オリシューとISヒロイン(ry 作:user
三日間にも及んだクラス代表決定戦は、当初の下馬評通りにイギリスの代表候補生セシリア・オルコットが勝利を収め、代表に就任することとなった。
図らずも参戦する羽目になった織斑一夏はISについて全くの初心者であったが、持ち前のセンスとなによりも専用機の力が大きく、予想外に善戦し決勝まで歩を進め、セシリアに敗れた。
リーシュは、と言うと参加していなかった。貴重な男性IS操縦者なので優先的にISが回されてはいるものの、リーシュの専用機はデータ収集に特化しすぎ、戦闘能力が皆無だったのだ。それ以前に担任の織斑先生からストップが掛かった。
リーシュは男性適合者である以上に、世界経済にとって重要な人間だ。戦闘行為は厳禁との命令があったらしい。
IS世界大会の優勝者、初代ブリュンヒルデと言えども所詮は宮仕え。上からのお達しには逆らえなかった。
しかし、リーシュの能力を遊ばせておくのは惜しい。IS戦に関わらせるわけにはいかないが、IS戦だけがクラス代表の仕事ではない。
有無を言わせず、代表の補佐を命じられた。
クラス代表決定戦が三日間にも及んだのはそのためである。
多数の立候補者に、
『餌に釣られるな馬鹿者ども!』
一喝する織斑先生の唇は、片端だけが釣り上がっていた。小筆で描いたような美しい眉も、微かに弧が深い。
リーシュと一夏は語り合った。
あれは獲物をいたぶる虎の笑みだった、と。
それから数日。
1年1組の熱気はようやく治まり、平常の空気を取り戻していた。
そんなある日のこと、篠ノ之箒は人気の少なくなった校舎を一人歩いている。
柳に風。
本来の意味は穏やかなあしらい方を指すものだが、文字のみを捉えればこれほど篠ノ之箒に似合う言葉はない。
長く美しい黒髪は清廉に一つにまとめ、剣道で培われた肉体は姿勢正しく歩みも美しい。内面は外面に現れ、整った顔立ちは凛々しいの一言に尽きる。そこへ内に秘めた恋が花を添えているのだ。
目を引かないわけがなかった。
部活の時間も終わり、空は夕日の残光が彩っている。
目指す場所は放課後の音楽室。クラスメイトの布仏本音に呼び出されたのだ。
箒と同じく、男子をルームメイトとしている少女。何か相談事があるのかも知れない。
本音と言えば、リーシュとの距離の近さを指摘され、他のクラスメイト達から詰め寄られていた。
『オリシューといっぱいお話して仲良くなったんだよ。それでね? オリシュー結婚できないんだって。かわいそうだよね~』
『ええーー!! なんでなんで!?』
神の如く見事に矛先を逸らした。
結局、まあ本音だし、のほほんさんだし、誰にでも抱きつくし、と納得されていった。
その本音に呼び出され、箒は胸に淡い期待を灯らせていた。
先に述べた通り、本音はリーシュと距離が近い。自分もあんな風に。想いを寄せている一夏と近い関係になれたら。
本音から、何か極意のようなものを授けてもらえるかも知れない。
ところで、学校内での呼び出し場所として定番なのは屋上と校舎裏だ。
そこには呼び出した者の意図が含まれている。
屋上であれば、出入り口は一つ。囲われたフェンスの向こうには遠い地面を見ることが出来る。即ち、逃げられると思うなよ、である。
校舎裏であれば、校舎の外であり学校と言う名の法の外を暗示する。裏、であるのだから人目にもつき難い。即ち、助けが来ると思うなよ、である。
ならば音楽室はどうか。音楽、のキーワードを抜けば、つまり屋内だ。四方は壁に囲まれている。出入り口を閉め、窓にカーテンを引いて閉めれば誰の目にも付かない。即ち、内緒話、である。
箒はそこまで深読みしたわけではないが、内密な話であろうことは察しがついていた。傍に誰もいないタイミングで告げられたからだ。
やはり何かお得な情報をもらえるに違いない。
妄想を暴走させ、脳内で幼いわが子の手を引いているシーンまで思い浮かべたところで音楽室前に着いた。
脳内わが子の父が誰であるかは言うまでもない。
胸の高鳴りは、音楽室の扉を開けたと同時に消えうせた。
灯りを落とされた音楽室で、紫から濃紺に変わりゆく空を背景に、端正なシルエットがあった。
箒の来室に気付いたのだろう。まずは首だけで振り返り、次いで体全体を入り口の箒に向ける。逆光で顔は見えない。だが、誰であるかはすぐにわかった。
