犬猿の仲の剣士と魔術士、うっかり一線を越えたら体の相性抜群だった【書籍化決定】 作:猫屋敷てん
世界を荒らす害獣である魔獣を倒すというのは、剣士、そしてまあ魔術士の仕事である。
国防の要である俺達は、学生の身分でも成績優秀者は実戦経験を積むことになる。かつて戦争があった頃は、一定の成績を残した学生は戦地に連れて行かれたこともあるほどだ。
それほど苛烈だからこそ、アルレイン王国は列強の一つに数えられているのだろう。
「どうやら逃げずに来たようだなレミエッタ」
「それはこちらの台詞です」
約束の日。俺達は顔を合わせて睨み合っていた。
奴は杖を、俺は剣を。それぞれ武器を持って準備は万端。そして始まるのは罵り合いだ。
「ふふ。あなたは己の無能さを理解してとっくに逃げ出しているものだとばかり思っていました。あるいは、その判断力すらお持ちではないのでしょうか?」
「おっと。呪文ばかり唱えていると嫌味がお上手になるようだな。魔術士ではなく呪術師を名乗ったらどうだ?」
「勉学に励んだ末の語彙力です。棒きれを振り回して脳まで筋肉になった方々にはわからないと思いますが」
顔を合わせりゃ嫌味の応酬。果てに火花を散らして一触即発。それが俺達の宿命だ。
そして周囲にいる教師がそれを止めることはない。今日来ているのは剣士と魔術士の教師だからだ。
「吠え面かかせてやる」
「負け犬の遠吠えを聞くのが楽しみですね」
そう捨て台詞を言い合って、それ以上の会話は無駄でしかないと打ち止めとした。
今日来ているのは王都から一キロ離れた学園管理下の森である。
学生でも勝てるぐらいの弱い魔物を解き放っていて、戦闘の実戦訓練に用いられる場所だ。
弱いと言えど敵は魔獣。手加減などしてくれないし、奴らは死ぬ気で殺しにくる。
レフェリーがいるわけでもなく、学園で行われている一対一の訓練とは訳が違うのだ。
「…………」
それをレミエッタは理解しているのだろうか。……いや、しているだろう。
歴代の成績優秀者は大抵この特別課題で〝実戦〟というものに触れ、その現実を思い知ったと聞く。
家の教育方針ですでに実戦を幾度となく経験している俺ですら油断できるものでもないが、レミエッタはいつも通り凜々しく胸を張って前を見ていた。
その目には油断も驕りもなく、確かな自信と確信だけがあった。
実戦は初めてらしいが、この立ち振る舞い。
一見ただのおすまし顔の小娘にしか見えないレミエッタに、なぜカリスマがあるかわかるというものだ。
「どちらが多くの魔獣を狩るか。それでよろしいですね」
「ああ。問題ない」
そう言い合って、俺達は息を整えた。
今回の特別課題は森に一人で入り、時間内に魔獣を一体討伐することが目的だ。
だが学園の歴史上でも有数の天才と言われた俺達にとって、魔獣一体倒すなど簡単なこと。故に時間内にどちらが多く倒すかという勝負ができる。
そして教師達もこの勝負を黙認していた。
これは剣術と魔術、どちらが優れているかを決める戦いだからだ。
「さあ、準備はいいな? エルビン、レミエッタ」
始まりを告げる教師の声が聞こえてくる。
「はい……」
「もちろんです」
「では始め!」
どちらが優れた力なのか、今日この日証明されるだろう。
◇
鬱蒼とした森の中を、俺は凄まじい速度で駆ける。
これも剣術――その根幹となる闘気の力だ。剣士は漏れなくこの闘気の使い手で、肉体を超強化する力となっている。
これによって人外の力を得て、そこに剣の技術を合わせることで最強となったのが剣術だ。
魔力とかいう訳分からん力を使う魔術とは格が違うのだ。
「まず一体――」
鬱蒼とした森を軽々と駆け、視界に捉えた魔獣へ一気に肉薄する。
滑るように剣を振るい、呑気に水を飲む大きな兎のクビを一太刀で刎ね飛ばした。
「クギュッ――」
「……まあ強い魔獣がいるはずがないか」
剣に着いた血を落としながら、死した魔獣を見る。
一血兎と呼ばれるこの魔獣は、術が使えぬ者でも頑張れば倒せる程度の強さだ。
森という魔獣達の世界で戦うことを考えれば、学生の練習相手としてピッタリだろう。
敗北してもそう簡単に死にはしない。
