オリシューとISヒロイン(ry 作:user
ISアリーナの中央でリーシュと織斑先生が口角泡を飛ばしているのを、ISスーツに身を包む面々はそれぞれの面持ちで眺めていた。
闘志を滾らせ、織斑先生を見詰める者。
真逆に、これから辿る運命を知り暗い目で空を仰ぐ者。
集う九名の内、二名は不満たらたらに、同じくISスーツを纏う楯無を物言いたげな目で見ていた。
「なんでアタシらも駆り出されてるんだ?」
「そうッスよ!」
見るに留まらず、口にした。
「本当に、ね…………。一体どうしてなのかしら? わたしの方が知りたいくらいだわ」
二人の白い目に負けず、楯無は白を切りとおした。更識の当主は伊達ではないのだ。表情を繕う程度は造作もないこと。リーシュには唯の一度も例外なく全て見抜かれているが、あの男だけが例外なのである。
実際、楯無も詳しいことは知らないし知らされてもいない。
ただ、全学年の専用機持ち全員が集められ、リーシュと織斑先生が口論をしていることから、察せられるものはある。
もしも楯無の想像通りだった場合、1年生の織斑一夏と凰鈴音、楯無と同じく2年生のフォルテ・サファイア、3年生で唯一の専用機持ちであるダリル・ケイシーは、運の悪いことにとばっちりである。
ちらと観客席に目を向ければ、布仏姉妹の妹は手を振り、姉はポーカーフェイスを繕っている。そのすぐ傍で、箒が静かに座っている。
観客席には三人のみならず、多数の生徒が座っていた。
1年生にとっては授業の一環であり、全員が強制参加。
2年制以降は自由参加で、それでも出席率はかなり高い数字になっている。
悲喜交々の期末テストが終わり、一学期は残すところ数日となっていた。
もうすぐ夏休み。になる前に、1年生には臨海学校が待っている。
IS学園における臨海学校とは、IS学園の外でISに搭乗する実習訓練なのだ。
と言う名目の海遊びである。
織斑先生はそこへ目をつけた。
外での実習訓練であり、瑕疵があってはいけない。その上、臨海学校が終われば夏休みに入ってしまい、一時的にISから遠ざかることになる。
そうならないために、臨海学校前に専用機持ちを対象に上級生を含めた実戦訓練を行い、高いレベルを見せることで生徒達の奮起を促す。
勿論、対戦者は織斑先生である。
織斑先生は、ISの世界大会モンドグロッソにて、総合優勝および格闘部門優勝を果たしている。
第一回、第二回続けての総合優勝者となり、最強の称号である『ブリュンヒルデ』の名を与えられている。
名実共に最強。
それが織斑千冬なのだ。
織斑先生が直々に、専用機持ちの生徒達へ実戦訓練を施す。
と言う建前の、織斑先生の憂さ晴らしである。
アリーナに立つ生徒達は、織斑先生の内心を知ってか知らずか、確かなのは、これから最強と対戦することだけだ。
闘志を燃やす者が居れば、嘆く者もいるわけである。
リーシュと織斑先生の口論の内容は、リーシュが訓練に参加するか否か、だった。
織斑先生は参加させたい。リーシュは参加したくない。
しばし感情を交えた平行線を辿ったが、理屈を語らせればリーシュの右に立つ者はいない。
そもそも、リーシュは戦闘訓練に参加することを禁じられている。ISには絶対防御を始め、搭乗者の安全を保障する数々の装備があれど、絶対ではない。
IS操作習熟及びデータ収集における戦闘の必要性などなど。
織斑先生が苦々しくリーシュから目を逸らし、リーシュが冷や汗をかきつつ良い笑顔を見せたところで、決着はついた。
あのやろう上手くやりやがって……、と思うのは一夏である。
これからブリュンヒルデによる私刑にも等しい訓練を受けるのだ。受けずに済むリーシュを妬むのは当然と言えた。
リーシュはすぐにアリーナから出るようなことはせず、いつもの柔らかな笑みを浮かべ、専用機持ちの一人一人へ激励の言葉を掛けていく。
2年生のフォルテは恨みがましくリーシュを睨み、3年生のダリルは白けた視線を送り、リーシュの肩を竦ませた。
