犬猿の仲の剣士と魔術士、うっかり一線を越えたら体の相性抜群だった【書籍化決定】 作:猫屋敷てん
レミエッタ・マグノリアという少女は、間違いなくマグノリア家の長い歴史で見ても有数の才女である。
多重展開を得意とするその魔術の腕前は歴代で見てもトップクラスで、実際一歳の頃には次期当主と言われていたほどだ。
その上人を従える力も持ち、気高さと優しさまで兼ね備えている。
しかし残念なことに、レミエッタは生まれる時代を間違えたと言わざるを得ない。
もう一代、前か後ろにずれていたら確かにレミエッタの名は歴史に刻まれていただろう。
だが今代に生まれてしまったため、レミエッタの名は陰に埋もれて消えていく。
全てはララエル・マグノリアという歴代最強の天才が、妹に生まれたのが原因だった。
◇
「アルベダの野郎には話を通した。あとは関係各所に連絡して……」
とある日の昼下がり、俺は眠い目をこすりながら学園をフラフラと歩いていた。
寝不足と言ってしまえばそれまでだが、現在俺はクソ忙しいのだ。
秘密裏に動きながら協力者を集め、一つの目標に向かっ全速力で進んでいる。
その結果疲労困憊で、勉強すらロクにできず一位の座をレミエッタに譲り渡していた。
だがそれで良いと俺は思う。
下らない戦いを終わらせるというそのために、俺は動いているのだから。
毎週のレミエッタとの性行為を糧に、今日も必死に頑張る。
俺はそう決意したところで――
「ほら、フラフラしないでください。こっちですよ」
「はーい。姉様はお堅いなー」
――ふと、そんな会話が聞こえてきた。
一人はこの学園において知らぬ者はいない魔術士の主席レミエッタ。
そして一人は、レミエッタに非常によく似た少女だった。
そんな見た目麗しき二人の少女に、周囲にいた生徒は自然と目を引かれてしまう。
偶然通りかかったかく言う俺も、眠気を忘れて皆と同じようにレミエッタ達に目線を持って行かれていた。
「ララが自由すぎるのです。早く職員室に行きますよ」
「はいはーい」
そう言い合って、校舎の方へ消えていく二人。
俺は少し考えて――ついていくことにした。
尾行など褒められた行為ではないのだが、気になってしまうのが人間の性。先日告げられた妹がどうの、というのも気になるところだ。
あのララと呼ばれた少女が、マグノリア家歴代最高傑作と名高いララエルであるのは間違いないだろう。
剣士と魔術士の関係改善を目指す俺としては、ララエルの存在は無視できぬものだ。
スッと気配を消して、レミエッタ達の後を追う。
「こんな半端な時期に飛び級で私達の学年まで来るなんて、どうしたのですか?」
「んー。だってさー、レベルが低いんだよ。正直もう学園で学ぶことないかなーって。そしたら父様が飛び級させてくれたの」
「確かにララが優秀なのは知っていますが、それは傲慢な発想です。力を持つ者こそ、謙虚な振る舞いが求められます」
「姉様はお堅いなー」
聞き耳を立てたところ、ララエルが俺達の学年まで編入してくるらしいということがわかった。
確か三歳ほど年下だったはずだが、ララエルは噂通りの傑物ということだろう。つまりこれが、先日言われた妹関連のゴタゴタだ。
ララエルはレミエッタという天才を超える天才。多分、俺なんて歯牙にもかけないほどの存在だ。
故に俺はどう対応すべきか考える。
「でさー。後ろのは良いの?」
「後ろの、とは何ですか?」
「何か尾行されてるよ」
「「!?!?」」
聞き耳を立てていた俺は、その言葉に大きく息を呑んだ。
ラインベル家直伝の尾行術を、こうも簡単に看破してくるとは。改めてララエルの脅威度を一段階上に修正する。
そして俺はこれ以上は無理だと観念した。
「たく、何でわかるかね」
「あなたはっ……」
「へー。ラインベル家の次男さんじゃん」
「初めましてララエル嬢。俺はエルビン・ラインベル。会えてうれしいよ」
堂々と姿を見せて、二人の前に歩み寄る。そしてララエルと相対した。
その背はレミエッタと同じ140後半と非常に小柄だ。髪の色も目の色も同じ。
ただレミエッタとは対照的に髪が長く、腰に届くほどのロングヘアーだった。
そして何よりの違いは、その胸部だろう。
キッチリしたブレザーを押し上げるほどの大きな胸は、背丈に見合わぬもの。
恐らくHカップはあるだろう巨乳は、平なレミエッタのとは相反する物だった。
その胸部だけ見て二人が姉妹と言える者はいまい。
