犬猿の仲の剣士と魔術士、うっかり一線を越えたら体の相性抜群だった【書籍化決定】 作:猫屋敷てん
先ほど王都に竜が現れたらしい。
そんな話を、俺はユリオから聞いた。
とはいえ竜が人里に現れること自体、たまにあることだ。
基本的に移動の途中で通りすぎるだけであり、矮小な人類をどうこうしようなんて竜はほぼいない。
今回も竜は王都に近づいたもののただ通過しただけで、どこかへ消えたという。
それだけなら珍しい事件だった、で済む話だろう。
だが俺はそれが引っかかっていた。
教室にて椅子に腰掛け、竜について思考がグルグル巡っていく。
「竜か……」
竜と言えば、先日の一件だろう。
なぜか学園管理下の森に竜がいて、レミエッタを襲った一連の事件。
結局その後何かが判明することはなく、たまたま休憩のため森に降り立った竜と鉢合わせた、という不運な事故で結論がついた。
ユリオ達は最後まで魔術士が呼んだだの、変身した自作自演など言っていたが、まあ常識的に考えてそんなことはないだろう。
だが立て続けにこんなことが起こると、何かよからぬことが起きたのではと勘ぐってしまう。
無論たまたま竜が人里を訪れることもあるだろう。
だが直近で二回も目撃されるなら、何かを考えてしまうもの。
例えば魔術には、禁術として竜に変身するものもあると聞く。それによって巻き起こされた、魔術士達の陰謀……。
「馬鹿な妄想だな。疲れてる」
そんな妄想が脳裏を過った俺は、慌てて頭を振ってそれを忘却する。
最近は寝不足で、変なことを考えてしまう。一度ゆっくり睡眠を取るべきだろう。
「エルビンさん、今日はどうしますか?」
そんなことを考えていれば、ふとユリオが俺の下にやってきた。
「ちょっと部屋帰って休むわ。疲れてるみたいだ」
「了解です。最近忙しそうですね。何か手伝えることがあったら言ってください!」
「おう。そん時は頼む」
そう言ってくれるユリオだが、もし剣士と魔術士の関係改善のために奔走していると言ったらどうだろう。
多分いろいろ言われることになるだろうし、まあ頼ることはできまい。
俺は立ち上がると、寮まで帰ろうと教室から出る。
そうすれば、ふと教室の前を横切るレミエッタと鉢合わせた。
「おっと」
「あっ。すいません」
レミエッタはぶつかりそうになったことへ一言謝罪し、すぐ駆け足でどこかへ消えた。
「……何だったんだ」
あんな慌てているレミエッタはとても珍しい。
まあ人間生きていれば、あれほど慌てることもあるだろう。
しかしあの初めて見るほど真っ青な顔が、俺の脳裏から離れなかった。
◇
多分、最初から流れはあったのだ。
注意深くそれを見ることなく、不運な事故と処理し、考えることをしなかった。
森で竜と遭遇した時点で、しっかりとその理由を考えないといけなかった。
学園に任せるのではなく、実家にも依頼してマグノリア家の勢力を持って調査に当たるべきだった。
「はぁ、はぁ……」
レミエッタは、深い後悔に包まれながら学園を走る。
その手には、クシャクシャになった紙が握られていた。
それは先ほど空から降ってきたものだ。
丁度レミエッタの眼前に石と共に落ちてきたその紙には、レミエッタに宛てた文章が綴られていた。
確認してみれば、そこにはララエルを捕らえたという最悪の情報と、一人で来いと場所が指定されている。
慌てて空を見れば、遙か彼方に黒い点が。
魔術で視力を強化しそれを確認すれば、竜と思しき生物が空を飛んでいた。
「はぁ、はぁ……なんで。何が、起きてるのですか」
レミエッタはわからない。
なぜララエルは攫われたのか。なぜ竜がそれに関わっているのか。
ただ、多分何か流れはちゃんとあって、その違和感を汲み取るべきだったというのはわかった。
レミエッタは、走る。
この情報は恐らく真実だろう。午後は授業を入れないと昼ご飯を食べて学園を出たララエルは、未だ戻っていなかった。
何をしに行ったかは教えてくれなかったが、四時間も帰らずこの手紙が届けば攫われたのは真実と確信できる。
そして竜が上空にいる以上、下手な行動は取れなかった。
ララエルの命を救うため、レミエッタはたった一人で指定された場所まで走る。
その脳裏では、今なぜこんなことが起きているのかということで溢れていた。
レミエッタを呼び出す以上、理由はあるはずだ。だけどその理由が見つからない。こんな暴挙を犯されるほど、恨まれてはいないはずだ。
もしそれほどの因縁があるとすれば――
「ここ、ですか」
王都の郊外、治安の悪さで有名な地区にある廃墟が相手の指定した場所である。
崩落しかけたこの場所は、確かかつて魔術士が使っていた場所であったか。
もう十年前のことだから定かではないが、ここを指定するとなると誘拐犯の素性が絞れてくる。
だがそれは、あり得ないはずの相手だった。
「…………」
瓦礫を乗り越えて、レミエッタは屋内へと侵入する。
かつては綺麗な屋敷だった面影はあるが、長い年月をかけて廃墟とかしたのだろう。