「ずっと…………、君と話したいと思っていたよ。……篠ノ之、箒さん」
「オ、オリオール………………」
反射的に後ずさりしようとして、出来なかった。背中に何か柔らかいものがぶつかり、そのまま室内へ押されてしまう。
扉の閉まる音が聞こえた。
「ほ、本音!?」
「来てくれてありがとう、箒ちゃん」
箒を呼び出した張本人、布仏本音がいつものにこやかな笑顔で立っていた。
はめられた。
箒は直感的にそう思った。
本音はリーシュと親しい。ならば、リーシュが本音を介して、何かしらを行う可能性は常にあった。
頭の片隅にあったそれを、箒は忘れた。楽観にすがった。
「先ずは座ってくれないかな。君の、お姉さんについて、話がある」
ギリ、と。
箒の奥歯が鳴った。
リーシュ=オリオール。
箒はリーシュのことが、第一印象から苦手だった。嫌いとまではいかない。少しだけ、ほんの少しだけだが恩も感じている。
クラス代表決定戦に一夏の参戦が決まったとき、リーシュが一夏へアドバイスした内容を、箒はこっそりと聞いていた。
『負けろ。だが見せ場は作れ。IS操作なんか気にするな。体の使い方を優先しろ』
箒が覚えている内容を要約すればそうなる。
ならば、と一夏は昔かじった剣道の練習をしようと思い立ち、箒はすかさず練習相手を申し出た。
剣道から離れ、腕の鈍った一夏に対して思うことがないではなかったが、一夏と濃密な時間を過ごせたのは事実。きっかけとなったリーシュへは、少しだけ恩を感じているのだ。
それでも覆せないほど、第一印象が悪かった。
リーシュは、一夏との数年振りの再会を邪魔した、だけではなかった。
入学初日の第一休み時間。一夏へ声を掛けようとした箒に、
『初めまして。篠ノ之……箒さん。君は、篠ノ之、博士……、の妹だと聞いているのだけど、間違いないかな?』
『私はあの人とは関係――!』
言葉が続けられなかった。リーシュは涼しい笑顔を浮かべたまま。唇が歪んだわけでも、目が釣りあがったわけでもない。一歩離れればわからない。至近の自分にしかわからない。何か。何かが奥に潜んでいた。
『…………へぇ………………?』
『な、い……』
『そう………………。おかしな事を訊いてすまなかったね。これから一年間は同じクラスの仲間になるんだ。箒さんとも良い関係を築けるよう努力するよ』
『あ、ああ……。そう、か』
第一印象は最悪だった。
奥底に隠されたものがなんであるかはわからないが、あれが悪魔か、と思うほどだった。
その男が、人を介して自分を呼び出したのだ。
ろくでもない事になるのは目に見えていた。
箒は、つい先ほどまで浮かれていた自分を呪った。
出入り口は閉められ、窓にもカーテンが閉められ、灯りがつけられた。
密室。
リーシュは箒が座る席の真前に立った。
威圧。
本音は出入り口の前に陣取っている。
逃げられない。
「前も言っただろう。私はあの人とはなんの関係もない! 連絡はつかない。連絡がきたこともない。私からあの人のことを探ろうとしても無駄だ。それでどうにかなるなら、とっくにどこかの政府が捕まえていたはずだ」
「そんなことはわかっているよ、箒さん。ただ、ね。それは今までのことなんだ。今は違う。ここがどこだか箒さんも知っているだろう?」
「…………IS学園……」
「そう、IS学園だ。各国が手を出せない中立地帯。攻め入ろうにも多数のISが配備されているため、どうにもならない。…………なんだか俺の国みたいだな。……ともかく、外からは手が出ない場所なのは確かだ。そんなところだったら、篠ノ之博士がひょっこり顔を出すかも知れないだろう? 可愛い妹がいることだし」
「……………………」
「俺が箒さんに望むことは多くないよ。ただ、情報を流してくれればいい。接触してきたら、連絡があったら、それを教えてくれるだけでいいんだ」
「……………………」
「事前でも事後でも。誤情報でも、日常で覚えた幽かな違和感でも。なんでも構わない。博士と繋がっているかも知れない、箒さんがそう思う情報を教えて欲しい」
「……………………あの人と接触してどうするつもりだ」
リーシュの唇が弧を描いた。
完全なシンメトリー。
いかにも人工的で、不自然な笑み。
端正な笑顔に、箒は背筋があわ立つのを感じた。
あの人をこの男に会わせてはいけない。
嫌いな人だ。家族を壊した人だ。自分勝手な人だ。自分が不自由な思いをし続けてきたのは、全部あの人のせいだ。
