オリシューとISヒロイン(ry 作:user
ふんふふふん♪ と鼻唄を歌いながら、シャルロットはキッチンに向かっていた。
足取りは、ダンスのステップかのように軽い。
「リーシュはこのお肉を切っておいて」
「大きさは?」
「あとで解しちゃうから適当で良いよ」
適当とはいい加減、と言う意味ではない。要求に対して適切に、と言う意味だ。
もっとも、この場合は真実いい加減でも構わない。リエットになるので、鍋に入る大きさなら構わないのだから。
シャルロットがいるのは自室のキッチンではなく、リーシュの部屋のキッチンだった。
リーシュのため、手料理を作っている最中なのだ。
いつぞやの約束を、シャルロットはもちろん、リーシュも覚えていた。
それに加え、ツーマンセルトーナメントの優勝副賞の権利行使である。
リーシュと二人きりの食事は、外食でなくても構わないのだ。
シャルロットはフランス人だが、全てのフランス人がフランス料理のフルコースを堪能しているわけではない。ましてや、シャルロットは長く母親と二人暮らしだった。代表候補生でありながら、一般生徒よりも家庭的な少女である。高級レストランで、フランス料理のフルコースを、と言われても困ってしまう。それならば、自分が手料理をご馳走したい。
そして、IS学園では料理部に所属している。
キッチンに立ち、家庭料理を任せられれば、まさに無敵なのだ。
休日にもかかわらず、制服の上からピンク色でハート模様をあしらったエプロンを着けているのは、何か狙いでもあるのだろうか。
シャルロットが着用している制服のスカートは、非常に短い。俗に、マイクロミニと呼ばれるほど短い。
シャルロットは、背後からリーシュの視線を感じ、うっとりとしながら料理をしていた。
時折、リーシュの手がシャルロットの太ももに、尻に伸びる。
その度に、お料理してるんだから危ないよ、と苦言を呈するのだが、顔は緩む一方である。
鼻唄のみならず、えへへ、と笑みがこぼれる。
新婚ほやほやの奥さんみたい!
シャルロットの心中はこれである。
夢見心地なのだから、手つきも足取りも軽くなろうというもの。
リーシュはそんなシャルロットが可愛らしく、悪戯をする度にシャルロットから叱られている。
ただし、シャルロットが浮かれて幸せそうなら、リーシュもこの上なく幸せである。と言えないのが、リーシュの酷いところだった。
お花畑でダンスしているシャルロットだったが、無粋な現実がノックした。
リーシュの部屋の扉が叩かれたのだ。
人の幸せを邪魔するお邪魔虫は誰かな? と。シャルロットは、まな板の上の玉ねぎを、ざっくりと叩き切る。
肉類は引いて切るが、野菜類は押し切るのは常識である。ちなみに玉ねぎは、たっぷりのチーズを載せてからオーブンで焼く、熱々のオニオンスープになる予定だ。
笑顔を凍らせるシャルロットに微笑みかけ、リーシュが対応に向かった。リーシュの部屋なのだから当然である。
IS学園の学園寮といえど、やはりワンルームだ。部屋の扉を開いておけば、廊下でのやり取りが聞こえてくる。
「一夏か。どうした?」
「リーシュ先生! 期末テストについて教えてください!」
「出題内容は教えれらないぞ」
「試験範囲だけでいいんです! 夏休みを補修で潰したくないんです!」
「必死だな……。試験内容は授業でやったところからだ。と言いたいところだが、もう少し教えてやる。どうせ明日明後日には知らされることだし。テキストは持ってきたか?」
「ありがとうございます!! 持ってきました!」
「一々大袈裟だな……。まぁ入れよ」
(部屋に入れるの!?)
シャルロットの心の叫びは届かない。
リーシュは一夏を招きいれ、試験範囲について話し始めた。
熱心にメモを取る一夏を見て、出て行けと言えるシャルロットではなかった。
試験範囲についてだったが、全教科ともなると少し時間が必要だった。
それでも十分と掛からず説明は終わる。
さぁ出て行って、とシャルロットが心中で叫ぶも、一夏が嫌なことを言い出した。
「なんかいい匂いがするな」
「シャルが料理してくれてるんだよ。フランスの家庭料理だ」
「へぇ…………」
「食べていくか?」
(!?!?)
「え? いいのか?」
(いいわけないよ!)
