犬猿の仲の剣士と魔術士、うっかり一線を越えたら体の相性抜群だった【書籍化決定】 作:猫屋敷てん
「……あ。ここ、は」
目が覚めると、視界には白を基調とした綺麗な天井があった。
あれは何だと一瞬思うが、よくよく考えればラインベル家にある俺の自室である。
「懐かしい、夢を見たな。……何で、俺は、忘れてたんだよ」
今まで見ていた、昔々十年前の大切な思い出。レミエッタとのことを、俺は忘れてしまっていた。
なぜだろう。なぜ忘れてしまったのだろう。
「……というか、どうなったんだあの後」
確かララエルが攫われて、それをレミエッタと助けて、最後にレミエッタを庇った。
意識が朦朧として死ぬかとおもったが、気付けばここだ。
あれからどれだけ経ったのだろう。俺が呑気に昔の夢を見ていた間、どれだけ経っているのか。
俺はそれを探るよう体を起こし――
「レミエッタ?」
ベッドの横にあった椅子に腰掛け、スヤスヤと眠るレミエッタの姿を視界に捉えた。
「……何で、ここに?」
ここはラインベル家の俺の部屋。マグノリア家のレミエッタが立ち入ることなどあるはずがない。
両家は恐ろしく仲が悪いので、少しでも敷地をまたげば戦争が勃発するだろう。
「む、起きたかエルビン」
「兄貴?」
どうなってるんだと首を傾げていれば、ふと扉を開けて顔を見せた兄貴と目が合う。
「どれだけ寝てた?」
「一週間だな。……レミエッタ嬢に感謝しろ。彼女がいなければお前は死んでいた」
兄貴から飛び出るまさかの言葉に、俺は目を見開いて驚いた。
「……そうか。何があったんだ?」
「彼女が王都中から凄腕の魔術士をかき集めてきて、お前の治療にあたったのだ。我々剣士は治療手段を持たない。レミエッタ嬢がいなければ、危うかった」
「そうか……」
俺はレミエッタに再度視線を移す。
スヤスヤと穏やかに眠っているが、傍でこれだけ会話しても起きないのはそれだけ疲れている証明だろう。
レミエッタにはずいぶんと苦労をかけたらしい。
「今暫く眠っていろ。まだ万全ではない」
「ああ。……なあ兄貴」
「ん?」
「俺はレミエッタと、昔会ってたみたいなんだ」
「ああ……レミエッタ嬢から聞いた。今はその件でマグノリアとぶつかっているところだ。吉報を待て」
兄貴はそれだけ言って、部屋を出て行った。
本当に様子を見に来ただけらしい。感情が表に出にくい兄だが、非常に優しい人なのを俺は良く知っている。
「ん……うぅ」
「おっと」
熟睡していたレミエッタだが、ここまで会話をされたら起きるらしい。
ゆっくりと瞼を開けて、赤い瞳が俺を捉えた。
「よう。おはよう」
「…………おはよう、ございます」
そのままレミエッタは立ち上がり、ポフっと俺に抱きついてきた。
「うおっと。ど、どうした突然。ドキドキするだろ」
あまりに流れるようなその動作に、俺はドギマギしつつレミエッタを抱き留める。
「生きてて、良かった」
「……生きてるよ。俺は」
「二度もあんな思いしたくないです」
「……そうだな」
大切な人が死の淵を彷徨うなんて、御免被る話だ。
俺だってレミエッタが倒れたら、気が気ではないだろう。
「レミエッタが、頑張ってくれたんだろ。兄貴から聞いた」
「別に、ちょっと人を集めただけです。皆さん剣士に魔術を使うことを渋ったので、苦労しましたが」
「そうか。ありがとう」
俺はそう言って、感謝を示すようにレミエッタを強く抱き返した。
ポカポカとして、いつも通り柔らかく、良い匂いがする。レミエッタを抱きしめると、ほっと心が落ち着くようだ。
「レミ……ですよ。エル」
「…………そうだったな。レミ」
レミは耳元でそう囁いて、俺は苦笑する。
記憶を取り戻した以上、昔のようにもっと近い距離を目指すべきだ。
だけどそうなると、やはり疑問が浮んでくる。
「何で、忘れてたんだろ」
「……それについては、私の家の仕業です」
「ん?」
俺が疑問を口にすれば、レミエッタは申し訳なさそうにそう告げた。
「先日、父に問いただしました。十年前、父が魔術で私達の記憶を消したそうです」
「マジか。なんでそんなことに」
だがそう言われれば、納得もできる。記憶を消去するなど魔術でもなければできないことだ。
