オリシューとISヒロイン(ry 作:user
「大前提として、あの方は女の敵であると――」
「訂正なさい!」
クロエの言葉を、セシリアが語気荒く遮った。
椅子を蹴って立ち上がり、顔は真っ赤に染まっている。羞恥によるものであるわけが無く、心の底から湧いて来た怒気が染めていた。
「いくらリーシュ様の秘書をしていようと、リーシュ様へ対してそのような暴言はけして許せません! 即刻訂正しなさい!」
セシリアは、クロエの声に聞き覚えがあった。リーシュと結ばれた夜、リーシュが通信していた相手の声だ。すなわち、自分とリーシュの間に何があったか知られていると言うことになる。
それでも臆さず言葉をぶつけた。
セシリアにとってリーシュとは、幼い頃から夢見てきた理想の具現であり、窮地を救ってくれた至高のナイトであり、オルコット家にとっても大恩人である。極表層をなぞっただけでもこれだけ出てくるのだ。
リーシュに近しいらしいクロエの言葉と言えど、許容できるものではなかった。
訂正を求めるだけで済ましているのはセシリアなりの温情であり、譲歩とも言える。
激昂するセシリアを前に、だが、クロエは調子を崩さなかった。
「孤独に心を苛まれ、暗い夜に一人で眠るとき、あの方の胸には別の女性がいる…………。セシリア様には耐えられますか?」
「うっ…………」
リーシュと結ばれたその夜まで、セシリアはクロエが言葉にした通りの状況だった。
心中を暗澹たるものが満たし、夜は眠れず、日ごとに顔が険しくなり、ずっと心を乱されてきた。
反論したくても言葉に詰まり、クロエの言葉を認めたも同然の態度だった。
クロエ自身、一体何度枕を濡らしたことか数え切れない。
完全論破である。
「そう言うこともあるけれど、リーシュはやっぱり優しいよ?」
遠慮がちに声を出したのはシャルロット。
リーシュからは意地悪をされ、からかわれることが多いけども、最後には優しくしてくれる。
不満を感じることがあっても、最後には満たされてしまうのだ。
しかし、やはりクロエは冷静に言葉を返した。
「それがあの方の遣り口なのです。下げて、突き落として、叩きのめして、最後の最後に手を差し伸べる。最小の行動で最大の効果を上げる……。とても効率的なやり方ではありませんか?」
「うっ…………」
この場に集う面々の中で、誰がリーシュから一番意地悪をされているかと言えば、間違いなくシャルロットである。
シャルロット本人が実感しているように、意地悪をされて、最後に優しくされる。クロエの言葉通りの事をされてきた。
クロエ自身、つい先ほどやられたばかりだ。
死ねと言われてから、必要だから死ぬなと言われる。死ねと言われた時、本心でないとわかっていても絶望に視界が閉ざされる思いだった。その直後の言葉でどれほど救われてしまったか。どれだけリーシュに囚われてしまったか。
リーシュの遣り口をわかっていても、回避出来ない卑怯すぎるやり方だった。
シャルロットも完全論破されてしまった。
けどもこの場には、クロエでは到底太刀打ちできない少女がいた。
「でも、オリシューの傍は気持ちいいよ?」
「………………」
本音の言葉を、クロエは否定できなかった。
だからこそ、リーシュの傍にいるのだから。
何人か、本音の言葉に頷いている。
クロエは、嘘を吐けなかった。
「のほほんさんの思う通りの面も確かにありますが…………。それでは、皆様が冷静にリーシュ=オリオールを判断できるよう、情報を提供します」
クロエの話を聞きながら、楯無はクロエの思惑に見当がついた。
言うなれば、リーシュへのネガティブキャンペーンだ。
少女達が抱くリーシュへの評価を下げ、心を離れさせる。
褒められたやり方ではないし、また、リーシュが彼女らを手放すとは思えず、間違いなくリーシュには断りなくしていることと思われた。
だが、楯無は口を挟まず、黙ってクロエの話を聞いていた。
リーシュに愛されている自信はあるし、リーシュが他の誰かと関係していても、いずれ自分のところに戻ってきてくれることを知っている。
