オリシューとISヒロイン(ry 作:user
(織斑一夏です。教室の空気が最悪です。誰か助けてくださぁい!)
朝のホームルーム前。
清閑な一時。
一夏は、昔観た映画の主人公のように、世界の中心ではなく心の中心で叫んだ。
当たり前だが、誰も助けてくれない。
振り返れば視線の圧力。
行け。当たって砕けろ。と、耳に聞こえずとも心の声が届いてくる。
(一夏! 男ならなんとかしろ!)
箒の残酷な思念が届く。
箒のみならず、クラス中の生徒が一夏へ期待の眼差しを寄せていた。
一夏が諦めて前を向くと、そこには静かに座るリーシュの姿があった。
目を閉じて、静かに座っている。
それだけのことが、どうしようもなく異様に感じられた。
華のあるセシリアがご機嫌でいれば、周囲を花園に変えてしまうほどの効果がある。
では、神が遣わした美の基準とさえ言われるリーシュが表情を落とせばどうなるか。
リーシュは何時だって柔らかく微笑み、誰彼問わずに声を掛け、クラスの中心でいた。
そのリーシュが目を閉じて表情を落とし、クラスに入ってから一言も口を利かないでいる。
不機嫌を露にしているわけではなく、怒気を見せているわけでもなく、表情を見せない無貌。
リーシュがクラスに入ると同時に、ざわめきが消えた。
世界から切り離されたかのように、静寂が降りた。
他のクラスのざわめきが、遠く聞こえてくる。
静謐な神域か、何者も存在できない深海か、今までと今現在が全く繋がらず、眩暈すら起こす沈黙が、1年1組の教室に降りていた。
誰も彼も、口を開かない。息すら殺し、心臓の音さえ鳴り止めと思っている。
さながら火薬庫だった。
言葉が、吐息が、心音が、火花であるかの如く。
火花が火薬に引火したら、知れたこと。一切合財を消し飛ばすのだ。
15歳の少女達は、経験の不足から思慮が浅く、能天気にも思われるが、感受性は豊かなのだ。薄皮一枚隔てたその奥に、一体何が潜んでいるのか、無意識の内に察しているのだろう。
一夏は、一度深呼吸をして、恐る恐るリーシュに声を掛けた。
「か…………、体は大丈夫か?」
「……」
リーシュは薄目を開き、一夏を一瞥したものの声を発さない。
答えるつもりはない。答えるに値しない。わかりきった事を訊く場合、質問者は単なる馬鹿か、次の話題への繋ぎとする場合が多い。リーシュは、一夏を馬鹿だとは思っていない。
先日の件にて、織斑先生と一夏を始めとする専用機持ちが襲撃者を撃退した後、その場にいる全員へリーシュは自身の無事と、撃退したことへの賞賛と礼を述べていた。第一に、無事でなければこの場にいないのだから。
襲撃があった日の翌日は休校となり、今日はその翌々日となる。
リーシュは無言で続きを促した。
「あの無人機は――」
「それはここで話すことじゃないだろう」
公的には、最新のテスト機を用いた実戦演習、という事になっている。IS学園が外部から襲撃を受け、破られないはずのシールドを破られ、要人を攻撃されたなど、絶対に表には出せない。
ただし、あの場には生徒を含む多数の人間がいた。あくまでも、外部に発表する内容は、である。どこまで通用するかわからないが、IS学園はそれで押し通すつもりなのだろう
リーシュを含む当事者達は、襲撃者と思われたものが、誰も乗っていないIS。無人機であると知って、知らされている。
破壊された無人機はIS学園が収容し、どこまで解析が進んだか、一夏もリーシュも知る由はないが、あれがISであるとは確信があった。
アリーナのシールドを破れる大出力のエネルギーを、コンパクトに運用出来るのはIS以外に存在しないのだから。
そして、ISとくれば、外せない人物がいた。
現存するISのコアは、全て一人の人物が開発したものなのだ。
「たば…………、ウ……ウサビッチさんは違うんじゃないかな~? あの人って他人には興味ないって有名な人だし」
リーシュは、ようやく目を見開き、一夏へ向き直った。
一夏は、どうして自分がウサビッチこと篠ノ之束を庇うような発言をしたか、その理由に気が付いた。
「篠ノ之博士が第三者に全く関心を持たない人物だとするならば、公に向けて論文を発表するわけがないだろう」
教室にざわめきが走り、波のように消えていった。
リーシュが表情を変えず、篠ノ之博士、と口にした。
誰かが篠ノ之と口にする度に睨みつけ、苦々しく舌打ちし、凍えるような空気を作り出していたリーシュが、何の感慨も見せず、篠ノ之、と口にした。
明らかな異常だった。
一夏の焦燥がますます強くなっていく。
一夏の懸念は、非常に正しい。
一夏は、篠ノ之束と親しい。とまでは言わないものの、知らない仲ではない。
