オリシューとISヒロイン(ry 作:user
臨海学校へ赴く1年生たちを見送り、リーシュはいつものように1年1組の教室へ向かった。
指定の席に着き、教室を見回す。
当たり前だが誰もいない。
リーシュは人目がないことを確認すると、机の上に突っ伏した。
臨海学校を、子供のように楽しみにしていたのだ。
どれほど楽しみにしていたかと言えば、宿泊先の施設を調べ上げ、近隣の地理を完璧に把握し、名店の名物料理はもとより海岸線にビーチの地形まで頭に叩き込むほどだった。
潮の流れも一週間先までの天候も、レジャーに必要な情報は全て押さえていたのだ。
箒とビーチバレーをし、おっぱいとビーチボールを間違える予定だった。
衆人環視の中で水着姿のシャルロットをポロリさせ、泣かせてやるつもりだった。
人気の少ない岩場へ、セシリアを誘い出す予定だった。
波の静かな砂浜で、ラウラと貝殻を探すつもりだった。
食後の運動で、浴衣姿の鈴音とピンポンを楽しむつもりだった。
浴衣姿の本音に、ストリップをしてもらうつもりだった。
夜の浜辺へ、簪を連れ出す予定だった。
入浴時間を間違え、真耶が入浴している浴場へ忍び込むつもりだった。
就寝時間が過ぎた後、一夏を拐かして近くの飲み屋へ潜りこみ、新鮮な海の幸で一杯やる予定だった。
臨海学校はレジャーではなく、学園の外でISに搭乗する実習訓練であると言うことは、綺麗に忘れているリーシュである。建前は所詮建前。飾り物なのだ。
ちなみに、千冬とは昨日の今日の仲なので特に考えていなかった。
クロエとも然りである。
ぎっちりと予定を組んでいたのだ。
全てが無駄になったのだ。
落胆は大きい。
17歳の夏は二度とやって来ないと言うのに。
さながらションボリアンである。
気落ちの余り、教室の戸が開く音すら聞こえなかった。
間近でシャッター音が響き、寝起きのようにのんびり起きると、髪を後ろで束ねた女生徒が、大きなカメラをリーシュに向けていた。
眼鏡の奥で、猫のような瞳が光っている。
「これはこれは珍しい写真が撮れちゃったのかな? この写真、一体幾らで売れるかしら?」
「…………降って湧いた休日ですからね。教室で昼寝くらいしか思いつかなかったんですよ。それよりも、学校新聞に載せるなら構いませんが、販売するとなれば高いですよ? 俺の肖像権は」
「あは、あはははは…………。やだなぁ、売ったりしないわよ」
「ふふっ……、冗談ですよ。…………半分は」
冗談に聞こえなかった。
リーシュ=オリオールの写真を自由に売買するのに幾ら掛かるのか、まだ社会経験がない新聞部員の彼女には、想像もつかなかった。
リーシュの写真は経済誌を飾ったことはあるものの、他のメディアには一切出たことがない。写真集を出せばどれほどの売り上げになるか興味をそそったが、彼女の目的は撮影ではないのだ。
「一回会っただけなのに覚えていてくれたんだ?」
「勿論ですよ、黛薫子さん」
腕には新聞部と書かれた腕章を着けている。
新聞部所属の薫子は、リーシュの入学直後に突撃取材を行っていた。
マスメディアの人間が近付こうにも近付けない人間なのだ。世の常で、強行する人間はいなくもなかったが、全てガードマンに阻まれて失敗に終わっていた。挙句、新聞社などであればスポンサーが引き上げ、個人であれば業界から干される。リーシュを若年と侮り、自分たちが何を相手にしようとしているのかわからない愚者達は、唯の一つの例外なく消えていった。
そのリーシュに堂々と取材できるのだから、新聞部の切り込み隊長を自認する薫子が燃えないわけがない。
根掘り葉掘り色々と聞いてしまう予定だったのだが、新年度初の学校新聞には、何故かリーシュの会社紹介が掲載されていた。
何が起こっていたのか、薫子にもわからなかった。
事前情報が少なかったのも大きい。
リーシュの入学が発表されたのは入学式の五日前であり、時間が足らなかったのもある。折悪しく春休みであり、ヨーロッパ方面からの留学生から、リーシュの噂を聞けなかったのもある。
前回の取材段階では、極表層の情報しか入手できていない状態だったのだ。
その後、リーシュにまつわる噂を耳にいれ、再度取材を、と思ったところで生徒会長からストップが掛かった。
