犬猿の仲の剣士と魔術士、うっかり一線を越えたら体の相性抜群だった【書籍化決定】 作:猫屋敷てん
まったくもってとんでもない場所に来てしまったものだ。
しかしながら、俺は俺の違和感を信じて尾行したことを英断だったと思う。
もしあの違和感を放置して、レミエッタを追いかけなかったら俺は一生後悔していただろう。
敵は竜と、血走った目をした剣士。
意味不明な組み合わせだが、あれが倒すべき敵であるというのは明白だ。
「何が起きているかさっぱりわからないが……レミエッタ協力するぞ」
「心強いです」
顔色が悪かったレミエッタは、ほっと息をついて笑顔が戻る。
レミエッタの中で俺がそれだけの存在になっていたのなら嬉しいものだ。
「あれから生き残ることがミッションだな」
「はい。ですが倒す必要はありません。あの人達はご自身の行動で首を絞めているので」
「了解だ。なら、無茶するか」
「ええ」
警備兵到着まで耐えるだけだとしても、あいつらは見るからに強そうだ。
故に無茶も何でもするしかない。そうでなければあいつらから生き残るなんてできやしないだろう。
「レミエッタ、竜を止めとけ。その間に俺があいつを仕留める」
「本当に無茶を言いますね! 言っておきますが、あれはテイン。かつて現れた最悪の殺人鬼です」
「なに? ……いや、そういうことか」
レミエッタの言葉に俺は思わず驚くが、ふと冷静に考えれば納得できる。
魔術士が管理する刑務所に収監されていたと聞くが、もし脱獄したとして魔術士達は徹底的に隠すだろう。
そして世間にバレぬ内に捕まえようとするはず。それがあの、警備強化月間とかいうやつだ。
今までの違和感が繋がって、見えてきた真実に吐き捨てたくなるものが込み上げる。
だが今は、目の前の敵に集中すべきだ。
「そして多分あの竜は……いえ、何でもありません。奴らは敵です。それだけを忘れないでくださいね!」
「グオオオオオオオオオオオオオ!!」
そう叫ぶと同時に、竜は口を開きブレスを放った。
「守護結界!!」
不意打ちのように放たれたブレスをレミエッタが鮮やかに防ぐと同時に、俺は竜の攻撃に紛れるようテインへと迫る。
そのままテインと、剣で打ち合った。
「ヒーロー。君はやっぱり来るんだね」
「何言ってんだお前」
「ん? 忘れてるのかい。いや……さすが魔術士。下らないことをするものだ」
意味がわからないことをテインは口走るが、大量殺人鬼の言葉に意味など求める方が間違っているだろう。
こいつは魔獣だ。そう思うのが正しい。
俺は耳を貸さぬよう、何度も何度も剣を振る。
激しい剣戟を交わすたびに、奴の技術が肌で理解できた。
「やはり僕と君はわかり合えるはずだ。エルビン」
「殺人鬼とわかり合うつもりはない!」
「僕らは同じ、魔術士を愛した剣士だ。わかりあえるさ」
殺人鬼の言葉になんか耳を傾けてはいけない。
だがテインの言葉には、耳を傾けたくなるほどの、愛という名の狂気を感じ取ったのもまた事実だ。
「わかるだろう。もし君の愛しいあの子が
「っ――」
「正気ではいられない。復讐に狂い、殺人鬼と化してしまうのも、わかるんじゃないかい?」
殺人鬼の言葉に耳なんて貸してはいけない。
だがそう言うには、あまりに衝撃的な言葉であった。
「下らない話だろう。剣士という存在を許せない。だから打ち勝つために、禁術にすら手を染めてしまう」
「あの竜が、人だとでも言うのか」
「正解。僕の愛したカッシーナ。魔術士のプライドの犠牲となった、一人の女性だ」
テインはとても悲しげな顔でそう言って、復讐の焔をその目に宿した。
竜に変身する魔術の存在は、ユリオが言っていたし知ってはいた。
しかしそんな凄まじい魔術、夢物語だと思っていた。
だが目の前にお出しされては、信じざるを得ない。人が竜に変わるなど、剣士なんて存在ものともしない恐ろしい術だ。
だけどその魔術の闇は、多分とても深いのだろう。
「エルビン!!」
俺がその闇に触れようとする間際、レミエッタの声が耳に届いた。
「っ……だとしても、それは大量殺人を犯して良い理由にはならない」
「なるよ。それが愛だ」
「やっぱお前はおかしいよ!!」
剣と剣が打ち合った。
テインの動機は理解できた。しかしそれは大量殺人を肯定することには繋がらない。
やはりこいつは狂人だ。監獄に収監されておかねばならない悪だろう。
「はぁ、まあいいや。カッシーナ。暴れろ。警備兵が来る前に殺すんだ」
「っこいつ。レミエッタはお前の復讐に何も関係ないだろ」
「あるよ。奪われる苦しみを、与えないといけないからね」
テインは苦しみを与えるため、無関係のレミエッタを殺すと宣う。
それは理解できぬことだ。復讐をするなら、直接関わった者であるべきだ。無関係の家族にまで手を出せば、それは悪に他ならない。
「くっ……氷よ!!」
だがその闇のように深い悪に、俺達は押されていた。
やはり竜という最強生物を相手に耐えるなど無理な話で、レミエッタはいつ崩れてもおかしくない防戦一方。