女垂らしで色情狂で多情で不埒で鬼畜で変態で、これでも全く言葉が足りない男だが、信頼している。
だけれども、楯無であってもリーシュであっても、一日は二十四時間と決まっている。
誰かの心がリーシュから離れたら、リーシュと誰かとの一時間が、楯無との一時間になるかも知れない。
事がリーシュへ露見しても、叱られるのはクロエであることだし。
もしかしたら止めなかったという理由で、自分も叱られてしまうかも知れない。それはそれで仕方ない。
悪くない、を、仕方ない、と変換し、楯無はクロエを観察した。
クロエは手をきつく握り締め、時々唇が震えている。
奔放すぎるリーシュの所業は、クロエの創作などではなく事実と思われた。
数人の顔が苦みばしっている。
楯無も苦いものを感じざるを得ず、表情を読まれないように口元を隠し、外を眺める振りをするのがやっとだった。
ただ、リーシュが何をしていようと、楯無は離れるつもりはないし、離れられない。いずれ、リーシュの元で働くことが決まっているのだから、仕方ないと言えば仕方ない。
虚は、苦い顔を通り越した無表情となり、隣に座る楯無に怖い思いをさせたが、虚も楯無と一緒にリーシュの元で働くことを決めているのだ。未来の雇い主が何をしていようと、口を挟むつもりは無かった。挟めるものでもなかった。挟んだところで、言い包められる未来が待っている。
簪は、意外にも落ち着いていた。リーシュが幾人もと関係を持っているのは今更のことだし、隣に座る本音がいつもと変わらない笑顔でいるのが力になった。
セシリアは、何を聞こうと自分の未来を変えるつもりは無かった。
二十一歳になったらISの世界から距離を置き、オルコットの後継を産むのだ。男の子が産まれるまで、リーシュが頑張ってくれると約束をしてくれた。もちろん、子供が生まれたらそれきり、と言うわけではない。
四年間。片時も忘れることなく、強く強く想い続けてきたのだ。何を聞こうと離れるつもりは微塵も無かった。
シャルロットは、そもそも他に選択肢が無い。
今となっては父親の真意を知り、実家に戻っても以前ほど酷い環境には置かれないだろうが、やはり継母とは時間が掛かるだろうし、いずれ起こりうるかも知れないデュノア社での権力闘争に、巻き込まれるつもりもない。
それらから遠ざかるため、父がリーシュの元へ送ってくれたのだ。
しがみ付いてでも離れるつもりは無かった。
ラウラにとって、クロエの話は一笑に付す程度のものだった。
むしろ、リーシュの器の大きさを確認しているようなものだ。所詮、自分とはかかわりの無い他人事である。
リーシュの子供を産むと決めている以上、クロエの話に思うことは特に無かった。
このように、更識・布仏の両姉妹とヨーロッパ勢の面々は磐石、とまでは言えないかも知れないが、揺れることはなかった。
残る三人。
リーシュと関係を持ったのかも知れないが、言ってしまえばそれだけである。
辛い思いをしてまで、リーシュの傍に居続ける理由は無いのだ。
室内の空気を感じ取ったのか、箒が目を閉じて立ち上がった。
閉じた目には何を映しているのか、表情は凪のように静かであった。
「あの男はわたしが矯正する。……以上だ」
言い切り、着席する。
箒は、リーシュを支える女でいようと決意している。思うことは多々あれど、それは箒とリーシュの問題であって、余人が入るものではないのだ。
箒の言葉を聞いて、誰もが、無理だろ、と内心で思ったが、口にする者はいなかった。なんとかなるものならば、なんとかなって欲しいのだ。
皆の視線が次へ移り、鈴音が顔を赤く染め、机を叩いて立ち上がった。
先に激昂したセシリア以上に真っ赤に染めて、我慢の限界を超えて怒りに震えているのか、リーシュとの決別の言葉が飛び出るのか。
嫌な期待を背負わされ、鈴音は胸中に湧き出た感情を勢いよく吐き出した。
「あたしはあいつが好きなの! なんか文句ある!?」
