※この作品はR-18です。

オリシューとISヒロイン(ry   作:user

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ヒロインガール1

『ご無沙汰しております、ミスオルコット。あの日の貴女は素晴らしく可憐でした。それでも、今日の美しさはあの日描いた想像を遥かに越えています。再びお会いすることが出来、光栄です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝から雨が降っていた。

 セシリアは、日々己に課しているISの訓練を取り止め、一人で早目の夕食をとった。

 

 ツーマンセルトーナメントが終了した直後であり、誰もが燃え尽き、気が抜けていた。

 祭りの後の、心地よく物寂しい余韻。

 それに加え、半ば屋外であるアリーナでは雨に打たれる。雨天の利用者はいつも少ない。

 セシリアがアリーナに姿を現さなくても、誰も不思議に思わなかった。

 

 

 

 ゆっくりと食事をとる。

 メニューは数枚のトーストにスープ、たっぷりのサラダ、色鮮やかなカットフルーツ。肉類はスープにも含まれていない。

 美しくすらある完璧なマナーで、スプーンでスープを掬う。

 一人、静かに食事をしていると、思い出してしまう。

 いけないこと、よくないこととわかっていても思い出してしまう。

 思い出すのは、先のツーマンセルトーナメント。

 全身全霊で優勝を目指した。

 即物的で恥ずかしくなってしまうが、優勝賞品がリーシュと二人きりでの食事だったのだ。真剣にならざるを得ない。

 しかし薄汚い裏切りにあい、叶わなかった。

 凰鈴音。

 彼女ならば、と信頼していた。

 クラスリーグマッチで死闘を演じた鈴音とは、確かに通じるものがあった。何かを通じ、リーシュとの残酷な格闘訓練を見て、彼女ならばと信頼したのだ。

 裏切られた。

 

 セシリアは険しくなる表情を自覚し、目を閉じて心を落ち着けた。

 季節のフルーツを口に運び、爽やかな甘味で心を慰める。

 食事を終え、ナプキンで口元を拭うとすぐには立ち上がらず、今日までを振り返った。

 

 フランスから来た小娘が脳裏をかすめる。

 シャルロット・デュノア。

 三人目の男性適合者として、IS学園に転入してきた。

 可愛らしい男の子と思っていたら、とんでもない。誰も彼もを欺き、男装までしてリーシュに近づいた尻軽なフランス娘。

 極刑に値する。

 ツーマンセルトーナメントで、引導を渡してやりたかった。

 ISを用いてのゲーム上ならば、事故で通る。

 出来なかった。

 搭乗者の安全を守るISの絶対防御が優秀だったし、例え絶対防御を抜く手段を見つけたとしても、きっと出来なかった。

 リーシュは暴力を嫌う。ルールから逸脱することを憎悪する。リーシュから嫌われることを出来ようはずがない。

 なによりも、血に濡れることが怖かった。

 人の死に触れるのは、もうたくさんだ。

 

 人影の少ない食堂で軽く食休みをとり、セシリアは部屋に戻った。

 

 

 

 寮の自室に戻ると、ルームメイトはまだ戻っていなかった。

 セシリアは制服を脱いだ。タイを外し、ブラウスも脱ぐ。パンティストッキングも脱ぎ捨て下着姿になり、ベッドに身を投げた。

 セシリアのベッドは外部から持ち込んだ特注品だ。どこまでも柔らかくセシリアを受け止め、セシリアを包み込む。

 あの日、あのフランス娘が本性を現した時、決意したのだ。

 ツーマンセルトーナメントの優勝賞品を聞いて僅かな望みを掛けたが、やはり自分以外は頼りに出来ない。自分だけの力で、自分が行動して、勝ち取らなければならない。

 

 そろそろ準備を始めなければ遅くなってしまう。

 セシリアは下着を脱ぎ、ヘアバンドも外してバスルームへ向かった。

 

