【Rewrite】命のカタチのその先は【瑚太朗×小鳥】 作:千月華音
窓の外を見る。
……まだ来ないな。
昨日来てくれたときは、優しく丁寧に拭いてくれた。俺の身体。まるで見慣れているかのような、ごく自然の仕草だった。下半身もすべて曝していたのに。
隣の家に住んでいた女の子だったことは覚えている。
……だけど他の記憶が曖昧だ。
なぜあんなに甲斐甲斐しく看病してくれるのだろう。
俺のことが好きだから?
そうでもなきゃあんなに優しい目で俺のこと見たりしないだろ。
昨日、……キスしようとしたら避けられた。
両手で俺の口を塞いでしまった。
最初に告白するべきだっただろうか。俺のこと、手が早い男だと思われただろうか。小鳥に嫌われたら……。
もう見舞いに来なくなったらどうしよう。
もう一度窓の外を見る。
……あ。
学校の制服。そうか、中学生なんだ。昨日は私服だったから気づかなかった。鞄を背負っている。こっちに来る――!
来てくれたんだ。
俺のこと、嫌ってるわけじゃないんだ。
……よかった。
午後、――2時半。
学校帰りか。それなのに俺のところに見舞いに来てくれるなんて。
やっぱり。
小鳥は俺に気があるとしか思えない。
――コンコン。
躊躇うような音で扉が叩かれた。看護師さんはこんな叩き方はしない。小鳥だ。
どうぞ、と声をかけると、柔らかな笑みを浮かべた少女が病室に入ってきた。
「こんにちは、瑚太朗くん」
照れてる様子もない。昨日のキス未遂のことなど、忘れているかのようだ。
だけど、もしかしたら……。
なかったことにしようと、気遣っているのかもしれない。
んしょ、と声を出しながらパイプ椅子を引っ張ってベッドのそばに座った。
「待った?」
「――おまえをか?」
そう言うと。
小鳥は目をぱちくりとさせて、驚いたように俺を見た。
「……瑚太朗くん?」
「小鳥。……正直、もう来ないと思ってた。昨日あんなことしようとしたから」
小鳥の表情が固まった。
何を考えているのか読み取れない。だが無表情だったのは一瞬で、すぐに笑顔に戻った。
「なんのこと? あたしは、瑚太朗くんのお見舞いに来ただけだよ」
「……小鳥」
「おじさんとおばさんは、来れないけど。代わりにあたしが瑚太朗くんの面倒を見てあげるからね」
「なんで?」
「なんでって……、そう、頼まれたからだよ」
「なんで小鳥に頼む? おまえと俺は、そんなに仲、良かったか?」
小鳥が。
また表情をなくした。
これはわかる。図星なんだ。本当のことを指摘されて、戸惑っている。
「……覚えてるの?」
「そんなにはっきり覚えてるわけじゃない。目が覚めたのは昨日だしな。起きて最初に見た人間が、おまえだったってことが、少し意外だったかな」
「……意外?」
「普通は母親が傍にいるもんだろ」
「あ、はは……。そうだね」
「まあ、誰もいないよりはマシだけど」
「毎日、来てたんだよ……。瞳孔を確認したり、顔を洗ったり、身体を拭いてあげたり」
「小鳥が?」
「ずっとね。瑚太朗くんの目が覚めるの、信じてた」
「…………。小鳥」
「ん?」
「おまえは俺の彼女か?」
「……え?」
「恋人か夫婦でもなきゃ、そこまでしないだろ。見ればまだ学生だ。高校だって受験するんだろ。なのになんで俺なんかを」
「…………」
「それとも俺たち、付き合っていたのか? 全然覚えてないけど。おまえがそこまでする理由なんて、それくらいしか思いつかねぇんだよ!」
「…………」
小鳥が。
身を乗り出して俺に覆いかぶさってきた。
突然の挙動に目を見張る。ジッと小鳥を見上げるが、何を考えているのか相変わらずの無表情でわからない。……だが。
こういうシチュエーションも……興奮する。
ゴクリ、――と喉を鳴らして小鳥を見つめた。
「……瑚太朗くん」
「な、……に?」
「あたしのこと、……どう思う?」