決別の言葉どころか、情熱的な愛の告白だった。
文句を言えるわけが無かった。
最後に視線を集めたのは山田先生。
この場で唯一の教師である。
何故この場にいるのか。皆の疑問を背負い、戸惑いつつも立ち上がった。
頬を染め、何故か体をくねらせながら。
「将来はリーシュ君の赤ちゃん専門の保母さんになるのもいいかなぁって」
将来とは一体何時の事を指しているのか。既に将来と言える年齢ではないのだろうか。
勿論違う。未来は何時如何なる時であっても不定なのだから。
お花畑にいるが如く、どこかずれた真耶の言葉に、誰も突っ込みを入れることはなかった。
「……皆様のお考えは理解しました」
いまだ、脱落者はゼロである。
「それでは、これからの事をお話させていただきます」
「これからって?」
楯無が合いの手を入れる。さながら、クロエのアシスタントだった。
クロエの作戦に、上手く行って欲しいのだ。
少々の協力は吝かではない。
それがとんでもない自爆行為となることを、楯無はいまだ知らないでいる。
「皆様がリーシュ様と過ごす時間を調整する必要があります。折悪しくバッティングしてしまうと不和の種に成りかねません」
『うっ…………』
二人のうめき声が聞こえた。
クロエの言うように折悪しくバッティングしてしまい、リーシュとの行為を見られ見せられてしまった二人である。
ただし、不和の種は生まれず、むしろ戦友として互いを尊敬する間柄になっている。
「どのようにして調整するんですの?」
硬直した楯無に代わり、セシリアがクロエを促した。
誰もが自分を優先させたいはず。
不公平は許さない、と、鋭い視線をクロエへ送った。
クロエは無言で立ち上がり、制服の袖で隠れていた手首を露にして、着けていたバングルを外して机に置いた。
会議室にどよめきが湧き、バングルへと視線が注がれた。
リーシュが、銀色に細い黒線が走る、品のよいバングルを着けているのを誰もが知っている。
ただのアクセサリーではなく、高機能な情報端末であることも知っている。
クロエが身に着けていたバングルは、女物らしくてリーシュのものより細く、余計な装飾が無い。リーシュのものと類似しているのは、形と色だけだった。
「リーシュ様がバングル型の情報端末を利用していることをご存知でしょうか? 端末の機能に、録画録音機能があることをご存知でしょうか?」
返答は無い。
知っているが、答えたくないのか。答えるまでも無い当然の事と捉えているのか。
「私には、リーシュ様の端末をメンテナンスする義務があります。この意味をご理解いただけるでしょうか?」
衝撃が走った。
リーシュが愛用するバングルは、通信を担うEPRトランスミッサーは外部からもたらされた理論を基にしているものの、それ以外はクロエが設計・開発したものだ。
日々の業務の合間を縫ってでの作業である。束が自分の娘とし、リーシュが自分の右腕として傍に置くだけあって、非常に優秀な少女である。
クロエがバングルを起動させると、机の上に色鮮やかなキーボードが投射された。
「皆様が、いつどこでリーシュ様と過ごされたか。それを知ることが出来れば、スケジュールを組むのは容易いことと思われます。どのように過ごされたかは、私が知って良いことではありません。いつどこで。それを皆様からお話いただければ、と思います」
羞恥に耐えかね、若しくは怒って退室するならば、こちらでどのように決めてしまっても文句を言わせない。
当たり前だが、ブラフである。
リーシュのバングルにクロエが言った通りの機能があるのは確かだが、常に録画録音しているわけではない。
行為を記録し、鑑賞して楽しむ趣味を、リーシュは持っていなかった。
プレイの一環として、パートナーの羞恥を煽る小道具として使うことはあっても、保存を目的として記録することは先ずない。
そもそも、クロエにはリーシュのプライベートを覗く権利を持っていない。クロエはかつて好奇心と嫉妬心に負け、愚かにも覗いてしまい、手酷いお仕置きをされたのを良く覚えている。