織斑先生及び専用機持ちの面々をアリーナに残し、リーシュが一人、アリーナから出ようとしたところ、それは起こった。
やってきた、が適切だが、起こった、としか言いようがなかった。
IS訓練用のアリーナは、外部へ影響を及ぼさないよう、シールドが張られている。
ISの攻撃ですら破られないシールドなのだ。生半な衝撃ではびくともしない。
それが、一条の光と共に破られた。
そこからの出来事は、まるで夢のようだった、と誰かが語った。
アリーナ全体を揺るがす衝撃と膨大な音の塊。
鳴り響くアラーム。
通路には非常用の障壁。
襲撃。
楯無が判断に要した時間は数瞬だった。
すぐに外部と連絡を取り、現状の把握に務めようとするも、頭上には襲撃者。
ISのコア同士のネットワークを利用したプライベートチャンネルを用いて、織斑先生と連携を。
ISらしきものが数機、彼ら彼女らの頭上に姿を現した。
内、一機が長大な銃を構え、ゆっくりと照準を地上に向ける。
楯無が、織斑先生が、瞬時にISを展開し、だけども致命的なまでに遠く。
楯無は、一瞬が無限にも引き伸ばされるのを感じた。
襲撃者が用いた兵器は実体弾を使用する銃ではなくエネルギー兵器であり、レーザーを利用したものであり、光を増幅して放射するレーザーとは、即ち光速である。
銃口から、棒状の光が地上に伸びていくのを、幻視した。
銃口の先には、ISを展開していない、専用機は織斑先生に預けたままの、リーシュが立っていた。
アリーナのシールドすら破壊するレーザーが、生身の人体に直撃すればどうなるのか。
不可逆的な状態へ。
徹底的に破壊されることが確定している。
肉体が破壊された人間は、どうなるのか。
生きている人間は、誰もが無意識の内に知っている。
知っているからこそ、人体が傷つくことを連想させる様々なものを嫌悪する。
人は、徹底的に、無意識であっても、全力で、死を拒否するのだ。
レーザーの照射時間は長かったのか、短かったのか。
観客席にいる生徒達はもちろん、アリーナ内にてISスーツをまとう専用機持ちの面々も、学園最強である楯無でさえ、時間の感覚を喪失していた。
正確に時間を把握していたのは、織斑先生と、リーシュだけだった。
リーシュは、大袈裟なまでにその場から全力で飛び退き、レーザーを避けていた。
リーシュを知り尽くしている人間なら、あのような攻撃など心配するに値しない。リーシュは、射線に身を晒したまま、その場に留まれるほど呑気な人間ではないのだ。
如何に弾速が速くとも、ゆっくりと構え、ゆっくりと照準を合わせ、位置を定めてからのんびりと攻撃するなど、リーシュからすれば害意がないと主張するも同然の行動だった。
だが、この場において、それを知るのはリーシュ唯一人。
楯無を始め、リーシュと深い仲になった生徒が幾人かいても、リーシュの命が危険に晒された場面に居合わせたことは一度もない。
楯無は、全身から血が引く音を聞いた。
リーシュの無事を確認し、暖かな血が巡ってきた。
襲撃者を確認し、灼けるように熱い血が駆け巡る。
瞬時に血の熱さを凍らせて、周囲に目を配った。
織斑先生は各部と情報を交換し、襲撃者から目を離さない。
問題は、生徒達だった。
襲撃のみならず、ISを装着していない生身の人間が攻撃されたのだ。
観客席の一般生徒たちは、パニック寸前の混乱状態にある。
アリーナ内の専用機持ちは、もっと酷かった。
襲撃者を睨むダリルは良い。
やや顔を白くして、ISを展開するフォルテも問題ない。
1年生の専用機持ちたちが、問題だった。
一人の例外もなく、顔を朱に染めてISを展開し、暴発しようとしている。
一夏にとって、リーシュは大切な、IS学園ではたった一人の、男の友人だ。
時に気障で、時にからかわれ、常に気を回され、どれだけの恩があるか計り知れない。
