犬猿の仲の剣士と魔術士、うっかり一線を越えたら体の相性抜群だった【書籍化決定】 作:猫屋敷てん
一気に踏み込み、俺が狙うはその命。
「邪魔だよ」
だけどとても簡単に、男は弾いてきた。
「ぐうっ。効かん!」
「おっと。さすがはラインベル家のご子息だ」
男は俺を排除しようとするが、簡単にはいかない。
これでも親父には鍛えられている故、時間稼ぎに徹すれば数分は稼げるはずだ。
レミエッタの足なら、それで人通りの多い場所まで逃げられる。
そう願う。
「だああああ!」
「うーん。君のお父さんにはお世話になったからな。立てなくなる程度で勘弁してあげるよ」
「っ――」
男がそう言った瞬間、俺はすぐバク転して後ろに引いた。その直後、通りすぎていく鋭い刃。
コンマ数秒遅ければ、俺の両足はなくなっていただろう。
それにバクバクと心臓が跳ねる。死が目の前にあった。これは訓練じゃない。命がかかった実戦だ。
俺が初めて経験する、実戦。
何と怖いのだろう。ここまで怖いことがあるか。
「無理だよ。子供と大人。それ以上の実力差がある。今すぐ一目散に逃げれば見逃してあげるけど?」
「っ――あああああああああ!」
「格好いいなあ。ヒーローだね」
恐怖を視界から外し、俺は男に向かって斬りかかる。
だけど呆気なく防がれて、俺は大地に転がった。
「くそっ」
「とても強い。君が成長したら間違いなく僕を超えるだろう。その芽を摘まないといけないことを、残念に思うよ」
とてもじゃないが、勝てる気がしない。
数分時間を稼ぐという目算だったが、俺が稼いだ時間などたかが三十秒だ。
男は無傷で剣を振り上げ――俺を切る構えを見せた。
「じゃあね。なるべく殺さないように切ってみるよ」
男の剣が迫る。
あれで切り裂かれるだろう。
心臓にまで届くだろうか。
届かなくても出血多量で死にそうだ。
動けない。数分どころか、一分も経っていない。
悔しい。悔しくて、悔しくてたまらない。
弱い自分がただただ憎くて、俺は目を瞑った。
「おや……」
剣は俺に振り下ろされなかった。
代わりに肉を切る鈍い音と、男の驚いたような声が聞こえる。
そういえば、俺が目を瞑ったその直後、足音が聞こえた気がした。
とても、とても嫌な予感がする。頭の中では最悪の想像が駆け巡った。
俺は恐る恐る目を開けて――そこにはレミエッタの背中があった。
「レミ?」
「っ…………」
レミエッタは返事をしない。苦痛を堪えるような声だけが聞こえてきた。
「ごほっ――」
「レミっ!?」
そしてレミエッタは俺に向かって倒れてくる。
慌ててその体を抱き留めて――俺は絶句するしかなかった。
「美しいね。これも愛の形なのかな」
レミエッタは剣に切り裂かれ、胸からドクドクと血を流していた。
今すぐに止血しないといけないほどの血だ。だけど俺にはその知識がない。
「っレミ! レミ!!」
「…………」
レミエッタは返事をしてくれなかった。
「まだ息の根がある。止めを刺さないととな」
「てめえええええ!!」
「おっと。命を無駄にするんじゃない。せっかくその子が守ってくれた命なのに」
その言葉を聞いたとき――頭が白に支配された。
この醜悪な敵を決して許してはいけない。
倒すのだ。全身全霊、限界を超えた力を以て、この男を打ち倒す。
でなければレミエッタが死んでしまう。
「――ん?」
剣を振るう。内から溢れる力のままに、俺は剣を振るった。
「何だよ、それ」
さっきまで手も足もでなかったのに、今はちゃんと打ち合えている。
それどころか、上回っているだろう。
どこかから湧き出る力に身を任せ、その命を刈り取ろうと俺は剣を振るった。
何度も、何度も、何度も、決して引くことはない。お前を殺すまで、止めることはない。
「何だよそれは!!」
「死ね」
初めて、男が焦ったような顔をした。
俺の剣に目を見開いて、その口はありえないとうわごとのように呟いている。
だがその全てがどうでも良い。こいつの命を刈り取ることしか、今の俺は考えない。
