妹しか居ない異世界にイッたので妹ハーレムを作りました 作:ぶっかけ龍之介
07
――作戦開始5分前。
「……アレか……」
降り注ぐ陽の下、平原は真っ黒に塗りつぶされていた。
遠くに見える山々まで震わせる地鳴りは、地を踏み荒らして進む軍勢――ノクスヴェール国の侵略軍、10万の兵士たちだ。
「……まあ、とりあえず脱ぐか」
セラから「念のための護身用です」と、強引に持たされた剣を地面に突き刺す。
次いで全身を包む重たい鎧を脱ぎ捨てた。元の世界では持ったことのない武器も、鉄板を貼り付けたような防具も重たく、アキトはムダな緊張を強いられていた。
「ふぅ……すっきりした」
爽やかな外気が頬を撫でる。
簡易な軍衣とマントだけの姿となり、どかっと腰を下ろした。
アキトが背もたれにしている白い石門――『アニーの門』は入国する際、必ずくぐるものであり、アルヴェリスへ至る唯一の道。
今は城門は閉ざされ、入国者を阻んでいるが、本来は常時解放されていた。
理由は『国の区別なく、病人や怪我人を受け入れ、治療するため』――世界最高の回復魔法を操る術士、セラ女王の意向だった。
「アレと当たるのか……失敗したら怒られるよなぁ」
真っ黒の塊が、地響きと共にゆっくりと近づいてくる。
作戦と言えない作戦が失敗すれば、シルヴィアの言っていた通りに国は蹂躙され、セラもこの国の妹たちも無事では済まないだろう。
「でもまあ、シルヴィに元気にしてもらったし、なんとかなるだろ」
周囲にシルヴィアや騎士たちの影はなかった。
アキトは最終防衛ラインであり、かつ1番初めにあの黒い軍勢と当たる場所に、たった独り陣取っていた。
――なんでこんなことを
心の中で嘆息する。こんな展開にアキトは自分でも驚いていた。
全てが『妹』とはいえ、たったひとりで軍隊とやり合うなど、正気じゃないと分かっていた。
ザッザッ、ザッザッ、ザッザッ、ザッザッ――
耳の奥に、行軍の音が木霊する。
アキトは目を閉じ、その響きを静かに受け止めた。
――作戦は果たして成功するのか。
――無事に生きて帰れるのか。
――そして、元の世界に戻る日は来るのか。
浮かんでは消えていく不安。その渦の中で、ひときわ強く胸を締めつける想いがあった。
――最愛の妹、アスカは今、この世界のどこにいる?
気付けば見慣れぬ世界にいたアキトだが、『アスカは、この世界のどこかにいる』という思いだけは揺るがなかった。疑う余地はなく、それは確信を超えてもはや信仰に近い。
(異世界でも、並行世界でも関係ない――アスカさえいれば、それでいい)
最愛の妹のことを思うと、身体に力が漲った。
(正直に言えば、こんな場所からは逃げ出して、アスカを探しに行きたい。だけど――)
――だけど、シルヴィアやセラを……妹たちを助けたいと思ったのは確かなのだ。兄としてここで命を張ることに悔いはない。
ザッザッ、ザッザッ、ザッザッ、ザッザッ――
足音が、止んだ。
「おい、お前……何者だ、なぜここに居る」
剣を杖代わりに立ち上がり、アキトはゆっくりと目を開ける。
黒の軍勢――その指揮官が目の前に立っていた。
08
――作戦開始90分前。
「女王陛下、船の用意ができたようです。今すぐ避難しましょう」
侍女が告げるが、セラは私室から動こうとしなかった。
「……民の避難は完了しましたか?」
「いえ……そちらはまだ……急いではいるのですが、まだ全て完了したわけではないようです」
「ではそちらを優先させて下さい。私は最後で構いません」
「陛下……」
侍女は悲痛な声を漏らすが、部屋の外から漏れる慌ただしい足音に掻き消された。
国境へ迫る軍の情報を掴んだのは数刻前のこと。事態は非常に切迫していた。
「遅れぬよう、貴方も先に避難するのですよ」
「女王陛下を置いて、私が先に逃げるわけには……!」
「ご心配なさらず。陛下のことは、私にお任せを」
「ろ、ロイド卿!」
女王の私室へ、王子然とした美青年が静かに足を踏み入れる。
ロイドは部屋への出入りを許されている唯一の男だった。
「女王陛下がここまでおっしゃる以上、もはや説得は不可能でしょう。後のことは私に任せて、どうか一刻も早く避難を」
「……わ、分かりました。失礼いたしますっ!」
侍女は顔を伏せて一礼し、慌てたように部屋を飛び出して行った。
静かになった室内に、不穏な気配と沈黙だけが取り残される。
「まさか、このようなことになるとは……ルミナ女王は、ついに決断されたようですね」
「……私には、彼女の真意が分かりません」
