【Rewrite】命のカタチのその先は【瑚太朗×小鳥】 作:千月華音
――11年前
庭で花壇の世話をしていたときだった。
この家に住む男の子が帰ってきた。――庭先で、目が合う。
だがプイっと無視すると、そのまま玄関へと向かって行った。
……なんか。
やな感じ。
なんであたしがいるのかとか、聞いてすらこない。
もともとあまり接触したことがないとはいえ。
水を遣って、枯れた葉の手入れをしながら、あの無口で不愛想な男の子のことを考えていた。
名前、なんていったっけ。
たしか……こ、た……。
「おい」
庭に通じる居間の窓に寄りかかってこっちを睨んでいる男の子と、再び目が合った。
うわあ……。
睨んでるよ。なんて凶悪な目つき。やくざみたい。
「神戸市の鳥とか言ったな」
「かんべ、ことり!!」
名前も覚えとらんのか!
こないだ家族で会ったでしょーが!
「こっちに来い」
「……へ?」
「いいから」
なんなの。
近づくと、彼の手がポケットからハンカチを出して、あたしの顔をゴシゴシと拭いた。
「いたい、いたい、いたい!」
その手つきが乱暴で、拭くというより擦る、いやもう、捩じるみたいな。
あまりの痛みに逃げようとしたが、すぐにやめてくれた。
「よし、取れた」
「なんなの?!」
「泥だらけの顔でなに言ってんだ。汚れた手で顔を拭いたりなんてすんな」
「…………」
もしかして。
汚れを取ってくれたの?
手袋もしてなかったから、泥で爪も汚れている。その手で汗を拭いていた。
呆然と彼を見つめる。だがニコリともしない。相変わらず何を考えているのか、さっぱりわからなかった。
「おい、小鳥」
呼び捨てかい。
「うちに入れ。そんなところにずっと居たら熱中症になるぞ」
「…………」
「麦茶でいいか?」
「…………。…………うん」
お邪魔します、と言って庭から上がった。
無愛想で、むっつりとした不機嫌そうな顔で、あたしの顔すら見ようとしないこの男の子を。
なぜか――信用した。
「コタローくん」
「片仮名で言うな」
「漢字、教えて」
「…しょうがねえな」
面倒くさそうに、メモ用紙にすらすらと名前を書いてくれた。
覚えた。
この人の名前。
「おまえ、いくつだ」
「……五才」
「五才児が覚えるような漢字じゃねえだろ」
「あたし、これでも、漢検2級」
「神童かよ!」
「英検は3級」
「…………。ガキのくせに、苦労するぞ」
「なんの?」
「いろいろだよ。庭の手入れなんか、しなくてもいいぞ。うちの母親からなんか言われたんだろ」
――カラン……
麦茶が入ってる氷を揺らしながら、瑚太朗くんは蔑むような目であたしを見た。
なんだろ。
この人……お母さんのこと、嫌いなのかな。
「あたしがしたいって言ったの」
「…………。小鳥」
「なに?」
「迷惑だ」
「…………」
「手入れは、もっと陽が陰ってからにしろ。せめて夕方だ。あと手袋くらいしろ。手がかぶれる。素足でサンダルなんか履くな。土いじりはどんな切り傷でも破傷風の危険がある。あと帽子くらい被れ。そんな肌剥き出しのワンピースなんかでやるようなことじゃない。日焼けを甘く見るな。紫外線は肌を傷つける。ガキだろうと女なんだから、自分の身は大事にしろ」
「…………」
「なんだよ」
「やめろ、とは言わないんだね」
それだけ注意したのに、やめろ、は一言もなかった。
迷惑っていうのは――。
「おまえがしたいって言ったんだろ」
「そうだけど……」
「うちで倒れてもらったら迷惑なんだよ」
グイっと麦茶を一気に飲み干し、そのまま部屋を出て行った。
じゃあな、の一言もない。さっさと帰れ、の言葉もなかった。ただ――麦茶を出して、注意してくれた。
不器用な人。
だけど……。
あたしの顔も見ずに話していたけれど。
あたしでも気づいてなかったことを注意してくれた。
いい人……なんだろうか。
よくわかんない。
ただ。
声は、――とてもカッコよかった。
顔は怖いけど。
瑚太朗くんがお風呂に入っている間。
瑚太朗くんのお父さんと電話をしていた。
というか、留守番電話にメッセージが入っていたので、あたしがかけ直したんだけど。
……電話線が引っこ抜かれていた。
よほど家族からの電話が鬱陶しいらしい。瑚太朗くんらしいけど。
『――それで、瑚太朗は?』
「はあ。いまはお風呂です。……あの、おじさん」
言おうかな。
でも、こんなこと、電話で話すことじゃ……。
…………。
それに、話しても、もう会えない。
きっと喜んでくれるとは思うけど。
「……いえ。瑚太朗くんは元気です。ちゃんとご飯も食べてますから」
『君がいてくれるなら安心だよ。……なあ、小鳥さん。こんなことを言う権利なんて私にはないのかもしれないが』
「はい?」
『瑚太朗と……結婚してあげてくれないか』
「…………」
『年齢差も、あいつの障害も、わかっている。ひどいことを言ってると、思っている。君が献身的だった理由は、詳しくはわからないが、瑚太朗のせいだというのは、なんとなくわかる。……あいつが好きなんだね?』
「…………。……はい」
『もう君は、瑚太朗にとって必要な人なんだ。……わかっているとは思うが』
「……おじさん。……あたし」
言おう。
これ以上、瑚太朗くんの父親を苦しめたくない。
そう思った直後。
――ブチッ!
