを決める。
念のために、リーシュが要検討に分けた書類にも目を通す。
同様の要望が見つかった。
白い目でリーシュを見るも、リーシュは真面目な顔を取り繕い、書類に目を落としている。
無言で抜き取り、無言でシュレッダーに掛ける。
オリオールさんを同じクラスにしてください、ルームメイトにしてください、との要望が両手の指では数え切れないほどあった。
時計の針が進んでいく。
太陽は西の空へと沈み、暗くなっていく。
苦しむリーシュに同情したのか、任せてはおけないと判断したのか、途中から虚も手伝い始めた。
決断する者に優秀なブレインがつけば、速度は足し算ではなく乗算となる。
書類の山は見る間に減っていき、夕食の時間に差し掛かる頃には全てを消化することが出来た。
終わったのだ。
長く苦しい辛い戦いであったが、終わったのだ。
疲れた。
兎も角疲れた。
海千山千との形容が相応しい老人達との、神経を磨り減らす交渉には愉悦を覚えたリーシュだ。
嫉妬に駆られ、一歩間違えれば命の危険さえあった女性達との一夜であっても、興奮を覚えたリーシュだ。箒や楯無の嫉妬など可愛いもの。恐れるどころか愛でる対象ですらある。
そんなリーシュであっても、少女達の心の声は手強すぎた。
背を伸ばせば、ぱきぱきと小気味よい音が鳴る。
体が脱力するのに任せて、デスクの上に突っ伏した。
体が休憩と、エネルギー補給を求めている。
休みたいが、食事もしたいが、終えた仕事をそのままにも出来ない。
書類は会長の印が押され、効力を持つようになったが、そのままではただの書類だ。しかるべき場所へ手配して、ようやっと働くのだ。
それに、虚が言っていたお話、もある。
またも気力が萎えているが、無理に呼び起こすことはない。もう少しこのままの姿勢で休めば、回復するはずだ。
だらしない格好をしていても、虚は何も言ってこないことであるし。
リーシュが何も考えず、体力と気力の回復に専念していると、すぐ傍で、ことり、と鳴った。
デスクの上に、固いものが乗せられた音。
顔を上げずともわかる。紅茶の香りが漂ってきた。
リーシュが恐る恐る顔を上げると、虚が紅茶と、サンドイッチを用意していた。
「お疲れ様です。どうぞ召し上がってください」
「……ありがとう。…………いただくよ」
やはり、恐る恐る紅茶へ手を伸ばすリーシュを見て、虚は薄く笑っていた。少し、意地が悪い。不安に思いつつ紅茶へ手を伸ばすリーシュを、間違いなく楽しんでいる。
紅茶は澄んだ紅色。
リーシュが口をつけると、甘い香りが鼻腔を満たした。軽い渋みが心地よく、後味は爽やかで後を引かない。
絶品である。
サンドイッチも美味だった。この後の食事を考えてか、あっさりとした野菜サンド。
お世辞も穿った言葉も用いず、リーシュは素直に賞賛した。
自信があったのだろう、虚はたおやかに微笑んでいる。今度は目も笑っていた。
リーシュは、仕事の合間にも紅茶を出されていた。
渋い、苦い、えぐい、ついでに酸っぱい、と酷い味だった。
これは精神に活を入れてくれる虚の心遣いだ、と自分で自分を慰めていたが、どうやらその通りだったらしい。
人心地つけ、今度は食後の紅茶を淹れてもらった。
「ご馳走様。やっぱり虚さんは本音さんのお姉さんだね。外面も内面もよく似ているよ」
「……そうでしょうか?」
空になった皿を片付けつつ、虚は首を傾げる。
顔立ちが似ている自覚はある。しかし、内面は全く違うと思っている。のんびりした妹、固い姉。自他共にそう思ってきた。
「人を思い遣る、優しいところはそっくりだよ。本音さんが優しいのは、虚さんを見てきたからなんだね」
「……………………面倒をお掛けしたのですから、このくらいは当然です」
「その当然を出来る人がどれだけいるかな?」
「……………………」
皿を落とさないよう、慎重にトレイに乗せて生徒会室の隅に運ぶ。鍵を閉めて出るときに、忘れないよう心にメモをする。
リーシュに背を向けたまま、深呼吸を繰り返す。
楯無が言った通り、口が上手い。
心を揺さぶられてはならない。
鉄面を被り直し、振り返った。
「オリオール様へ申し上げたいことがございます」
「なんなりと」
「……お嬢様がオリオール様の元で働くことについて、思うことは多々ありますが、何も申し上げません。お嬢様の考えが第一ですし、更識家では既に周知されてしまったことでもありますから」
「虚さんも刀奈と一緒に来てくれるんだろう?」
「…………そのつもりです」
「虚さんに来てもらえれば、刀奈はもちろん、俺も心強いよ。ありがとう」
「いえ、私が出来るのはお嬢様の補佐だけですから………………いえ! ですから、お話があります!」
リーシュに口を開かせると、ペースを奪われかねない。
虚はリーシュへ、言っておかなければならないことがあるのだ。
