オリシューとISヒロイン(ry 作:user
リーシュはバスルームへ赴く前に、部屋の片づけを特に行っていない。事後の痕跡を最低限隠すに留めただけである。
床の上に脱ぎ散らかした衣類は、パンツも含めて本音が丁寧に折りたたんで、またはハンガーに掛けていた。本音は間違いなく良い子である。
ならば、本音がベッドの上にあるそれを見つけるのは必然だった。
リーシュは完全に失念していた。風呂で心身を解放させ、緊張が途切れていた。
本音は、よいしょとベッドに上る前に見つけてしまった。
(……これってたっちゃんのIS?)
そしてもう一つ、銀色に黒いラインが絡む品の良いバングル。
(なにこれ? IS?)
バングルタイプの情報端末は、リーシュの会社とリンクできるために高度なプロテクトが掛かっており、リーシュ以外では起動できない。
だが利便性のため、スタンバイモードが用意されている。他者に貸し出すことは稀でも、腕から外した状態で使用することが主だからだ。
ベッドの上で映像を流し、停止されてからは誰も触れていない。
本音が好奇心と疑念に釣られてバングルに触れると、一時停止状態だった映像が再開された。
『うぁ、――――――』
まさに電光石火の速さだった。
リーシュは本音の手からバングルを取り上げると同時に映像の停止を操作。機能もオフにする。
「いまの――」
「楯無さんとコミュニケーションを取った時のものだね」
いかにも苦しい。
風呂上りの体から冷たい汗が流れてくる。
沈黙が重い。
先の比ではなく、全身にだるさを覚えるほど重い。
「…………………………たっちゃんに、ひどいことしたの?」
一瞬ではあったが、本音の目は映像を捉えていた。
服を着ていない楯無の上に、服を着ていないリーシュが覆いかぶさっていた。楯無の表情は、苦しそうだった。リーシュは涼しい笑顔、嬉しそうに見えた。
一体何をしていたのか、わからない本音ではなかった。
「…………たっちゃんに、……ひどいこと、したの?」
問うているわけではない。確認しているわけではない。自分に言い聞かせているのか、リーシュを追い詰めようとしているのか、本音にはどちらの自覚もない。
映像を理解した心が、勝手に口を開かせている。
本音の顔に怒りはなく、呆と抜けた表情で静かに涙を流していた。
本音はリーシュが好きだった。
男女の情愛と言う意味ではない。友だちとしての好悪でもない。
単純に、人として好きだった。
先ず第一に美形だ。世界が認める美貌、らしい。見ているだけで心地よい。目の保養になる。
次にマナーがしっかりしている。本音が苦手なジャンルだ。してはいけない事をしない。悪い事をしない。人を不快にさせないように、ずっと気を付けていた。
そして優しい。女生徒の視線がどんなに刺さっても、黄色い声を上げられても、リーシュは平気な顔をしていた。でも、もう一人の男子生徒は違った。織斑一夏。かわいそうなくらいにガチガチに緊張していた。そんな一夏に気軽に声を掛け、緊張をあっという間に解きほぐしていた。午後の授業では、一夏はだいぶリラックスしているように見えた。その後の休み時間には本音も一夏と顔を合わせ、早速『おりむらだからおりむー』と命名した。
話していて楽しかった。
ついさっきまで話をしていて、本音は楽しかった。
好きになって当たり前だった。
好きになった人が、大切な人に酷いことをしていた。
本音は簪の従者だが、楯無とも親しい。
小さな頃から今に至るまで、ずっと仲が良い。俗に言う幼馴染の関係。
いつも飄々としていて、美人でなんでも出来て、格好良い大切な友だち。
好きになった人が、大切な人に酷いことをした。
とても悲しくなった。
涙を流すほど悲しくなった。
何故、とは問わない。それはもう起こってしまった事だから。
どうして、とは思わない。只々悲しい。
