オリシューとISヒロイン(ry 作:user
学園寮の廊下を、二人が歩いていく。
何者も二人の、正確には前を歩く彼女の、歩みを止めることは出来ない。
神話の預言者が海を割る、どころではなく、海の潮が引くかのように、彼女の視界に入らないように。
歩く二人は、女帝と下僕か、看守と囚人か、勝者と敗者か、そのいずれもか。
堂々と歩く織斑先生の後ろを、リーシュが弱々しくついて歩く。
目的地は学園寮の1021号室。
リーシュの部屋である。
クロエに遅れて教室に戻ったリーシュは、先の酷薄な気配も獰猛な顔もどこかへ消え、力なく項垂れていた。
リーシュの珍しい様子に1年1組の生徒達は一時ざわめいたが、安堵の息と共に胸を撫で下ろした。
それも束の間、織斑先生が教室に戻ると同時に凍りついた。
不可視のオーラはフォースか、はたまた魔闘気か。
出るところに出れば、暗黒卿に叙せられることも魔団長の一角を任じられることも、織斑先生の思いのままになることだろう。
リーシュが油を注いだ結果である。
飲酒を指摘されたリーシュは、如何にして窮地を脱するかに思考を回らせた。
正当性を訴える。
言うまでもなく、却下である。スイスでは14歳から飲酒可と言うのは真っ赤な嘘なのだ。一瞬で一夏に見破られた嘘が、織斑先生に通じるわけがない。
誤魔化す。
無理である。なにせ、現物が部屋にあるのだ。無いものを在ると言い張ることは出来ても、在るものを無いと言い張ることは難しい。現物を見せられ、あるじゃないか、と言われたら最後である。
必要性を訴える。
下策ではあったが、リーシュはこれに賭けた。織斑先生が怒っているのが、リーシュにわからないはずはなかった。しかし、マイナスにマイナスを掛ければプラスに転じる。何か不思議な現象が起こって、織斑先生の機嫌が良くなることを祈りつつ訴えた。
女生徒に囲まれて生活を送るのは多大なストレスがあり、飲酒でもってストレスを緩和するしかなかったのだ、と。
結果、織斑先生が暗黒面に堕ちきった。
IS学園で誰が一番楽しく充実した時を過ごしているかと言えば、間違いなくリーシュである。
失策を悟ったリーシュは、先生たちからの無茶なオーダーが心身に堪えて、と続けたが、とって付けたような理由を、織斑先生が聞き入れるわけが無かった。
報いとして、ではなく、当たり前のことだが、アルコール類は全て没収と言い渡された。
授業を全て終えると、生徒達は素早く教室を後にした。明後日から臨海学校が始まるのだ。女の子は準備に忙しいのである、おそらく。
リーシュは最後の策として、遅延作戦に出た。
日本では牛歩戦術として知られる作戦である。
リーシュは、一昨日から何も食べていないため食堂で早めの昼食をとり、暑くなりましたね、と宣いつつ、ゆっくりと自室を目指す。勿論、織斑先生も同席している。
証拠隠滅の猶予を、織斑先生は許さなかった。
尚、残る仕事は全て山田先生が買って出た。先の襲撃から今日まで、事後処理のため、織斑先生は一睡もしていない。能力を伴って自信をつけつつある山田先生に、甘えた形になる。
それに、織斑先生はサボタージュをしているわけではない。あくまでも、生徒指導の一環である。
1021号室に辿りつき、ドアを開けるとリーシュのものではないトランクケースが置かれていた。
リーシュの予想通りであり、クロエはリーシュのルームメイトとして入寮していた。
遅延作戦に出たのは、クロエがアルコール類を移動してくれることを願ってのものである。
授業中、クロエへアイコンタクトを送り、酒を隠してくれと念を送っていたのだ。
「………………よくもこれだけ揃えたものだな」
織斑先生が呆れたように呟く。
アルコール類一式は、さすがに見えるところには置いていなかったが、別段隠していたわけでもなく、棚を開ければ、日除けの布を外せば、そこにはずらりと並んでいた。
織斑先生は、容赦なくアルコール類を床の上に並べていく。
