オリシューとISヒロイン(ry 作:user
「先ず第一に、箒さんは一般的な男性がどのような女性を好むのかを知らなければなりません」
「はい先生。よろしくご教授願います」
「オリシュー先生だー」
場所は打って変わって秘密の部屋、ではなくて、学園寮のリーシュと本音の部屋である。
椅子に座るリーシュの前に、箒は床に正座して、本音はベッドの上でクッションを抱いて寝転んでいる。リラックスが過ぎる本音を前にしても、箒の態度は揺るがない。リーシュの言葉に耳を傾けている。
「ここで言う一般的な男性とはヘテロセクシャル。異性愛者のことです。ホモセクシャルを始め様々な形がありますが、いわゆるノーマルな男性を思い浮かべてください」
「いいいい、一夏はホモなんかじゃない! その、はずだ!」
瞬時に揺らぎ、喚く箒をリーシュは冷ややかな目で見下ろしている。
この場は厳粛なる学びの場なのだ。けして猥褻話をするためではない。
箒は己の不明を恥じた。
「す、すまない。頼む、続けてくれ」
「男性が好む女性とは、セックスをさせてくれる女性です」
「せせせせせ、せっく…………!? 何を言わせるんだ!!」
取り繕った態度はまたも一瞬で崩れた。
羞恥が限度を超え、顔を耳からうなじまで真っ赤に染めて涙目で睨む箒は、ひどく劣情を誘う。いたいけな少女の手を引き、禁じられた土地へ導いてしまう背徳感。
だが、やはりリーシュの目は冷ややかでいる。
「あのね、箒さん。生殖への欲求は本能なんだ。何億年もの昔から遺伝子に書き込まれた、絶対とも呼べる行動指針なんだよ。鳥や虫を見てごらん。パートナーとめぐり合うためにあんなにも美しい声で鳴いている。君はそれを否定するのか? 一夏と子供をもうけようと考えたことは一度もないのか?」
「うっ!」
まさに今日、妄想を。もとい、考えたところだった。
その前段階は、箒の乙女脳では無理だった。キスをしたら、二人の腕にいとし子が現れていたのだから。だが、それを現実のものとするには絶対に必要な過程がある。リーシュはそう突きつけている。
「うぅ…………」
時間を置き、箒の頭へ言葉が浸透したのを見計らって、リーシュは結論を与えた。
「そこをわかってもらえたなら話は簡単だ。好き、抱いて、と言えばいい」
「できるかぁああぁあぁあ!!!!!」
箒は吼えた。
剣道で鍛えた気合は窓が震えるほどの大音声で、学園寮の壁に防音対策が施されていなければ、間違いなくダース単位で苦情が届いたことだろう。
血管が切れそうなほど真っ赤になっている箒を、リーシュは黙殺。
「本音さん、お手本を」
「はーい」
本音はベッドから立ち上がり、とてとてとリーシュに近づく。椅子に座るリーシュの膝上に跨り、正面から抱きつき囁いた。
「オリシューだぁいすき。いっぱいお話して?」
「お話、じゃ箒さんに通じないよ。でも、ありがとう。見事なお手本でした」
わーいと喜ぶ本音の傍ら、箒は声をあげようとして言葉が見つからず、さながら餌を求める金魚のように、口を開け閉めしていた。
箒とて馬鹿ではない。
今のやり取りで、色々と気付いてしまうことがあった。
距離が近いリーシュと本音。
お話をして仲良しに。
抱いて、の代わりに、お話。
もう言葉にならなかった。
何かひどく破廉恥な、それこそ男女の交わりを目の当たりにしてしまったような、見てはいけないものを見てしまったような、自分がそこへ招かれていると言う羞恥と恐怖が。
部屋の空気に甘い毒が混じり、自分の体を汚していく様を幻視した。
「少し目の毒だったかな? 今のがいきなり箒さんに出来るとは思えないし、やってみろなんて無茶も言わない」
「…………あたりまえだ。あんなことをするくらいだったら、私は、死ぬ」
箒の目には、再び警戒の光が戻りつつあった。
この男は、自分に何かとんでもないことをさせようとしているのではないだろうか、と。
「死んじゃ困るよ。今のは理想の一つとして気に留めてもらえばいい」