「陛下、それは私も同じ思いです。戦争だけは止めるよう、何度も説得したのですが……申し訳ない、力及ばずでした」
ロイドはノクスヴェールの兄王として、セラと共に戦争回避の道を模索していたが失敗に終わっていた。
「ロイド卿、貴方には感謝しているのです。全国民のアズレインへの避難を取り持ってくれたのは貴方なのですから」
セラは立ち上がり、窓の外を覗いた。
道を多くの民が埋め、脱出船のある海の方へと向かっている。その先にある新天地を目指して。
「民が無事であれば、私はそれで構いません。」
「しかし、この国は――」
「国がなくなっても、民が残れば再建できます。きっと次の女王が、より良い未来へと導いてくれるでしょう」
「……陛下は賭けたのですね。未来に……いえ、あの男にでしょうか」
「ふふ、そうかもしれませんね」
微笑を含む声に、ロイドはハッとなって女王を見上げた。このような楽しげな声を聞いたのは随分と久しぶりだった。
「陛下、ここに残ってはなりません。やはり私と共に――」
「私はここに残り、少しでも時間を稼ぎます」
きっぱりと拒絶を含む声が、ロイドの悲痛な申し出を打ち砕く。
「ロイド卿……変わりと言っては申し訳ありませんが、どうかシルヴィアを船まで運んでいただけませんか?」
セラはそう言って、ソファの方へと視線を向けた。
「えへへ……♡ おにぃちゅわん……♡ んひっ♡ ひひひっ……♡」
いつも凜々しいはずのその顔が、今は夢見心地の蕩け顔に変わっている。
女騎士は、まるで幸せの布団にくるまれているように、眠っていた。
「……陛下、謀りましたね? 初めから、私にシルヴィア殿を託すおつもりだったのでしょう?」
「ふふ……さあ? どうでしょう」
迫る危機の中、説得の意気と時間を削ぐ二者択一。
気を失っている騎士と、揺るがぬ覚悟を決めた女王。説得に費やす時間さえ命取りになる状況で、どちらかしか救えないとすれば――――選ぶべきは明白だった。
ロイドは観念したように嘆息した。
「分かりました。私の負けです。シルヴィア殿のことはお任せを」
「――ロイド卿、貴方に心より感謝を」
セラはドレスの裾を抓み、優雅に一礼する。ロイドは眠る女騎士を抱きかかえ、出口へと向かう。
「……セラ女王。しかし、それほど分の悪い賭けではないように思えます。きっとまた、お会いできるでしょう」
背を向けたまま言い残し、ロイドはそのまま私室を後にした。
部屋に再び沈黙が下りる。廊下を駆ける慌ただしい足音も、もう聞こえなくなっていた。
幾度もの襲撃でアルヴェリスにはもう戦力は残っていない。今回の襲撃は過去最大規模のものであり、ノクスヴェール軍が決着をつけたがっているのは明らか。
国が落とされるのは最早時間の問題。敵は強く、味方はない。万に一つも勝ち目はない。
しかし――
『後のことは――全部、お兄ちゃんに任せとけ』
突如現れた青年が産んだ、新たな可能性――セラはそれに賭けた。
「――ええ、これは分の悪い賭けではない……。お兄様、どうかご無事で」
――作戦開始30分前。
セラはアキトの無事を願い、女神へと祈りを捧げた。
09
――この男、一体何者だ……?
出会った瞬間、ジリオラの思考は疑問で埋め尽くされていた。
黒の二番隊隊長、ジリオラは三度の襲撃で
しかし、敵から何の抵抗もないとは予想していなかった。斥候が持ってきた情報は、『門前に男がひとり』というものだけ。聞けば、男はロイド卿ではないという。
報告を受けた時、ジリオラは『アルヴェリスが使者を差し向けてきた』と笑い飛ばした。女王のセラは対話を好む腰抜けであり、停戦の申し出など如何にもヤツらしいと考えたからだ。
もしこれがノクスヴェールの兄王ロイドならば、ジリオラとて無視するわけにはいかなかったが、身元不明の男では何の障害にもならない。10万の兵に対して男ひとりなど、戦力的にはゼロに等しい。
二番隊は中途半端な停戦を受け入れるつもりはなかった。アルヴェリスを徹底的に蹂躙するつもりだった。ジリオラは力のない弱者を嫌悪していた。
「……っ!」
しかし、いざ『男』を見た瞬間、ジリオラは戦慄していた。
――こいつ、一体何者だ……?
褐色の頬を冷たい汗が伝う。
門を背に佇む、頭から爪先まで凡庸な男。武器を構えるわけでもなく、無防備に立っているだけ。剣はそれなりの業物のようだが、男は明らかに新兵――いや、素人だ。
しかし不思議なことに、大軍と対峙している状況にあって、少しも臆していない。得物を手にした10万の兵たちが殺気を飛ばしているが、逃げようともしない。
――なぜだ、なぜこのアタシが……?