シャルロットの心の声は、リーシュへきちんと届いていた。
リーシュは、キッチンに立つシャルロットへ笑みを向ける。目と目が合った。リーシュは、シャルロットの希望を誤解することなく受け取った。
一瞬だけ、リーシュの唇の片端が釣り上がる。
一夏へ向き直ったときには、いつもの柔らかな笑みに戻っていた。
「シャルも、食事は皆でしたほうが楽しいってさ」
リーシュは、容赦なくシャルロットを裏切った。
「いや、でも……」
リーシュにより、紳士教育をされてきた一夏だ。この場で自分はお邪魔虫、とまでは思わないが、邪魔をしている自覚はあった。
「シャルも、色んな人に食べてもらいたいだろ?」
リーシュが、キッチンに立つシャルロットへ問いかける。
リーシュの顔は、一夏からは見えない。
シャルロットに向けられたリーシュの顔が、雄弁に語っていた。はいと言え、と言っていた。
「う……うん。一夏も食べて、いって…………」
「……そっか! じゃ、遠慮なく。いやぁ、慣れない勉強してたら腹が減ってさぁ」
インスタントマナーを、青少年の食欲が打ち負かした瞬間だった。
「慣れていても腹は減るもんだ。それより毎日勉強しろよ」
「うぐっ……、肝に銘じておきます…………」
「そうしておけ。良かったな、シャル。一夏にも食べてもらえて」
「そうだね…………。あはは、はは………………」
シャルロットは笑うしかなかった。
「箒さんも食べていかないか?」
「フランスの家庭料理か……。御相伴に与るとしよう」
ルームメイトの一夏が戻らなければ、一緒に試験勉強中の箒が気にするのは当然だった。
「なんだかいい匂いがするね」
「本音も食べていくかい?」
「食べるー!」
隣室で人の出入りが激しければ、気にならないわけがない。
本音が顔を覗かせたところ、リーシュにキャッチされた。
「え……。わたしもいいんですか?」
「もちろんだよ。食事は大勢の方が楽しいからね。本音さんもいるよ」
「それじゃあ……、お邪魔しちゃいます」
本音と勉強の約束をしていた簪が誘われるのは当然の流れだった。
「ラウラもどうかな?」
「誘いは嬉しいが、今日は……」
リーシュの部屋へ向かう生徒を止めようとしたラウラだったが、そのリーシュに捉まった。
シャルロットが副賞の権利行使で、リーシュと二人きりの食事、と知っているラウラだ。リーシュに誘われようと、シャルロットを気遣うラウラは良い子である。
「シャルが皆に食べて欲しいってさ」
「そういうことなら私も参加しよう」
「あはは……、ラウラも来てくれて、嬉しいよ…………」
「ほら、シャルも喜んでる」
シャルロットは、笑うしかなかった。
二人部屋に三人四人なら兎も角、それ以上となると手狭だ。
寮の食堂に移動することになった。
「あはは……はは……………………」
完全に諦め、シャルロットは乾いた笑い声を上げるしかなかった。
食堂及び厨房の使用許可と、ついでに食材の融通と、更には食堂の料理人たちへ手伝ってもらえるよう交渉するリーシュの手腕は、シャルロットには残念なことながら、非常に見事だった。
寮の自室なら来訪者は限られるが、オープンスペースである食堂ではそうはいかない。
参加者は雪だるま式に膨れ上がった。
完全に自棄になり、シャルロットは料理人たちへ指示を飛ばす。
リーシュは、シャルロットのフランス語を、絶妙なニュアンスすら日本語に訳して料理人たちへ伝える。
料理人たちは、レシピから想像される味を思い浮かべ、食材や調理法を工夫する。IS学園が雇った料理人は、やはり一流だった。
シャルロットも、転ぶだけではない。彼ら彼女らが構築するレシピを、漏らさずに吸収する。シャルロットは、料理上手な女の子なのだ。
そうして数々の料理が完成したとき、参加者はクラスや学年の垣根を越え、三桁にも届こうとしていた。
最早、ちょっとしたパーティーである。
料理の完成間近に参加した生徒達は、何かのイベントと思っている節すらあった。
ツーマンセルトーナメントの優勝副賞がこの食事とは、誰も思っていなかった。
乾杯の音頭があるわけもなく、シャルロットお手製、及び総指揮によるフランスの家庭料理が振舞われた。
もちろん、リーシュも手を伸ばしていく。
目当ては、そもそもの発端となったリエットだ。
リエットはフランスの肉料理であり、強めに塩を振り、ラードの中でばら肉が解れるまで加熱して、ペースト状にしたものだ。家庭により、塩加減の違いや香辛料の追加など、様々な味があるのは言うまでもない。
主に、パンやトーストなどに塗って食す。
リーシュは、クラッカーにリエットを盛って、口に放り込んでいた。
隣の一夏も、リーシュに倣っている。
姉の代わりに、台所を切り盛りしていた一夏だ。家庭料理には関心が高いらしく、一々頷きながら食べている。慣れない味であったが、舌に合ったらしい。
固い笑みで食事をするシャルロットへ、あの一夏が素晴らしいフォローをした。
「美味いな、これ。シャルならいい奥さんになるんだろうな」
愛称が広く定着したシャルロットである。
「リーシュも、結婚するならシャルみたいに料理上手な女の子がいいんじゃないか?」
リーシュは妻帯する予定は無いと知っている一夏なので、あくまで仮定の話である。
リーシュは、レバーペーストを塗ったクラッカーを口に放り込み、応えた。
「そりゃ出来ないより出来るに越したことはないな」
「!?」
『!?』
(!?)
