オリシューとISヒロイン(ry 作:user
リーシュがIS学園へ入学する条件の一つに、護衛同伴との項目が、当初はあった。しかし交渉の結果、取り下げられている。
例外を一つ認めれば、ならば自分も、と申し出る者が多数予想されたからだ。護衛という名目で、護衛以外の人間を連れてくることが考えられた。
特にリーシュのような、脱いだ服は脱ぎっぱなし、シャワーを浴びれば髪すら一人で乾かせないような人間は、自身を世話してくれる人間が必要だ。
本当にダメな男である。本音が面倒を見て、箒が世話を焼き、教育をしなければ一体どうなっていたことか。
反面、体力に行動力は人の数倍あり、知識を形にする実践力もあり、どのような食事でも問題としないことから、文明社会から離れても上手くやっていくと思われる。
そんな男が文明社会で成功を収めているのだから、わからないものである。
護衛同伴の件は取り下げられたが、代わりに条件が付けられた。
リーシュの安全が疑問視された場合には、当方から護衛を派遣する。との条件である。
その項目は、リーシュも把握していた。
だから、先の襲撃により、リーシュの護衛が派遣されるのはわからなくもない。
だが、問題が幾つもあった。
何故、クロエなのか。
クロエの仕事はリーシュの秘書だ。リーシュの右腕として、情報処理を主に担っている。護衛としては不適であり、護衛ならば別の人物が考えられた。護衛として現れたのならば、相応の能力を持っていなければならない。
何故、派遣されたのか。
リーシュは社へ要請していない。第一、今日は襲撃があった日の翌々日なのだ。スイスから日本まで、移動時間だけでも相当なものになる。手がけていた仕事の引継ぎ調整などなど、間に合うわけがない。
そして、襲撃者はISの無人機。
先の件と重なり、護衛にはISを撃退する能力が求められる。
リーシュの知る限り、クロエにその能力はない。
併せて考えれば、結論は出た。
「いつから繋がっていた?」
IS学園の面談室に、ブリュンヒルデの肌さえ粟立てる重い声が響いた。
1年1組の教室では、平穏が戻っていた。
明後日には臨海学校であり、一昨日は外部からの襲撃があり、本日は短縮授業になっている。
そのようなイベントがなくとも、期末試験は終わっているのだ。元々、消化試合のような授業である。
重い空気の原因となっていたリーシュは、転入生と織斑先生を伴って教室から離れている。
一夏はリーシュとの会話で消耗し、机に突っ伏していたところ、なんだか妙な自信を付けつつある山田先生から、お叱りの言葉を頂いた。
幾人かの少女はクロエの姿を見て、………………、と、それぞれの思いを抱いている。
そんな中、本音だけは、
(オリシューに笑顔が戻ったらいいなあ)
と、願っていた。
やはり、本音は女神だった。
リーシュは担任・副担任公認の下、授業を抜け出し、面談室を借りてクロエと対面していた。
どのように護衛をするべきか、織斑先生にも同席を頼み、相談するためである。
実態は勿論違う。
糾弾であり、断罪であった。
「……………………最初からです。私から連絡を取る方法はありませんが、偶に…………、年に一度はお見えになることがありました」
織斑先生は、千冬は、リーシュとクロエの関係を知りはしない。
先の襲撃は茶番であるとリーシュが断じており、リーシュと千冬の二人は、護衛は不要と判断していた。当然、護衛についての助言など必要あるわけがない。
この場に同席する意味がわからなかったが、転入生を間近で見るのによい機会であり、リーシュの要請を断らなかった。
二人が誰を指して話しているかを察し、リーシュが同席を求めた意味を悟った。
篠ノ之束。
各国の政府が血眼になって探し求める重要人物。
リーシュはクロエが束と繋がりがあると言い、クロエはそれを認めた。
現在、所在不明である束を心配する千冬ではないが、言いたいことは山のようにある。
その手がかりが、今ここにあるのだ。
クロエに質したいことは、リーシュが代弁することだろう。
自分は二人の話が終わってから、訊きたい事を訊けばよい。
千冬は椅子に座りなおし、黙って二人の話に耳を傾けることに決めた。
クロエは太ももの上で強く手を握り締め、震えずに答えるだけで精一杯だった。
柔らかな微笑みはとうに消え、歯をきつく食いしばり、目は瞑ったまま、嗚咽が漏れないように、涙を零さないように。
クロエは、リーシュと長い。
出会ってから、もう6年になる。
リーシュの激しさを知っている。