それも高位の魔術であり、自ずとマグノリア家が関わることになるだろう。
「父はテイン・カッシーナ事件を、剣士を追い詰めるための武器にしようとしたのです。剣士テインは二十人以上の魔術士を殺しました。そして私も殺そうとした。この件は、剣士という存在そのものを追い詰めることができる事件です」
「だな……」
実際親父も、かなり苦労したと言っていた。剣士の中から現代史上最悪の殺人鬼がでるとなれば、糾弾は免れない。
上手く世論を操作すれば、魔術士が王国の覇権を握ることすら可能だろう。
「でも、それにはあなたが邪魔だった。命がけで私を守り、テインを打倒した剣士エルビンがいては、剣士という存在を悪者にすることができない。剣士ではなく、テインが起こした事件ということになったでしょう」
「だろうな。親父ならそういうふうに動く」
親父も粗雑な人だが馬鹿じゃない。テインを倒した俺を英雄に祭り上げて、剣士への非難を躱すようにしたはずだ。
なるほど、そうなればマグノリア家が目指した未来は訪れないだろう。
「だから、消したんです。エルと私、双方から私達の全てを消しました。私だけ、テイン・カッシーナ事件の記憶だけをいじり、テインに殺されかけた私を、間一髪で魔術士が助けた。そういうふうになりました」
「……そうか。そういうことか。……下らねえ」
「本当です」
ぎゅっと強くレミエッタは抱きついてきた。
本当に下らない。意味もないプライドを拗らせたせいで、俺達は十年も記憶をなくしていたのだ。
それも結局はカッシーナという魔術士の存在があったせいで上手く行かなかったのだから、誰が得したというのだろう。
「でもまあ、納得した。ずっと不思議だったんだ。俺は俺についたこの無数の傷がな」
「初めて見た時も言っていましたね。さあなって。からかっているのかと思いましたが、本当にそうだったんですね」
「ああ。当時の記憶は凄い曖昧だ。気付けばこの傷が沢山合って、でもそれを誰にも言えなかった。だから修行でついたってことに自分で決めつけて、納得したんだ」
「真実は、下らないものです」
本当にそうだ。
嫌いだったこの傷も、レミを守るためについたものだとわかれば納得ができる。そのレミとの大切な思い出を、無かったことにするなんて許せる話ではない。
「でも今回のテインの脱獄。そしてテインの動機となった竜化実験。諸々明るみに出て、とても大変そうです」
「へー。そりゃ少しすっとしたな」
「でしょう。私も父様をぶん殴っておきました」
「やるな」
散々やられて怒りが沸いていたが、その話を聞いて少しスッとした。
やはり歪みはいずれバレて、大きなしっぺ返しとなるのだろう。
「テインは捕まったか?」
「はい。もう一度監獄にぶち込まれました」
「今度は逃げないといいがな」
「今回の脱獄は、あの竜が襲ってきたことで成したものらしいので、もう大丈夫です」
なら問題ないか。竜は剣騎士団が討伐済み。もうテインの脱獄を手助けする者はいないだろう。
「だが、本当に人が竜になっちまうんだな」
「ええ……ですが、禁術です。十年前の竜化実験でも、結局意思を失い言うことを聞かなくなったらしいです」
「へー。……でも、あの竜はテインの言うことを聞いていたよな」
ふと思い返しても、カッシーナが変化したという竜はテインの支配下にあった。
あれを見る限り、意識を失っているとは思えない
「わかりません。竜化すればコントロールは不可能。そういう結論だったそうですが……でも、何かわかる気がします」
「というと?」
「もし私が竜化したとして、意思を失っても……エルの言うことだったら聞くかもしれません」
「縁起でもないこと言うなよ。……まあ、愛ってことか」
「です」
男女の愛がテイン・カッシーナ事件を引き起こし、俺達はそれによって引き裂かれた。
そしてその愛によって今回の事件が起きて、俺達はなくした記憶を取り戻した。
何とも愛に満ちた話だ。
「それでですね……その。マグノリア家はこれから大変なことになると思います」
「だろうな。全部バレたんだろ」
「はい。でも、魔術士の地位を落とすわけにはいきません。私は、この争いを終わらせたい」