ウィスキー、焼酎、ワインなどなど。
全て日本産のアルコールである。
飲食するのならば、その土地で生まれたものが一番美味しい。リーシュの経験論である。
歯噛みしながら、リーシュは織斑先生の作業を見ていた。
織斑先生は、リーシュの飲酒に早い段階から勘付いていた。クラス対抗戦が行われた頃からである。
現場を押さえたわけでも現物を見つけたわけでもなく、空き瓶が見つかったわけでもない。また、リーシュが飲酒によって他の生徒へ迷惑を掛ける事もなかったため、見逃してきた。一夏にシャルロットが共にすることがあるとは、思ってもみないでいる。
織斑先生は厳しい先生だが、規則を絶対視する杓子定規な先生ではなかった。勿論、リーシュの立場が特殊だったことも大きい。
見方を変えると、取り締まろうと思えばいつでも出来た、とも言える。
このように権力者というものは、やろうと思えばいつでもやってしまえるものなのだ。
日本において、その代表は警察機関、ではない。
彼らは、対象が泣こうが喚こうが、死のうと生きようと、可能不可能関係なく、微塵の容赦もなく、正義の名において取り締まる。不正があろうがなかろうが踏み込むことが出来る。なかったときは、疑わしかった、と言えば済んでしまうのだ。やられる方は堪ったものではない。無論、それによってペナルティが生じることも無い。国家が彼らの行動を認めているのだから、遠慮などしようはずがない。彼らが取り締まるか否かの基準は、対象が気に入るか気に入らないか、その一点のみである、とは思ってはいいが、けして口にしてはいけないことである。
ある面において、リーシュの宿敵と言ってもいい。
名を記すことさえ憚られる。
だが、日本では故事になるほど古くから伝えられてきた。
曰く、泣く子と地頭には勝てぬ、である。
リーシュの宿敵はさておき、隠すことなく並べられていたアルコール一式は、全て床の上に移ってしまった。
到底、一人で持てる量ではなかった。
「…………冷蔵庫も開けてみろ」
ここまで、全てリーシュの記憶通りの位置に置かれていた。
祈るような心持で冷蔵庫を開くと、そこにも記憶通りの位置にビール各種が並んでいた。やはり、念じようと想おうと、言葉にしなければ何事も伝わらないのだ。
淡々と、冷蔵庫からビールが抜かれていく。
カクテル用のソフトドリンクはそのままに。
「…………冷凍庫もだ」
「!」
表情を変え、手が止まったリーシュに代わり、織斑先生が冷凍庫の扉を開く。
そこには、ラベルの貼られていない四合瓶があった。
段ボール箱に没収されたアルコール一式を詰め、またも織斑先生が先を歩き、二人は寮長の部屋へ向かう。
アルコール類を、しかるべく処理するためだ。
「お前には少し聞きたいことがある」
どんな話が待ち受けるものか、リーシュは織斑先生の、千冬の私室に招かれることとなった。
リーシュは、密かに復讐の刃を研ぐ。
全くもって逆恨みも甚だしいが、そんな事は言われずとも自身でよくわかっている。
わかっていても、侭ならないのが人間である。
世界からこの上なく高い評価を得ているリーシュであっても、所詮は人の子であった。
一方その頃。
クロエは学園の会議室を借り、更識・布仏の両姉妹と対面していた。
リーシュの自室を確認し、私生活を検めるよりも先にすべきことがあったのだ。
「初めまして、楯無様。…………刀奈様の方がよろしいでしょうか?」
楯無にとって、クロエは初対面であるが、全く知らないでもない。クロエの声には聞き覚えがあった。
リーシュの会社へ行くことを決めた時、リーシュが通話していた相手と、声が同じだった。
クロエ・クロニクル。Chloe・CHRONICLE。
イニシャルはCCとなり、Cで始まるアドレスは、楯無の印象に残っている。
「楯無、でお願いするわ。わたしはまだ更識の楯無なんだもの。それよりもあなた、折角そんなに可愛いのにサングラスが合ってないわね。今度、わたしが選んであげましょうか?」