幼馴染である篠ノ之箒の実の姉であり、一夏自身の姉である千冬は束と親友である、らしい。
天才にして天災、と極端な評価を得ているかなりあれな人であるが、知らない人ではないのだ。出来るならば、幸せになって欲しいと思っている。
友人のリーシュが。
どんなに好意的に見ても、篠ノ之束をよく思っていない。
そして現在の態度。
良い、悪い、好き、嫌い、を超越したところに。
リーシュにどれだけのことが出来るのか、どれだけのことを成してきたのか、一夏は詳しいことを知っていない。
だけれども、有言実行のこの友人が、やると決めたことは必ず果たすと。その確信があった。
一夏の懸念は非常に正しく、リーシュは、篠ノ之束の排除を決めていた。
人は、人が思うほど高尚な生物ではない。
行動原理は猿と同じで本能に支配され、感情に振り回される。
だからこそ、嫉妬に駆られて平手打ちが出るのをリーシュは知っている。
痛いものは痛いが、恋と愛と感情に振り回される彼女らを、愛しく思える。
だが、何事にも限度がある。
平手なら兎も角、万が一、銃を持ち出され発砲されたなら犯罪だ。
一線を越えれば、容赦はしない。
束からは色々と迷惑を掛けられてきた。それでも、中には利益となるものも確かに存在したのだ。
今回の件は違う。
束の心中など知ったことではない。
例え害意がないとわかっていても、明確なテロ行為なのだ。
知っているのか、いないのか。束は、リーシュが敷いたルールを侵した。
敵とは見做さない。排除対象である。
この二日間、どのようにして排除するか、ずっと考えていた。
束は組織ではなく、組織を頼みにする者ではなく、個人だ。
物資の全てを奪い、無人島にでも放り込めればそれが最善・最短となる。
一夏は、乾いた喉を唾を飲み込むことで濡らし、なんとか続きを口にした。
「その…………さ。……ウサビッチさん以外にも、あーいうことが出来る人とか組織とかあるんじゃないか?」
「ないな」
リーシュは即答した。
即答し、楽しげに唇を歪める。
「昔はあったよ。いや、昔って言うほど前のことじゃないな。全ての処理を終えたのはほんの数ヶ月前だ。……あの規模の行為が出来るのは、大国に相当する物資か、若しくは技術が必要だ。犯罪組織は幾らでもあるが、あそこまで出来るところは一つしかなかった。その一つは昔からあった組織らしくてな。存在だけは気付いてたが、中々尻尾がつかめなかった。そいつらの腕を掴んだとき、思わず叫んだよ。ラッキーストライク! ってやつだ」
リーシュは、教室に入って初めて、表情を見せた。
もう昔のこと。
四年前のセシリアが、十分の一秒だけ見た表情。
獲物を前に、舌なめずりをする獣の顔。
一夏は言葉が出ず、他の生徒達も同じだった。
昔を思い出し、一人恍惚とするセシリアがおかしいのである。
「珍しく静かだな。いつもこうあって欲しいものだ。ホームルームを始める。織斑、早く席に着け」
二人の会話は中断され、織斑先生と山田先生が教室に現れた。
織斑先生はリーシュの雰囲気を気にすることなく、いつものようにホームルームを始めた。
一夏は、ゆらりと自分の席に戻った。
余談になるが、一夏はこの僅か数分のやり取りで、体重を4キロ減らした。
そして二学期以降のIS実習の成績が、目覚しいほどに上がっていった。
一夏曰く、一番怖いものを知ったから対戦相手が怖いとは思わなくなった、だとか。
更に数年後、ISの世界大会において総合優勝にリーチを掛け、男へ対して最強の称号にブリュンヒルデは拙い、とIS委員会に緊急会議を開かせるのは、リーシュには全く関係のない話である。
現在の世界において、唯一の超大国を自認する某国の中枢にも、IS学園を正体不明のISが襲撃した事実は伝わった。
所属不明のISには未登録のISコアが使われており、搭乗者を必要としない無人機であることも把握してしまった。
彼らは、自国と世界の繁栄のために、自分たちこそが無人機を掌中に収め、自分たちが解析し、自分たちの暴力装置とすべきと考えていた。
議場では、部隊を派遣して奪取すべきとの案が出されたが、リーシュ=オリオールがIS学園に在籍している事実を指摘され、却下された。
仮に相手が篠ノ之束であれば、彼らは果敢に攻め入ったことだろう。
如何に優秀な頭脳を誇り、ISを始めとする武力を備えていようと、所詮は個人なのだ。
国家という名の巨獣の前では、個人など取るに足らぬ存在になり下がる。
だが、リーシュだけは拙い。
かつて、リーシュが表舞台に躍り出たとき、彼らの国の人間が、リーシュを排除しようと企んだ。
その人物は建国以来の名士の出であり、地元では尊敬を集めた資産家だった。