「とはいえ、この程度だとレミエッタの野郎もかなり狩りそうだ」
それが一つの懸念点だ。遠距離攻撃と範囲攻撃なら魔術に分がある。油断しているとレミエッタの魔術で多くの魔獣が蹴散らされそうだ。
故にペースアップを決め、俺は森を駆けた。
あまり手入れはされていないのか、ここは非常に鬱蒼とした森だ。
これでは魔獣だけでなく、危険な植物などにも注意しないといけないだろう。触れるだけで毒におかされるものや、近づくだけでやられるキノコなんかも世にはある。
そこらへんは学園が管理していて欲しいと願うが、これほど鬱蒼としていると見落としもありそうだ。
俺はそれらにも気をつけながら、目についた魔獣をどんどんと狩っていく。やはり学生の相手に選ばれるだけあって強い魔獣はおらず、苦戦することは一切なかった。
制限時間はまだまだある。俺は一時も休まぬために闘気を最大出力で発動し――
「ん?」
ふと、足を止めた。
「……何だ。この音」
どこからか、音が聞こえてきたのだ。
レミエッタの魔術の音かとも思ったが、それだけではない。
恐らく戦闘音だが、明らかにおかしかった。
「……無視。するには異常な音だ」
聞こえてくる戦闘音が、この場所で聞こえて良い規模ではなかった。
まるでとんでもない怪物同士が戦っているような音だ。
「見るだけだな」
一瞬だけ様子を確認することを決め、俺はその音に向かって走り出した。
走れば走るほど、その音は大きくなる。
そしてそれを視界に捉えた瞬間、俺は目を見開いた。
「何だありゃ……」
そこで行われていたのは、大規模な戦闘だ。
一人はレミエッタ。いくつのも魔術を練り上げて、恐ろしい練度で放っている。
そして一体は魔獣。明らかに、ここにいて良いレベルではなかった。
「……あれはドラゴン種か。冗談じゃねえっ」
レミエッタと戦っていたのは、ドラゴン種。正式な名前は知らないが、ドラゴンと言えば魔獣の頂点に立つやつだ。
どいつもこいつも最強で、時に一体が一国を滅ぼすこともあるという。
レミエッタと戦っているドラゴンはそのレベルではないが、間違いなく学生が戦って良い相手ではない。
「くっ――なぜ、ドラゴンがここに」
「グオオオオオオオオッッ!!!!」
その戦闘は、明らかにレミエッタ不利だった。
当たり前だ。本来ドラゴン種は一流の剣士が十数人は必要な魔獣。学生の身で倒すなど夢物語も良いところだ。
このままでは、レミエッタが死ぬ。その爪で引き裂かれ、牙でかみ砕かれ、息吹で跡形も無く消滅させられるだろう。
その未来は、すぐそこだ――
「ちっ――」
それを認識した瞬間、俺は駆けだしていた。
いくら嫌いな女とはいえ、レミエッタが殺される景色は見たくはなかった。このまま簡単に見捨てられるほど、俺は人間を止めちゃいない。
幸運なことにドラゴンは俺に気付いていなかった。レミエッタの猛攻に周囲を見る余裕がないのだろう。
故に最速でレミエッタに肉薄する。
「逃げるぞ!」
「あなたはっ!?」
全力で魔術を放っていたレミエッタは突然の俺の出現に目を見開く。
だが説明することなく、俺はお腹に手を回し、小さな体を抱き上げ一気に戦闘から離脱した。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
背後からドラゴンの怒号が聞こえてくる。冷や汗をダラダラながしながら、久しぶりの命の危機に身を震わせ、闘気全開で一目散に逃げ出した。
◇
逃走劇を制したのは俺達だった。
森の中にあった小さな洞窟に逃げ込んで、ドラゴンがどこかへ行くのを息を潜めて待ち続ける。
暗くて少し空気が変な洞窟の中、全力で息を潜めていた。
そして気配が完全に消えたところで、ようやく息を吐いたのだった。
「ふぅ。やり過ごしたか」
「むぐぐ、んぐ」
「おっと、すまないな」
「っ口を、塞がなくても喋ったりしません!」
騒がぬようレミエッタの口を手で覆っていたが、彼女はそれにお冠の様子だ。
「離してください!」
「おいおい、命の恩人にお礼もなしか?」
レミエッタの小さな体を抱きすくめ、背後から口を塞ぐという体勢で隠れていたが、ドラゴンが消えたことでジタバタと暴れられる。
