犬猿の仲の剣士と魔術士、うっかり一線を越えたら体の相性抜群だった【書籍化決定】 作:猫屋敷てん
特別課題の日より一週間が経過した――
あの日から、レミエッタとは口を利くどころか顔を合わせてすらいない。
元々そこまで会う間柄ではないとはいえ、一週間も口を利かないのは初めてだった。
いつもであれば週に数回は皮肉と嫌味を言い合うのだが、顔を合わせないのだからすることもない。
俺も会いに行こうとしてみたが、避けられているのかどうやっても会えなかった。
「どうしたんですかエルビンさん」
「いや、何でもない……」
ずっとレミエッタのことばかり考えているから、それが顔に出てお付きのユリオに心配される。
教室を移動する最中でも、少しの暇があればレミエッタのことが頭から離れないのだ。
「っもしかしてレミエッタの野郎と決着をつけられなかったことを気に病んでるんですか?」
「……まあ、そんな感じだ」
レミエッタの部分はあっているため適当に肯定しておく。
「エルビンさんなら絶対に勝てると信じていたのに、まさかドラゴンが現れるなんて。……はっ! もしかしてレミエッタが呼び出したドラゴンなんじゃ!」
「何でだよ……」
「魔術には魔獣を従えるものどころか、変身するものもあると聞きます。負けを悟ったレミエッタは、ドラゴンを呼び出し勝負を無効にしたんです!」
「……そうかそうか」
熱く語るユリオだが、レミエッタがそんな女ではないことは知っている。
あいつのプライドがそんな不正を許すはずがないし、そんな馬鹿なことをやっていて欲しくない。
故に溜め息をついて、妄想甚だしいと首を振ったその時だ――
「それは、私に対する侮辱でしょうか?」
「「!!??」」
正面から、ずっと待ち望んでいた声が聞こえた。
慌てて目をやれば、そこには恋い焦がれたレミエッタ。そしてその背後にはお付きの男子生徒と女子生徒が立っている。
「おい貴様。ユリオだったか。今、レミエッタ様を侮辱しただろう」
「な、何だよ。エルビンさんに負けたくないから、卑怯な手を使ったんだろ!」
「ならばなぜレミエッタ様は足を怪我されたのだ!」
「その方が説得力が出るからだ!」
ユリオ、そしてレミエッタの隣にいた男子生徒が罵り合いを始める。
剣士と魔術士のありふれた光景だ。
「アルトス。事実に基づく思考もできず、ただ陰で呟くだけの存在に貴重な時間を割く必要はありません。これは無駄な会話です」
「レミエッタ様がそうおっしゃるなら」
「んだと! 逃げんのか!」
「会話をする価値もないと言ったのです。あなたの耳は飾りですか? あるいは陰口と妄想ばかりが得意な方には理解するには難しい話だったでしょうか?」
「てめえええ!!」
ユリオはレミエッタの言葉にフルボッコにされ、怒りが最高潮に達する。ユリオは完全にレミエッタのペースに乗せられていた。
あいつの嫌味は一級品。冷静さを保つのは難しいだろう。
「ユリオ、それぐらいで止めとけ。証拠も根拠も乏しい話、悪いのはお前だ」
「ですがエルビンさん!」
「止めとけ」
「っ――」
俺が一睨みすれば、ユリオは冷や汗を掻きながら一歩後ずさる。
ユリオは少し熱しやすいのが欠点だが、それを御すのは俺の役目だ。
「悪かったな。レミエッタ」
「あなたは会話ができるようですね。安心しました。獣みたいな鳴き声しか発せないと思っていたので
「おめえは嫌味を言わないと気が済まないのか?」
「……
「っ――」
一瞬、レミエッタの目の色が変わった。
それに俺が息を詰まらせていれば、これ以上は会話をする必要がないとすれ違うように立ち去っていく。
「まっ――」
「さようならエルビンさん」
慌てて引き留めようとしたら、冷たい瞳でレミエッタはそう言い放った。
俺が呆然としていれば、最後に少し口元が動く。
――今夜、校舎裏で。
読唇術でも使えなければ読み取れぬ言葉を発したレミエッタは、すぐに踵を返して姿を消した。
「エルビンさん、俺達も行きましょう」
「あ、ああ」
ユリオの怒りが聞こえてくる。しかし俺は、レミエッタが呼び出したことにただただ衝撃を受けていた。
◇
その日は一日中何も手が着かず、ふと気付けば夜になる。
日が沈み、人の気配がなくなったところで、俺は男子寮を出て校舎裏へ向かった。
誰にも見つからないよう慎重に、それでいて素早く走る。
ものの数分でたどり着いた校舎裏は、月明かりのみが照らすとても暗い場所だった。
そこではレミエッタが空を見上げて待っている。
「よ、よう。さっきぶりだな」
少し迷うが、俺からレミエッタに声を掛けた。