周囲の建物を破壊しながら暴れる竜と、ギリギリの攻防を繰り広げていた。
このままでは警備兵が到着するまで持たないだろう。
しかし俺はテインの相手で手一杯。
「ふう。しっ!」
「むっ!!」
故に俺は一気にテインに踏み込み、渾身の力をこめてテインを後方へ吹き飛ばした。
しかしそれで稼げる時間など高が知れている。その高が知れている時間を使い――縛られているララエルの下へ一気に走った。
「ララエル!」
「んぐ、もごっ」
素早く剣を振り、縄と猿ぐつわを断ち切りララエルを解放する。
「ララエル! レミエッタに加勢してやってくれ!」
「エル、ビンさん」
「解放されたばかりに悪いが、余裕がねえ。お前に頼らないといけない」
「わ、わかった」
まだ中等部の年齢であるララエルに頼らないといけないのは情けないが、今はそういう状況だ。
ララエルはすぐに状況を飲み込んで、竜と戦うレミエッタの方へ走っていく。
これで警備兵の到着まで耐えられると信じたい。
俺はすぐ、瓦礫の方に吹き飛んだテインへと視線を向けた。
「やってくれるね。せっかく捕まえたララエルちゃんを」
「あいつは今、凄く良い成長をしようとしてんだ。殺すなんて許さねえよ」
「ははは。まあ良い。カッシーナ、二人とも殺せ」
「グルオオオオオオオオオオ!!!」
竜は咆吼を上げて、レミエッタとララエルへ突撃する。
しかし俺は二人を信じ、テインへと剣を向けた。
「悲しいだろう。僕の愛したカッシーナはどこにもいない。今では剣士に勝つための心なき兵器だ」
「そうかよ……」
「許さないよ。僕のカッシーナを返せよクソ共」
テインは震えるほどの力で剣を掴み、恐ろしい形相を浮かべていた。
そこには狂っていると断言できるほどの愛がある。
「そうやって俺のレミエッタを奪おうとするんだな。許さねえよ!」
だがその狂気に呑まれぬよう、俺も愛を叫んで一気に踏み込み、テインへ斬りかかった。
こいつはここで確実に倒さないといけない悪だ。
「はははははっ。舐めるなよ。僕だってかつては学園首席の剣士さ」
だがテインは、俺の剣を軽々受け止めそう叫ぶ。
その言葉通り、テインの剣は凄まじいものがあった。
かつては王国に名を轟かせた有数の剣士だったというテイン。対して俺は、最強と言いつつそれも学生の中でという枕詞がつく程度だ。
互角にやり合うには、レミエッタの魔術で強化してもらわないといけない。
しかし竜と戦うレミエッタに頼むわけにはいかないので、一人で対処しないといけなかった。
そのための道筋を俺は――
「ん……」
確かに、テインは強かった。
だけどなぜだろう。俺は、これを知っている。
こいつの剣を俺は知っている。
見える。次にどこへ来るか、見える。
まるでかつて、
「ちっ。成長しているじゃないか」
テインの技術は確かなものがある。だけどその剣を俺は知っている。
しかも十年以上の監獄生活で、テインの肉体は非常に衰えていた。
勝てない敵じゃない。
だが多分、テインは簡単に勝てないと理解すれば――
「はっ! 終わりだ」
テインは剣を振り下ろした。それを後方に下がることで俺は避けるが、その瞬間、俺は虚空に向かって剣を振った。
するとキン、という音がして、地面に針がパラパラと散らばる。
「こすい手を使ってくる」
「……ララエルちゃんは簡単に引っかかったんだけどな」
「剣だけを使うなんて先入観は、実戦において邪魔なだけだ。親父にたたき込まれてるよ」
剣を振ると同時に、テインが飛ばしてきた針。多分毒でも塗ってあるのだろう。
剣士ながら剣以外も使って勝利という結果をたぐり寄せようとする。それがテインという男だ。
あのララエルが簡単に捕まったのにはこういうわけがあったのか。
だが俺には通じない。テインの一挙手一投足を注意深く観察しながらも、一気に踏み込み剣を振るった。
「ちっ」
それにテインはついてくるが、俺には次の剣筋が見える。
こいつの型には癖があった。
一度それを知れば、とても有利に立ち回れる。
だけどなぜだろう。俺はテインを知らないはずだ。初めて会ったはずだ。
だけどなんで、俺はこいつを知っている。
「エルビン!!」
「……終わりだ」
激高したテインが打つ次の剣もなぜかわかった。
すっとそれを軽く避け、奴の隙に俺の剣でその身を切り裂く。
「ぐふっ――」
その体は、とても脆かった。
過酷な監獄生活でボロボロになった体はその一太刀で崩れ去り、大地に転がり倒れ伏す。
「……お前はなんだったんだよ」
俺はすぐララエルを拘束していた縄を活用し、倒れたテインを拘束した。
戦いの決着はこうしてついて、俺は竜とレミエッタ達の戦いに目を向ける。
「っ、はぁ、はぁ。警備兵到着は、もう少しか。耐えるぞ」
テインとの戦いを制しても、俺は顔を歪めている。
なぜかとても、頭が痛かった。
何かが解き放たれるように、だけど何かがそれを押し止めるように。
酷い頭痛が俺を襲っている。
その頭痛の意味が、後少しでわかりそうだった。