※この作品はR-18です。

犬猿の仲の剣士と魔術士、うっかり一線を越えたら体の相性抜群だった【書籍化決定】   作:猫屋敷てん

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命をかけてでも

 一気に踏み込み、俺が狙うはその命。

 

「邪魔だよ」

 

 だけどとても簡単に、男は弾いてきた。

 

「ぐうっ。効かん!」

「おっと。さすがはラインベル家のご子息だ」

 

 男は俺を排除しようとするが、簡単にはいかない。

 これでも親父には鍛えられている故、時間稼ぎに徹すれば数分は稼げるはずだ。

 

 レミエッタの足なら、それで人通りの多い場所まで逃げられる。

 そう願う。

 

「だああああ!」

「うーん。君のお父さんにはお世話になったからな。立てなくなる程度で勘弁してあげるよ」

「っ――」

 

 男がそう言った瞬間、俺はすぐバク転して後ろに引いた。その直後、通りすぎていく鋭い刃。

 コンマ数秒遅ければ、俺の両足はなくなっていただろう。

 

 それにバクバクと心臓が跳ねる。死が目の前にあった。これは訓練じゃない。命がかかった実戦だ。

 俺が初めて経験する、実戦。

 何と怖いのだろう。ここまで怖いことがあるか。

 

「無理だよ。子供と大人。それ以上の実力差がある。今すぐ一目散に逃げれば見逃してあげるけど?」

「っ――あああああああああ!」

「格好いいなあ。ヒーローだね」

 

 恐怖を視界から外し、俺は男に向かって斬りかかる。

 だけど呆気なく防がれて、俺は大地に転がった。

 

「くそっ」

「とても強い。君が成長したら間違いなく僕を超えるだろう。その芽を摘まないといけないことを、残念に思うよ」

 

 とてもじゃないが、勝てる気がしない。

 数分時間を稼ぐという目算だったが、俺が稼いだ時間などたかが三十秒だ。

 

 男は無傷で剣を振り上げ――俺を切る構えを見せた。

 

「じゃあね。なるべく殺さないように切ってみるよ」

 

 男の剣が迫る。

 

 あれで切り裂かれるだろう。

 

 心臓にまで届くだろうか。

 

 届かなくても出血多量で死にそうだ。

 

 動けない。数分どころか、一分も経っていない。

 

 悔しい。悔しくて、悔しくてたまらない。

 

 弱い自分がただただ憎くて、俺は目を瞑った。

 

「おや……」

 

 剣は俺に振り下ろされなかった。

 代わりに肉を切る鈍い音と、男の驚いたような声が聞こえる。

 

 そういえば、俺が目を瞑ったその直後、足音が聞こえた気がした。

 とても、とても嫌な予感がする。頭の中では最悪の想像が駆け巡った。

 

 俺は恐る恐る目を開けて――そこにはレミエッタの背中があった。

 

「レミ?」

「っ…………」

 

 レミエッタは返事をしない。苦痛を堪えるような声だけが聞こえてきた。

 

「ごほっ――」

「レミっ!?」

 

 そしてレミエッタは俺に向かって倒れてくる。

 慌ててその体を抱き留めて――俺は絶句するしかなかった。

 

「美しいね。これも愛の形なのかな」

 

 レミエッタは剣に切り裂かれ、胸からドクドクと血を流していた。

 今すぐに止血しないといけないほどの血だ。だけど俺にはその知識がない。

 

「っレミ! レミ!!」

「…………」

 

 レミエッタは返事をしてくれなかった。

 

「まだ息の根がある。止めを刺さないととな」

「てめえええええ!!」

「おっと。命を無駄にするんじゃない。せっかくその子が守ってくれた命なのに」

 

 その言葉を聞いたとき――頭が白に支配された。

 

 この醜悪な敵を決して許してはいけない。

 倒すのだ。全身全霊、限界を超えた力を以て、この男を打ち倒す。

 でなければレミエッタが死んでしまう。

 

「――ん?」

 

 剣を振るう。内から溢れる力のままに、俺は剣を振るった。

 

「何だよ、それ」

 

 さっきまで手も足もでなかったのに、今はちゃんと打ち合えている。

 それどころか、上回っているだろう。

 

 どこかから湧き出る力に身を任せ、その命を刈り取ろうと俺は剣を振るった。

 何度も、何度も、何度も、決して引くことはない。お前を殺すまで、止めることはない。

 

「何だよそれは!!」

「死ね」

 

 初めて、男が焦ったような顔をした。

 俺の剣に目を見開いて、その口はありえないとうわごとのように呟いている。

 

 だがその全てがどうでも良い。こいつの命を刈り取ることしか、今の俺は考えない。

 

