犬猿の仲の剣士と魔術士、うっかり一線を越えたら体の相性抜群だった【書籍化決定】 作:猫屋敷てん
――十年前。アルレイン王国
王都郊外は都市開発も進んでおらず、草花が芽吹く寂れた場所だ。
実は隠れ観光スポットでありながら、隠れているため人がいない。
そこは俺の修行場所でもあった。
ラインベル家の次男として、優秀な兄に負けぬよう幼い頃から鍛錬を詰んできた俺は、俺だけの修行場所を求めていた。
家族には内緒だ。突然強くなって、ビックリさせたいから。
そうして見つけたのが、ここだった。
人が居ないから、どれだけ剣の鍛錬をしても迷惑をかけない。
ここで沢山修行して、兄貴を超える男になるのだ。
それが俺の幼い頃の決意。無邪気に剣を振るだけだった、六歳頃に抱いていた思いだ。
そんな日々を続ける中で、ある日転機が訪れた。
いつも通りの日常と、いつも通り人の少ない俺の修行場。
だけど一人だけ、先客がそこにはいた。
肩口で切りそろえられた綺麗な銀髪。大粒の赤い瞳。大きな本を膝に広げ、野原で本を読む少女。
俺と同い年ぐらいの、見知らぬ少女がそこにはいた。
「…………」
「…………ん?」
俺がただただ唖然としていれば、少女はその視線に気付いたのか俺を見上げて首を傾げる。
「誰ですか」
「いや、そりゃこっちの台詞だ」
それが俺達の最初の出会い。
なくしてしまった、大切な記憶だ。
「お前誰だよ。ここは俺のしゅぎょーする所だ」
「……そうですか」
「答えろよ。まったく」
俺は少女へ近づき、膝に広げられた本を覗き込む。
そこには俺にはわからない難しい文字が沢山あって、何が書いてあるか理解できなかった。
「……お前魔術士か」
「……うん」
「俺は剣士だ。親父は言ってたぜ。魔術士なんてロクなもんじゃないって」
「剣士のほうが、ロクなもんじゃないです」
「何だと!」
「ふんっ」
多分、始まりは最悪だった。
売り言葉に買い言葉。幼くも親から教えられた通りに、俺達は剣士と魔術士として喧嘩をする。
相手が女の子でなければ、殴り合いの喧嘩になってたであろうほどだった。
その日は結局それ以上口を利くことなく、奴は本を読み、俺は剣を振るった。
もう二度と、会いたくなかった。
◇
「……お前、また来たのか。ここは俺のだからどっか行けよ」
「あなたが、どっか行って。ここ、気に入りました」
「嫌だよ」
次の日も、奴はそこにいた。
また今日も分厚い本を持ってきて、野原で座って読んでいる。
もう一度覗き込んでみたが、やはり意味がわからなかった。
「そんな本なんて読んでなんになるんだよ。読むなら家で読め」
「……本を読むことで、成長できます。家には……居場所がありません」
「なんだそりゃ」
少女は多分、年齢に見合わぬ頭の良さを持っている。
剣を振るだけだった俺には理解できないが、それが馬鹿にされていると感じて無性に悔しかった。
「お前……名前なんだよ」
「なんで、あなたなんかに教えないとだめなんですか」
「名前ぐらい良いだろ。俺はエルビン・ラインベルだ」
「……ラインベル」
「へへ。知ってるか。俺は貴族だぜ。偉いんだ!」
「……ゴミ屑ラインベルであれば知っています」
「あっ?」
少女はこちらを馬鹿にするような目を向けてきて、やれやれと首を振った。
「私はレミエッタ・マグノリア。高貴なる魔術士の家系です」
「何だよ。無能なマグノリアか」
「何ですって!」
俺の言葉に、レミエッタは激高して本を捨て立ち上がった。
ラインベルとマグノリア。それぞれ剣士と魔術士のトップとして、長いこと啀み合う存在である。
それは幼き俺達とて例外ではなく、親に教わった憎しみを意味も無くもって、空虚な罵り合いをする。
でもそれが正義であると思っていた。
「このっ! 撤回しなさい」
「何言ってんだばーか」
俺達はついに、言葉だけじゃなく手が出てしまった。
取っ組み合いになり、野原をゴロゴロ転げ回る。
「お前こそ取り消せよ。俺達は偉大な剣士だ」
「私達は、崇高な魔術士です!」
息を荒げるほど罵り合って、取っ組み合って、最後は力を使い果たして野原で倒れる。
それでも口が動く限り、俺達は喧嘩をし続けた。
「お前なんて大っ嫌いだ」
「私こそ大っ嫌いです!」
最後にそう言い合って、俺達は別れた。
もう二度と、会うつもりはなかった。
◇