 シャワーを浴びながら、バスタブへ湯を溜める。

 イギリスにいた頃は、自分でバスの用意をするなんて思いもしなかった。今では手馴れたもの。

 軽く汗を流し、バスタブに溜まっていく湯をぼんやりと見詰める。

 ポニーテールの少女を思い出す。

 篠ノ之箒。

 箒もまた、鈴音やシャルロット同様に、思ってもみなかった女だ。箒は、もう一人の男性適合者、織斑一夏へ想いを寄せていたはずだった。

 口にこそしなかったものの、セシリアは箒の恋を応援していた。恋する女同士、一方的ではあったものの、密かな共感を覚えていた。

 違った。

 一夏を利用して、リーシュへ近付いた策士だった。

 忌々しい。

 自分の魅力で勝負出来ない、卑怯な女。

 

 いけない。

 そんなことを考えていてはいけない。

 セシリアは頭を振り、バスルームの隅に並ぶ小瓶から一つを選ぶ。

 一滴。二滴。少し考えてもう一滴垂らした。

 バスルーム内に芳しい香りが満ちる。

 お気に入りの、ローズオットーのエッセンシャルオイル。

 バスタブの縁に腰掛けて、足で湯をかき回す。それから静かに湯へと入った。

 

 今夜のこれからを想像すると、不安が、恐怖が、嫌なものがどうしても過ぎってくる。

 いけない。

 未来と、幸せを見なければならない。

 何も考えず、湯の中で手足を伸ばす。

 心が解れてくる。

 布仏本音の顔が思い浮かんだ。

 邪気の無い、可愛らしい少女。

 妬ましく羨ましいことに、本音はリーシュのルームメイトだった。

 疑わしいほどに仲が良く、けども男女の仲を連想させず、頼りになる兄と、甘えたがりな妹のように見えた。

 仮に本音がリーシュとの関係を持っていたとしても、きっと憎めないと思う。

 男は、リーシュは、本音のような女性が好きなのだろうか。

 

 湯から上がり、セシリアは体を洗い始めた。

 スポンジを使って、石鹸を泡立てる。安っぽい残り香を残さない、天然由来の高級石鹸。

 きめ細かい泡を作り、スポンジで直接体を擦るようなことはせず、手指を使って洗っていく。

 擦るではなく、撫でる。磨く、と言っていい。

 セシリアは、丹念に肌を磨き上げた。

 もちろん、一番大切な秘部も洗っていく。秘唇の内側も外側も、優しく指で撫で上げる。クリトリスも包皮を剥いて同様に。痛みを感じるほどにやり過ぎてはいけない。

 最後は指で広げ、シャワーで流した。

 

 最後に髪を洗った。

 輝く金髪は両親から受け継いだもの。自慢に思っているし、誇りに思っている。

 一人で髪を洗うのも、最早慣れたものだった。

 

 バスルームから出て、バスローブをまとい髪を乾かす。

 ゆっくりと時間を掛けて。

 タオルで水気を拭き取り、ドライヤーで乾かしていく。ブラシを入れながら丁寧に乾かしていく。

 無心では出来なかった。

 クラス代表になれた日を思い出す。

 嬉しかった。

 とても嬉しかった。

 あの日の喜びは十五年の生涯において、五本の指に入るほどのものだった。

 リーシュと、一緒にいることが出来る。

 クラス代表の自分と、代表補佐のリーシュ。

 二人きりで共同作業を行って、心と、想いを共に育んでいけると思っていた。

 そんなことは一度も無かった。

 自分はISバトル。リーシュは細かな事務仕事。完全に役割分担されていた。交わす言葉は味気ない業務連絡めいたものばかり。担任の織斑先生がクラス代表である自分を通さず、リーシュへ直接に仕事を投げているようだった。

 もちろん抗議した。クラス代表は自分なのだ、と。

 却下された。ISに集中しろと言われた。代表候補生として恥じない己でいろと言われた。そんな事はわかりきっている。

 

