犬猿の仲の剣士と魔術士、うっかり一線を越えたら体の相性抜群だった【書籍化決定】 作:猫屋敷てん
ララエルとの戦いが終わり、二週間の月日が流れた。
その間特に何か変わったことは起きていない。レミエッタとは変わらず秘密の関係を続けていて、俺もより良い未来のために奔走するといういつもの日々。
懸念点と言えば、魔術士達がドタバタしているのが少し気がかりというぐらいだ。
ただ状況が変わっていないというだけであり、人は確かに変わっていた。
「あっ……エルビン、さん」
「よおララエル。久しぶりだな」
ある日の昼下がり、目的を持って学園を歩いていた俺は、ふとララエルと道端で鉢合わせた。
あの日から一度も顔を合わせていなかったが、ずいぶん態度は変化したとユリオやレミエッタから報告を受けている。
その目は俺を見た恐怖で濡れていて、逃げるように一歩後ろに後ずさる。
しかし一目散に逃げないのは、そんなことをして俺の怒りを買いたくないからだろう。
「あ、あの……その。こ、こんにちは」
「ああ。ずいぶん大人しくなったじゃないか」
「……ごめんなさい」
死への恐怖は、ララエルをかなり変えてしまったらしい。全てが私の思うがまま、という万能感はどこかへ消え去り、借りてきた猫のようなララエルがそこにはいる。
レミエッタもちゃんと教育したようで、傲慢さは見えなかった。
「お姉ちゃんは大事にしてるか?」
「も、もちろん。です」
「なら良かった。このまま人を大切にできるように生きるんだ。もし悪いことをするつもりなら……」
「ひっ。わ、わかってます。頑張ります」
少し脅せば、ララエルはそう叫んで一目散に逃げ出した。
この様子なら問題はないだろう。あとはレミエッタに全て任せるだけだ。
「さて。こんなことしている場合じゃなかった。図書館に行かないと」
ララエルの背中を見つめ、本来の予定を思い出した俺は駆け足で学園の図書館へと進んでいた。
◇
アルレイン国立学園の図書館は多くの蔵書を誇り、非常に巨大な建物だ。
知りたいことがあればここに来いと言われるほどの場所であり、俺もまた知りたいことがあって訪れていた。
「ええと。現代の事件系は……こっちか」
俺の目当ては、かつて王国で起こった最悪の殺人事件についての資料だ。
王家の尽力もあり仲直りしかけていた剣士と魔術士が、決定的に決裂した一連の事件について知りたくて、ここを訪れていた。
そうして俺が本の表紙を見ながら目当てのものを探していれば――
「……おや」
「おっと」
本棚を見上げていた、レミエッタと鉢合わせた。
「よお、レミエッタじゃねえか。何のようだ?」
「少し読みたい本が。丁度良いです。あれ取って下さい」
そう言って、レミエッタは本棚の最上段にあった本を指差した。
チビなだけあり、背伸びしても指先すら届いていない。ピョンピョンと飛ぶ姿をちょっと可愛く思いながら、俺がその本を取ってやれば――
「ん、テイン・カッシーナ事件公式記録集……」
「ええ。ありがとうございます」
「奇遇だな。俺もこれを求めていたんだ」
「あなたもですか?」
「ああ……」
テイン・カッシーナ事件。十年ほど前に起きた、王国史上最悪の連続殺人事件。
レミエッタが殺されかけたこの事件は、剣士と魔術士の関係改善を語る上で避けては通れないものだ。
「どうしたんだ? お前に取っちゃトラウマだろ」
「ええ。まあそうですが……向き合わないと、いけないので」
「何かあったのか?」
「……多分、あなたと同じ目的ですよ」
少し恥ずかしそうに、レミエッタはそう告げた。
つまり、剣士と魔術士の関係改善をレミエッタも願っているということだ。その目的は多分……。
「なるほど。じゃあ一緒に見るか?」
「誰かに見られたらどうするんですか」
「個室がある。そこなら大丈夫だ」
「わかりました。……密室だからって、いやらしいことはなしですよ」
「わかってるって」
まさか図書館でそんなことは……まあしない。うん。
誰かに見られぬようコソコソとしながら、俺達は図書館にある自習室へと向かった。
◇
テイン・カッシーナ事件とは、テイン・エルレインという剣士が起こした魔術士連続殺人事件だ。
王家が剣士と魔術士の関係改善に汗を流し、ようやっと手を取り合える。そんな時に起きたこの事件は、非常に闇が深いことで知られている。