リーシュへ対し、ルールを逸脱した不埒者への怒りが自然と湧いてくる。
「オリオール様の私生活に対し、私が何かを申し上げる立場ではないことは承知しております。ですが、これだけは言わせてもらいます。オリオール様は、……女性との関係が、だらしなさ過ぎます」
「…………そうかな?」
「!!!! ……複数の女性と同時に関係を持つなんて、ふしだらにも度が過ぎます!!」
デスクに拳を振り下ろしかねない勢いだった。
虚が確実に知っているだけでも、生徒会に関わる三名。楯無が愚痴を零すことからも、それ以外に若干名。
二人同時に、でも虚には許せないのに、リーシュが関係を持っているのは、おそらく片手の指では数え切れない人数になる。
楯無は愚痴を零すだけで、リーシュを諌めようとしない。
本音はあろうことか、リーシュの行動を容認している節があるし、簪は本音に同調している。
厳しいことを言って、リーシュに嫌われたくない。三人はそう考えている、と虚は察した。
ならば、自分が心を鬼にして言ってやらなければならない。
一方、聞いてるリーシュは涼しいものだった。
今まで、何度も言われてきたことである。
「確かに、一夫一婦制の国では褒められたことじゃないね。古くはギリシア、古代ローマでも重婚は重罪だ。だけども、彼らだってベッドの中にまで注文をつけたりしないさ」
「私が言っているのは、法律ではなく道徳に反していると言っているのです!」
「俺は彼女を愛し、彼女は俺を愛してくれる。おかしいことじゃないだろう」
「複数の女性と関係を持つのがおかしいんです!」
虚は、顔を赤くして怒っている。
リーシュは数えるほどだが、本音を怒らせたことがあった。
眼鏡の有無と髪型の違いはあっても、怒っているときの顔は二人ともそっくりだ。
リーシュは、ふぅと息を吐いて立ち上がった。
それだけで、虚はどこか怯えたように、一歩下がる。
「虚さんの言う道徳はわからなくもないよ。だけどね、それは男が複数の女性を養えない場合だ。満足したら女性を捨ててしまう愚かな男を諌める論理だ。俺は違う。彼女達を愛しく思っているし、養う能力もある。また、彼女達がそれに甘えるだけの女性ではないことも知っている。虚さんが心配することは一つもない。虚さんは、何がそんなに心配なのかな?」
動物の世界では一夫多妻は珍しくないし、人間の歴史でも非常に多く見られてきた。
力のある雄が雌を囲う。
遺伝子に組み込まれた本能と言ってもいい。
浮気を、ちらとでも思わない男はいない。思わない男はただの無知だ。
しないのはリスクを恐れるからであり、自身の能力を知っているからだ。
リーシュは一歩、虚に近づいた。
虚は険しい顔を歪め、一歩下がった。
「で、でも! そんなことはおかしいです! 私達人間には道徳が…………」
「人間……、ね。私は人間であり、獣ではない、か。それは思い上がりだよ、虚さん。人間なんて獣の一形態に過ぎない。言葉で、道徳で、人間の全てを縛ることなんて出来はしないさ」
リーシュは虚に近づき、虚は後ろへ下がる。
虚の表情は歪んでいるものの、嫌悪や怒りは浮かんでいない。
苦しそうな、悲しそうな顔をして、耐えている。
虚の背が、壁に当たった。
「離れてください…………」
怒りに紅潮した頬は、今や青い。
言葉も弱弱しかった。
楯無がリーシュへ、虚に近づかないよう言った理由が、今の虚なのだろう。
人並みに嫉妬するし独占欲もある楯無だが、それだけで心を縛るほど狭量な女ではないと、リーシュは知っている。
リーシュは尚も距離を詰める。
虚は下がれない。逃げようとしたところ、壁に突かれた手に阻まれた。
「離れて……ください…………」
顔を伏せ、弱弱しく懇願した。
虚は、リーシュをけして嫌ってはいない。
リーシュの仕事ぶりは目を見張るほどで、とても頼りに出来る男性だ。
見目麗しく、見ているだけで目の保養になると思うのは、妹の本音と一緒だ。
困惑した顔で見詰められるのは母性を刺激され、手を貸さないでいるには心を鬼にしなければ難しいほどだった。
交わす言葉は心地よい。
本音が思ったように、好きになって当たり前の人。
楯無が思ったように、どうにかならない女はどこにもいない。
迫られたら、唇くらいは、と。
会ったばかりなのに、そこまで考えてしまうほどだった。
けども、虚は身を任せるわけには行かない。
好きになるわけには行かない。
虚は、リーシュを跳ね除けなければならない。
虚の胸が、リーシュの胸に触れるほど近い。
伏せた顔にリーシュの手が伸び、頬に触れられた。
「触らないで…………」
涙が混じる声だった。
「どうして?」
リーシュはわかって聞いている。
虚の心を知った上で聞いている。
知った上で、虚の心を開放する義務があった。
「………………………………お嬢様が…………」