箒が感じる恨みは、嫌悪は、そして劣等感は、深い。
だけども姉なのだ。
血を分けた姉なのだ。
大嫌いな姉であっても、悪魔に売り渡すことなんて出来ない。
「会ってから決める。と言いたいところだけど、先ずは話をさせてもらうよ」
「…………それだけか?」
「もしも博士の身の安全や、頭脳を利用しようと企んでいると思われたら、それは違うと言っておこう」
「……………………わかった。私の答えは――」
「待った。一方的に情報を得ようなんて考えてないよ。これでもビジネスマンだからね、相応の対価を用意させてもらう」
「…………なんだ?」
言って、箒は蔑んだ。
リーシュ=オリオールとくれば、超を十重ねても足りないくらいの大金持ちだ。
ブランド物か、きらびやかな貴金属か。もっと即物的に現金か。
勝手に答えを想像し、リーシュを蔑んだ。
「とっておきを準備しているんだよ」
リーシュがIS学園入学に同意したのは、自社の広報と人材の囲い込みなのは既に述べた。
もう一つある。
それが篠ノ之箒と接触すること。
楯無に話さなかったのは、入学の打診から決定までの間に、篠ノ之箒の所在が掴めなかったからだ。年齢と立場から、おそらくIS学園に入学するのではないか、と推測していたが確定はできなかった。
重要人物保護プログラムが邪魔をした。時間もなかったことだし、日本政府の仕事が良かった。
入学を決めた最大の理由が、自社への就職斡旋であることは間違いない。
そして入学。
篠ノ之箒は、いた。
幸運にも同じクラスだった。
以来、ずっと観察してきた。
彼女が望むものは、とっくにわかりきっていた。
気付かれぬよう、そのための手を打ち続けてきた。
「君と一夏との仲を取り持とう」
「どんな些細な情報でも渡そう。なんでも言ってくれ」
箒は立ち上がり、二人は固い握手を交わした。
誰かが言った。女は現実、だと。
現実の誘惑の前には、遠いお星様の下にいる姉のような存在など軽いものなのだ。
こうしてリーシュ主導、本音を助手として、箒一押し作戦が開始された。
ちなみに、の話であり、箒・リーシュの両人とも意識していないことなのだが、箒にはもう一つリーシュへ感謝してもよいことがあった。
誰かが箒のことを『篠ノ之さん』と呼ぶと、何故かしら悪寒に襲われるのだ。
よって箒は入学初日から、箒さん・箒ちゃんと呼ばれるようになり、人付き合いの不得手な箒がクラスに溶け込むのに一役も二役も買っていた。
箒も、リーシュも、誰も知らない話である。
もう一つ、箒の回想にあったリーシュの一夏負けろ発言について補足する。
「いいか、一夏。お前は負けろ、無残に負けろ。だが織斑先生の手前もある。織斑先生が好きそうな玄人っぽい技を出せ」
「おい! いきなり負けろってなんだよ!? 玄人っぽいってわけわかんねぇよ!」
「IS操作なんて小手先の技に囚われるな。ISを動かすくらいなら体を動かせ。何かスポーツをしていないか? 格闘技だったら尚いい」
「剣道してたけど……。それより負けろってなんだよ。そりゃ俺だってクラス代表なんてやりたくないけどさ。わざと負けるほど落ちぶれてないぜ」
リーシュは人差し指を立て、唇に当てる。
前を向いたまま親指を立て、自分達の後ろを指した。
一夏は空気を読み、振り向かずに耳を澄ました。
(織斑君がクラス代表になったら、代表補佐のオリオールさんと一緒でおりオリ?)
(え!? オリおり? それともおりオリ? どっちも、どっちもいけるって言うこと!?)
(…………ごめん。なんか鼻血出そう………………)
(はぁ……、すごすぎるよぉ…………)
すごすぎるのはあなたのあたまです。
「お前は耐えられるか? 俺は無理だ。絶対に無理だ。俺は異性愛者だ。もしもそんな話が流れたら、俺は授業中に織斑先生に襲い掛かる」
「返り討ちにされるぞ…………。でも、俺も無理だ。うん、リーシュの言うとおりだ。いいとこ見せて、出来るだけ頑張って、それで負ける」
「まぁ、一夏の実力じゃミスオルコットを倒すのは無理だろうけどな」
「あぁ…………、全力で向かって。蜂の巣にされてくる」
二人は固い握手を、は出来なかった。
あの視線に晒されてそんなことをすれば、何がどうなるかわからないのだから。
ISのメインヒロイン。
ここをクリアすれば怖いものは何もないと思った記憶あり。