そうした圧倒的優勢にある中、今、逆に最も窮地に居たのは『暴虐のジリオラ』だった。戦を好み、敵を蹴散らし、暴風のように駆け回る脚が完全に止まっている。
「く……っ!」
ジリオラは苦悶の表情で唇を噛んだ。
たった一言、たった一言発するだけで男の存在を抹消できるにも関わらず、その言葉が出てこない。
視線は男に釘付けとなったまま動かない、動けない。背後に控える兵たちも、動かぬ隊長を、呆然と見守っている。
――この男は、一体何者なんだ……!?
表情は変わらず、思考も読み取れない。ただ分かるのは――この状況は男が作り、男が動かない限りは変わらないということだけだ。
「……隊長。いかがされますか」
不意に聞こえた声にジリオラは我に返った。黒一色に染まる平原を背に、副官のリリナが立っている。
「敵はたった一人。いかようにも出来ますが」
氷のように冷めた声で問い直すリリナ。
肩口でバッサリと揃えられた紫の髪。貼り付けたように変わらない表情――冷徹・冷酷なる副官は、いつもの無感情の目を男へ向けている。
「……フ、それにしても驚きですね。私が隊長の
戦場において、リリナが傍に居ることは滅多に無い。それは勇猛果敢なジリオラが切り込み隊長として部隊を前線で鼓舞し、後方で部隊全体を指揮するのが副官の役割だからだ。
「もしや、あの男はお知り合いですか?」
「……いや、違う……」
「そうですか。では、構いませんね?」
「……ああ」
リリナは小さく頷き、頬に流れた髪を耳にかけ直す。口にしたそれは質問ではなく確認だった。副官としてたった一人に10万の兵が釘付けにされている現状は、早く脱しなければならなかった。
「銃隊、魔法隊前へ! 男ごと門を破壊する! 一斉に攻撃を――――隊長!?」
決意の光を目に宿す副官を、ジリオラは片手で制した。
「おい、お前……何者だ、なぜここに居る」
困惑するリリナに目もくれず、ジリオラは愛剣の切っ先を向けて問いかける。戦場で敵とお喋りなど馬鹿らしいと思ったが、そうせずには居られなかった。
「……おい! 聞いているのか!」
男は答えず、視線だけをこちらに向け――
「っ!? 何を……!?」
無言のまま、こちらへ向かって歩み始めた。
風に揺れる黒色の髪、頬を流れる汗、優しげな瞳の輝き――男が一歩近づくたび、ジリオラの鼓動がドクンと跳ねる。
――な……っ、なんだ、この気持ちは……っ!?
激しく脈打つ胸を押さえるジリオラ。
上気していく頬、からからに乾く唇、熱く潤む瞳――自分が今、何をされたのかが分からない。特筆すべきものはないにも関わらず、しかし男の一挙手一投足から目を離せない。
「お前は、一体何なんだ……ッ!?」
ジリオラの声は最早悲鳴に近かった。剣を握る手に無意識に力がこもる。脳は処理しきれない疑問で埋め尽くされ、パニックを起こしていた。
「答えろ! なぜここに居る! 目的はなんだッ! 殺されたいのか!?」
「…………」
問いに答えず、こちらへ向かってゆっくりと歩を進めてくる男。
簡易な軍衣のみの姿で、敵を屠る剣も身を守る盾も捨て去り、返す言葉もない。男の目的が和平でも戦闘行為でもないとしたら、その目的はなんだ。
「おいっ! 止まれ! 止まれと言っているのが分からないのか!!」
男との間合いが縮まっても、ジリオラは硬直して動けない。放たれる異様なプレッシャーに気圧されていた。
じりじりと肌を焼く異質な熱と圧力。ただ対峙しているだけで背に汗が浮かび、呼吸が乱れる。戦闘狂のジリオラにしてあり得なかった体験だった。
「――っ! 隊長、この男は危険です。ご命令を」
再度冷たい声がぶつけられる。ジリオラは無言のまま、リリナと背後に控える兵達に目を向けた。
百戦錬磨の兵達も得体のしれない男に気圧されているようだった。あの冷徹なリリナでさえ、白い頬に薄っすらと汗が浮かんでいる。
「隊長、敵は丸腰です。ご命令を……!」
何も語らぬまま迫る敵。リリナの、兵たちの縋るような視線――最早、ジリオラに迷っている時間はなかった。無言で剣を空へ掲げる。
――出来れば話をしたかったが……こうなっては仕方ない。
そもそも、これは戦争。
求められるものは勝利であり、交わされるのは言葉ではなく、剥き出しの暴力。生か死か、結果が全ての殺し合い――それを何より愛し、望んでいたのは他ならぬジリオラ自身だ。
「――殺れ!」
冷たく透き通った声が平原に響く。
振り下ろされた剣を合図に、二番隊は一斉に攻撃を開始した。
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