悲しみに濡れる本音の泣き顔は、リーシュの心を容赦なく抉った。溢れる罪悪感に、窓から飛び降りたくなる。
怒りだすならばどうとでもなった。怒りの対象を逸らし、または細分化してしまい、有耶無耶にする。もしくは原因を分析し、解消する。単純に時間経過でも薄れていく。
悲しみではそうもいかない。
特効薬は共に浸ることなのだから。
誤解である。勘違いの涙である。
そうと主張しても確実に伝わらない。悲しみを煽るだけになるだろう。
誤解なのだから、当事者である楯無に説明させるのが一番手間が掛からない。
しかし、今この場に呼ぶのはほぼ不可能だ。もうじき消灯時間を過ぎる。寮内を歩き回るには不適切な時間だ。第一、楯無の部屋を知らない。連絡先もわからない。どうにもならない。
今はダメであっても、明日の朝になれば食堂に来るだろう。
リーシュと同じ部屋にいれば本音が眠れないだろうから、リーシュは廊下に出ていればいい。寮内ですら不快に思われるなら、外に出ていても良い。徹夜の一つ二つしたところで、疲れを覚えるリーシュではない。
明朝になれば誤解は解けるのだ。早いものである。
が、本音は確実に気に病む。
楯無の不幸を思い、加害者と目するリーシュに怒りをぶつけるわけではなく、悲しみに涙を流す優しい少女だ。自分の勘違いでリーシュを外に追い出せば、確実に気にする。笑顔をつくろっても、心に陰が残るだろう。心は顔に出るのだ。
「ISを持つ楯無さんを俺がどうにか出来るわけがないだろう」
「たっちゃんよりオリシューの方が力が強いよね」
本音が差し出した手には、待機形態のISが乗せられていた。楯無の専用機だ。
(国家から貸与されてるISを忘れていきやがった…………)
ぐうの音も出ないほどの正論で封殺された。
事実、リーシュが楯無を突き飛ばし、腕を縛るまではリーシュの腕力がものを言っていた。
ふぅ、とリーシュは息を吐いた。
色々と諦めた。
床の上に撒かれ、今はデスクの上に乗っている所持品から一つを手に取る。
無言で本音に近づく。
本音は固く目をつむり、小さく震えていた。
湧き上がる罪悪感を噛み殺し、本音のきぐるみフードを跳ね除けた。
髪をかき上げ、あらわになった耳へフック型のイヤホンを着けさせた。
肩を押し、ベッドに座らせる。自分は部屋の隅に椅子を移動させ、本音には背を向けて座った。
バングルを操作し、現れたディスプレイはサウンドオンリー。
「本音が自分で判断してくれ」
音声を再生した。
(すまない、刀奈。俺も悪いがお前はもっと悪かった…………)
『君はどっちのベッドを使うんだ?』
本音の耳に、リーシュと楯無の声が流れ始めた。
あの楯無が手玉に取られていた。リーシュの声に従っていた。本当の名前も口にしていた。言葉で辱められていた。
悲しみが深くなり、リーシュを見ると背中を向けて微動だにしていない。
楯無が『欲しい』と言っていた。その前にリーシュが『欲しいと言え』と口にしていた。楯無は『入れて欲しいです』と言っていた。そんなことをそんな状態で言われても、楯無なら『バカね、あなた』くらいは言いそうなのに。
甘い声が始まった。
時々苦しそうな、叫んでいるような声があった。
楯無が『もっと』と言っていた。今度はリーシュの声は聞こえない。楯無が『もっと速く』と言っていた。
長く続いた、ような気がする。
少しの時間だったのかも知れない。
楯無が子供のようにリーシュを罵っていた。リーシュは優しく応えていた。
少し真面目な話を始めた。本音も知っている話だ。
『ふ、ふん! あなたはよかったのかも知れないけど、わたしは全然良くなかったんだから!』
それは嘘だと、本音は思った。
音声が終わった。
リーシュは本音が音声を聞いている間、ずっと椅子に座ったままでいた。
なるたけ動かないように気を付けていた。見えないところへ移動したり、不意に動いたりすれば本音が怯えるからだ。