リーシュの冷酷を知っている。
リーシュが、篠ノ之束を憎んでいることを、知っている。
クロエが望んだことではないのだが、束と通じ続けたことから、いつか今日がやってくると、ずっと考えていた。
望まなかった日が、ついに来た。
怖い。
その一言に尽きた。
リーシュ自身が怖い。
それ以上に、居場所がなくなるのが恐ろしい。
クロエの居場所は、リーシュの傍以外、どこにもないのだから。
舌打ちの音が、火薬庫で鳴る火花の音のようだった。
鳴るたびに怯え、震える。
「俺は、踊らされるのが大嫌いだ。わかってるな?」
「………………………………はい」
外部から襲撃を受け、身の安全を不安視されたリーシュが、当初の契約通りに護衛を派遣される。
全ては、クロエをリーシュの傍へ置くための茶番に過ぎない。
そこにリーシュの意志は存在しない。
リーシュは駒の一つであり、シナリオ通りの役割を求められる。
リーシュが我慢出来ようはずがなかった。
クロエは、束がリーシュの傍へ送り込んだ人物だ。
薄っすらと束と通じている可能性を考えていたが、クロエの優秀さが疑問を忘れさせ、例え通じていたとしても、束がクロエから、何かしらの情報を引き出す必要性を感じられなかった。
当時のリーシュは、若いどころか幼かった。思慮が浅かったのかも知れない。
思い起こせば、出会いは酷かった。
6年前のこと。
リーシュ宛に国債郵便でトランクケースが届けられ、開けたら少女が入っていた。
トランクケースの中に、少女が入っていた。
開いた口が塞がらず、少女から渡された手紙が溜まりつつあった怒りに火を点けた。
『くーちゃんをよろしくね(はあと』
聞けば聞くほど、調べれば調べるほど、クロエの身元は真っ黒だった。
通常の出生ではなく、人為的な生まれであり、母親の胎に宿った命ではなく、試験管の中で生まれた命だった。
そして、リーシュの国はスイスなのだ。
隣国のフランスやドイツならいざ知らず、スイスなのだ。
血で独立を守り抜いたスイスなのだ。
国民投票で移民規制を選ぶほど超保守なスイスなのだ。
監視社会と揶揄されるスイスなのだ。
旅行者にさえ監視がつくと笑い話になるスイスなのだ。
どのようにしてクロエの身分を保証するか、リーシュが知恵を絞ったのは言うまでもない。ウサビッチへの恨みが深くなったのも言うまでもない。
クロエを手放し、どこかの施設へ入れるとの選択肢は、早々に消えた。頭の回転、情報処理能力が素晴らしく、手放すには余りに惜しい少女だったのだ。
後に、自分たちの養子にすれば話は早かった、と。父親から語られ、唖然とさせられた。
かつて、若干8歳だった我が子を単身でアメリカ留学させただけはある。
この子にして、この親であった。
「俺は篠ノ之博士の排除を決めた。IS学園が夏季休業に入り次第、実行に移す」
説明はせず、意見を求めず、決定だけを伝える。
疑問には懇切丁寧に応えるが、意見によって決定を変えることは一度としてなかった。
人の意見を参考にしても、同意してはならないことをリーシュは知っている。
リーシュの言葉は、常に決定だった。
クロエは、リーシュの決定を受け入れ続けてきた。
クロエは、リーシュの言葉通りに、篠ノ之束の排除を。
「……私が…………………………」
クロエは、束の排除を受け入れるわけにいかなかった。
クロエは、遺伝子操作によるデザイナーベビーとして生を受けた。
いわばラウラの姉であり、プロトタイプとも言え、言うなれば試作品である。
現在では、ラウラを始めとする完成品が存在している。
ならば試作品がどのような運命を辿るのか、わざわざ言及する必要はない。
そこを束に拾われた。
クロエにとって束とは、命を救ってくれた恩人であり、命を与えてくれた母でもある。
また、短い期間といえど、束と二人で生活していたのだ。
束と敵対など、ましてや排除に手を貸すなど、出来ようはずがない。
「………………………………私が!」
そして、リーシュから離れ、束の元に向かうことも出来なかった。
束が命を与えてくれた人ならば、リーシュは人生を与えてくれた人だった。
クロエが柔らかく微笑むことが出来るのは、リーシュが笑っているのを傍で見続けてきたからだ。
6年間。
長いとは言えない今までの人生で、6年間は長く大きく、堅い。
けして砕けないものが生まれている。
リーシュから離れることは、身を砕くことを意味した。
どちらに付くことも出来ない
ならば、とれる選択肢は一つしかなかった。