電話の通話音が、切れた。
振り返ると、バスタオルを腰に巻いただけの瑚太朗くんが、モジュラージャックを抜いていた。
「……瑚太朗くん」
「親父と何を話してたんだよ」
……怒っている。
無表情だけど、こういう顔で睨みつけるのは、怒っているときだ。――昔、何度も見た。
あたしが……怒らせた?
瑚太朗くんを?
でも……。
どうして?
「小鳥」
ビクッ――、と後じさった。
幼い頃の、怒った瑚太朗くんの恐怖が……よみがえる。
あまりの恐ろしさに泣いた記憶がある。この人は怒ると、本当に怖かった。
たとえ叱るものであったとしても。
あたしには、……耐えられないものだった。
「言うんだ。……何を話した」
「……瑚太朗、くん……」
「いや……何を言おうとしたんだ。妊娠したことを言うつもりだったのか。……そうなんだな」
「…………」
「……小鳥。親には俺から言う。俺の責任だからだ。小鳥の両親にも伝えるつもりだ。ただそれは――今じゃない」
「…………」
「なんでかわかるか?」
「な、んで……?」
「――っ! うちの親はな! 小鳥! おまえを欲しがってるんだよっ!」
「……っ」
「おまえを娘にしたがっている! そんなことくらいわかってるだろっ?!」
「…………」
「正直、おまえを連れて逃げたいくらいだ。風祭市から遠く離れた、都会にでも行って、二人きりで安アパートでも借りて暮らしたい。誰にもおまえが子供を産んだことを知らせたくない。俺だけのものにしたい!」
「……瑚太朗くん」
そんな未来が本当にあれば、……不可能だけど。
喉から手が出るほど欲しい未来だけど、それ、あたしも……したいよ。
瑚太朗くんと二人きりで、駆け落ちしたい。
鍵も、使命も、なにもかも投げ出して。
でも、――もう時間も残されていないんだ。
「小鳥。……来るんだ」
「え……?」
「二人だけの結婚式をあげよう」
「はい…?」
「祭りの日まで、ずっと抱き続ける」
「……っ」
「食事くらいは摂るけどな。風呂も入るが、二人でだ。もちろんそういうことをする。今は――21時か。日付が変わったら始めるぞ」
「…………」
「あと二日で収穫祭だ。それまで48時間――ぶっ続けでやるからな。寝かせたりなんてしない。おまえが根をあげても、泣いても喚いても、やめたりなんてしない。……どうした、そんな顔をして」
「…………」
「怖いのか?」
「瑚太朗くん。それ、監禁プレイ?」
「おまえでもそんな言葉、知ってるんだな」
「違うの。監禁なんかしなくても……あたしは逃げたりなんてしない」
「…小鳥」
「幸せな二日間にしたい。最後の――そのときまで」
首を傾げる瑚太朗君に。
近づいて、裸の胸に抱きついた。
頭を引き寄せられ、口づけをされる。……涙が一滴、静かに流れた。
短いですが、ここで一旦切ります。
次から本番です。
二人きりの戦いです。
さて、どうやって口火をきろうかな。
これから書きます。お待ちください。