動かなくとも思考を巡らせることは出来る。
本音の誤解はこれで解けるだろう。楯無へは報復、よりも、こんこんと説教をしてやったほうが良いかも知れない。
常ならば経済レポートを読んでいる時間、社に残るスタッフ達の働きを思う。
ISについても考える。ISの深い理論はわからなくとも、自身へのデータ収集は意味がないのでは、と推測する。それでは不毛すぎるので、ISの操作を習うと同時に体の動かし方を学ぼうかと考える。楯無に担任の織斑先生。他にも国家の代表候補。教師には事欠かない。出来るならばIS操作より身体操作を優先したいのだが、ISを学ぶIS学園においては無理な注文だろうか。
思考を遊ばせていると、肩に何かが触れる。本音が指先で肩を叩いていた。
伏せた顔からは表情が読めない。
「赤ちゃんが出来たらどうするの?」
本音の問いかけに、リーシュは素直に驚いた。
過程も結論も、既にわかりきったことをわざわざ蒸し返したりしない。必要なことだけに手を伸ばす。
無駄を省く言動が時に人の目からは飛躍に映り、天然と呼ばれもするのだろう。
だけども本音は頭が良い子だ。
本音への評価を数段階上に修正する。
「おろすの?」
「おっ…………。そんなわけがないだろう。休学か退学か、どちらかを選んでもらうことになるが、その時はきちんと産んでもらうよ」
「たっちゃんと結婚する?」
「それは無理だ」
「どうして?」
「年齢はいずれクリアできるが、そもそも俺は結婚できない。相続問題が発生する」
仮にリーシュと楯無が婚姻関係を結びリーシュが他界した場合、楯無にリーシュの遺産を相続する権利が生まれる。日本政府は狂喜乱舞し、世界中から恨まれるのは間違いない。暴発し、時計を早めようとする者が出てくる可能性もある。
楯無が相続放棄をしようとも、国家がそれを許さない。国家が出張るほどの財産なのだ。
問題を確実に解決する準備が整うか余程の事態が起こらない限りは、リーシュは迂闊に家族を持つことが出来なくなった。
楯無が『愛人』と言ったのは、そこを理解していたからだ。
「ちゃんと認知する?」
「にっ…………。もちろんだ。最低でも子供が成人するまでは経済的な支援が出来るよう整えるよ」
誰かが言った。
女は現実、だと。実際、女性からすれば切実な問題なのだ。
なのだけど、本音のような可愛らしい少女から現実を告げられると言葉に詰まる。
「いいの? 会社のイメージとかオリシューのこととか」
「そこは全く問題にならないね」
自信を持って答えるところである。
社長のイメージで商品を売る会社ではないので、犯罪行為でない限りイメージ問題は生じない。
リーシュ自身に対しても問題ない。
リーシュは来るもの拒まずな人間だ。リーシュの容貌に気圧されてそう言った女性は滅多に現れてくれないが、そうなのである。
あっさりとハニートラップに引っかかった過去がある。
相手の要求をばっさりと拒否すると、報復として情報がメディアに流れた。取材攻勢がうっとうしくなり、会見を開いて滔々と語ったのだ。彼女と出会ったのは、デートしたのは、愛の言葉は。流石にベッドの上で起こったことは伏せた。なのに彼女は去ってしまった、と。
傷ついた美少年。ふしだらな大人の女性。
世論がどちらを味方するかは明らかだった。
そんなことが二度三度と起きれば誰もが理解する。
リーシュ=オリオールはそういう男なのだ、と。
ついた愛称が『リリスの愛人』である。楯無は誤解していたが、これは美貌を褒め称える言葉ではない。
子供が出来たところで、ヨーロッパの人間ならば『ようやく出来たか』程度にしか思わないだろう。
既に落ちるところまで落ちている、とも言える。
「オリシュー結婚できないんだね。可哀そう…………」
「慰めてくれるんだね。本音、ありがとう」
「うん……。だからわたしといっぱいお話しよう?」