「私が束様にお願いしたのです。リーシュ様のお傍にいられるようにと」
閉じた目を開き、溜まった涙が流れた。
千冬は、クロエの瞳を見た。
黒い眼球に金色の虹彩。
異色どころではない。本人が告白したように、異常眼球。
頑なに目を瞑り、束とリーシュ以外に晒したことのない瞳を晒してでも、クロエはリーシュを見なければならなかった。
クロエは、束から計画を聞かされた時、リーシュがどのような反応するかの確信があった。
勿論、束にも告げたが、聞き入れてもらえなかった。
リーシュと束が対立するなど、クロエには受け入れられるものではない。
受け入れられないものが存在してしまうなら、受け入れる自分が存在しなければよい。
クロエは命を捨てる覚悟で、IS学園に入学していた。
順番が違う。
聞いているだけの千冬にもわかった。
自分から連絡する手段はない。クロエ自身がそう言ったばかりだ。
クロエが束を庇うために嘘を吐いている、と。
千冬にわかるものが、リーシュにわからないわけがない。
「私の……行動が、発端となり、リーシュ様と束様が、対立するようでしたら、私は……。私は………………、生きて、いけません」
リーシュの目が細くなり、クロエは震え、涙を零し、白い肌を一層白くして、最後まで、口にした。
「勝手に死ね」
「なっ……………………」
そこに情緒はなく、表情を変えず、冷たい声で、冷酷な言葉を、数瞬の間も置かず、放った。
リーシュの答えに、クロエではなく千冬が絶句した。
千冬には、いまだ二人の関係も、そこへ束がどう絡むのかも、わかっていない。
それでも、クロエがリーシュにどのような想いを抱いているのか。感じるものはある。
クロエがどれほどの覚悟を持って、先の言葉を口にしたのか。わからないはずがない。
リーシュは、生徒とは言い難い生徒だ。
担任教師の特権を濫用し、便利に使ってきた。
リーシュは時に不満を、時に苦言を、時に露骨に報酬を求め、全てに応えてきた。拒否権があるにもかかわらず、睡眠時間を削ってまで、千冬の要求に応え続けてきた。
リーシュへ告げることはないであろうが、千冬はリーシュを信頼しているのだ。
生徒達との関係では目に余るものがあるのは確かだが、女性には優しすぎるほど優しいと、耳にも目にもしてきている。
そのリーシュが、おそらくは自身に近い少女へ対し、死ね、と、口にした。
これが、若くして財界の巨人と言われる人間の冷酷なのだろうか。
だとしても、目の前で人の生き死にを左右させるわけにいかない。
弟の一夏へするように、出席簿を振り下ろせばどうにかなる人間ではないと知っている。
リーシュの言葉を取り消させることが可能か不可能か、それは千冬が考えることではない。
取り消させなければならない。
黙していた千冬が立ち上がり、声を荒げてリーシュへ詰め寄ろうとした寸前、リーシュが続きを口にした。
「お前が死んでもお前は困らないだろう?」
困る当人が死んでいるのだから、当たり前である。
「けどな。お前が死ぬと俺が困る。死ぬのなら俺が死んでから、幾らでも勝手に死ね」
「………………………………はい……。…………はい!」
「……………………………………………………」
リーシュはふぅと息を吐き、ぽろぽろと涙を零すクロエを抱き寄せた。
クロエはリーシュの胸で、声を上げずに泣いている。
クロエの命と束の排除。
天秤に掛ければ、どちらが重いかなど言うまでもない。それどころか、クロエの命を天秤に掛けられるような存在も事象も、想像し難い。
クロエは誤解したようだが、リーシュには束の命を奪う気など毛頭ない。ただ、文明社会から隔離さえ出来ればよいのだ。
誤解を解き、クロエに協力させることは十分可能だったろうが、面倒になってしまった。
女の涙に弱いのは、男の性である。
それさえ振り切り、強行することも出来なくはないのだが、初めての我侭なのだ。
受け止めるのが男の甲斐性だろう。
ウサビッチに踊らされるのは腹立たしいことこの上ないが、クロエの我侭を引き出せたのだから、得るものはないでもないと言えなくもなかった。腹立たしいことだが。
「……………………………………………………」
千冬には、わけがわからなかった。
命がけの修羅場になるはずだった。
「お前は馬鹿だ。わかるか? 馬鹿が馬鹿なりに馬鹿な事を考えても上手くいくわけがない。馬鹿なんだから仕方ない。お前が考えるのは、俺の傍にいることだけでいい。だから、今回の件はどうしようもなく馬鹿なやり方だったが間違いとまでは言わない。これからは、傍にいたいのなら、俺に直接言え。わかったか?」
