犬猿の仲の剣士と魔術士、うっかり一線を越えたら体の相性抜群だった【書籍化決定】 作:猫屋敷てん
竜とは、紛うことなき最強生物だ。
一番弱い個体であっても、討伐には少なくとも熟練の剣士、あるいは魔術士が十人は必要という凶悪な魔獣。
時に国家すら滅ぼす個体も現れる竜を、学生の身で倒すなど夢物語と言うしかない。
それどころか警備兵の到着までの十分程度を耐えるのだって簡単な話ではないだろう。
だが少女二人はそれをなしていた。
「ララ、防御です!」
「うん。守護結界!」
瓜二つの美しき姉妹は、阿吽の呼吸で竜の攻撃を捌いていく。
レミエッタの指示の下、ララエルは手足のように動きその才を十全に発揮した。
「ブレスが来ます。これは避けます。そしてその隙に氷の魔術で攻撃してください」
「姉様了解だよ!」
先見の明を持つかの如く采配で、先を予見し的確に指示を出す。
これが学園をカリスマで掌握したレミエッタの力である。
その支配下で、魔術史に残る天才ララエルはいつも以上の力を出す。
考える必要がなく、ただ指示に従うだけで最適な動きができるというのはララエルにとって初めてのことだった。
こうして姉妹は、遙か格上である竜の猛攻を凌ぎ続けた。
「グオオオオオオオオオオオオオ!!」
竜がどれだけ暴れようと、レミエッタは冷静に指示を出す。
この竜と初遭遇した時も一人で捌き続けたレミエッタが、ララエルを従えた時、不可能を可能にするのだ。
「……しかし。持ちますかね」
だが竜の猛攻を凌ぎながら、レミエッタから弱音がポロっと零れ落ちた。
否、それは弱音ではなく事実に基づいた推測である。
優れた観察眼を有するレミエッタは、竜がこちらに対応し始めているのを見切っていた。
無茶苦茶に暴れるのをやめ、縦横無尽に駆け回るレミエッタ達を冷静な瞳で見つめている。
いずれ瓦解するのは目に見えていて、それが援軍の到着後であるなら良し。
だがその前に瓦解するなら、早急に手を打たねばならない。
このまま逃げるか。
いや、そうすれば周囲に甚大な被害が出るだろう。
ここでレミエッタ達が食い止めているから、王都の被害は驚くほど軽微だ。
正義感と義務感を持つレミエッタは、逃げるという手札を最後まで切らなかった。
故に逃げずにどう竜から耐えるかを思案する。
「姉様!」
「っ――」
深い思考にハマっていたその一瞬、竜がレミエッタに突撃してきた。
それは隙とも言えぬ隙なのに、最強生物はそれを決して逃がしてはくれない。
慌ててその爪を避けるが、予期せぬことだったため体勢が崩れた。
次の攻撃は避けられない。ララエルは間に合わない。竜はすぐさま次の攻撃に移っている。
「っ――」
レミエッタの目には絶望的な状況だけが見えていた。
「グオオオオオオオオオオオオオ!!」
竜の爪が迫ってくる。
岩をバターのように切り裂く竜爪は、レミエッタを軽く切り裂いてしまうだろう。
ここまでか、いいやそんなことはない。
「俺の女になにしてんだああああ!!」
すんでのところで割り込んできたエルビンが、その爪を弾きとばした。
「あなたは」
「大丈夫か?」
「助かりました。これで、勝機が見えます」
立ち上がったレミエッタは、見下ろしてくる竜を見て不敵に笑う。
全てのピースが揃い、レミエッタの目には希望の光が映っている。
「あと、別に私はあなたの女ではありません」
「マジかよ!? じゃあ俺達が過ごした夜はなんだってんだ」
「それは今する話ではありません!!」
突然そんなことを言ってきたエルビンを慌てて叱った。
そんな軽口を叩きながらも、二人は一斉に動き出した。
◇
本当に危ないところだった。
あと一歩遅れていたら、レミエッタは竜に殺されていただろう。
それにひやりとしながらも、俺は竜と相対する。
「さて。竜と戦うなんざあ初めてのことだな」
敵は強大。されど俺の心は冷静だ。
なぜだろう。とても頭が痛くて、その頭痛がこんな敵屁でもないと教えてくれる。
かつてもこんなことがあった。
勝てるはずがない敵と戦う。そんなことが、あったはずだ。
頭が痛い。だけどこれは思い出さねばならない記憶だ。
「はああっ!」
「グオオオオオオオオオオオオオ!!」
竜の爪と、俺の剣がぶつかり合った。
それで周囲に恐ろしいほどの衝撃波が放たれる。
「レミエッタの魔術はやっぱ一級品だな」
魔術によって強化された肉体があれば、竜とすら打ち合える。
「エルビンさん!」
「ララエル。頼んだぜ」
「うん! やああああ!!」
それどころか、ララエルという心強い味方までいるのだ。
俺はもう負ける気がしなかった。
氷の刃が竜に放たれ、その隙に俺が攻撃する。