まだ幼少だった頃、ここをレミエッタも訪れたことがある。
そしてここは、テイン・カッシーナ事件で最初の犠牲者が出た場所で、その後封鎖されて廃墟となった場所だ。
嫌な予感が脳裏を過る中、小さく息を吐いてレミエッタは無理矢理冷静になった。
いつでも魔術を放てるように準備をして、崩れかけた扉を開く。その向こう側には――
「っ――ララ!」
椅子に縛り付けられ、目隠しと猿ぐつわをされたララエルがそこにはいた。
慌てて駆け寄ろうとするが、レミエッタはすぐ足を止めて周囲を見渡す。
「おっと。冷静だ。さすがはマグノリアの血筋か」
「……あなたは……」
物陰から現れたのは、一人の男だった。
フードを外して顔をさらすが、その顔は傷だらけだ。死相が浮んだその顔は、レミエッタが知っているもの。
ありえないはずの誘拐犯がそこにはいた。
「なぜ、ここにいるのですか……殺人鬼テイン」
「脱獄してきた。復讐を終わらせるために」
男――殺人鬼テインは醜悪な笑みを浮かべてそう言った。
「そんな話、聞いていません」
「当たり前だね。僕を収監していた魔術士達が、逃がしたなんて言うはずがないだろう。隠しきって再度捕まえる。そのために、警備強化月間なんてやっていたのさ」
「っ……そうですか」
やはり、流れはあったのだろう。
なぜか魔術士達が主導となって、王都全体の警備が厳しくなっていた。
それがただのキャンペーンなら安心できたが、結局裏にあるのはこういうことだ。
ちゃんと逃がしてしまったと言って、国中に指名手配を出せばこんなことにはならなかったろうに。大方剣士達に漬け込まれる弱味を見せてはいけないと、下らないプライドで隠していたのだろう。
その結果がこれだ。レミエッタは怒りから強く拳を握る。
「十年前、君が最後だったんだ。まあ正確にはこのララエルもだけどね。その続きをするために、地獄から蘇ってきたよ。ララエルちゃん、まずは君からにしようかな」
「んーっ、もご、んっ」
「止めなさい!!」
テインは剣を抜くと、そっとララエルの首筋に刃を添わせた。
「あの日、君を助けてくれたヒーローはいない。ここで終わりさ」
「……私を、舐めないでください。あの日のように、子供じゃないんですよ!!」
「っ――」
レミエッタは会話をしながら練り上げていた雷の魔術を、不意を突くようテインへ放った。
それにテインは目を見開き、慌てて転がり横へ避ける。
「手加減など、なしです!」
「……!」
そうして生まれた隙を、レミエッタは逃さなかった。
殺さぬよう捕らえる、などという発想はなく、確実に仕留めるという魔術を練り上げ解き放つ。
体勢からして避けるのは不可能と悟ったテインは、一瞬で判断し叫んだ。
「カッシーナ!!」
「グオオオオオオオオオオオオオ!!」
その声と同時に、上空より降り立つ漆黒の竜。
咆吼を上げながら天井を突き破った竜は、テインを守るようレミエッタの前で翼を広げた。
「油断したな。これは僕の落ち度だ。まあ、問題はない」
「グルルルル」
不意打ちを受けたことを反省し、テインは立ち上がると剣を抜く。
それに目を見開いて困惑するのはレミエッタだ。
「なっ……。なぜ、ドラゴンなんかが付き従っているのでしょう」
「知りたいかい? 魔術士達の罪を」
「…………」
その言葉だけで、レミエッタは大凡察する。
「いいえ。結構です」
そして殺人鬼との会話はこれ以上意味はないと、魔術を練り上げテインと竜に対峙した。
敵はテインだけでも魔術士を二十人殺した強敵。そこに最強生物竜が加わるとなれば、敗北は必至だ。
しかし、勝つ必要なんてレミエッタにはない。
「竜が降り立てば、周囲の者達も気付くでしょう。警備兵達が大軍で押し寄せてきますよ」
「その前に君達が死ぬ。それで良い。それだけが僕の目的だ」
「…………」
テインは一切意に介さなかった。
やはり連続殺人を起こすような狂人に、まともな思考など期待するのは無理があったか。
テインは命を惜しんでいない。目的のためなら全てをなげうつ狂気を感じる。
レミエッタは覚悟を決めた。
警備兵達が来るまでテインと竜を相手に時間を稼ぎ、少なくともララエルは救う。
それが姉としてできることだ。
「――これはこれは。とんでもない現場に来ちまったもんだ」
そんな覚悟を決めたレミエッタの耳に、愛しい人の声が届いた。
「……何だヒーロー。来たのか」
レミエッタを守るよう一歩前に立ち、剣を抜いて獰猛に笑う。
その背はテインとある種同様の、女のために命をかける男の狂気を背負っていた。
「レミエッタ。大丈夫か?」
「……尾行してきたんですか?」
「察しが良いな。あんな真っ青な顔してたら、尾行の一つもするだろう」
「悪い人です。……でも、助かりました」
そうレミエッタは言うが、別に状況が好転したわけじゃない。
竜という最強生物を前にして、学生が一人増えた程度じゃ状況など変わらないのだ。
でもどんな大軍が来るよりも、心強かった。
レミエッタが愛した人は、どんな逆境もはね除けてくれると信じている――