全てはそれだった。
「……本音も……、妹様も………………」
短い時間だったが、虚はリーシュに惹かれる心を自覚していた。
心のままに為すわけにはいかなかった。
リーシュは、主である楯無が、楯無の妹の簪が、自身の妹である本音が、三人が心を寄せる男性なのだ。
自分がそこへ加わるわけにはいかなかった。
幼い頃から刷り込まれ、自ら進んで受け入れてきた楯無への忠誠心と、リーシュへ惹かれる心がぶつかり合い、悲鳴を上げていた。
耐えなければならない。
耐えて、自分は一歩引かなければならない。
そうしなければ、いつか楯無が悲しむ。簪も、本音も。
今を耐えれば、リーシュが離れてくれれば、きっとこの苦しさを飲み込むことが出来る。
そうと信じて頑なに顔を伏せ、頬を撫でるリーシュの手を、優しい声を、広くて温かいリーシュの胸を、虚はじっと耐え続けた。
リーシュは、虚を、声を立てて笑った。
「…………何が、おかしいんですか?」
顔を上げ、リーシュを睨みつけた。
声からは、湿り気が消えていた。
リーシュへ感じた好意が、裏返ろうとしている。
好悪は表裏一体だ。きっかけさえあれば、簡単に反転する。
リーシュは、虚の決意を笑ったのだ。
今まで感じてきた怒りとは違う。
熱くではなく冷たく、血も心も凍てつく怒りが。
「だってそうだろう?」
虚の声を聞いても、リーシュは怯むことなく笑い続ける。
虚には、自分が何を言っているのか自覚がない。
思い違い。意地悪く言えば思い上がり。おそらく、そこまでは考えていない。思ってもみないことなのだろう。
真剣に悩み苦しむ虚に対して、失礼なこと甚だしいが、リーシュからすれば、虚の悩みは的を外していた。
いっそ、見当違いと言っても良かった。
それが可愛らしくもある。
本音は見せてくれない表情であることだし、と、悪いことも思っていた。
「つまり、虚さんが言ってるのはこういうことだ。俺が虚さんと関係を持ったら、俺は虚さんに溺れ、夢中になり、他の女性が目に入らなくなる。そう言いたいわけだね?」
「え…………………………!?」
理解が及ぶにつれ、青ざめていた頬に鮮やかな朱が戻ってくる。
リーシュの言う通りだった。
虚がリーシュへ想いを寄せたとしても、楯無が困ることは一つもない。
むしろ、リーシュへの愚痴を共感してくれる仲間が増えると、喜ぶかも知れない。
第一、親友とも呼べる虚の恋を、無理に縛ろうとする嫌な女ではないのだ。
にもかかわらず、リーシュへ近づかないよう言っておいたのは、虚がリーシュへの思いと、忠誠心との間で苦しむとわかっていたからだ。
虚はどこまでも真面目で、固い。
虚がリーシュへ想いを抱き、楯無が困る事態になるのは唯一つ。
リーシュが虚へ夢中になり、虚以外の女性が目に入らなくなることだけだ。
虚はそこまで考えていなかった。
漠然と、いけないこと、と思っていただけだった。
リーシュに指摘され、自分が何を言ってしまったかと気付けば、もうどうにもならない。
穴があったら入りたい。
だけども、リーシュはそれを許さない。
虚の豊かな胸が、リーシュの胸で潰れるほどに近づいている。
緩んだかと思えば、頬を両の手で包まれて、上を向かされた。
「自分でそんなにまで言うほど魅力的な女性を、放っておくわけにはいかないね」
「あ……う…………………………」
声が出なかった。
リーシュは、人を誰かと比べるのが嫌いだ。
評価するときは、自身がもつ基準に照らし合わせる。
虚は、本音とよく似た姉であることから、中々難しい。
二人ともに愛らしく、優しい少女だ。
だけども、表層は全くの別タイプなのが面白い。
手の中で、羞恥に涙を溜める少女は、堪らなく可愛らしい。
「だ………………ダメです! オリオール様とは会ったばかりなんです! こういったことはもっと段階を積んで――」
「虚さんは、計算や計画を立てて恋をするのかい?」
「う…………………………」
リーシュの顔が、ゆっくりと近づいてくる。
何をしようとしているのか、しっかりと虚へ教えてくる。
虚は、目を逸らせなかった。閉じることも出来なかった。
このままではいけない。
だから、精一杯の抵抗として、
「…………う……………………」
寸前、口を開いた。
吐息が掛かる距離。
リーシュは、虚の言葉を待っている。
虚は、残る力を総動員して、続きを口にした。
「…………虚と……、お呼びください…………」
「わかったよ、……虚」
虚の手が、ゆるゆると、リーシュの背へ回った。
手を添えずとも、虚は目を閉じ、上を向く。
リーシュは虚の腰を抱き、虚の艶やかな唇へ、唇を重ねた。
虚の舌からは、微かに紅茶の味がした。
誤字報告もらってしまったが適用しません
本作あらすじをお読みください
それよりも読んだの一言の方が万倍ありがたく