「げっ」
「あっ」
次の日も、レミエッタはそこにいた。
「なんでいるんだよ」
「あなたこそ」
「ここは俺のだ」
「私のです」
俺達は、一歩も引かなかった。
一歩でも引いたら逃げたような気になる。だからここに来て、また喧嘩をしようと言うのだろう。
次はどんな言葉を吐いてやろうと思い立つが、俺はすぐにその思考を止める。
あの喧嘩をもう一度するのは何だかしんどくて、俺は無視をすることにする。
剣を振るって鍛錬をする方が、何倍も有意義だ。
「…………」
「…………」
「…………何見てんだよ」
しかし俺は、レミエッタの視線が気になってしまい鍛錬を中断した。
今日のレミエッタの手には本がなく、手持ち無沙汰であるようにじっと俺の鍛錬を見る。
「本はどうした」
「ないです。妹が、欲しがったので」
「……なんだそりゃ」
ジロジロ見られる中で修行なんてできるわけがなく、俺は剣を納めた。
「妹まで本読むのかよ。魔術士ってやつは、カタブツだな」
「……読まないです。私のものだから、欲しがった。それだけです」
「なんだそりゃ。読まないなら断れよ」
「父様達に叱られます」
「…………?」
俺はその言葉に疑問符を浮かべる。
もし俺が兄貴に読みもしない本をねだったら、ぶっとばされて終わりだ。
だけどレミエッタは違うらしい。
「みんな、ララばっかり……」
レミエッタはそう言って、膝を抱えた。
口元を膝に埋め、その目はとても悲しげだ。
そんな目を見て、これ以上喧嘩をしようなんて気にはなれない。逆に哀れみの感情が浮んでしまう。
「何が、あったんだよ」
「…………」
レミエッタは答えてくれなかった。
代わりにポロポロと、その赤い瞳から涙が零れ出た。
「っ――」
「何でも、ありません」
その涙に俺が唖然としていれば、レミエッタは隠すように目元を拭う。
女の涙はとてもズルい。たった一滴流すだけで、空気がガラリと変わってしまった。
「家に居場所がないって言ったな。そんな辛いことが、あったのかよ」
「…………」
「別に俺は、それを馬鹿にしたりはしないぜ。そんなガキじゃねーし」
「…………そうですか」
レミエッタは目を瞑った。
「みんな、ララばかり見るのです」
「妹か?」
「はい。凄い子だって、天才だって、みんな言う。……私も、頑張ってるのに」
ぎゅっと膝を抱く手に力が入り、そう言った口元を堪えるように一文字に結ぶ。
そこにはレミエッタの深い深い、悲しみがあった。
「本を読んで、勉強したのに。沢山、勉強したのに。みんな、ララばかり。私が何をしても、褒めてくれない」
「……レミエッタ」
「っ――」
堪えたはずの涙が零れて、それを慌てて袖で拭う。
それでも涙は零れ落ち、レミエッタの服がビチョビチョになった。
「……ほら」
「っ……何ですか、これ」
「手ぬぐい。今日は使ってないから使え」
「…………」
レミエッタは無言で受け取ると、それで涙を拭った。
「ありがとう、ございます」
「気にすんな」
俺はそのままレミエッタの横に座って、ただ無言で空を見上げる。
別に何かがしたかったわけじゃないけど、そうしないといけない気がした。
「本読めるって……すげーな」
俺はそう、ポツリと呟く。
「なん、ですか。いきなり」
「俺は読めない。頭が痛くなる」
「馬鹿なんじゃないですか?」
「そーかもな。だから、すげー」
「っ……」
レミエッタの、息を呑む声がした。
別にこんなこと言うつもりなかったのに、その涙を見て言わないといけない気がしてしまった。
後悔するようふと横を見れば、頬を赤く染めて俺を見るレミエッタがいる。
「…………泣き止んだか?」
「べ、別に。その……泣いて」
「言っただろ。馬鹿にしねーって」
「うぅ……その。ありがとう、ございます」
レミエッタは消え入るような声で俺を言った。
いけ好かない女だったはずなのに、その姿を見るとちょっと可愛いと思ってしまう自分がいる。
「まああれだ。本の読み方とか、今度教えてくれよ」
「……本、取られたからないです」
「俺が持ってくる。親父の書庫に忍び込めば、何かあるだろ」
「……それなら……良いですよ」
ようやく微笑んでくれたレミエッタは、そう言ってくれた。
その笑顔が眩しくて、俺も少し照れてしまう。
「また明日な」
「はい。また、明日」
そう言って、俺達はその日別れた。