「エルビンさんか。剣士のトップなんだっけ?」
「この学園ではな」
「ふーん」
ララエルはニヤニヤと俺を見上げてくる。
とても生意気そうな顔で、メスガキの素質を感じざるを得なかった。
レミエッタもその気があるし、マグノリア家の特徴なのだろうか。
「じゃあさ、エルビンさん私のペットにしてあげる」
「……そりゃお断りだ。というかいきなりとんでもないこと言ってきたなララエル」
「まあね。学園なんて退屈な場所だけど、全部私の支配下に置けば面白くなると思うんだ。だから、お願い♪」
「ララ!」
クソ生意気なお願いをしてきたララエルを、止めたのはレミエッタだった。
「あまりに我が儘かつ傲慢な言葉であると理解してください。退屈だからという理由で他者を支配下に置くなど、許されることではありません」
「えー」
姉としてララエルを叱りつけるが、それにララエルはどこ吹く風だ。
態度を見ても、レミエッタを舐めているのが見て取れる。
「ねー。エルビンさんはどう思う? 私のものになりたくない?」
ララエルは猫なで声でそう言いながら、己の豊満な胸をアピールするように持ち上げてきた。
男という生き物をよくわかっている態度だが、俺には通じない。
これらの態度からわかるのは、こうして様々な我が儘を通してきたのだろうということだ。
生まれ持った才覚や容姿をフルに活用して生きたから、このような性格が形成されたのだろう。
それを考えると中々に御すのは難しい。
「ララ!」
「姉様は黙ってて!」
レミエッタも叱るが気にもされていない。そしてあまり強く出られない様子だ。
「はぁ。まああれだな。それが通じるのは思春期のガキまでだ」
「……へー」
「そういうことを手段にしてると、いつか手痛いしっぺ返しを食らうからやめておけ」
「…………」
ララエルの人となりを考察し終えたら、俺は首を振りスパっと断る。
そうすればララエルは目を細めて俺を睨んできた。
やはりまだ子供。学園を退屈と言っているが、ララエルは学園で学ぶべき少女だろう。
「エルビンさんの名前、よ~く覚えておくね」
要求が通らないと露骨に不機嫌になり、ララエルは背を向けて去って行く。
「ララ。待ちなさい!」
「ここからは一人で行くから」
レミエッタの制止も振り切って、ララエルは一人校舎の方へ消えていった。
その背を悲しそうに見つめて、レミエッタは大きく息を吐く。
「すいません。あの子は生まれながらに天才で、挫折を知らず私以外に叱る者もいなかったので傲慢なところがあるのです」
「そんな感じだな。別にお前が謝ることじゃない」
まだ生意気な子供で通じる範疇だ。あのまま大人になるとヤバいが、今は微笑ましく見てられる。
ただララエルの存在は無視できないだろう。剣士と魔術士の関係性改善には、ララエルの存在もまた鍵となるのは間違いない。
「やはり、穏便にはいかなそうです。あなたとは情報共有をしておくべきでしょう」
「だな。まあ、詳しい話は明日の夜だ」
「そうですね」
ここは学園の校舎前。これ以上仲良く話す姿を見られるのは都合が悪い。
故にそう言って、俺達はその後すぐ別れた。
◇
休日の夜は俺達が秘密裏に体を重ねる日である。
いつも通り男子寮が静かになった頃、透明化したレミエッタが俺の部屋に姿を現した。
「おう。来たか」
「はい。先日はどうも」
軽くそう挨拶をして、俺とレミエッタは示し合わせたようにベッドの縁に腰掛ける。
「ララエルはどうだ?」
「今のところ問題は起きていないです。剣士達に接触させると面倒なので、あなたも注意してください」
「了解」
そうやっていつも通り情報共有をしながら、俺は自然とレミエッタに視線を向ける。
今日のレミエッタはぶかっとしたパーカーと、ショートパンツという格好だ。
細身のレミエッタにとても似合っている上に、珍しく綺麗な脚を出しているため目を離せない。
「あの、どこ見てるんですか?」
「……さて」
「誤魔化さないでください。まったく……ララの誘惑をはね除けた格好いいあなたはどこへ行ったのでしょうね」
レミエッタは呆れたようにヤレヤレとするが、その顔はしょうがないなーと言いたげだ。
昔のレミエッタならエロい目線を向けようものならそこを突いて徹底的に責めてきただろう。それを考えればかなりデレている。
「俺は一途だからな」
「……はっ?」
レミエッタの方は見ずに、俺はそう呟いた。