「…………それで、一体どうするつもりなんだ?」
ふ、とリーシュは笑った。
箒の警戒をわかりきった上で、言葉を紡ぎ始めた。
「恋は落ちるものだけど、愛は育むものだ」
「愛、だと?」
話の飛躍に箒の眉間が皺を作るも、リーシュは流れるように続けていく。
「そう。恋に落ちるのは簡単だけど、愛は共に手を取り合って育てなければならない。箒さんは、一夏と愛を育てたくはないかい?」
「一夏と……愛…………」
「そのためには、始めなければならない。恋で終わらせず、一歩を踏み出さなければならない」
「始める…………」
「箒さんと一夏が手を取り合い、愛を育て始めるために。だが、何事も最初の一歩は大変だ。とてつもないエネルギーが要る。勇気も必要だ」
「勇気…………」
「少しのエネルギーなら、俺と本音さんで用意できる。だけど、勇気は箒さんのものでなければダメなんだ」
「私の、勇気」
心地よい言葉が、箒の警戒を溶かしていく。
甘い声はリズムに乗り、音楽的でさえあった。
美麗なことこの上ない、と。箒も内心では認めているリーシュだ。
そして、その言葉通りなのだ。
リーシュと本音、ではない。箒と一夏。
リーシュと本音の関係がどうであれ、箒が踏み出さなければ何も始まらない。
さっきまでは悪魔にも思えたリーシュが、今や神々しくも見える。すわ神の遣いかと思えるほどに。
神は、案外近くで寝転んでいるのかも知れない。
揺れる心に甘い蜜を塗りこむのは、悪魔の手法そのものなのだが。
「一つ訊こう。嘘偽りなく思ったことを答えて欲しい」
「は、はい!」
もはや警戒は霧散し、むしろ警戒してしまった自分を再度恥じた。
「本音さんのお手本を見て、嫌悪以外に感じるものはなかったかな?」
「!」
嫌悪。
箒は確かに嫌悪を感じた。
正直な箒は素直に顔に出し、容易くリーシュに見抜かれた。
嫌悪を感じさせたのは、男への媚びと性への誘い。未知への恐怖にも似た嫌悪を、確かに感じた。
それ以上に羨ましかった。
明け透けに好意を露にする本音が。
あんなにも真直ぐな言葉が。
裏も表もない、純な好意が。
本音が、綺麗に見えた。泣きたくなるほど羨ましかった。
リーシュが静かな瞳で答えを待っている。
嘘偽りなくと訊ね、箒は、はいと答えた。
箒は、答えなければならない。
「もし嫌悪しか感じなかったらそう言ってくれていい。遠回りになるが別の方法を――」
「いや」
箒は久しぶりに。
照れ隠しを挟むことなく。
「本音を羨ましく思った」
家族が離れ離れになってから初めて、素直な気持ちを言葉に乗せた。
「そうか」
リーシュは柔らかく微笑んでいる。本音は、全部お見通しと言わんばかりに笑顔を崩さない。
箒は恥ずかしかった。
情けない自分が。疑ってしまった自分が。
素直な気持ちを吐いたことは、気持ちよかった。
でも、恥ずかしい。
いつものように、大声で誤魔化すしかなかった。
「そ、それで具体的にはどうすればいいんだ!?」
「さっきの本音さんを理想として、出来ることから真似ていけばいい。剣道をしている箒さんならわかるだろう? 何事も真似から始まるのさ。本音さんは素直な好意をあらわせる人だ。本音さんをよく観察して、自分が出来ると思ったことを真似て欲しい」
「えっへへ~。今度はわたしが先生だー。一緒に頑張ろうね、箒ちゃん」
「本音……、いや布仏先生! よろしくお願いします」
「二人はその調子で励んで欲しい。俺は、一夏の様子を見ながら、煽る」
「煽る?」
「異性を意識させる」
「!!!」
「最終目標は、わかってるね?」
「は、はい…………」
「覚悟しておくように」
にやり、と笑う。
唇の片端だけを吊り上げる歪な笑いが、箒の目にはこの上なく頼もしく映った。
リーシュが立てた作戦は極めてシンプルだ。
一夏を煽りに煽り、箒へ手を出させる。
以上。
一夏の目が他の女生徒へ向くことは心配していない。リーシュ自身が風除けとなり、一夏へと近づく女性を限っているからだ。
