犬猿の仲の剣士と魔術士、うっかり一線を越えたら体の相性抜群だった【書籍化決定】 作:猫屋敷てん
最近、毎日がとても楽しい。
それがレミエッタ・マグノリアの率直な思いである。
ただ褒められるために勉強をしていた空虚な日々は終わりを告げ、エルビンとの楽しい日々がレミエッタを迎え入れる。
妹に負けたくないという思いしかレミエッタの中にはなかったが、もうそんな気持ちどこかへ消えていた。
エルビンと過ごす日々が今のレミエッタの全てである。
彼はずっと欲しかった言葉をくれる。
レミエッタがララエルの付属品ではないと教えてくれる。
ずっと妹のついでだったレミエッタは、ようやく人に認められたような気がしたのだ。
「ふん、ふんふん」
鼻歌を歌いながら、レミエッタは洋服を着替えて鏡を見る。
今日はお気に入りの青を基調としたワンピース。レミエッタの銀髪に良く映える。
最近は幼いながらおしゃれにも気を遣っていて、可愛いと思われるために勉強を欠かさないのだ。
化粧まではしていないが、洋服はいつも迷っている。
今日は髪も梳かしてバッチリ決まったことを確認し、意気揚々と部屋を出た。
「今日はエルと、何を――ん、騒がしいですね」
広いマグノリア家を歩き玄関まで向かえば、リビングの方で声が聞こえてくる。
少し気になって近づけば、幼い少女の甲高いわめき声が聞こえてきた。
「えー。なんでー! 行きたい行きたい!!」
ふと中を覗けば、ララエルが床をゴロゴロ転がりながら駄々を捏ねてる場面に遭遇した。
まだ幼いララエルは、イヤイヤ期なのかこういう場面をよく見かける。
「しかしだなララエル。しばらくは外出できないんだ」
「なんでよパパ!!」
マグノリア家の当主である二人の父親は、暴れるララエルを必死で宥めていた。
だけどララエルはちっとも聞いていないようで、ゴロゴロと暴れ続ける。
「外は今とっても危険だ。絶対に出てはいけないぞ」
「そうよ。でもね、パパがすぐに解決してくれるわ。それまでお利口に、お部屋で遊びましょう」
「やーやー!!」
どこかへ行きたがるララエルを、両親は必死に止めようとしていた。
いつもララエルの望みを全力で叶えるというのに、珍しい光景だ。
「……ん、エルに会いに行かないと」
何か理由があるのかと思いつつも、レミエッタは関係ないと素通りする。
もうララエルも両親もレミエッタの中ではどうでも良くなっていた。
「ああ、そうだレミエッタも――」
ふと父が呟き娘を探すその声は、すでに屋敷を出たレミエッタには届かなかった。
◇
「あ、エル」
「おう、レミ」
いつも通りの王都郊外で、俺達は今日も顔を合わせる。
最近はさらに仲良くなっていて、あだ名で呼ぶほど距離も近くなった。
当初の険悪な空気はどこへ行ったのか、それほどの関係だ。
「――で、ララはゴロゴロと暴れていたのです」
「へー、大変だな」
野原に座った俺達は、そうやってただ会話をする。
何てことない内容だが、それが何より楽しかった。好きな人との会話は、中身が無くとも楽しいものだ。
「レミの親父も外に出るなって言ったのか」
「エルもですか?」
「ああ。大丈夫だろうけど、物騒だから人の多いところにしろって」
そうして話は、慌ただしい大人達に移っていく。
何かがあるようだが、俺の親父とレミエッタの親父ではかなり温度感が違う。
それも不思議な話だ。
「ララには珍しく言っていました。……私には、何も言わなかったですが」
「そうか。……何か魔獣でも現れたのかな」
「そうかもしれません」
レミエッタは少し寂しそうな目をしていた。
何か起きているはずなのに、何も言ってくれない両親に悲しみを抱いているのだろう。
妹には家を出るなと言っておきながら、姉には何も言わない。それはレミエッタを手の掛からない子だと思っているのか、空気のようになっているのか。
でもレミエッタは心配して欲しいのだろう。
「何が起きてるか、調べてみるか」
そんなレミエッタに、俺は提案する。
「調べる、ですか?」
「おう。大人達に何が起きてるのかって聞くんだ。それにここは多分、親父が言う危険な場所だ」
「そうですね」
王都郊外は人も少ない。親父は出かけるなら人の居る所にしておけと言ったが、それは守るべきだろう。
それにここは本当になにもない。遊ぶのであれば、やはり王都だ。
「王都の中心に行こうぜ。新しい店もオープンしたみたいだし」
「そこに遊びに行きたいだけじゃないですか?」
「まあ、それもあるな」
ジト目のレミエッタに、俺はへへへと誤魔化し笑い。
調べるついでに王都の中心部に行こうと思い立ち――
「――ああ、見つけた」
立ちはだかるように一人の男が俺達の前に現れた。
「……えっ?」
「……誰? ですか?」
黒装束の男は、腰に剣を刺している。立ち振る舞いからして剣士だろう。
見つけたという言葉から察するに、俺に会いに来たのか。