「ありがたいお話ですが、結構です。社長の前では外しますから」
「……社長以外の目もあるんだけど?」
「私は基本的に裏方の人間です。日常的に接するのは社長だけですので、楯無様のご配慮は無用です」
「…………………………」
「…………………………」
一触即発、どころではなかった。
クロエは、楯無の軽いジャブを全力のストレートでカウンターを返した。
クロエが着けているサングラスに、楯無は見覚えがあった。
例え見覚えがなくとも気付いたことだろう。
クロエが着けているのは、小柄なクロエにはサイズすら合っていない男物のサングラスだったのだから。
間違いなく、リーシュの私物である。
本音は、愛称の通りのほほんと二人を見守り、簪は気を揉みながら二人を交互に見詰め、虚は楯無を諌めた。
「布仏虚様ですね。この度はお呼び立てして申し訳ありません」
「私は更識の従者ですから、そのような敬称は不要にお願いします。クロエ様」
「それでは虚さんと。私のこともクロエで結構です」
「わかりました。これからはクロエさんとお呼びすることにします」
秘書属性同士のシンパシーでも感じたのか、急速に打ち解けつつある二人である。
わたしを呼び出すのは申し訳なくないのか、と内心で唇を尖らす楯無は措いておく。
「簪様。これから長い付き合いになるかと思われます。よろしくお願いします」
「は、はい。よろしく、お願いします」
全くの初対面であり、リーシュと近しいらしい少女であるためか、簪は何時にも増して固くなっている。
「よろしくね、くーちゃん!」
「…………くーちゃん、ですか?」
「いやだった? クロエでクロニクルだからくーちゃん。それともくーくーの方がいい?」
「いえ……、少し驚いてしまっただけです。本音様のお好きなようにお呼びください」
「わたしのことはのほほんでいーよ」
「……わかりました。のほほん、さん……」
奇しくも、束がクロエへ付けた愛称と同じだった。
本音はクロエを前にしても、いつもと全く変わりが無い。
「……それで、わたしたちにどんな用件かしら? 入社前研修でも始まっちゃうのかな?」
この場にいる四人の共通点は、リーシュと関係を持ったことを差し引けば、いずれリーシュの会社へ移る、と言うことである。
尤も、楯無は『楯無』の後継問題があるため、卒業後すぐではなく、卒業してから三年以内となっている。
当然、楯無の従者である虚もそれに倣う。
「いずれはあると思われますが、楯無様を始めとした四名様は社長が直々にスカウトされた方々ですから、私は意見する立場にありません。今日は別の件で集まっていただきました」
「それは?」
「他の方々へも声を掛けましたので、もうしばらくお待ちください」
この四人に加えて他の者。楯無にはある予感が生じつつあった。
予感が形をとる前に、会議室の扉が開かれた。
「何の用だ、クロニクル。……っと、楯無先輩。それに本音も」
篠ノ之箒。
クロエにとって、母とも言える束の実の妹。
束がクロエを妹扱いしなかったのは、妹は箒ちゃんだけ、であるからだとか。
箒は楯無と戦友であり、以来親しい二人である。
箒がクロエに促されて席に着くと、声を掛けられた者が次々と入室してきた。
「ボクに何か用、かな? ……あれ? 箒に本音?」
シャルロット・デュノア。
シャルロットが、いずれリーシュの元へ身を寄せることを、クロエは知っている。
勿論、二人の間に何があったかを事細かに聞かせるリーシュではないが、シャルロットに関する報道、及びデュノア社についてのリーシュの発言。
併せて考えれば、想像はつく。
箒に続いてシャルロットが現れたことで、楯無の予感は確信となった。
「きたわよー。って……、なにこの面子………………」
凰鈴音。
鈴音は、休み時間を使ってリーシュの様子を見に来ていた。
怪我がない事を知ってはいても、心配なものは心配なのだ。