「うん? ああ、もちろんだ。でも、そろそろ日付が変わりそうだし、明日にしないか?」
「わたしとお話してくれないの?」
「うん? ……どんな話がいいかな。本音が楽しめるのはどんなのがいいんだろう」
「だからぁ…………。わたしと、オリシューで、お話」
本音と自分とでは『お話』の認識が違うのは理解できた。
違うことはわかっても、本音が何を指しているのかはわからない。
「そう、だね……。とりあえず、楯無さんのことが誤解だって言うのはわかってもらえたかな?」
「うん…………。だから、ね」
本音の頬はうっすらと染まっている。
ついさっきまで艶事を聞かされていたのだから、羞恥で赤くなっても無理はない。
それがよく知る人なのだから尚更だ。
人は共感を覚える生き物だ。女性は男性よりも共感性が高い。それが身内のことになるともっと強くなる。
身内が喜べば、傷つけば。我がことのように喜ぶし、痛みを覚える。
悲しみを半分に喜びを二倍に、というあれだ。生活費を四倍にする、と続くのだが今は関係ない。
本音は、楯無が受けたであろう苦しみを自分のことのように受け止めてしまったから悲しくなったのだ。
楯無が悦んでいれば、本音も悦ぶ。
音声を聞いていて、体が火照った。胸に手を当てていた。体も心も落ち着かず、太ももをこすり合わせていた。それ以上は出来なかった。
楯無は幸せそうにお話をしていた。
嬉しそうにリーシュと話をしていた。
リーシュの裸身が脳裏に焼きついている。たった一瞬なのに焼きついてしまった。逞しい胸板が、力強い手足が。楯無と繋がっていた部分も。
楯無の裸は知っている。一緒にお風呂に入ったことは何度もある。
音声を聞いている間、二つの裸身がひとりでに浮かび上がった。
音声を聞いていたら、楯無のイメージがいつの間にか自分と交代していた。
自分がリーシュに抱かれていた。
知っている一般的な言葉を使えば、本音は、自分がリーシュとセックスをしているのを想像し続けていた。
楯無とは結婚できないらしい。
恋人なのかはよくわからない。
でも、会ったその日に恋人はちょっとおかしい。
でも、会ったその日にセックスは出来るようだ。
赤ちゃんが出来ても問題ないと、力強く言っていた。
すごいお金持ちらしいし、色々なことを考えている。
楯無は幸せそうだった。
リーシュが今、自分の目の前にいる。
「だからぁ……、オリシューと、たっちゃんが、してたみたいなお話」
リーシュがコミュニケーションと例えたのを、本音は覚えていた。
「俺と楯無さんのお話って?」
口角が釣りあがっている。本音の言う『お話』が何であるかに見当がついていた。
本音に言わせようと、辱めようと意地悪く笑っている。
本音の潤んだ瞳はたやすく決壊した。
「うええぇぇぇぇ~~~ん!! オリシュー意地悪だ~~~っ!」
号泣である。
静かに、ではなくぽろぽろと涙がこぼれ、コミカルにデフォルメすれば目が罰点になるような、火が点いたような泣き顔。
慌てて抱き寄せると、本音はリーシュの胸でしゃくり上げた。
「ごめんよ、本音。本音が突然なことを言い出すから、びっくりして悪戯してしまったんだ」
「うぅ~~~~。……ぐす…………。オリシューは、びっくりするほど、いやだった?」
「まさか。本音からお誘いを受けるなんて光栄だよ。ルームメイトになるんだし、いつかは、と思っていたよ」
「お誘いの暗号ってお話のことだったんだ……」
「これで本音も暗号をマスターしたね」
「うん!」
本音はリーシュを見上げ、涙で少し赤くなった瞳を閉じた。
よくわからなかったようで、アヒルのように唇を突き出している。
楯無との時は揶揄と挑発で、何もしなかったら男ではない、と発言をした。
今度は違う。
今の本音を前にして、何もしなかったら銃殺刑に値する。
リーシュは本音の唇に、優しくキスを落とした。