「は……?」
「あたしのこと、好き? 嫌い? どっち?」
な……。
何を言ってるんだ。
しかもこんな、両手を掴んで覆いかぶさってる状態で。
下手したらこのまま小鳥と一線を越えてしまうんじゃ……。
それも悪くないが。
「……嫌いなわけないだろ」
「じゃあ好き?」
「ああ、――好きだよ! 昨日からずっとおまえのことを考えてるくらいに!」
そう叫ぶと。
小鳥はぱあっと花が咲いたみたいな笑顔になって俺にしがみついた。
「ちょ…っ」
「よかった。瑚太朗くんがあたしを嫌ってない……嫌ってないんだね」
「そ、そうだけど……ちょっと離れ」
「ずっとずっと、嫌われてたらどうしようって……そればかりが心配でたまらなかったの」
「…………」
「だってあたし、瑚太朗くんに、ずっと……」
そこから先の言葉を封じるように。
小鳥の首筋を吸い上げた。
本当はキスしたかったが、しがみつかれて顔が見えなかった。
だから目の前の小鳥の細い首に、つい――。
すると。
小鳥はてい、と片手でチョップしてきた。
「いて」
「ふしだらNG」
「なんでだよ! だいたいふしだらだっていうなら、おまえだってそうだろ!」
「ふしだらじゃ、ありません。それにもう二度とこんなことしないからね」
そう言うと、あっけなく離れていった。
小鳥の匂いが……鼻に残った。
女の子の匂いって、こんなに甘いものなのか。離れたくなかった。
「瑚太朗くん、ケーキ、食べる?」
さらに甘いものを紙袋から取り出してきた。
箱から見える色とりどりのケーキ……。やばい。今の小鳥の柔らかな感触も捨てがたいが、このケーキは反則だ。
「た、食べる!」
「じゃ、紅茶入れるね。ちゃんと二人分、買ってきたの。一緒に食べよ」
小鳥の顔を見ながら。
二人でケーキをつつき合った。
なんともいえない甘い時間……。こういうのも、いいな。
ただ。
なんだろう。
さっきから――なにか。
小鳥の視線が、俺じゃなくて、俺を通して別の誰かを見ているような。
気のせいか?
「瑚太朗くん?」
「あ、そっちのイチゴもーらい!」
「ずっるーい! じゃ、その板チョコもらっちゃう」
「なあ、小鳥」
「んー?」
「俺の名前、言ってみて」
「ふぁ?」
「ちゃんと食べてからでいいから」
「ん、……ごくん。な、なに? 瑚太朗くんでしょ? 天王寺瑚太朗くん」
「なんかこう、あだ名で呼んで欲しいな」
「あだ名ですと?」
「俺だけの愛称ってやつだよ。小鳥が考えていいから」
「えー……? …………。じゃ、……コタさん」
「なんだそれは。犬みたいじゃないか」
「コタさんや」
「やめい! 瑚太朗でいい!」
二人で笑いあう。
そう、……これでいいんだ。
小鳥の思惑がどこにあるとか、俺なんかのどこが気に入っているのかなんて、知らなくていい。
何か虚ろな小鳥の視線の先なんて、考えなくていいんだ。
病室から出た小鳥は。
扉を背に、俯いていた。
――危険だ。
昔の瑚太朗くんに近い。迂闊だった。意識の混濁が記憶の組み換えを行ったはずなのに、完璧じゃなかったんだ。
立ち去る間際、リセットはかけたが……。
明日また来て様子を見なければ。
でも。
あんなに優しかったんだ、瑚太朗くん……。
首筋に、――キスマークついちゃったよ。
なんかもったいなかったな。せっかくつけたあだ名も無駄になっちゃった。もっとあの彼と一緒にいたかった。
「……バカ」
自分の拳で頭を叩くと。
小鳥は鞄を背負って病院を出た。
小鳥に記憶をいじられる前の瑚太朗です。
小鳥のことは覚えてますが、成長した姿とは認識してないです。まだ小鳥に「幼馴染」という記憶も植え付けられていないので、ただのお隣にいた女の子、としか思ってません。
これが初期段階の瑚太朗といえなくもない。
まあ、すぐに小鳥に人格を変えられてしまいますが。