剣士が起こした最悪の事件ということで、無論当初は非難の目が剣士へ向いた。
剣士を纏める我がラインベル家は針の筵となり、非常に大変だったと親父がかつて言っていたか。
だが今はその目もなく。剣士が一方的に非難される事件ではなくなった。
その理由こそが、カッシーナという魔術士の存在だ。
テインはカッシーナに洗脳されて、事件を起こしたのではないか。調査が進むごとに、そう言われ出した。
実際に二人が親密にやり取りする記録も出てきて、そのせいで状況は大混乱だ。
剣士が悪い、魔術士が悪い。互いにそう罵り合い、結果仲直りしかけていた両者は決定的に対立。
もはや仲直りする芽はない。そんな状況だ。
それを打破するため、より深い情報を俺は求めていた。
「……うーん。まあ、大体は知っていることだな」
「ですね」
パタンと公式記録集を閉じ、俺達は溜め息をついた。
俺の膝に乗ったレミエッタと共に、収穫無しと首を振る。
「難しいな。テイン・カッシーナ事件で生まれた確執を解決することはかなり重要なんだけど」
「そうですね……拗れに拗れてます」
「……ううむ」
剣士と魔術士の関係改善のため奔走している俺だが、やはりテイン・カッシーナ事件の確執は無視できないと再度調べ始めてここにきた。
だが、拗れに拗れたこの件はそう簡単に解決できないようだ。
レミエッタをなでなでしながら、俺は考えていた。
「……あまり、頭撫でないでください」
「嫌か?」
「……髪が乱れます。今度の夜にしてください」
「了解」
そう言われては止めないといけない。俺はその腕をレミエッタのお腹に回し、その温もりを感じることにした。
「絶対、どうにかする」
「……とてもやる気ですね。ほんと、私のこと好きすぎです」
「お前はどうなんだよ」
「ふん……別に、ちょっとだけです」
「好きか?」
「うぅ……ちょっとだけ。ちょっとだけです」
顔は見えなかったが、レミエッタが頬を真っ赤に染めて言っているのは何となくわかった。
最近は俺もかなり素直になれている。それもこれも、打てば響くようなレミエッタがいるからだろう。
レミエッタを手放すことはありえない。絶対俺のものにする。そう決意して、その肩口に顔を埋めた。
◇
ララエル・マグノリアは、何だか晴れ晴れしい気持ちだった。
今まで味わったことがないような感情がその胸にはあって、初めて人生が楽しいと思えている。
それもこれも、エルビンによって積み上がった傲慢を全て叩き折られたからだろう。
むろんララエルは泣いた。恐怖と屈辱にまみれた涙を流し続けた。
そんなララエルの傍にずっといてくれたのは姉であるレミエッタで、そこにある温もりによってララエルはようやく涙を止めたのだ。
レミエッタが持つ温もりは、心を満たすものだ。
ずっとずっと満たされないものを必死で満たすように己の我が儘で生きてきたが、そこに幸せはなかったとようやく気づけた。
一番近くにいる人を大切にして、それが一番幸せだった。
姉の胸の中で泣きわめいた時、初めてララエルは知ったのだ。
そこからは、乾いた心はどこにもない。
傲慢が消えたララエルの周囲には、多くの人がいた。レミエッタが繋いでくれたその繋がりを大切に、ララエルの心は満たされていく。
だから今は、晴れ晴れとした気分だ。
「こっちかな」
とてとてと、王都を歩くララエルは、その晴れ晴れとした心のままにとある目的地に向かっていた。
「姉様の誕生日。喜んでくれるかな」
ララエルが向かうのは、王都でも有名な雑貨屋だ。
そろそろ誕生日を迎えるレミエッタに、プレゼントを買うため遙々学園からやってきていた。
思えば姉に何かをあげるというのは初めてのことだ。ずっとレミエッタの物を欲しがって、奪うばかりだった自覚はある。
今はそれがとても心が痛く、だからプレゼントを贈ることにしたのだろう。
何をあげれば喜ぶかはあまりわからないが、レミエッタなら何でも喜んでくれるはずだ。それぐらいできた姉である。
学園の女子生徒に教えてもらったままに道を歩き、少し王都の大通りからララエルは外れる。
ただ最近は警備強化月間ということで、多くの魔術士が巡回しているため少女一人でも危険は少ない。
そうして初めての場所をララエルが歩いていれば――
――グルオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!