彼女らはそれを知ることは無く、いずれ知ったとしても問題は無い。駆け引きとは、引っかかる方が間抜けなのだ。後に追求されたとしても、自らの愚鈍を自ら白状するような人間など取るに足らない。
そして、このカードはクロエにとって諸刃の剣でもある。
もしも、彼女達が恥ずかしげも無く告白したとすれば。
クロエは優秀な少女であっても、自分以外の女性がリーシュとの行為をどのように捉えているか、わからないでいた。
人は、自分に無いものは理解できないのだから。
「よくぞ訊いてくださいましたわ! わたくしがリーシュ様と結ばれた日は…………」
誰もそこまで話せとは言っていない。
一体何が火を点けたものか、セシリアはリーシュとの夜を滔々と語り始めた。
クロエは、身近な女性が、どちらかと言えば自分寄りの感性を持っていたため、セシリアのようなタイプは想像できないでいた。本人が述べたように、表に出る役割ではなく、裏方の人間であったため、対人戦の経験値が不足していた。
セシリアのように、世には誰かに話したくて堪らない女性もいるのだ。
自分がどれほどリーシュに愛されているか、どれだけ愛されたか、自分がどれほどリーシュを愛しているか、どれだけ愛しているか。
願望と妄想が幾分混じっている互いの気持ちを語り、その証として、二人結ばれた夜を生々しく語り紡ぐ。
勿論のこと、中で射精され、そのまま抜かずに二回目に移行したことも誇らしげに話していく。
話している方は楽しくて仕方ないだろうが、聞いている方は苦行にも等しい時間である。
「セシリアとは違うんけど、ボクの時は……」
シャルロットが参戦した。
ベッドの上で睦みあった話は兎も角として、大浴場での話が淑女のマナーなのか、悋気なのか、セシリアの何かに触れてしまった。俺のものになれ、とは刺激が強すぎる発言だった。
「シャルロットさん! 貴女と言う人は貴女と言う人は…………!!」
「だってだってリーシュが!」
カオスである。
まだ二人目だというのにこの様である。
「うーんと、オリシューとはね~」
二人の話が楽しかったのか、本音がにこやかに参加する。
焦る簪へ対し、かんちゃんと一緒のときは話さないよ、との言葉が想像を掻き立てる。
彼女ら三人のように、ベッドの上での行為が主な面々は、よい。
しかし、アリーナのシャワールームはやはりアウトである。
室内競技場の更衣室は言うまでも無くアウトである。
教室などもっての外だ。
生徒会室は論外である。
教職員準備室など不敬極まりない。
校舎裏とは、一体何を考えているのか。
話したくて堪らない。
場所が場所だけに恥ずかしくて話せない。
そもそも、人に話すことへ抵抗がある。
話せない代表は楯無である。
クロエの言葉はブラフであると見破りはしたものの、現に撮影された過去があるため、万が一にも上映されてしまったら非常によろしくない。
他のケースにおいても、場所も時間も、拙いことこの上ないものばかり。
クロエの言葉に硬直し、話を違う方へもっていこうとした矢先にセシリアの告白。
滝のように嫌な汗が流れてくる。
聞く一方のクロエとて、無傷ではない。
クロエの体に、リーシュの指と唇が触れていないところは一箇所も無く、愛されている自負はあるものの、回数が非常に少なかった。
小柄なクロエでは欲情しない、と言うわけではない。
華奢であるから、体に掛かる負担をリーシュが気にした結果である。
人為的な人体強化が施された肉体であるため、リーシュが思うほど負担が掛かっているわけではないし、クロエもそのことは告げているのだが、わかっていれば出来るというものでもない。
一線を越えると、心の繋がりよりも体の繋がりをより強く求めるのは、圧倒的に女である。
射精によって明確に終われる男と、それを受け入れる女とはこうまで違う。
場の空気に流されて、恥ずかしくて話せなかった簪も口を緩めていく。
誇らしげに語る少女。
追い詰められる少女。
打ちのめされる少女。
クロエの戦場は続く。