「っ……こいつ」

 

 斬る、斬る。何度も斬る。

 だけどもちろん俺も斬られる。全身から血を流して、痛みという警鐘がけたたましく鳴っている。だけどその全てがどうでも良い。

 

 ここで命を捨てることすら厭わない。

 この男を倒すためなら、レミエッタを守るためなら、命も惜しくない。

 

「これがラインベルの血なのか! くそっ、なんで、なんで!」

「ああああああああああああっ!!!」

「くっ」

 

 俺の剣は、確かに男に届いている。

 でも今自分が、どうやって体を動かしているかわからない。

 もう思考がどこにもない。

 

「レミは、俺が守る」

 

 でもそれだけは、確かに俺の中にあった―― 

 

 

 ◇

 

 

 俺の目の前には、ボロボロになって倒れた男がいる。

 ピクリとも動かず、もう立ち上がることもできないだろう。

 

 レミエッタの命は守られた。でも、俺も動けない。

 どうあがいても立ち上がることができず、どさっと大地に倒れる俺。

 

 全身に切られた傷痕があって、血がドクドクと流れ出ている。朦朧とする意識の中でも、多分死ぬんだなってのだけはわかった。

 まあこの殺人鬼を相手に生きて帰ろうなんて、欲張りにも程がある。これは勝利の代償に相応しいものだろう。

 もうそれで良い。レミエッタさえ無事なら、もうそれで良い。

 

「エ、ル、エル……」

 

 レミエッタの声が聞こえる。ちゃんと生きているらしい。

 良かった。そう思った直後、レミエッタの手が俺の体を弄って、暖かなものが全身を包んだ。

 

「ごめん、なさい。まき、こんで。ごめん、なさい。魔、術、へたで」

 

 体中に活力が巡った――

 

 死を迎え入れていたはずなのに、全身が生きることに全力で、動きだす感覚がする。

 そのままゆっくりと目を開ければ、泣き晴らしたレミエッタの顔があった。

 

「っ、け、が。俺は、良い。レミが」

「私は……大丈夫、です」

 

 レミエッタは精一杯の笑みを浮かべて、俺を安心させようとする。

 だけどその胸についた傷痕は塞がっておらず、真っ赤に染まっていた。

 

 痛いだろう。痛いはずだ。激痛がレミエッタを襲っているはずだ。なのに、笑顔で俺の治療を優先する。

 ダメだと言っても、レミエッタはそうする。そういう少女だ。そういう少女でなければ、戻ってこなかった。

 

「エル、死な、ないで」

「…………ああ」

「死な、ないで」

 

 暖かな魔術の光が、俺を死の淵から強引に連れ戻そうとする。

 だけど、それでは足りない。

 

 未熟なレミエッタの腕では、死にかけている俺を生き返らせる力はなかった。

 だけどレミエッタは、それを決して許さないとばかりに魔術の光を強めていく。

 

 そして――

 

「エル……っ」

 

 柔らかな唇の感触がした。

 

「――――」

 

 レミエッタの唇が俺の唇と合わさって、その直後何かを吹きかけられる。

 それは俺の全身を巡り、まるで肉体を活性化させるような力を持っていた。

 

「……レミ?」

「キス……をすると、目覚める、のです」

 

 それは映画の話だ。

 本来あるべきではない話だ。

 

 だけどレミエッタは魔術を駆使し、そのお伽噺を現実の物とする。

 死の淵を引き返し、この世に戻ってきた感覚があった。

 

「レミ……っ」

「え、へへ」

 

 ドサっとレミエッタが倒れてきた。

 レミエッタも重傷なのに、俺を優先して治療に当たった。そのせいで、倒れてしまったのだろう。

 

 今すぐ人を呼びに行かないといけない。

 だけど俺も動けない。

 ボロボロになった肉体は癒やすために睡眠を求め、急速な眠りに俺を誘う。

 

「レ、ミ――――」

 

 最後に、声が聞こえた。

 

「――っちだ」

「――レ……様!」

「すぐに――」

 

 慌てるような大人達の声に、俺はほっと息をついて意識を手放す。

 

 目覚めたら、レミエッタと沢山話そう。

 またしたい遊びがいくらでもあって、眠っている場合ではないのだ。

 レミエッタ、レミエッタ、レミエッタ。

 意識がない中でも、俺はレミエッタの名前を叫び続けた。

 

 忘れるはずがなかった。忘れてはいけなかった。俺が抱いたこの思いは、未来永劫胸に刻まれているはずだった。

 だけど誰かが、それを剥がした。

 

 

 

 ――レミエッタって誰だっけ。

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