「…………っ」
そうすればレミエッタの息を呑む声が聞こえてくる。いつもなら何か言葉をくれるが、今日は何も言ってこなかった。
だから不思議に思ってレミエッタを見れば、顔をりんごのように赤く染めていた。
「……なに照れてんだよ」
「あ、あなただって照れてるでしょ!!」
そしてようやくいつも通りの言葉をくれるレミエッタ。
「こ、この。そ、そうやって女の子を弄ぶんですね。酷い男です。何人女の子を泣かせてきたんですか!?」
「泣かせてねーよ。俺の童貞誰にやったか知ってるだろ」
「っ…………馬鹿」
俺がそう言えば、ついにレミエッタはそっぽを向いた。
それがとても可愛くて、ついついその腰に手を添えてぐいっと引き寄せる。
「ん……何ですか?」
「なに。ほいっと」
「はっ!? だ、抱き上げないでください」
俺は抵抗するレミエッタを抱っこして、膝に乗せて背後から抱きしめる。
お風呂に入ってきたのか体はポカポカしていて、レミエッタの香りがいつもより強かった。
「でだ。ララエルについてだよ」
「なに冷静に会話を再開してるんですか! ……はぁ、もう良いです」
レミエッタは膝に乗せて抱っこしても何も言わなくなった。
それどころかぐっと体重をかけてくる。
「まああれだ。ララエルはどうにかしないといけないだろ。ほっとくと問題を起こしそうだし」
「そうですね。でもあの子は私の言うこと、というか誰の言うことも聞きません」
剣士と魔術士の対立をどうにかしようと秘密裏に動いている中で、ララエルは突然現れた目の上のたんこぶだ。
無視するには存在が大きすぎて、確実に対処しないといけない。
非常に面倒くさいが、上手いことすればプラスに転じるのもまた確か。
「あの子は、とても我が儘な子です。欲しいものは手に入れないと気がすまない。挫折を知らないので、万能感に酔いしれています。そこをどうにかしたいと私も常々思っているのですが……」
「なるほどな。難しいが、鼻っ柱一発叩き折っておくか」
「不本意ながら、あなたに手助けしていただかないといけないようです」
「おう。いくらでも頼れ。礼は、期待している」
「……上手く行ったらサービスしてあげますよ」
より良い夜を提供してくれると言ってくれたレミエッタ。俺は俄然やる気が出てきた。
ララエルには大人しくしてもらって、ついでに味方になってくれたらなお良し。
そのための計画を俺は脳内で構築していく。
「情報がいる。いろいろ聞かせてくれ、ララエルのこと」
「そうですね……。天才ですよ。魔力の量、魔力の操作技術、魔術の構築速度。全てが私より上です」
俺が知る限り同年代で一番の魔術士レミエッタが、己を超えると断言するなら鼻っ柱を叩き折るのは非常に難しいだろう。
「そりゃあ凄いな」
「はい。だから、みんなあの子だけを見ていました」
声のトーンが一段階落ちて、レミエッタはとても強く俺の腕を掴んでくる。
「父様も、母様も。みんな、みんな……」
「レミエッタ?」
「あの子は私の物を沢山欲しがって、全部もってっちゃうんです」
「…………」
「でもそんな全てが許されるぐらいの天才で、魔術士の歴史を変えてしまう。そんな子です」
レミエッタは俯きながら、そう総括した。
ただ先ほど垣間見えた黒いものを見過ごすことはできない。
「他に、何か聞きたいことはありますか?」
「……そうだな」
何を聞けば良いのか、一瞬見えたその闇にどう切り込めば良いのか。
俺はそれがわからず、抱きしめる力を少し強くして、そっと頭を撫でた。
「なに、勝手に撫でてるんですか」
「嫌なら言ってくれ」
「ふんっ」
ツンツンとした言動と反するように、レミエッタは甘えるように俺に全てを預けてくる。
「あなたは、ララじゃなくて私を見るんですね」
そしてポロっと、そう零した。
「…………何でもありません」
レミエッタはすぐに否定する。
それは多分、本来言うはずがなかった言葉だ。でも零れ落ちてしまった、レミエッタの奥底にある言葉だ。
だから俺は、それに返した。
「言っただろ。俺は一途なんだ」
「どういう、ことですか」
「知りたいか?」
「…………」
いつもはからかってくる癖に、今日はやけにしおらしい。
少し弱っているレミエッタが、俺はとても可愛いと思ってしまった。
何も言わぬレミエッタを、少し抱き上げ俺は体勢を変える。
レミエッタを膝に乗せたまま、向かい合うような体勢になった。