 髪も体も乾かし終え、肌のケアも完了して、セシリアは一糸まとわぬ姿のまま、部屋に戻った。

 異性には一度も晒したことのない姿で、チェストから衣服を引き出す。

 ベッドに並べ、吟味を始めた。

 

 戻ってきていたルームメイトには一瞥もせず、彼女もまたセシリアへ声を掛けず、どれが相応しいか選び続ける。

 手に取り、姿見の前で自分の体に当ててみる。

 

 鬼気すら漂わせるセシリアを見て、ルームメイトは息を殺して部屋の隅に避難した。

 

 テディか、ベビードールか、それとも合わせるか。

 真剣に考える。

 自身の魅力を最大限に引き出すには。

 考えて考え抜いて、ベビードールを選んだ。

 肌の白さを引き立てる、黒いシースルーのベビードール。

 乳房を覆う部分には細やかな刺繍が入り、腰には可愛らしいリボンを模したサッシュがついて、体のラインを強調することが出来る。そこから下は一般的なものと違い、ゆったりと膨らむようなことは無く、腰部から深く入ったスリットが前と後ろを分けている。

 正面から見れば陰毛すら透けて見える。

 まるで下着の意味を持たない、男を誘うためだけの卑猥な衣装。

 今まで、何度か身に着けたことがある。

 リーシュが部屋を訪れてくるのではないか。

 そんな夢を見て、身に着けていた。

 

 ストッキングも穿いた。

 いつものパンティストッキングではなく、ベビードールとセットになっているノンガーターストッキング。

 その上に、白いナイトガウンを羽織る。

 こちらはシースルーではなく、パジャマ代わりにも使える一般的なもの。

 

 香水を使うのは止めておいた。

 身にまとうものは、何も要らない。

 自分だけがあればいい。

 

 時間を掛けて準備をしただけあって、外はとうに暗くなっていた。

 誰もが食事を終え、部屋で休んでいる時間。

 頃合だった。

 

「行って参ります」

 

 ルームメイトに言葉を残し、応援の言葉は無く、けども、確かにセシリアを応援する心で見送られた。

 

 セシリアは廊下に出た。

 目指す場所は決まりきっている。

 彼は他に誰もいない、一人部屋、なのだから。

 

 

 

 

 

 IS学園入学から今日に至る日々を思い出し、気付かないでいられるわけがなかった。

 自分は、セシリア・オルコットは、リーシュに、リーシュ=オリオールに、避けられている、と。

 

 

 

 

 

『ご無沙汰しております、ミスオルコット。あの日の貴女は素晴らしく可憐でした。それでも、今日の美しさはあの日描いた想像を遥かに越えています。再びお会いすることが出来、光栄です』

 

 あの人は知らないのだ。

 いや、心の機微に聡いあの人のことだ。知っているのかも知れない。

 あの日、再会した日のことを。

 覚えていてくれた。

 一体どれほど嬉しかったことか、喜ばしかったことか、感激したことか、感極まって目に涙が滲むのを、あの人は目にしなかったのだろうか。

 

 

 

 

 

 もう、昔になってしまったこと。セシリアは、両親を列車事故でなくした。

 兄妹はいない。

 孤りになった。一人ではなく、孤りになった。

 一人で、幼いセシリアは家を守り続けた。

 オルコット家は名門である。一般の人間達から見れば、信じ難いほどの資産がある。

 守るのは、幼いセシリア唯一人。

 有象無象が、金の亡者が押し寄せてきた。

 たった一人で守り続けた。

 

 死んでしまった母を思い、泣いた。

 死んでしまった父を思い、泣いた。

 母へは愛ゆえに涙を零したが、父への涙は怒りがあった。父は婿養子だった。オルコット家では母よりも立場が弱く、卑屈で、惨めで、孤り残されてからの時間が、父への怒りとなっていくには十分すぎた。

 父は、男は、あんなものなのだと。

 卑屈で惨めな生き物なのだと。

 

