犬猿の仲の剣士と魔術士、うっかり一線を越えたら体の相性抜群だった【書籍化決定】 作:猫屋敷てん
ララエル・マグノリアは敗北を知らない。
それが世界に祝福されて生まれた者の歩む人生だ。
ララエル・マグノリアは全てが思うがままにあるものだと思っている。
それが世界に祝福されてしまった者の傲慢だ。
魔術の天才として生まれたその日から、ララエルの眼前には勝利しか存在していなかった。
もちろん幼少の頃、大人相手という条件を付ければ敗北もあるが、それを敗北とカウントするには相応しくないだろう。
結局同年代には負けたこともないし、十歳の頃には大人相手にも負けなくなった。
誰も彼もがララエルの魔術を前にして蹴散らされていき、すでにアルレイン王国において明確に上と言えるのは英雄と呼ばれる者達だけだ。
つまり所詮学生の中で最強を気取っているエルビンには、敗北しか約束されていない。
ララエルは、勝利を疑っていなかった。
◇
多くの目が降り注いでいた。
俺とララエルは対峙して、それを数多の学生達が固唾を呑んで見守っている。
剣士達は俺の勝利を願っている。魔術士達も、どちらかと言えばそうだ。
増長して化け物と言えるまでになったララエルを、魔術士達すら畏怖しているのだろう。
あの傍若無人な態度が、いつ魔術士に向くかもわからない。ここで敗北して大人しくなって欲しい。
それが学生達の共通する思いだ。
「何この目。気に入らないーい」
それをララエルも感じ取り、そう吐き捨てる。
「まあ良いけどね。エルビンさんボコボコにして、憂さ晴らししよーっと」
「生意気だな。本当に」
だがこうやってララエルは生きてきたのだろう。
これは叩き折らねば、いずれ王国に大きな害をもたらすのは間違いない。
俺は剣を抜いた。
「じゃあ地面に這いつくばるところ、みんなに見てもらおっか♪」
ララエルは悪魔のように無邪気な笑みを浮かべて、全身から恐ろしいほどの稲妻を放った。
雷の魔術など使える者はほぼいないと聞くが、ララエルのそれは熟練と言っても差し支えない。
この時点で、学生では相手にならないとわかるだろう。
しかし俺は、怯むことなく笑った。
「これはただの模擬戦――ではないということでいいか?」
「もちろん。これはね、一方的な、処刑♪」
「それで結構。じゃあ、行くぞ」
俺は全身に闘気を漲らせ、一気にララエルへと踏み込んだ。
しかし眼前に、雷が迸るフィールドがララエルを守るよう展開されている。
「無策の突撃? おもしろくないなー」
突っ込んだ瞬間、感電してゲームセットなのは間違いない。
だが俺は、その無策の突撃を敢行し、雷のフィールドに躊躇なく足を踏み入れた。
「――えっ?」
「知らないだろ。これを超えてくる奴はさ」
俺は雷を物ともしなかった。
常人であれば感電死してもおかしくないフィールドを躊躇なく踏破して、一瞬でララエルへ肉迫する。
「火よ!」
「切る!」
「っ――」
咄嗟に放たれた巨大な火球も、俺の剣は一太刀で両断する。
だがララエルはその一瞬の隙で後方に下がり、さらなる魔術を練り上げた。
「し、死んじゃえ! 風よ!」
そして放たれるのは風の刃。手加減などは一切考えられておらず、俺をバラバラにするだけの威力がある。
これで俺が死ねば大問題だが、残念ながら俺は死なない。
「効かんなあ!」
剣を一振りして風を散らし、俺はそのままララエルの首を捕み、床へ押し倒した。
「ごほっ、ごほっ――」
「さて。チェックメイトだな」
勝負はあまりにも、呆気なく終わった。
本来あるはずの実力差がまるで感じられず、ララエルは困惑と恐怖の色を浮かべる。
不思議だろう。あるはずがないことが起きた。
何かしらのカラクリがあるはずだと目を凝らすが、見つかるはずがない。
俺はあいつを信用しているから。
「どうやって、死にたい?」
「ひっ――」
剣を突き付けそう宣言すれば、ララエルは恐怖にぬれた瞳で小さく悲鳴を上げる。
先ほどまでの勝利を確信した生意気な態度から、百八十度一変していた。
「なんで、なん、で」
「さあ。何でだろうな」
俺は力の正体については言及せず、さらにララエルを追い詰めていく。
首を掴んだままララエルを持ち上げて、俺は彼女に恐怖と苦しみをより与えた。
「ごほっ、ごっ――」
「お前は死を知らないだろう。本気で殺そうとしてくる敵と、戦ったことはあるか?」
「っ――」
「おめでとう。これが初めてだ。そして最後になるだろう」
俺が放つ殺気は本物だ。ララエルが知らないものだろう。
一方的に弱者をいたぶり勝ち続けてきたララエルは、今日初めて死を迎える。
俺は剣を振りかぶり、それをララエルへ振り下ろそうとする。
狙うは頭だ。即死だろう。それはララエルにも伝わり、恐怖で泣き叫びそうになり――
「――何してるんですか!!」
俺が振り下ろした剣は、途中で乱入してきたレミエッタによって防がれた。
「それは聞いていません。本当に、殺すつもりですか?」
「……ああ」
「っなに馬鹿なことをするつもりなんですか!!」
ララエルを抱きしめたレミエッタからは、強烈な叱責が飛んでくる。
模擬戦ではなく、本当に殺そうとしたことに大きな怒りを抱いているだろう。
「……優しい姉に感謝するんだなララエル」