突如として、獰猛な獣のような声が耳に届いた。
「な……なに?」
それは周囲にいた者達も同じらしく、みな一様に困惑した表情を浮かべている。
ここは王都だ。獣の声なんて聞こえるはずがない。
混乱する中で答えを求めるように空を見上げ、ララエルは目を見開いた。
「グオオオオオオオオオオオオオ!!」
「ひっ――」
竜が、ララエルの上空を通過した。
最強生物と名高い竜の覇気が、伝わるほど近くに現れたことに、ララエルおよび王都の民達は悲鳴を上げた。
「うわああああああっ!?!?」
「竜だ! ドラゴンが現れた!!」
「警備兵を呼べ!」
竜は何もせずただ通過していっただけだが、人々のパニックは収まらない。
ララエルもまた、竜から逃げるよう反対方向へ足を向けた。
ドタバタと警備兵達が集まってくるが、ララエルの恐怖は周囲のパニックが伝染するようにより増幅した。
絶対的最強生物の登場に、結局己など井の中の蛙でしかなかったのだと本能が訴える。
竜から姿を隠すように近くにあった路地裏にララエルは姿を隠し――
「あっ――」
ララエルは、ふと足を止めた。
「やあ……」
いつの間にか、目の前に黒いローブを身につけた男が立っていた。
フードを深く被って顔は見えないが、その腰には剣らしきものを携えている。
それだけなら怪しい男で済むが、男はじっとララエルを見下ろしていた。
「……誰。おじさん、なに?」
「君に会いに来たんだ」
「っ…………」
そう言われた瞬間、ララエルは目を見開いて数歩下がった。
そして魔術の発動準備をする。
不審者が現れた。
大声を出して助けを呼ぼうかと思ったが、すでに周囲は竜の出現でパニック状態。ここで助けを期待するより、自力で対処する方が早いだろう。
怪しい男とはいえ、竜に比べれば大したことはない。鼻っ柱を叩き折られてもその力は未だ健在で、ララエルはそれだけ自信があった。
「何かするつもりなら、捕まえるから」
「手厳しいな。でも、やっぱり子供だ。君は実戦を知らない」
男の言葉を耳にいれつつ、ララエルは油断をしない。もしこのままどこかへ行かないなら、雷の魔術で痺れさせて警備兵に突き出すか。
そう考えた瞬間――足がほつれた。
「……?」
それをララエルは暫く認識できなかった。
ヤバいと気づけたのは、力が入らず大地に膝から崩れ落ちた時だ。
「竜は毒を持っている。君はそれを信じるかい?」
「っ…………」
「実戦はよーいドンで始まらない。決闘みたいにルールもない。これが
意識が朦朧として、男の言葉の意味が理解できなかった。
ただ、恐ろしいほどピンチであるというのだけ漠然と理解する。
多分、男に近づきすぎたのだ。剣が届かない間合いを取れば良いと油断した。剣士という先入観から、それ以外の択を忘却していた。
多分これが、ララエルがエルビンに敗北した要因なのだろう。
ララエルは実戦を知らない。ぬるま湯のような世界に浸って、最強を気取っていただけだ。
「さあ、行こうか。カッシーナの陽動も過信はできない。これ以上は無能な魔術士達が駆けつけてきそうだ」
担がれる感覚がして、ララエルの意識は急速に闇へ落ちていく。
最後に竜の鳴き声が耳に届いた気がした。