 セシリアは、たった一人で家を守り続けた。

 出来るわけが無かった。

 成人しているならいざ知らず、十になるかならないかの小娘に出来ることではないのだから。

 人間の汚さを、いやと言うほど見せ付けられた。

 心が悲鳴をあげ、一人泣かない夜はなかった。

 そんな最中のことである。高いIS適正を見出され、イギリス政府から国家代表候補にならないかと打診された。代表候補になってくれれば、オルコット家の資産を守るために力を貸すと約束された。

 

 家のために自分を犠牲にするのか。

 よいことなのか、わるいことなのか。幼いセシリアにはわからない。

 返事はいつでも、出来るだけ早く。矛盾した言葉をもらった。

 考えても考えても答えは決まりきっていた。他に手段が無いのだ。

 イギリス政府が痺れを切らし、セシリアからイエスを強制しようとする直前になって、彼らはセシリアの前に姿を現した。

 今から四年ほど前のことになる。

 

 

 

 オルコット家は資産家である。

 資産の形は様々であり、動産があれば不動産もある。各種債権などの有価証券も当然ある。当時のセシリアは知らなかったが、資産の過半はスイスのプライベートバンクに預けられ運用されていた。

 毎年、資産の運用報告書が届けられていた。セシリアが見てもよくわからない。興味も無かった。

 報告書が届くのに前後して、その銀行から電話があるのが毎年のことだった。今年の運用成績は、と。

 その年は違った。

 報告書を伴い、わざわざ人が遣って来た。

 後に聞かされたところによると、オーナーである父の後を継ぐため、顧客への挨拶回りを兼ねた修行の一環であるらしかった。

 会っても会わなくても良かった。どちらかと言えば、セシリアは会いたくなかった。きっと、彼らも卑屈な男で、汚い金の亡者なのだ、と。

 だけども、オルコット家の資産を預かる銀行家なのだ。門前払いがまずいことくらい、セシリアにもわかっていた。

 仕方なく屋敷に通すと、現れたのは銀髪の青年と銀髪の少年。

 青年はわからなくもないが、少年はわけがわからなかった。セシリアと幾つも違わないように見えた。

 幼い頃から美しいものに親しんできたセシリアをして、目を見張るほど美しい少年だった。

 少年は、セシリアがどれほど可憐で美しいかを褒め称え、セシリアが呆気にとられている間に手の甲へとキスをしてくれた。

 キスをされたと気付き、きつく睨みつけると、少年はおどけた様に笑って後ろへ下がった。

 青年が少年を睨みつけてから咳払いをし、セシリアへと報告を始めた。やはり青年が主体であるようだった。

 報告は、幼いセシリアへもわかり易く噛み砕かれている。けれど、セシリアには興味が無かった。それよりも、少年の容姿が珍しく、ちらちらと視線を飛ばす。美しい容貌もそうだし、右と左で色の違う瞳はもっと珍しかった。

 少年は、セシリアの視線に気付く度に、左右の目で交互にウインクをしてくる。気障な振る舞いが気に障り、睨みつけたが、少年は悪戯ぽく微笑んだまま。

 

 報告が終わり、軽い世間話も終えて、二人が席を立とうとした時、それらはやってきた。

 それらは焦っていた。

 イギリス政府がオルコット家の保護に動こうとしている。国家の保護下に置かれては、手の出しようが無い。オルコット家の資産は、幼いセシリアからしかるべく者の元に移さねばならないのだ。

 幸いにも、オルコット家の資産を預かるバンクの人間がいる。更に喜ばしいことに、若造と子供。どうにでもなると内心で狂喜し、セシリアの前で訴えた。

 こんな子供に、と。

 

 使用人たちは慌てふためき、青年は表情を消して静かに対応した。

 セシリアは黙って睨みつけた。

 セシリアは、怒りと、憎悪と、嫌悪と、恐怖でもって、醜いそれらを睨みつけることしか出来なかった。

 少年は笑っていた。

 