公器である新聞をリーシュの就職案内に使わせるわけにはいかない、と。
無論それは建前で、真顔で忠告されたのだ。あの男は、やばい、と。
生徒会長からの、友人からの忠告である。
生徒会長が何を思って薫子に忠告したのかは本人にしかわからないことであるが、更識楯無からの忠告なのだ。薫子の二の足を踏ませるには十分過ぎた。
以来、好奇心と保身とが天秤の上で揺れ続け、今回、傾ききった。
リーシュの脇をがっちりと固めている一年生達がいない。
厳しい織斑先生の眼光もない。
雑音に惑わされることなく、単独でインタビューが出来る。
リーシュにまつわる数々の噂話は果たして真実か否か。
否であっても火のないところになんとやらだ。真実であれば宝の山である。
ゴシップとは、色男の女性問題とは、女性読者の大好物なのだから。
ちなみに、一応一夏へも取材をしていた。一夏にとっては幸運なことに、一夏の扱いはその程度だった。
「新聞部が好きなんですね。いや、新聞部の取材が好きなのかな。薫子さんは、学園を卒業したらマスメディアの方面へ進まれるんですか?」
「えっ? そうね、お姉ちゃんがそっち関係で働いてるし、わたしもこーいう仕事って性に合ってると思うし、進学と就職と半々位かな?」
「反対の立場では如何ですか? 取材ではなく取材される方。広報の仕事に興味はありませんか? 似たようで違う職種ですが、重なる部分があると思うんですよ」
「そっちか~~。考えたことはあるんだけど、やっぱりインタビューとか取材するのが好きだし割と悩ましい問題ではあるのよねぇ…………。って違う違う! わたしが! リーシュ君を! インタビューに来たの!」
薫子は、頭を振って思考を振り払った。
前回と全く同じパターンになるところだった。
この男は、人が興味を持つ分野を目ざとく嗅ぎ分け、そこを取っ掛かりに会話の主導を奪っていく。油断ならない男だ。
折角決心して取材敢行に至ったのだ。お茶を濁されてはたまらない。
「これでもスカウトのつもりなんですけどね」
「…………それ本気?」
「軽すぎましたか? 薫子さんの記事は、いつも楽しく読んでいますよ」
リーシュに嘘のつもりはない。
薫子の記事は、事実関係の調査が不十分なことが多々ある。悪く言えばでっち上げに捏造となるのだが、それでも十分読ませる文章を書いているのだ。
そもそも、客観的な真実など存在しない。リーシュはそう思っている。
文章であれば、書いた人間の主観が混じる。客観的に思える数字であっても、何故その数字を取り上げたのか、人間の意図がある。主観ではなく、意図もない客観的なデータと主張しても、人の手が触れる以上、そんなものはありえない。人は神ではないのだから。
要は、送受信者のメリットデメリットだ。
その点、薫子は読者に娯楽を提供している。
賛否両論あるスタイルではあるが、リーシュは薫子を評価していた。
「情報を発信すると言う意味ではマスメディアも企業の広報も同じです。薫子さんが卒業するまで時間はありますし、検討して損はない選択肢ですよ?」
「…………うぅん……。そう言われちゃうと、そこまで取材に拘ることも……ってだから違うの! わたしが取材に来たのよ! もうリーシュ君からの質問には答えません。リーシュ君は罰としてわたしの質問に答えなさい」
「はいはい、わかりましたよ。黛先輩」
薫子の目には、余裕をもって苦笑いしてみせるリーシュが、憎たらしいほど大人に見えた。
見惚れ、咳払いをして誤魔化す。
それすら見通されているようで、余計に恥ずかしくなった。
ミイラ取りがミイラになってる場合ではない。
これから、リーシュの女性関係について根掘り葉掘り訊いてしまうのだ。
ヨーロッパからの留学生から、あちらでのリーシュの噂話を聞き、どうしてそれをもっと早く教えてくれなかったのか、聞かされたその日は、後悔とフラストレーションで爆発しそうだった。
「ずばり、恋人は何人!?」
これ以上ないほどの直球である。
「一人一人、名前を挙げていっても構いませんか?」
リーシュは余裕で打ち返した。
「むしろ望むところよ!」
ピッチャー返しだろうがホームランだろうが、打ち返されたところで怯む薫子ではない。