IS学園に通う以前に、リーシュが男性適合者として名乗り出なければ、ISは女性のものと主張する団体から過剰なバッシングを受け続けたことだろう。それらは、リーシュが姿を現したと同時に消えていった。
一夏の平穏は、リーシュのおかげと言っても過言ではない。
その大切な友人が、殺されそうになった。
感情が振り切れ、何も見えなくなり、破壊の意志だけに突き動かされようとしていた。
他の1年生も変わらない。
鈴音がリーシュと情を交わしたとは知らない楯無だが、それ以外がリーシュと浅からぬ仲にあるであろうことは知っている。
愛しい男が殺されるところだった。
恐怖であり、絶望であり、未来の消失であり、世界の破滅だった。
激情は一夏に勝るとも劣らない。
物静かな簪でさえ怒りに紅潮し、展開した武装を頭上の襲撃者に向けていた。
暴発すれば混戦となり、収拾がつけられなくなる。
織斑先生は、外部との連絡と襲撃者への牽制で、生徒達へ気を回す余裕がない。
怒りに燃える五人とパニック寸前の集団。心の機微を捉えるのが得手な楯無でも、今の状況を立て直すには時間が必要だ。
火を吹く瞬間。
リーシュの声がアリーナ全体に響き渡った。
素晴らしい大音声で、パニックに陥ろうとする生徒達へ、怒りに燃える生徒達へ、空気が震えるほどに強い声が届いた。
「一夏!!」
「!?」
「死んで来い!!!!」
「は、はぁ!?!?」
決死必死必殺の覚悟を決めた一夏へ、あんまりな言葉だった。
「おっ、おまっ、何言って! わかってんのかよ!!」
「うるせぇバカ! 男なら女を守って死んで来い! 男が生まれもった義務だ!!」
「あぁ!? だったらお前はどうなんだよ!」
「バカ言うな! それは俺の仕事じゃない。安心しろ。お前が死んだら、骨は故郷の海に撒いてやる」
「てってめぇ…………! 死んだら化けて祟ってやるから覚えてろーーーーーーーっ!!!!」
一夏は吶喊した。
だが、決死必死の覚悟ではない。
襲撃者は具現した死ではなく、絶対的な壁でもなく、リーシュを見返すための小道具に成り下がっていた。
ちなみに、リーシュは一夏の故郷に海があるかどうかなど知っていない。
一夏が交戦し、地上へ落ちる攻撃は織斑先生が防ぐ。
飛んだ一夏を見届け、リーシュは楯無へ、刹那、目を合わせた。
コアネットワークなどで繋がらなくても、視線だけで万言を交わすことは可能だ。
楯無は、リーシュの言葉を了解した。
「はいは~い。それじゃ、織斑君が死んでオリオール君を祟らないように助けに行きましょうか。観客席にいる生徒の皆は、その場で織斑君を応援してあげてね」
オープンチャンネルでもって、全生徒へ語りかける。
観客席から外部へ通じる通路が、ロックされてしまったことを把握している楯無だ。
混乱した生徒達が殺到するよりも、シールドに守られている観客席の方が安全と見た上での判断である。
初撃でシールドを破った攻撃を放たれたら万事休すであるが、ロックされている以上、逃げようがないのだから。
コアネットワークを通じ、他の専用機持ちへと指示を送り、襲撃者と対峙する。
不謹慎だが、愛しの妹と肩を並べられることに高揚してきた楯無である。
命が奪われる緊迫した戦場が、一夏が男を見せるコメディと化していた。
最早、生徒達の暴発もパニックも、心配する必要はない。
リーシュの耳には、一夏への声援すら聞こえてきた。
専用機持ちが集まり、ブリュンヒルデすらこの場にいるのだ。
リーシュは微塵の心配もせず、アリーナの隅へ避難する。
幾人かの生徒がリーシュの身を心配そうに見守っていたが、中空での戦闘の余波が地上にまで届かないことがわかると、ブリュンヒルデの戦闘に目を奪われ始めた。
いまだ、布仏姉妹と箒はリーシュを見詰めていたが、距離がある彼女らにはリーシュの呟きが届かない。
「あのウサビッチが…………」
激情の全てを憎悪へ精製し、漏れでた言葉には、致死の毒が混じっていた。