いいや、そんな雰囲気ではない。
「君には恨みはない。だけどマグノリアに恨みがある。竜化実験の責任者はマグノリアだ。だから教えてあげないとね。奪われる悲しみを」
「…………」
会話には、多分なっていない。
だから凄い嫌な予感がして、俺はレミエッタを守るよう一歩前に出る。
「お前はなんだよ、親父に用があるのか?」
「エルビン君か。大きくなったな。どいてくれるかな?」
「だから何なんだって言ってんだよ!」
「君には用はない。用があるのは後ろの少女だ」
男はそう言って、背後にレミエッタを見て醜悪な笑みを浮かべていた。
それに俺の勘が最大限の警鐘を鳴らす。
「私、ですか……?」
「そう。君の命が欲しい――」
男がそう言った瞬間、俺は一気に踏み出しその心臓めがけて斬りかかった。
「――っと。さすがはラインベルのご子息だ。切り方に迷いがない」
「レミ、逃げろ。こいつヤバい!!」
「エル!」
こいつが何かわからない。だけどヤバい奴だってのはわかる。だからレミエッタを守らないといけない。
剣を振る。何度も何度も剣を振る。だが男は軽々と捌いた。
「そう。こんな所にいるなんて危険だよ。お父さん達は教えてくれなかったかな? ……教えないか! 此度の件をどう扱うか彼らはまだ迷っている! 下らないプライドと政戦だよ! 僕のカッシーナを奪った醜悪なものさ!!!」
「ぐあっ!」
ただ防ぐだけだった男は激高すると急に攻勢に転じて、それで俺は呆気なく大地に転がる。
とてもじゃないが、歯が立たない。
まだガキでしかない俺と、熟練の剣士だ。
戦いになんてなるはずがなかった。
「せっかく王家が仲を取り持とうとしているのに、何でそこまで下らなくなれるんだ! それほど怖いか剣士が! ああ、カッシーナ!!」
「な、なんだ、よ。こいつ」
狂っている。そう一言で表せるだろう。
血走った目で何かを叫び、その目に意思があるようには感じない。
「エル!!」
狂った男など意に介さず、倒れる俺にレミエッタは駆け寄ってくる。
だけどそれは駄目だ。
「エル、エル!!」
「駄目だ。逃げろ」
守らないといけない。そうでなければレミは死んでしまう。
いますぐ逃がして、俺が戦って、そうしないといけない。
だけどたった一撃で、俺の体は言うことを聞かなくなっていた。
「君が最後だ。研究者達は全員殺した。後は君だよレミエッタ」
男が迫ってくる。
「なんで、なんでですか!」
「君の父を恨みなさい。それが彼を苦しめる」
「っ! 私が死んでも、父様は悲しまない!! 父様はララばかり見てる! だから、帰って!!」
「……へー。そうなんだ」
レミエッタは、男の言葉にとても悲しそうに叫んでいた。
妹ほど愛されていない自覚がある。だからそう簡単に叫べるのだ。
でも子を愛さぬ親などいない。男はそう思っている。
「じゃあそのララも殺さないといけないか。これで最後だと思ったんだけど、カッシーナの無念はやりきらないと晴れないね」
「っ――!」
レミエッタの言葉は、ただターゲットを一人増やすだけで終わった。
妹がターゲットになるという最悪の結果でだ。
「止めて、ください!」
「無理だよ。じゃあね。なるべく凄惨な顔で死んでくれると助かるよ」
男はそれが正義であるかのように剣を振りかぶると、容赦なくレミエッタに振り下ろした――
「だあああああああ!!」
「おっと」
間一髪、無理矢理体を動かして、レミエッタに迫る剣を俺は弾く。
だがそれだけで、手が痺れるほどの衝撃があった。
大人の剣と、打ち合うなどやはり無理だ。でもその無理をしないと、レミエッタは死んでしまう。
恐怖を押し殺し、俺は男と相対する。
「レミは死なせない!! 俺が相手だ!」
「うーん。格好いいなあ。まるでヒーローだ。……だけど無理だよ」
邪魔をするなら殺す。
男の目はそう言っている。
それでも引くわけにはいかない。
大きく息を吸って、勇気を持って、レミエッタが逃げる時間を稼ぐ決意を固める。
それが格好いい剣士のやるべきことだ。
「逃げろよ、レミ」
「エル……」
「俺の頑張りが無駄にならないように、逃げろよ!」
「っ――」
レミエッタは賢い子だ。必ず逃げてくれる。今ここに留まるのはデメリットの方が大きい。
走って警備兵に連絡するのが最善の行動だ。
それをレミエッタはわかっている。だから遠ざかるような足音が聞こえてきて、それで俺は安心する。
「さあ、俺が相手だクソ野郎!!」
相手は強敵。俺はまだガキ。勝負になるかすら怪しい戦いだ。
「後悔するよ。痛いじゃすまない」
「俺にとって一番の後悔は、レミエッタを死なせたときだ!」
ラインベル家に生まれたからには、命をかけて剣を振るう時がある。
間違いなく今がその時だろう。
初めての、命をかけた実戦が始まる。一生忘れることなんてできないはずだった、殺人鬼テインとの一戦。
その火蓋は、俺が一歩踏み出すことによって切られた。