「なに、してるんですか」
「ん、なに」
「顔、近いです。なんで、あなたの顔なんて……」
ぎゅっと抱きしめて逃がさないようにして、レミエッタと見つめ合う。
頬を赤く染めながらも、その目はとても弱々しい。いつもの凜々しくて、自信に満ちたレミエッタはいなかった。
「俺はお前しか見ていない。ララエルなんて眼中にねえ」
「っ……」
「安心しろ。俺が全部上手くやるさ」
「か、かっこつけです。あの子は、私なんかよりずっと凄くて……」
「俺はお前以上に凄い奴を知らない」
「それはし、視野が狭いんですよ。私なんて、ぜんぜん、凄くないです」
レミエッタはぶんぶんと首を振った。
だけどララエルがどれだけ凄かろうと、この世界にどれだけ凄い奴がいようと、俺が一番凄いと思ったのはレミエッタだ。
「いいや、俺はお前が一番凄いと思う。一番凄いと思っていたから――怖かったんだ」
「っ……」
それは混じりけのない俺の本心だ。
「お前のカリスマは魔術士全員を束ねてしまうもの。俺達剣士は、お前率いる魔術士にやられちまうって思った。だから下らない争いをして、お前に負けないようにした」
「っ……」
「はっきり言って剣士と魔術士の争いなんてクソだ。ガキのころから俺はそう思っている。それでもお前と争ったのは、運命じゃねえ。恐怖だよ。怖かったんだよ。誰よりも凄い、お前がな」
俺はずっと隠していた本音をぶちまけて、それにレミエッタは呆然とする。
「お前に比べればララエルなんて恐怖を欠片も感じねえ。俺はずっとお前しか見てねえよ、レミエッタ」
「そんな、こと」
「ある。俺が一番凄いと思った奴を否定するな」
「……エルビンさん」
レミエッタの目は揺れていた。
その口元は驚きと嬉しさで緩んでいた。
頬は赤く染まり、奴は俺しか見ていない。
「あなたは、私のこと、好きすぎです」
「…………悪いか」
「……へっ」
レミエッタはビクッ震えて、じっと俺を見つめてきた。
「それは、その。……あなたは、本当に、私のことが、好きなんですか?」
「…………」
「何か、言ってください……」
それに対する返答は、行動で示すことにした。
「――あっ」
レミエッタの唇は、とても柔らかかった。
プルプルとした唇と、俺の唇が静かに合わさる。
レミエッタは目を見開いて、でも抵抗はせずただ受け入れる。
数十秒、俺達は唇と唇が重なる優しいキスを続けていた。
「これが、俺の想い。嫌なら嫌って言ってくれ。多分めっちゃ泣く」
「……格好つけるのかつけないのか、はっきりしてください。もう……。キスはダメって。言ったじゃないですか」
「我慢できなかった。でも、お前が本当に嫌がることはやらないつもりだ」
「んぅ……」
レミエッタは、ぎゅーっと深く抱きついてきた。
俺の首筋に顔を埋めて、甘えるように体をこすりつけてくる。
「私は……別に好きじゃないですけど」
「マジか」
「でも、その。悪い気はしないです」
「……つまり?」
「…………」
レミエッタは、返事をくれなかった。
「まあ今はそれでも良いよ。可愛い可愛いレミエッタが見れたことだし」
「はっ?」
「取りあえず、セックスしようか。もう限界だ」
「な、何ですか急に。私の気持ちも知らないで!」
「ツンデレなのは知ってる」
「ツンデレじゃありません!」
レミエッタは目をぐるぐるさせて、俺の体を強く掴んできた。
多分とても混乱しているのだろう。とても可愛い。
「……その。まあ、あなたは変態なので、私がすっきりさせてあげないと、他の女の子を襲っちゃいますね」
そう言ったレミエッタを、俺はごろんとベッドに寝かした。
「今日は、キスしながら、してあげても良いです」
「マジで!?」
「喜びすぎですよ! もう、あなたに、私のファーストキスは奪われてしまったわけですから。別に良いです」
頬を赤くしながら、目を逸らしてそうしおらしいことを言う。
だけどファーストキスなど今さらのことだ。
「もうキスなんて今さらだろ」
「……今さらってなんですか」
「今さらってのは、……ん、なんだろ」
ふと、脳裏に何かが過った気がした。それによって口から出た言葉だったが、俺自身も今一よくわからない。
「変な人ですね。でも、ほら。来て下さい。今日はちょっとだけ甘えても良いですよ」
甘々モードになったレミエッタは、とてもとても可愛かった。
そんなレミエッタとの大人の逢瀬が今日も始まる――