今や、誰も口にしない。口にするときは、唾と共に吐き捨てる。
彼がどのような末路を辿ったか、この場にいる全員が共有している。
財産を失い、名誉は地に落ち、家族は崩壊した。今も山ほどの訴訟を抱え、遺族にはコイン一枚たりとも渡っていない。
当時でさえ、リーシュの力は個人には過ぎたものだった。
今や国家すら危うくさせる力が、徹底して一個人に牙を突き立てるのだ。耐えられる者は、どこにも存在しない。
国家が一丸となればリーシュへ対抗することは十分可能であるのだが、たとえ一丸になろうとしても、人が構成するモノである以上、完全な一枚岩にはなり得ない。隙があれば、容赦なく毒を盛られる。
更に、世界は彼らの国とリーシュだけではないのだ。リーシュにかかりきりとなれば、他国から隙を突かれる。
リーシュを物理的に排除しようと目論めば、かなりの高確率で見破られ、喉元を喰い破られる。万が一上手く行ってしまえば、何が起こるかわからない。世界中のマーケットが崩壊してもおかしくない。それをきっかけに、世界大戦が始まるかも知れない。首謀者が明るみに出れば、リーシュから利益を得ている全ての国家が、少なくともスイスとドイツが立つのは、必然的にヨーロッパ全てが行動を起こすのは間違いない。
リーシュにここまでの力を持たせてしまったのが全ての間違いであり、力をつけるまで隠れ潜んでいたリーシュが優れていたという他ない。
付け加えて、この場にいる数名にはリーシュによる首輪が着けられていた。
その数名は、世界中に根を生やしていた非合法組織に賛同、出資していたのだ。組織にはリーシュの手が伸び、ヒトも、モノも、カネも、なによりもネットワークを把握されてしまっている。
リーシュが口を開くだけで破滅するのだ。
敵対出来ようはずがなかった。
稀代の天才にして天災である篠ノ之束と、肩を並べると噂されるのは、名だけのことではないのだから。
「明後日から臨海学校が始まりますけど、転入生を紹介します」
織斑先生はいつも通りであったが、山田先生はそうもいかなかった。
強靭な理性で怒気を押さえ込むリーシュを見て、自分が睨まれたわけでもないのに涙ぐんでいた。
リーシュとて、このような姿を晒すのは不本意である。
一昨日、織斑先生による聴取から解放されてから、三十時間連続で冷たいシャワーを浴び、頭を冷やしていた。
その間、誰にも会わず、食事も取らず、睡眠ももちろんとっていない。
もう少し頭を冷やしたかったところであるが、休校は一日だけであった。
この日はホームルームを終えたら早退し、自室で休むつもりでいる。
明後日からは臨海学校が始まるのだ。
それまでには気分を変え、束のことは忘れて楽しもうと思っていた。
「入れ」
織斑先生に促され、時期外れの転入生が入ってくる。
一学期が終わろうとしているのだ。政治の力学が絡む国家の代表候補生か、箒と同じくして保護の必要がある人物か。いずれにせよ、一般生徒とは思えない。
姿を現した転入生はやはり少女であり、リーシュがもたらした重圧は何処へ行ったものか、1年1組にいつものざわめきが戻ってきた。彼女は、どこか、なぜか、デジャヴを感じさせる。
小柄で品のよい少女であり、ラウラと同色の、流れるような銀色の髪と白い肌が美しい。
それ以上に注目を集めたのが、彼女の目だった。
彼女の瞳を、見ることが出来なかった。教室に入ってから教壇脇に立つまで、ずっと目を閉じたままでいる。
「生まれつき眼球に異常があるため、瞼を開くことが出来ません。見苦しいと思われるでしょうが、どうかご了承ください」
見えなくとも感じるのか、それとも慣れているのか、あるいは視覚以外の方法で情報を得ているのか、自己紹介を促される前に弁明した。
可憐な容貌に違わず、鈴の音色のような声音だった。
織斑先生が視線を向け、無言で自己紹介を促す。
「スイスの投資顧問会社オリジンより、社長の…………んんっ。リーシュ様の…………コホン! リーシュ=オリオールの護衛のため、派遣されました」
彼女は柔らかく微笑み、一旦そこで言葉を切った。
生徒達の視線が彼女から、彼女が名を挙げたリーシュへ移ったからだ。
何故、リーシュの重圧が消えたのか。
何故、彼女にデジャヴを覚えたのか。
生徒達の視線の先に、答えがあった。
リーシュは、目と口を大きく見開き、驚いていると、誰の目にもわかりやすいリアクションをとっていた。
生徒達はデジャヴの正体を知った。
リーシュは何時だって、優しく、柔らかく、笑っていたのだから。
「クロエ・クロニクルと申します。よろしくお願いします」
退会後再アカ取得
前話本話はまとめて投稿した気がする