風除けの内側にいる箒だけに、可能性がある。
一夏は律儀な人間だ。
関係を持った女性を突き放すことなど出来ないだろう。
自然、共に過ごすようになり、共に過ごす時間が出来れば愛が芽生える。ルームメイトとしてではなく、一人の幼馴染としてでもなく、一人の女性として共に過ごすのだ。
一夏の性格上、一線を越させてしまえばおそらくなんの問題もない。
けども、出来るならば愛が芽生えるところまで見守りたいのだ。
十代の一大決心ほど儚いものはないのだから。
肉体の関係など、想いも同意も得ずに結べるのだから。
リーシュは自身の変心を振り返り、思い出した苦味を飲み込む。
箒が気付く由もないが、リーシュの作戦は入学初日から発動していた。
裸エプロンさんこと楯無と、寮の自室で出くわしたときから仕掛けは動き始めていた。
楯無の侵入を予測していたわけではない。絶好の機会と、利用したのだ。
『じゃ、そういうことだから』
裸エプロンとそういうこと。
そういうこととは、つまりそういうことである。
一夏がそういうことをどういうことだと想像したのか。一夏の顔を読み、目論見どおりに事が運んだのを内心でほくそ笑んでいたリーシュである。
悪い男だった。
その悪さが楯無を喜ばせたかどうかは別の話になる。
本音と、見せ付けるように距離を縮めたのも策の内である。
お話して仲良くなった。
のほほんさんならおかしくない。
だが、いかにも男女の関係を匂わせる。
『一夏には話しておこうか。本音は俺がスイスに連れて帰るから』
『うぇ!? …………、ってことは、まさか二人はやっぱり……』
『卒業後はうちの社で働いてもらう』
『って、おいぃ! そっちかよ!』
『そっちじゃない方ってどっちなんだ?』
『いや、どっちって……、ほらそのあれだよ』
『ふーん?』
少しずつ一夏の理性を炙っていく。
『本音……、その食べ方は、どうにか、ならないのか?』
『んー?』
リーシュは所用で席を外し、一夏と箒、それに本音が食後のデザートを楽しんでいる。
本音のデザートはバナナとたっぷりのホイップクリーム。
丸ごとのバナナとホイップクリームを、スポンジ生地で包んだお菓子があれほど愛されているのだ。バナナとホイップクリームの相性が悪いわけがない。
『おいしー』
『…………』
『……………………』
一夏は顔を赤くして俯いている。
俺は何も見てないぞと主張している。
『そ、そのはしたない食べ方を止めろと言ってるんだ!』
『え~? おいしいのに』
本音はバナナの先端にクリームをつけ、小さな舌を伸ばして舐めとっていた。最後はバナナの先端だけを唇に咥え、クリームを全て舐めとる。そうしてもう一度、バナナの先端にクリームを。
ひどく、卑猥だった。
『舐めずにきちんとかじれ! バナナが全然減ってないじゃないか』
『えーーー! こんな大きいの、わたしの口に入りきらないよ~』
『だ、誰が全部ほお張れと言った!』
恐ろしいことに、素である。
じりじりと、じりじりと。
幾重にもより合わさった太いロープが、繊維の一本一本をちりちりと焼かれ断たれていく。
『のほほんさんて、なんて言えばいいかわかんないんだけど、なんかあれだよな』
『女っぽい?』
『う~ん……、そういうのはよくわかんないんだけど、そう言うもんなのか?』
『女は生まれた時から女だからな。箒さんもそうだろ』
『箒がか? 確かに子供の頃と比べれば色々大きくなってるけどさ。中身は棒切れ振り回してたときと変わんねえよ』
『一夏が知らないだけかもしれないだろ?』
『う~~~ん。あの箒がなぁ』
砂時計の砂が落ち続けるように、着実にその時は近づいていた。
『だからね、箒ちゃん。バナナはここをこうして……』
『…………ふむふむ。こう、か?』
『それでね。箒ちゃんはおおきいから……』
『なっ…………、そんなことまで…………』
『おりむーのためだよ』
『!』
『頑張ろう?』
『……はい、先生!』
全ては順調に思えた。