「俺もだ」
今回の件でマグノリア家が失脚して、魔術士の地位も失墜し、剣士の時代が来る。
それはまったく歓迎できないことだ。王国の未来を考えるなら、どちらの力も必要である。
俺が目指すのは、手を取り合える未来だ。
「大丈夫。そのために、いろいろしている」
「エルもですか? ……私もです。私は、マグノリア家の当主になろうと思います」
「……えっ? ララエルじゃなくて?」
「あの子は当主を出来る子じゃありませんし、なる気もありませんよ」
「まあ、そりゃそうだが」
当主適性があるのは間違いなくレミエッタの方だろう。学生でありながらそのカリスマの片鱗を見せているし、誰よりも上手く当主をこなせるはずだ。
対してララエルが当主になったとしても、三日で放り出す未来しか見えない。
「父様から実権を奪います。そして……エルを婿に迎え入れます」
「……なるほど。なるほ……えっ?」
「エルと結婚します。私達の結婚、剣士、ひいては魔術士の関係改善に大きな意味をもたらすでしょう!」
レミエッタはそう、堂々と宣言した。
「なっ……」
その言葉を聞いて、俺は絶句する。
そして同時に、俺の中で言いようのない悔しさが沸き上がった。
結婚。それはもちろん嬉しいものだ。十年前から拗らせているこの恋が、ようやく成就するのだから。
しかし、男として非常に悔しいのは確かだった。
「先言われた……」
「へっ?」
「それは俺の台詞だろ。なんかかっこつかん」
「……そ、そうですか」
レミエッタは目を見開き、徐々に頬を朱に染める。
「じゃ、じゃあ。エルが言ってみてください」
「そう言われるとなんかあれじゃないか?」
「何ですかそれは!」
お膳立てされて言ってくださいは何かかっこつかない。
やはり男らしくばしっと言ってみたいものだ。
少しの沈黙が訪れて、俺はふと口を開く。
「……ずっと忘れてた。でも確かに俺の中に想いは生きてたんだ。だからまた出会い、俺達は同じことを繰り返した」
「エル……」
「運命ってのはあると信じている。どうあがいても、俺達は巡り会ってしまうんだ。だからもう、ずっと一緒に居て欲しい」
俺はまっすぐレミの目を見てそう言った。
「ふふ。とってもくさい台詞ですね」
「茶化すな。悪いか」
「いいえ。女の子はそういうことを言って欲しいものです。嬉しいですよ」
にこやかに微笑み、余裕を見せるレミエッタ。
結構頑張って言った俺とは対照的だ。
「エルはとっても私のことが好きみたいですね」
「おう。……レミはどうなんだ?」
「知りたいですか?」
「当たり前だろ」
無論知ってはいるが、言葉や態度で示してほしい。それが男心というものだ。
にこやかに微笑んでいたレミエッタは、少し頬を染めながら、ゆっくりと俺に顔を近づける。
そして柔らかな唇と唇が、重なった。
「ん……」
「ちゅっ……ふふ。これが私の返事です」
「おめーも大分ロマンチストだよ」
キスで返事をするなんて、粋なことするものだ。
だけど俺としては二重の意味で嬉しい返事である。
「でもまあ、前途多難ではありますね」
「まあ大丈夫だろ。俺も俺で動いている。中立的な貴族に働きかけ、王族とも連携している」
「そんなことをしていたのですか。では協力して、やっていきましょう」
「ああ。お前となら何の問題もない」
長年続く剣士と魔術士のいがみ合い。それに終止符を打つことを決断した俺とレミ。
王家すら解決できなかったこの難題も、レミと一緒なら全て解決できる気がした。
「とはいえだ……動き出すその前に、もう少しだけイチャイチャしようぜ」
「……甘えん坊な人ですよね」
やれやれとするレミエッタだが、仕方ない人だと優しく抱きしめてくれる。
「この後、万全な状態になったら……好きなだけさせてあげます」
「マジ!? 最高だな」
「喜びすぎです。変態なエルにどのような要求をされるか身震いしてきました」
そう言いつつも、レミの目は期待していた。
こんな可愛い子を手放すなんてありえない。二度と忘れてやるもんか。
レミエッタとのハッピーエンドを掴むため、俺はこの難題を解決する覚悟を決めた――
次回、完結。