レミエッタの指示の下、俺達は竜を翻弄していた。
無論倒すまではいかずとも、耐えることは十分可能。
そしてそんなことをしていれば、待ちわびたその時がやってきた。
「よし。終わりだな」
俺は竜とぶつかり合って、そのまま一気に離脱する。
もちろん竜は追いかけてこようとするが、残念ながらそれは叶わない。
「――総員、竜を囲んで攻撃しろ!」
次の瞬間、凄まじい勢いで純白の騎士装に身を包んだ男達が現れた。
彼らは一瞬で竜を取り囲み、そのまま恐ろしい連携で巨大な竜を追い詰めていく。
闘気の煌めきを身に纏い、熟練の剣術と巧みな連携は最強生物すら手玉に取るものだ。
「これ以上は都に被害を出すな」
「「「はっ!」」」
王国が誇る剣騎士団は、その後竜の討伐を完了させた。
その戦いは圧巻で、俺達があくまで学生でしかないのだと教えてくれる。
ララエルすらも、国家の最前線で戦う彼らには勝てないのだろう。
「さて……なぜここにいる、エルビン」
竜が亡骸になったところで、剣騎士団を率いた男は俺に鋭い目線を向けてきた。
まるで責めるかのような目であるが、俺はあれが心配そうな目であることを知っている。
「いやなに。海よりも深く、山よりも高い理由があるんだよ。兄貴」
「後で聞かせてもらおう。なぜ竜が都を襲ったのか。……なぜ、テインがそこに転がっているのか」
剣騎士団の一番隊隊長であり、我が兄である男は、今度は恐ろしい目線をテインに向けた。
なぜか竜が王都に現れ、殺人鬼テインが脱獄している。兄貴にとっちゃ意味不明な状況だろう。
「魔導騎士団が検挙して刑務所にぶち込んだという話だったが。なぜ、ここにいるのだろうな」
兄貴がそう言えば、ゆらりとテインは立ち上がった。
両手を後ろ手で縛られているというのに、その目は深く闇に染まっている。
「久しぶりだね。天才だった君はもう剣騎士団の隊長にまで成り上がったらしい」
そしてテインは懐かしい人に会ったと言うように口を開いた。
確かにかつては有数の剣士であったテインと、天才の名を欲しいままにした兄貴なら面識はあるだろう。
「殺人鬼に聞く口はない。俺が知るテインは死んだ」
「そうか。寂しいな」
テインはそう言って、笑った。
俺にボコボコにされ、両手を縄で縛られているというのにその目には暗い闘志が宿っている。
「奴を拘束しろ。殺人鬼の居場所はここではない」
「はっ」
兄貴は命令を下して、それで部下達は動き出す。
だがテインの闘志は消えていない。俺の中に、嫌な予感が過った。
「ああ――最後に、目的だけは果たさないとね!!」
テインはそう叫んで、バッと両腕を上げた。
その腕はあらぬ方向に曲がっており、無理矢理ロープから抜け出したのが見て取れる。
テインには酷い痛みが襲っているはずだ。
だけどその暗い瞳はレミエッタを見つめていて、奴はそのまま両腕を振るった。
「死ね!!」
「っ――」
俺の目には、針が見えた。
「レミエッタ!!」
その瞬間動き出し、レミエッタを庇うように前に出る。
もう二度と、レミエッタには傷ついて欲しくなかった。
俺が弱いせいでその体に傷をつけてしまった後悔が、ずっとずっと心にあった。
だけど忘れていたその記憶が噴出し、俺を突き動かしてレミエッタを助けようとする。
「ぐうっ――!!!」
俺の体の数カ所に、ブスッと針が刺さった感触があった。
そして次の瞬間、足がほつれて転倒する。
全身に痛みが襲ってきて、死が目の前に訪れた感覚があった。
「な、なんで!!」
「あ。なんだ。死ぬのは君か。違うだろ。……まあ良いか。二度も僕を邪魔した君が、彼女の代わりに死ねよ!」
「こいつ、何をした!」
「すぐに全身を拘束しろ!!」
目を見開くレミエッタ。
叫ぶテイン。
そのテインを拘束する剣騎士達。
靄がかった視界で、次々と起こる出来事を俺は見ていた。
「エルビン!? しっかりしろ!!」
久しぶりに大慌てする兄貴の顔があった。
「エルビンさん。……エ、エル」
涙を流すレミエッタの顔が合った。
それに俺は安堵した。
「今度は、まもれた」
「何を言っているのですかエル!」
「へへ……」
封印されていた記憶が俺の脳を駆け巡る。
あの日もこんな、ことがあったか。
「なあレミ。久しぶりに、そう呼んで、くれたな」
「…………何を、言って」
「何って、……俺達が、初めて会って……初めて、キスをした、ときのことだよ」
もう口が回らない。
意識が朦朧として、何かに導かれるような感覚があった。
これが竜の毒なのだろう。
生きられるだろうか。死にたくはない。ようやく思い出したのだから。
忘れちゃいけなかった、十年前の出来事を――