『黙れ』

 

 混沌とした場に、少年の声が響く。

 少年は、笑っていた。子供らしい残酷さで笑っていた。

 

『クソのようなクソどもが。クソと一緒にキャベツ畑の肥やしになるか? 俺はザワークラウトが大好きなんだよ』

 

 ザワークラウトはドイツ生まれのキャベツの漬物である。

 静まり返り、老人が激昂し、ステッキを振り上げた。自分の年の半分どころか、更に半分でもまだ足りない、孫のような子供に侮辱されたのだ。馬鹿な子供は、体に教え込まなければならない。

 睨まれ、無様に尻餅をついた。

 

 セシリアは見た。

 少年の瞳に、燃え盛る憎悪と凍てつく冷酷が同居しているのを。

 

『ジジイ…………。決めたぞ。お前は檻の中で死ね』

 

 少年が酷薄に笑った。

 

 

 

『リーシュ! お前はお客様の前でなんて事を……。俺達は父さんの名代で来てるんだぞ!』

『いや、俺は違うし。それに俺達が一番にしなければならないのは看板じゃない。顧客の利益だろ?』

『そんなことはわかっている! だからと言ってやり方というものが――』

『あれは人の財布に手を突っ込もうとする盗人だ。ルールを守れない畜生だ。害獣は処分と決まってる。それにあのジジイ……、舐めやがって…………』

 

 押しかけた無法者はとうに消えていた。

 

『いいか? 絶対に無茶をするなよ? 絶対だぞ? 兄さんとの約束だぞ?』

『もちろんだよ。俺が兄さんに心配掛けるわけないって』

『出鱈目を言うなぁ!? だから連れてきたくなかったんだ……』

『兄さん……。可哀そうに。苦労しているから、まだ若いのに頭がそんなに白くなって…………』

『俺の頭は生まれつきだ! お前だってそうだろうが!』

 

 少年は、青年の言葉を聞いていなかった。

 セシリアの前で優雅に微笑み、手を取った。

 

『あれらは私がしかるべく対応します。ミスオルコットは、どうかお心安らかに』

 

 恭しく、手の甲にキスをした。

 セシリアは、少年の手を振り払えなかった。

 優雅な微笑みの中で、セシリアは見た。十分の一秒だけの、獰猛な笑みを。

 

 セシリア・オルコットは、心臓を貫かれた。

 

 その夜。セシリアは眠れなかった。枕を濡らすこともなかった。

 

 

 

 

 

 事の顛末を、セシリアはいまだ知らない。

 ただ、あの日以降、金の亡者に煩わされることは唯の一度もなかった。

 

 イギリス政府からの打診があった。

 最早、遺産の保護のために政府を頼りにすることはない。

 セシリアは、代表候補となることを決めた。

 

 あの後すぐ、少年と、資産を預けている銀行について調べたのだ。

 銀行は、オルコット家が資産の過半を任せただけあって、歴史と伝統あるプライベートバンクだった。顧客名簿には世界中の王族や貴族の名が連なると聞いた。

 少年についてはよくわからなかった。

 名前は、リーシュ=オリオール。

 あれだけ美しくて、男らしくて、紳士で、有言実行で、一角の人物になるのは間違いないと思われた。

 だから、リーシュを迎えるのに相応しい自分になろうと決意した。

 資産はある。残るは名誉だ。

 代表候補となり、国家代表となり、ISの世界大会で優勝して誰もが賞賛する名誉を手に入れ、リーシュをオルコット家に迎えようと。

 

 セシリアが地に足をつけ、高みを目指している間、リーシュは飛翔していた。背には翼があるのではと思われるほどだった。

 セシリアは遠くから、眩しく、胸を締め付けられる思いで、リーシュを見詰めていた。

 

 財界の巨人。世界の流れをたった一人で押しとめた男性。世界に並び立つ者は一人もいない。

 ISや国家など、そんな小さな枠組みに囚われる人間ではなくなっていた。

 