「はい…………。リーシュ様の傍に……。ずっと……………………」
「……………………………………………………」
二人は体を離し、目と目が合う。
千冬には、わけがわからなかった。
どうして目の前で、誰をもの胸を打つような、恋愛劇を見せらなければならないのか。
僅か数歩の距離で、舞台と客席が区切られているのだろうか。
結界が張られたかのごとく、千冬は二人へ近付くことも声を掛ける事もできなかった。
千冬は、今、目の前で起きているようなことを、映画やドラマで観たことはあった。
自分で体験したことは、一度もない。
一人で出来る芝居ではなく、相手がいなければ出来ないのだから。
二人はどれだけの時間、見詰め合っていただろうか。
やがて、クロエが潤んだ瞳をゆるゆると閉じる。
蒼白だった肌には血色が戻り、肌の白さとあいまって、艶やかと呼ぶほかない夢現の色香を感じさせた。
小柄なクロエでは、リーシュと釣り合うには背が足りず、爪先立ちとなって、唇は薄く開いて。
リーシュに肩を押され、愕然とした面持ちで目を見開いた。
拒否されるとは、思ってもみなかった。
やはり、許されないことをしてしまったのだろうか。
心が離れてしまうのだろうか。
恐怖に心を蝕まれ、リーシュが自分を見ていないことに気づき、視線を追うと千冬がいた。
「コホン…………」
クロエは咳払いし、何事もなかったかのようにリーシュから離れ、目を瞑って元いた椅子に座りなおした。
長年、リーシュに振り回されてきたのだ。リーシュが傍にいてくれるのなら、気持ちを切り替えるなど造作もないことである。
「それでは、束様…………。いえ、ウサビッチ博士について、私が知っていることを申し上げます」
「あとにしろ…………」
黒く、重い声が響いた。
リーシュではない。
当然、クロエでもない。
「クロニクルは授業に戻れ。その後で入寮の手続きをして来い。オリオールは残れ。私から話がある」
「わかりました。失礼します」
クロエは、リーシュを一人残すことに何の躊躇いも抱かなかった。
何があろうと、リーシュならば問題ないと信頼しているのだ。
けして、不可視のオーラを放つ千冬が恐ろしいからではない。
「待て」
颯爽と退室しようとしたところ、呼び止められた。
嫌な汗が湧いてくる。
クロエは千冬とは初対面だが、束から千冬について聞かされた事があった。
愛を言葉ではなく、肉体で表現する人なのだとか。
物は言いようで、言い換えれば物理的強制力である。
「学園内でのサングラス着用を許可する。眼帯をつけてる奴がいるくらいだ。サングラスくらい問題ない。何か言われたら私の名前を出せ」
「…………ありがとうございます。それでは失礼いたします」
クロエは一礼し、退室していった。
千冬は生徒達から慕われ、広く強く尊敬を集めている先生なのだ。
意識しての行動ではないのだろうが、慕われる理由の一端が今の一幕なのだろう。
クロエは命がけの難問を解決し、織斑先生はやはり良い先生だった。
めでたしめでたし、である。
「織斑先生。1学期の授業は残すところ僅かですから、自分も授業に戻ろうかと――」
「寮長として、お前に話がある」
聞いていなかった。
「オリオール…………。お前、私に隠してることがあるな?」
「何のことでしょうか? と、惚けたいところですが、勿論あります。これでも一線で働いている人間ですから、公に出来ない情報は幾らでもあります」
「学園寮で生活している上での隠し事だ」
この生徒には。
いや、この男には、一度痛い目を見させて懲りさせなければならない。
さもなくば、同じことが延々と繰り返されることだろう。
生徒とは言えない生徒であるため、自由にさせ過ぎた今までが問題だったのだ。
寮長として、締めるところは締めねばならない。
多分に私怨が混じる懲らしめの一つは、既に準備が整っている。
もう一つ。
証拠不十分であり今までは見逃してきたが、ネタは上がっているのだ。
「さて? 特に思い当たるものはありませんが……」
これで情状酌量の余地はなくなった。
千冬は、リーシュを断罪することを決めた。
「そうか……。ならば教えてやろう…………」
千冬は、唇の片端を釣り上げ、笑った。
いつだったか、リーシュと一夏が共に語り合った笑い方。
「学園寮での飲酒は厳禁だ」
千冬は、極々当たり前の寮則を告げた。
リーシュの背を、冷たい汗が濡らし始めた。
もしかしたら前々話前話本話をまとめて投稿だったかも知れない