鼻息荒く、リーシュに詰め寄った。
「先ずは、黛薫子、ですね」
「えーっと、黛薫子、っと。IS学園の2年生で整備科に所属していて、新聞部の副部長を務めてる彼女のことね」
「さすがにお詳しい」
「そりゃもちろん、ってわたしのことだもの。はぐらかすならもっと上手に――」
自分の名前を聞かされ、やはり、との思いが強かった。
単刀直入に訊き、素直に教えてもらえるとは思っていない。はぐらかされるのは承知の上で、そこを粘り強く食らいつくのが薫子の仕事なのだ。
「未来の恋人の名を挙げたって構わないでしょう?」
ノリで取材手帳にペンを走らせていた薫子が顔を上げると、リーシュの顔が間近にあった。
「ちょちょちょちょっと! 近い近い!」
「恋人同士なら、当たり前の距離ですよ」
「っ!?」
頬を撫でられ、顎を指で持ち上げられ、全身が痺れて動けなくなった。
目の前に、直視するには目に毒な男がいる。
だと言うのに、瞳を覗きこまれ、目を閉じることすら出来なくなった。
「じょ………………冗談、だよ、ね?」
「どこまで冗談にしたいですか?」
冗談なのか本気なのか、薫子には判断がつかなかった。
確かなのは、リーシュの顔が少しずつ近付いていること。
距離がゼロになればどうなるのか、年頃の少女に想像出来ないわけがない。
「あ……………………」
薫子の理性が、思考を放棄した。
何もかも、なるようにならせるのが一番だと、理性と本能が結託して結論を出した。
距離がゼロになろうとしたとき、教室の戸がバーンと良い音を立てて開いた。
忘我の薫子は、閉じられないはずの耳を閉じ、目を閉じてリーシュを待っている。
リーシュが教室の出入り口へ目を向けると、顔を赤くした楯無が立っていた。
今更ながら、二人とも授業はどうした、と考えた。
いつもであれば、2・3年生の授業時間も把握しているリーシュだが、今日は、本来ならば臨海学校に行っているはずだったのだ。数瞬後、既に授業がないと気付く。
リーシュの疑問を楯無が知る由もなく、無言でつかつかと近付いてくる。
様子からして、二人の会話を盗み聞いていたらしい。
きつくリーシュを睨みつけると、未だキス顔でリーシュを待つ薫子の肩を激しく揺すった。
「薫子!? しっかりしなさい! そっちにいっちゃダメ!!」
「あ、あれ? たっちゃん? リーシュ君は?」
呆然とした薫子の様子が、リーシュの恐ろしさを再確認させた。女殺しにもほどがある。
同時にリーシュへの怒りと、嫉妬が鎌首をもたげる。
リーシュの所業を知ってはいたが、目の前でやられると一味も二味も違いすぎる。クロエの気持ちが、少しわかった。
だが、今この場では抑えなければいけない。
新聞部所属の薫子の前で嫉妬に荒れるところを見せようものなら、明日どころか今日の夕方には号外が発行され、全校中に知れ渡ってしまうことだろう。
「オリオール君はもう少し節度をもって――」
薫子の魂が現世に戻ってきたことに一安心すると、振り向き、リーシュを睨みつけた。
いなかった。
「あはははは………………」
薫子の、乾いた笑い声が虚しく響く。
「かっこいいしね、リーシュ君は。ちょっと…………、かなり残念だけど、からかわれちゃったのかなぁ」
「…………………………」
トーンの落ちた薫子に、楯無は慰めの言葉を掛けられなかった。
遊びでも困るのだ。
あの男は、遊びと本気の境界が非常に曖昧だ。
遊びが本気になることはあっても、本気が遊びに落ちることはない。
ベッドの上でのピロートークのような夢物語を、本気で形にしてしまう男なのだ。
全てに本気でも、こなせてしまう能力がある。
冗談で薫子を口説き、本気で抱きしめている様を想像して、楯無は頬を打つ張りのある音で我に返った。
「よっし。ちょびっと残念だけど、リーシュ君の口説きテクを体験できたし、これを記事にしてやるから覚えてろー!」
「………………それ、冗談でも口説かれたいって生徒が出てきたらどうするの?」
「うっ……………………」
「…………………………」
二人、同じ未来を想像して、悪夢のような光景を頭を振って振り払った。
あの男なら、やってしまうかも知れないところが恐ろしかった。