一夏から転入生のこと、リーシュは織斑先生と面談室に行っていることを聞き、一応は問題ないことを確認した。
クロエは、リーシュと長いのだ。
情報処理能力の高さと女の勘が合わさって、防衛本能とも呼べるべきものが備わってしまった。
見れば、見えなくとも声を聞けば、声を聞かずとも雰囲気で、わかってしまう。
「リーシュ様についてのお話とは一体どのような…………。なんですの? このメンバーは………………」
セシリア・オルコット。
クロエがリーシュの仕事を手伝うようになってから、オルコットの名前は何度か目にしていた。
それに加えて四年前、リーシュが直々にオルコット家の資産保護に乗り出したのを覚えている。
余談だが、当時、オルコット家の資産を狙った輩は、大半が収監されている。幼子を寄ってたかって食い物にしようとする輩だ。叩けば幾らでも埃が出た。
「私に何の用だ、クロニクル」
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
遺伝子操作によって生まれた強化人間。
ラウラのことは、リーシュ以上に知っていると言って過言ではないクロエなのだ。
クロエはいまだ認められないが、ラウラはクロエの妹と言ってもよい。
実際、二人並べば姉妹と間違えるほどに、容姿も雰囲気もよく似ていた。
会議室は、異様な空気に包まれていた。
誰も口を利かず、牽制するかのように周囲へ視線を走らせる。
サングラスを着けているため目の色を見せないクロエと、依然変わらずニコニコとしている本音だけが、余裕をもっているかに見えた。
ここまで来れば、言うまでもない。
この場に集められた面々は、全員が、リーシュと関係を持っている、と。
ラウラだけは違うのだが、ラウラはリーシュの子を産むと公言している。遅いか早いかの違いだけであった。
こうなっては、楯無も火花を飛ばすことは出来ない。
空気に一体何が混じっているのか。
誰もが黙して、何が起きるか身構えていた。
自分以外の面々を見て、あの人が……、と、驚愕を隠し、じっと待つ。
特に、学年の違う楯無と虚を見て、1年生の幾人かはリーシュへ対してやり場の無い思いを抱いていた。
会議室なのだから、会議である。
議長はクロエ、なのだろうか。
クロエは、口を開こうとしない。
何を待っているのか、人を待っているのである。
その人物は、いつもより多くの仕事を抱え、大急ぎで片付けている最中である。
クロエはちらと手元を確認し、口を開いた。
「まだお一人お見えになっていませんが、定刻になりましたので――」
「遅くなってごめんなさい! クロニクルさん、わたしに…………………………」
息を荒げた山田先生が現れた。
山田先生である。
紛うことなき教師である。
計り知れないほどの驚愕。
「どうして山田先生までいらっしゃるんですの!?」
「ちょっとあんたは先生でしょーが!!」
「え? え? え?」
セシリアと鈴音の二人が、この場に集まる全員の心を代弁していた。
わけもわからず糾弾され、山田先生は涙目になりつつもクロエに促され、空いた席についた。
「お集まり頂き、ありがとうございます。私はリーシュ=オリオールの秘書を務めていますクロエ・クロニクルと申します。以降、お見知りおきを」
息をするかのように、リーシュとの関係を強調する。
否、強調するまでもない事実である。
言わずと知れた牽制打であり、あちらとこちらを明確に区切る言葉であった。
クロエ以外の彼女らが、羨もうと妬もうと僻もうと、事実なのである。
「この場に集まって頂いた方々を見られれば、改めて申し上げるまでもない事と思われますが、議題を確認いたします」
ごくり、と。
誰かが唾を飲み込んだ。
「リーシュ=オリオールがどのような人物か。皆様に共通の認識を持っていただくため、今日はお時間を割いて頂きました」
リーシュが千冬と対面する一方で、クロエの戦場が幕を開けようとしていた。