(一夏! もっと言ってやって!)
リーシュの馬鹿、一夏の馬鹿、リーシュの馬鹿、一夏の馬鹿、と、念じ続けていたシャルロットだが、現金なものである。
男は常に過去を振り返る生き物だが、女は過去を振り返らないのだ。だから、女は現実的なのである。だが、万が一にも女が過去を振り返ったとき、男は覚悟しなければならないのは全くの余談である。
リーシュの言葉を盗み聞き、囲う少女達の反応は二分された。
料理の腕も絶品である完璧美少女の生徒会長は、ふふん、とほくそ笑んでいる。
中華料理屋の娘も似たようなもので、元は一夏に食べさせるために練習した料理だったが、過去は過去、である。女は過去を振り返らないのだ。
ドイツ軍少佐は得意げに笑っている。サバイバル料理をしっかりと習得している。蛇を捌くのもお手の物だ。
一方、剣道一直線だった少女は顔色が悪い。料理など、碌にしたこともないのだから。これを機に、密かに練習しようと心に誓う。
それに輪をかけて色を失っているのは、イギリスから来たお嬢様だ。料理など、自分がすることではないと思ってきたし、事実、一度もした事がない。顔面蒼白で、完全に手が止まってしまった。
リーシュの様子を伺い、リーシュの好みを把握して、味を確かめ、レシピを探る少女は出来る女である。先祖代々、従者をしてきた血が為せる業なのかも知れない。
そんな争いには加わらず、美味しいねかんちゃん、美味しいね本音、と和やかな二人が一番の勝者なのだろう。
「でも、料理なんてシェフやメイドの仕事だろ」
少女達の悲喜は束の間、リーシュが真実を告げた。
「おまっ…………、このブルジョワめ…………!!」
「ブルジョワジーとプロレタリアートは試験に絡むぞ。ちゃんと意味を調べておけよ?」
「マジですか!? ありがとうございます!」
狭義の意味では、ブルジョワジーは資本家階級。プロレタリアートは賃金労働者階級となる。世界史のみならず、経済においても重要な概念である。
安堵の息を吐くお嬢様に代わり、少し付け加えておく。
イギリスは料理が不味いと世界的に有名であるが、そこには少しだけ誤解がある。料理が不味い、ではなく、美味しくなる必要がなかったのだ。
イギリスの上流階級の人間は、フランスやイタリアのシェフを雇い、美味しい料理を堪能してきた。美味しい料理を食べられないのはプロレタリアートなのだ。
これが事実なのか、それとも彼らの強がりなのかは誰にもわからないことである。
宴は終わり、生徒達は解散した。
フランスの家庭料理は、各国の生徒達にも受けがよく、大盛況だった
これを機に寮の食堂では月に一度、各国の家庭料理がメニューに取り上げられることになった。今までもなくはなかったが、特別に取り上げることはなかったのだ。
自室に戻るリーシュの後ろを、シャルロットがついて歩いている。
軽やかな足取りは何処へ行ったのか、視線は俯き、床を見ている。
自室にたどり着き、リーシュはシャルロットへ振り向いた。
「シャル」
「…………………………………………なに?」
シャルロットは、もう笑えなかった。
二人きりで楽しく食事を、と思っていたら邪魔をされた。
皆で食事となり、一瞬だけ心浮かれたと思ったら、シェフやメイド呼ばわり。
この後、二人きりの時間が取れればまだ良かったが、生憎、リーシュは忙しく、既に徹夜が三日目なのだ。
面白いわけがない。否、相当に面白くない。もっと言えば不愉快極まりなく、内心は黒く荒れていた。
恨みがましいシャルロットの顔つきを見て、リーシュはぞくりと来た。
シャルロットの暗い顔つきが、愛おしくて堪らない。
リーシュは、シャルロットが浮かれた顔をしているより、暗く沈んだ泣き顔の方が好きだったのだ。
最悪である。
だが、シャルロットにとっても最悪と言い切れないのが、非常に難しいところだった。幸せに、決まった形などないのだから。
「美味しかったよ。ありがとう」
「…………別に……」
リーシュはシャルロットを抱き寄せ、両の頬にキスをする。