やられて尚、平然としていられそうな生徒は、楯無の知る限り一人しかいない。男勝りで荒々しいところがある彼女なら、相手がリーシュであってもどうにかなるところが想像できない。だからこそ、織斑先生は楯無ではなく彼女が選んだのだろう。
「やめとくわ………………」
「そうね…………。それがいいわ…………」
話が落ち着いたところで、楯無はリーシュに連絡事項があることを思い出した。けして明るい時間からけしからん事を考えていたわけではないのだ。顔を見たかった、くらいはある。
慌てて廊下に飛び出すが、リーシュの姿は影も形もない。
広い広いIS学園である。
楯無は、探すことを諦めた。かつては、虚に自分を探させていたことは忘れている。
いずれ寮に戻ってくることは確かだ。
部屋のドアにメモでも挟んでおけばいいだろう。
その時になって、ルームメイトの一時変更を知っても無意味かも知れないが。
1年1組の教室から姿を消したリーシュは、逃げたわけではない。
拐かされたのだ。
薫子を口説いたのは冗談ではない。
薫子が冗談にしたいようなら冗談で済ませたが、あと数秒あれば、互いの気持ちが固まったことだろう。
次に会った時には、と考えているリーシュだが、誤解と楯無の非情により、難しいことになっていることを知らないでいる。ただし、難しければ難しいほど燃える男でもある。愛とは、障害があればあるほど燃えるものなのだ。
リーシュの不埒な思惑はさて置き、リーシュは、楯無のすぐ後から教室に入ってきた女生徒に腕を引かれていた。
女性にしては歩く速度が速い。本音が小走りする程度の速度はある。
腕を掴む力は強く、逃がさないと言っている。
未だ、一言もない。
1年1組の教室から遠く離れ、人気のない廊下を通り、階段を登り、重厚な扉を開けた先には空が広がっていた。
ぐいと引かれ、腕が放され、屋上に躍り出た。
数歩よろめき、リーシュは彼女の事を忘れ、屋上からの眺めに見入った。
遠く、海が見渡せる。
雲ひとつない快晴である。
夏の日差しが眩しい。
海が見える。
絶好の海水浴日和である。
薫子との対話で忘れていた臨海学校への心残りが蘇ってきた。
夏休みに入ったら泳ぎに行こう。と、夏季休業のスケジュールを一日埋めて、振り返った。
視線の先では、夏の日差しを浴びて、燃えるように輝く赤毛の少女が立っていた。
褐色の肌には艶があり、地面と水平に伸びる腕よりも、スカートから覗く健康的な太ももに目が行きそうになる。
彼女の顔つきは険しく、リーシュを睨みつけているように見えた。
「デートのお誘いにしては乱暴でしたね、ダリル・ケイシーさん」
リーシュは驚いた素振りも見せず、いつもと変わらない柔らかな微笑のまま。
リーシュの顔を見て、ダリルの眉間に皺が寄る。腕を揺らし、手に持つ得物をアピールするが、リーシュの微笑は変わらない。
軽く小首を傾げ、ダリルを促す。ダリルが動かない限り、リーシュも動けないのだ。
何の問題もないと判断していても、万が一はいつだって存在する。
授業の一環で、リーシュは何度か見たことがあった。
ISの装甲を一部だけ展開する技術。
ダリルは右腕にISを部分展開させ、手には生身の人間では到底扱うことが出来ない長大な銃を握っていた。
銃口は、リーシュへ向いている。
アメリカの代表候補生、ダリル・ケイシーは、リーシュに銃を突きつけていた。
リーシュにとって、日常茶飯事のようなものではあるけれど、昼下がりのコーヒーブレイクでミルクをこぼしてしまった程度のハプニングではある。
しばし視線が絡み合う。
一方は鋭く、一方は柔らかく。
ダリルが深く溜息を吐いて銃を下ろし、同時に部分展開を解除したことで均衡が崩れた。
「お前……………………頭おかしいだろ」
「失礼な!」
緊迫するはずの場面は一体何処へ行ったのか、ジト目で呆れるダリルと真面目に憤慨するリーシュが、燦燦たる夏の陽光に炙られていた。
各話最後の空行にココスキを残していく方がいらっしゃる('26.09.某日記)
最高効率でハックしていると感心する
観測者がいなくなったら本作は役割を全うしたと思うので悪しからず
死んだと思ったPCが生きていて喜ばしい('26.9.30記)
いやもう即死したかと思った