「っ……こいつ」
斬る、斬る。何度も斬る。
だけどもちろん俺も斬られる。全身から血を流して、痛みという警鐘がけたたましく鳴っている。だけどその全てがどうでも良い。
ここで命を捨てることすら厭わない。
この男を倒すためなら、レミエッタを守るためなら、命も惜しくない。
「これがラインベルの血なのか! くそっ、なんで、なんで!」
「ああああああああああああっ!!!」
「くっ」
俺の剣は、確かに男に届いている。
でも今自分が、どうやって体を動かしているかわからない。
もう思考がどこにもない。
「レミは、俺が守る」
でもそれだけは、確かに俺の中にあった――
◇
俺の目の前には、ボロボロになって倒れた男がいる。
ピクリとも動かず、もう立ち上がることもできないだろう。
レミエッタの命は守られた。でも、俺も動けない。
どうあがいても立ち上がることができず、どさっと大地に倒れる俺。
全身に切られた傷痕があって、血がドクドクと流れ出ている。朦朧とする意識の中でも、多分死ぬんだなってのだけはわかった。
まあこの殺人鬼を相手に生きて帰ろうなんて、欲張りにも程がある。これは勝利の代償に相応しいものだろう。
もうそれで良い。レミエッタさえ無事なら、もうそれで良い。
「エ、ル、エル……」
レミエッタの声が聞こえる。ちゃんと生きているらしい。
良かった。そう思った直後、レミエッタの手が俺の体を弄って、暖かなものが全身を包んだ。
「ごめん、なさい。まき、こんで。ごめん、なさい。魔、術、へたで」
体中に活力が巡った――
死を迎え入れていたはずなのに、全身が生きることに全力で、動きだす感覚がする。
そのままゆっくりと目を開ければ、泣き晴らしたレミエッタの顔があった。
「っ、け、が。俺は、良い。レミが」
「私は……大丈夫、です」
レミエッタは精一杯の笑みを浮かべて、俺を安心させようとする。
だけどその胸についた傷痕は塞がっておらず、真っ赤に染まっていた。
痛いだろう。痛いはずだ。激痛がレミエッタを襲っているはずだ。なのに、笑顔で俺の治療を優先する。
ダメだと言っても、レミエッタはそうする。そういう少女だ。そういう少女でなければ、戻ってこなかった。
「エル、死な、ないで」
「…………ああ」
「死な、ないで」
暖かな魔術の光が、俺を死の淵から強引に連れ戻そうとする。
だけど、それでは足りない。
未熟なレミエッタの腕では、死にかけている俺を生き返らせる力はなかった。
だけどレミエッタは、それを決して許さないとばかりに魔術の光を強めていく。
そして――
「エル……っ」
柔らかな唇の感触がした。
「――――」
レミエッタの唇が俺の唇と合わさって、その直後何かを吹きかけられる。
それは俺の全身を巡り、まるで肉体を活性化させるような力を持っていた。
「……レミ?」
「キス……をすると、目覚める、のです」
それは映画の話だ。
本来あるべきではない話だ。
だけどレミエッタは魔術を駆使し、そのお伽噺を現実の物とする。
死の淵を引き返し、この世に戻ってきた感覚があった。
「レミ……っ」
「え、へへ」
ドサっとレミエッタが倒れてきた。
レミエッタも重傷なのに、俺を優先して治療に当たった。そのせいで、倒れてしまったのだろう。
今すぐ人を呼びに行かないといけない。
だけど俺も動けない。
ボロボロになった肉体は癒やすために睡眠を求め、急速な眠りに俺を誘う。
「レ、ミ――――」
最後に、声が聞こえた。
「――っちだ」
「――レ……様!」
「すぐに――」
慌てるような大人達の声に、俺はほっと息をついて意識を手放す。
目覚めたら、レミエッタと沢山話そう。
またしたい遊びがいくらでもあって、眠っている場合ではないのだ。
レミエッタ、レミエッタ、レミエッタ。
意識がない中でも、俺はレミエッタの名前を叫び続けた。
忘れるはずがなかった。忘れてはいけなかった。俺が抱いたこの思いは、未来永劫胸に刻まれているはずだった。
だけど誰かが、それを剥がした。
――レミエッタって誰だっけ。