俺はそれ以上何も言わなかった。剣を納め、背を向ける。
最後に見えたララエルの目は、恐怖と安堵に濡れていて、レミエッタに強く抱きついていた。
◇
模擬戦を終えても、何かが大きく変わったことはない。
もちろんララエルはかなり大人しくなったが、それが学園の情勢に与える影響というのは小さい。
結局剣士と魔術士のトップである俺かレミエッタがどうにかならねば、何も変わらないのだ。
ただララエルの生意気だった態度は鳴りを潜め、レミエッタの言うことを素直に聞いているらしい。
これは教育成功と言って良いだろうし、剣士と魔術士の関係改善に前進したと言って良い。それは大きな変化だ。
とはいえ今何かが変わることはなく、俺は校舎裏のベンチに腰掛け空を仰いだ。
「レミエッタ怒ってるかな」
そして口から弱音が零れる。
あの日から数日経っているのに、未だレミエッタとは口もきいていなかった。
その後のすり合わせをするべきだが、避けられているのか会うことができない。
だがレミエッタの怒りも当たり前だ。
「あいつにとっちゃトラウマの一つか」
本気の殺意を向けてくる剣士というのは、レミエッタにとっての地雷だ。
あいつがテイン・カッシーナ事件唯一の生き残りということを考えれば、もう少し考えるべきだったろう。
事前に伝えて、すんでのところで止めるよう言うべきだった。
しかしそれをしなかったのは、嘘はララエルに見抜かれる。本気でやらねばララエルが改心することはないと確信したから。
そしてレミエッタなら、絶対に止めてくれると確信したからだ。
「会いてー」
「誰にですか?」
「レミエ……レミエッタ!?」
突如背後から聞こえてきた声。
慌てて振り向けば、そこにはジト目のレミエッタが立っていた。
「はぁ。あなたは本当に私が好きみたいですね」
そう言ってレミエッタは、俺の横に座って来る。
人のいない校舎裏とはいえ、いつ誰が来るかわからない中でのことだ。
「……すまなかったな」
「いいえ。あなたが本気だけど本気じゃないのはわかってます」
「難しい言葉だな」
「でもそうでしょう?」
「だな」
レミエッタは頭が良い。だから俺の真意もくみ取って、そう言ってくれた。
「でも私が止めなかったらどうするつもりだったんですか?」
「お前は止めるよ」
「いえだから、止めなかったら」
「絶対に止める。お前は決して見過ごさない。
「……あの時?」
「…………」
俺がレミエッタの目を見てそう言えば、ふと首を傾げた。
俺もまた空を仰いで、ポツリと呟く。
「何だろうな。あの時って」
「あなたが今言ったんですよ!?」
「ああ。そうだな。……頭痛い」
何で俺はこんなことを言ったのか。
わからない。ただポロっと口をついて出たのだ。その意味を探そうとすれば、途端に頭が痛くなる。
「大丈夫ですか?」
「……まああれだ。お前は必ず来てくれる。そう思った」
「……そうですか」
レミエッタはそれで納得してくれた。
実際ララエルは大人しくなり、命を救ってくれたレミエッタの言うことをちゃんと聞いている。
終わりよければ全て良しということだ。
「とりあえず、助かった。ララエルに勝てたのは、お前のおかげだ。その礼は言っておかないとな」
「……バレたらどうするつもりだったんですか」
「俺はお前を信頼している。バレないよ」
「あなたは私を買い被りすぎです」
そう言ってレミエッタは照れたような表情をする。
今回のララエル戦の勝利は、レミエッタの尽力あってのことだ。
「お前の魔術で強化してもらわなかったら、負けてたな」
「ズルですよ」
「そんな決まりは存在しない……まあ、そうでもしないとララエルはあのまま化け物になってたぞ」
「はぁ……そうですね」
レミエッタは溜め息をついて納得する。
今回模擬戦は戦いの前にレミエッタに魔術を掛けてもらい、それで強化された状態でララエルと戦っていた。
それが最強魔術師ララエルを打倒した秘密である。
端的に言ってズルであるが、そうしないとララエルは増長し続けて王国の未来は危うかった。
どこかで誰かが叩き潰さないといけなくて、そのためにはズルの一つも必要だろう。それを納得したから、まじめなレミエッタも協力してくれたのだ。
「でもよ。今回の件で何か可能性って言うのかな。剣士と魔術士は、共闘することで最強になれる。そう今回思った」
「……私達の関係改善につながることだと?」
「ああ。お前も見ただろ。ララエルを物ともしなかった力を」
「そうですね」
これは思わぬ収穫である。
仲が悪すぎて歴史上誰も試したことがなかった、剣士と魔術士の共闘。学生の身である俺達でもこれだけの力を発揮できるなら、最前線で戦う剣士と魔術士が共闘すればどれだけの力になるか。
その力を人々が知ったとき、もう下らない争いは終わりを迎えるだろう。
「確かに見えてきた。剣士と魔術士の争いの終わりが」
「……そうですか。そして、それで……それをなしたらあなたは、その」
「歯切れが悪いな……」
「どうするんですか!!」
レミエッタは強く叫んだ。俺はそれに苦笑して、レミエッタをそっと抱きしめる。
「ん、ちゅっ」
そして態度で返答するように、そっと口づけをした。
「言葉には、後でする」
「……キスは駄目って、言ってるでしょ」
レミエッタの頬は朱に染まっていた。