するとこちらに目線をやって、またすぐ逸らす。
「……無責任さん。よく来ましたね」
「無責任は心外だな」
「私に中出ししたくせに何を言ってるんですか?」
「うぐっ……」
そう言われては何も言い返せない。先日思いっきりセックスし、思いっきり中出ししたことはもちろん覚えていた。
「責任は取るよ」
「どう取るんですか?」
「……結婚」
「なんで私があなたと結婚しないといけないんですか。気持ち悪い」
「うぐぅぅ……」
バッサリと言い切られて、俺の心は深く傷ついた。
一度体を重ねたことから少しレミエッタに好意を抱き始めていたため、その傷はより深い。
「でも、どうするんだ? できちまったんだろ」
「あなたとの子供なんて妊娠していませんよ。すでに魔術で子種は殺しています」
「へっ?」
レミエッタはそう何となしに言う。
この後どうするかをずっと考えていた俺は、それを認識できず呆けた。
「まさかあなたの赤ちゃんを産んであげるとでも? 自意識過剰もいい加減にしてください気色悪い」
「い、いやそりゃ考えはするだろ。中に出したわけだし」
「それ以上口を開かないでください。想像してしまったではないですか。身震いします」
「そりゃねえだろ」
キレキレの罵倒が飛んでくるが、妊娠していないとわかり俺はほっと息をつく。
どうやって周囲を説得するかをずっと考えていたため、安堵が全身を襲っていた。
「まあ良いでしょう。それよりバレてはいませんよね?」
「当たり前だ。お前の方は?」
「愚問です」
「なら良い」
互いに確認しあい、周囲にバレていないことを確かめる。
「ならば私達が漏らさなければ、先日のことはなかったことになりますね」
「そういうことだな」
それで良い。あれは媚薬キノコによって引き起こされた気の迷いで、俺達は本来交わるはずのない二人だ。
夢だったとして無かったことにするのが一番だ。
「…………」
「…………」
だというのに、俺達はそれ以降一言も会話をしなかった。
別れることもなく、何か心残りがあるようにただじっと見つめ合って、動くことができない。
見上げてくるレミエッタの瞳は、とても赤くて吸い込まれそうなほど綺麗だ。白い肌、銀色の髪、揺れるスカート。俺の全てがレミエッタだけを感じている。
月下に照らされたレミエッタは、男を魅了する色香を放っていた。
「お前……可愛いよな」
「はっ!?」
「っ――やべ」
ずっと見つめ合っていたから、思わずポロっと本音が出てしまった。
それに一気に赤面し、ドスの利いた声を出すのはレミエッタだ。
「何ですか突然! 発情したんですか! 本能に支配された下等生物のようですね! 少なくとも人の形をしているなら、最低限の知性でも見せてください」
レミエッタは取り繕うように声を荒げて罵倒をしてくる。
だがそれと同時に、俺はふと冷静になっていた。
罵倒しているのにレミエッタの頬は緩んでいて、嬉しそうにしているのだ。
まるで可愛いと言われたことが、とても幸福なように。
「…………」
「な、何か言い返してみたらいかがですか? あるいはそれすらできない腰抜けなのでしょうか」
「なあレミエッタ」
「な、何ですか」
俺は一歩足を踏みしめて、そっとレミエッタの横髪を触った。
「っ!! な、何勝手に触ってるんですか!」
そう言う割に、レミエッタは拒否をしなかった。
ならばもう少し踏み入れるだろうか。そう思った瞬間だ。
「こっちから声がするぞ!」
「侵入者か!?」
「「!!??」」
あまりに騒ぎすぎていたようで、ドタバタと警備員が駆けつけてくる声がしたのだ。
「まずっ」
「私に触れていてください! 『透明化』!」
ぐっとレミエッタに腕を掴まれ、同じ魔術を掛けられる。すると次の瞬間、警備員が校舎裏に顔を見せた。
「……何だ誰もいないな」
「ああ。逃げただけかもしれん。……
目の前にいるのに、警備員は一切気付かない。
レミエッタは息を潜めながら、ジェスチャーで俺に移動することを告げてきた。
足音を消し、息づかいも消し、警備員達の横を通りすぎて校舎裏を後にする。
しかし大声を出したせいで学園が誇る警戒網が作動したようだ。
「これは……取りあえず、私の部屋に来て下さい」
「えっ?」
「今の時間帯は外出禁止ですよ。見つかるわけにはいきません」
「……そうだな」
外出の言い訳を用意していないため、もし見つかり事情聴取されると、芋づる式に先日の一件がバレかねない。
男子寮は結構遠い故に、透明化の魔術が使えるレミエッタと共に、警備が落ち着くまで隠れるしかなかった。
すぐ近くにある女子寮、そのレミエッタの部屋に俺達は足を運んだ。