 暗澹とした気持ちで毎日を送り、いつしか初潮を迎えて女を意識し、オルコット家の後継について考えることもあったが、リーシュ以外の男を愛せるとは思えなかったし、そんな事はあり得なかった。

 

 身の入らないセシリアへ、セシリアの幼馴染で専属メイドでもあるチェルシーが、朗報を持ってきた。

 リーシュが、精子バンクに登録していると。

 当然、年齢も名前も伏せたまま登録してある。提供される情報は、ドナーの顔写真と健康状態に簡易な経歴のみ。

 しかし、リーシュの顔を見間違えるわけがなかった。

 この時、セシリアの将来は決定した。

 

 代表候補としてIS学園に入学し、卒業後は国家代表として勤め、二十一歳になったら引退し、バンクからリーシュの精子を提供してもらう。

 子供を産んだら、オルコット家の跡継ぎとなるよう、大切に大切に愛すると決めたのだ。

 

 そしてIS学園に入学した。

 

 リーシュと再会した。

 

 

 

 

 

 廊下を歩くセシリアは人目を引いた。

 夕刻はとうに過ぎ、夜と言ってよい時間。寝巻き姿で出歩く少女は多かったが、ナイトガウンで歩いているのはセシリア一人。

 セシリアは美人だ。

 1年1組を見れば、美少女と目される少女が幾人かいる。

 

 例えば、篠ノ之箒。凛とした姿は誰もが振り返る。

 例えば、シャルロット・デュノア。本人は気にしているようだが、中性的な容貌は誰の目も引く。

 例えば、布仏本音。彼女の姿を見て、愛らしいと思わない者はいない。

 例えば、ラウラ・ボーデヴィッヒ。小柄で白い肌に銀色の髪。隠された瞳は異色虹彩。神秘的ですらある。

 

 彼女らは美しく生まれつき、彼女らなりに気を遣っているのだろう。

 セシリアは違う。

 青い血を引き、美しく生まれることが約束され、幼い頃から磨かれ続けてきた。意識してからは、自分の手で磨き続けてきた。言ってしまえば、美しさに掛けるお値段が違った。

 その場にいるだけで周囲の空気を変える、華のある美人なのだ。

 

 そのセシリアが胸に凄絶な決意を秘めれば、凄惨な美が宿る。

 すれ違った者は息を飲み、目を見開いてセシリアの姿を焼き付けた。

 

 

 

 1021号室の前で、二人の少女とぶつかった。

 着ぐるみ少女と、パジャマを着た眼鏡の少女。

 布仏本音と、1年4組のクラス代表。

 今になって、睨み付ける様なことはしない。静かに一瞥すると、眼鏡の少女は後ずさった。

 本音は微笑み、セシリアの手をとった。

 渡されたものが何であるかを確認し、自分の手の中と、本音の顔とを何度も視線を往復させた。

 本音は微笑んでいる。

 セシリアは、大切に両手で握りしめ、胸に抱いた。

 

「…………ありがとう……ございます……………………」

 

 本音は微笑み、セシリアの頬を拭った。

 

「泣いちゃダメだよ、セッシー。頑張ってね」

「…………はい………………」

 

 本音は眼鏡少女の、簪の手をとって自室へ戻って行った。

 セシリアが本音から渡されたものは、1021号室のキーだった。

 

 

 

「いいの?」

「うん。セッシーはずっとオリシューのことが好きだったんだよ。オリシューが悪い」

 

 本音は女神だ。例え相手がリーシュであろうと、悪は容赦なく裁くのだ。

 

「そっか…………。セシリアさん、綺麗だったね」

「うん。セッシー、美人だよねー」

 

 

 

 

 

 セシリアは、1021号室のドアをノックし、ロックを外した。

 室内からの応答を待たず、ドアを開ける。

 

 全てを捨て、全てを捧げる覚悟を胸に、セシリアは1021号室へ足を踏み入れた。




色々と印象深い回
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