離れ際に耳元で、愛してるよ、と囁くのを忘れない。
愛の言葉は重要だ。アイコンタクトが出来るのはサッカーくらいで、男女の間に求めるのは無理がある。想いは言葉にしなければ伝わらないのだ。
「う、うん…………。ボクも………………」
沈みきり、失意の真っ只中にいた所を引き上げられる。
その落差は凄まじく、得られるカタルシスは、シャルロットの心を、文字通り浄化した。
廊下であるにもかかわらず、シャルロットはリーシュに抱きつき、リーシュもシャルロットに応え、唇にキスを落とした。
人目を気にしなければならない場所なので互いにすぐ離れたが、離れたあとのシャルロットは、頬を染めて恋する少女に戻っていた。
それと、シャルロットには直前まで話すつもりがないリーシュだが、二人きりでの食事は別に考えているのだ。シャルロットの手料理が如何に素晴らしくても、それではリーシュの気が済まない。
「リーシュも頑張ってね!」
シャルロットの激励を受け、リーシュは手を振り、自室に戻った。
不本意な作業の続きである。
ドアにはロックを掛ける。
生徒達は、特に一年生は例外なく立ち入り禁止である。
リーシュの部屋に出入りする生徒達には、先の食事会のときに言い含めておいた。
何故かと問われれば、重要書類が散らばるからである。
生徒達の目には、けして触れさせてはならない重要な書類を、リーシュは作っているのだ。
徹夜して早三日目。
この日も同様に。
織斑先生の無茶振りのせいである。つまり、全てウサビッチが悪いと帰結していた。
翌日の授業は、平常通りに受ける。
授業が終われば自室に戻り、作業続行。
シャワーを浴び、浴槽の中で三十分ほど仮眠をとる。
食事は、砕いた高カロリーゼリー。100ccで200kcalであり、食事と呼んでは食事の名が泣く。栄養補給と呼ぶべきであろう。
ドリンク代わりにゼリーを飲み、テキストを読み漁り、キーボードを叩き、ペンを走らせていく。
シャルロットとの食事は、こんな乾いた生活での潤いであった。スケジュールが押しているが、無理をして時間をとった甲斐があったと思っているリーシュである。
ラウラとの食事は、夏季休業に入るまで待ってもらっている。リーシュの言葉を素直に聞くラウラは、純真な良い子なのだ。
期限の前夜に全作業を終え、リーシュはデスクに突っ伏した。
しかしその二時間後には、容赦なく朝日が昇る。
大自然が、リーシュの都合を考えるわけがなかった。
翌日の放課後、副担任の山田先生に連絡し、教職員準備室で書類を提出した。
ファイルケースで厳重に保管された書類を受け取り、山田先生はにこにこと目を通していく。
「うん、完璧ですね。明日にでも他の先生方にも確認してもらいます」
本日厳守ではなかったのか。
山田先生に、担任の織斑先生に、念に念を押されたから睡眠時間を削ってまで仕上げたと言うのに、まだ猶予があったらしい。
疲れと睡眠不足と、理不尽な仕打ちがリーシュの心をささくれ立てていく。
「山田先生…………。この件に報酬は発生しないのでしょうか?」
「なに言ってるんですか。オリオール君は代表補佐なんですから、これくらい当たり前のお仕事です」
嘘だ。
声を大にして叫びたかったリーシュであるが、堪えた。
考えてみれば、相手から報酬がどうの、と言うのは自分のスタイルから外れている。利益は、自分の手で掴み取るもの。それがいつものやり方だったはずだ。
一線から離れ、学生生活を送っているうちに鈍ったらしい。
目の前にはご馳走がいる。
今までは、一応は教師と生徒ということで自重してきたリーシュだが、自重することを止めることにした。
自分は、織斑先生曰く、半分生徒でない、のだから。
リーシュの内心を知らず、山田先生は、自分の担当教科以外にも目を通していく。
リーシュが徹夜に徹夜を重ね、仕上げた書類は、あろうことか、どういうわけか、半分生徒でないから問題ないのだろうか。
IS学園1年生の、期末考査の試験問題だった。