「それについては……礼を言いましょう。助かりました」
「素直だな」
「下らない意地を張るほど馬鹿ではありません」
そこはさすがレミエッタと言ったところか。あのままなら死んでいたことをちゃんと理解し、例え嫌いな奴でも助けられたら礼を言う。
その線引きができているのは褒めるべき点だ。
「で、だ。怪我は大丈夫か?」
レミエッタを解放し、二メートルの距離を取られたところで俺はそう問いかける。
ドラゴンとの戦闘はもちろん無傷ではすまず、レミエッタは足を引きずっていた。
「……問題ありません」
「下らない意地は張らないんじゃなかったか?」
「……少し、足を怪我したようです」
「そうか。応急処置はしよう」
「自分でやるので結構です」
ふんっと顔を逸らしたレミエッタは、自分の荷物から救急セットを取り出し治療を始める。
竜の爪が掠ったのか、足には大きな傷が出来ていた。
「……痕になるな」
「別に問題ありません。この程度……
それ以上は会話を受け付けてくれず、黙々と治療する音だけが洞窟に響く。
「……まあ、取りあえず中止だな」
「…………」
「緊急用の魔術具を使おう。教師が駆けつけてくれる」
俺は特別課題を行うに当たって持たされていた魔術具を起動する。
すると周囲にバリアが展開され、光る球が一目散に教師達の下へ飛んでいった。
「便利なものだ」
「魔術の力です。脳筋な剣士では作れないものです」
「駆けつけてくれるのは機動力に優れた剣士の教師だがな」
そんな軽口をたたき合う。少しは元気も出たようだ。
だがこれで特別課題は中止。いや、課題はすでにクリアしているから、勝負が中止となった。
「それにしても、あのドラゴンは何だったんだろうな」
「……わかりません。突然現れて襲ってきました」
「ここに放たれてる魔獣……なわけないな」
あんなものがいる場所に学生を一人放り出すわけがない。どこからか迷い込んだと考えるのが妥当だろう。
となると次はどこからという疑問が湧いてくるが、それを調査するのは教師、あるいは国家機関の仕事だ。
そんなことを考えていれば、ふと己の異変に気付く。
「それにしても、何だか体が熱いな」
「興奮しているのでしょう。命からがらの逃走劇です」
「まあ、そうだな」
未だ胸が高鳴っている。それらを考えれば、逃走劇の興奮が収まっていないとみるか。
しかし何だか変な気分だ。
どうしてもレミエッタが視界に入ってしまう。
頬を染め、息を荒くしたレミエッタがだ。
「っ……はぁ、ふぅ」
薄い胸を大きく上下させ、何かを堪えるような表情をしている。
その一挙手一投足が見放せなくて、俺はじりじりとレミエッタに近づいていた。
「な、何ですか」
「いや、何でも」
近づく俺を、キッと睨むレミエッタ。しかしそれだけだ。逃げることはなく、逆にレミエッタもじりじりと近づいて来た。
何かがおかしい。理性や知性が失われ、動物的な本能が顔を見せているようだ。
「この洞窟は狭くて暗くて……熱いですね」
「ああ……」
俺達は触れあえるほど近くにいて、じっと見つめ合っていた。
何かがおかしい。
何かが間違っている。
だけどそれを正しく認識できなかった。
俺はそっとレミエッタの髪を触った。とても綺麗で手入れされた白銀の髪だ。
誰もが羨むほど美しい。
「何ですか。変態」
「変態じゃねえよ」
レミエッタは一切抵抗しなかった。
やはり何かがおかしい気がする。本来あり得ないことが起きている。
これは――
「あっ――」
俺の視界に、洞窟の壁に巣くうように生えた桃色のキノコが映った。
それは――男なら誰もが知る媚薬の原料となるキノコだ。
その効能は、興奮を煽り、理性を溶かし、人を雄と雌にしてしまうもの。
つまりこの洞窟は、キノコの菌床。
人を動物に変えてしまうキノコの胞子が、充満した密室だった。
鬱蒼とした森を見たときから危惧していた、危険な植物の群生が、俺の目の前にあった。
「特別に、もっと触らせてあげても良いですよ」
「あ、ああ」
それを認識したのに、俺はもう止まれない。
ここには理性を持たぬ、雄と雌しか存在しなかった――