梨子とまつたけは思い出を重ねて行く。
※シリーズ全体
・本作品はアニメ版『ラブライブ!サンシャイン!!』を原作とした二次創作です。
・アニメ本編との時間軸のズレや、独自の設定・キャラクター解釈を含んでおります。
・原作を尊重しつつも、キャラクターの性格・関係性に独自解釈が加わる場面がございます。
・アニメ最終話に登場する犬「プレリュード」は本作には登場せず、オリジナルキャラクターの犬が登場・物語の中心となっております。
・人と動物(犬)との恋愛要素を含む内容となっております。苦手な方、抵抗のある方は閲覧をお控えください。
・ストーリー後半には、**18歳以上推奨の描写(R-18相当)**が含まれます。年齢制限・閲覧にご注意ください。
・本作はフィクションです。実在の人物・団体・作品とは一切関係ありません。
それから——
朝の光がカーテンの隙間から差し込む。
鳥たちのさえずりに混じって、かすかに低い鼻息が聞こえた。
梨子がまどろみの中で目を開けると──
すぐ横に、まつたけがいた。
小さな身体を丸めて、梨子のベッドの脇に寄り添うように眠っている。
「……ふふ」
梨子はそっと手を伸ばし、まつたけの頭を撫でた。
ふわふわの毛並みが指先に心地いい。
まつたけは気配を感じたのか、目を細めて小さくあくびをした。
そして、ごろりと横になり、梨子にお腹を向ける。
「なでて、ってこと?」
くすりと笑いながら、梨子はまつたけのお腹を撫でた。
まつたけは満足げに尻尾をぱたぱたと振った。
「もう、甘えんぼさんだなぁ」
ベッドから降りると、まつたけも後をついてくる。
階段を降りるときも、キッチンで梨子が朝食を準備するときも、ぴったりとそばにいた。
「まつたけ、ぶつかっちゃうよ?」
そう言っても、まつたけはおとなしく座って、じっと梨子を見上げるだけ。
梨子はトースターにパンを入れながら、思った。
(なんだか……前よりも、朝がちょっと楽しくなったかも)
トーストの焼き上がりを知らせる音と同時に、
まつたけが耳をぴくりと動かした。
「もう少しだけ待っててね。お散歩、行こうね」
梨子がそう言うと、まつたけは尻尾を一度だけ、ふり、と振った。
午後のリビング。
梨子はピアノの前に座っていた。
楽譜の上には、まだ空白が多い。
右手を鍵盤に置き、思案しながら小さく音を鳴らしてみる。
まつたけはその少し後ろ、梨子が振り向けばすぐ見える場所に寝そべっていた。
最初のうちは静かに見ていたけれど、
しばらくすると、スースーと寝息が聞こえてきた。
梨子は笑った。
(静かにしてくれてる……偉い子)
右手を鍵盤に戻す。
やさしいメロディを奏でると、まつたけの耳がぴくりと動いた。
そして、少しだけ身体を寄せる。
(……もしかして、聴いてくれてる?)
梨子はそっと、メロディに続けてコードを重ねる。
穏やかで、やさしい旋律。
この家で過ごす、何気ない幸せの時間みたいに。
まつたけは、安心しきったように、目を細めたまま微動だにしない。
梨子はふと、鍵盤に指を置いたまま、まつたけを見た。
「ねえ、まつたけ」
小さく声をかける。
まつたけはゆっくりと頭を持ち上げて、梨子を見た。
まるで「何?」と言いたげに。
「今度の曲、どんな感じがいいかな?」
当然、返事はない。
でも──まつたけの穏やかなまなざしが、
梨子の中にあった迷いを、少しだけ溶かしていった。
「……そうだよね。焦らないで、ゆっくり作ればいいよね」
梨子は再び鍵盤に向かう。
まつたけは安心したように、また目を閉じた。
梨子は、まつたけにしか聴こえないくらいの、小さな声で呟いた。
「ありがとね。……そばにいてくれて」
ピアノの音は、再び静かに流れ出した。
それは、海辺に吹く風みたいに、やさしく、あたたかい旋律だった。
夕暮れの海辺は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
波の音だけが、優しく耳をくすぐる。
梨子はサンダルを脱いで、素足で砂浜を歩いていた。
隣には、まつたけ。
長いリードをつけて、自由に歩かせながら、
時折まつたけの方に視線を向ける。
「……気持ちいいね」
梨子がそう言うと、まつたけは小さく鼻を鳴らした。
波打ち際に足を踏み入れると、ひんやりとした水の感触が伝わってくる。
まつたけは、初めての感触に少しだけ戸惑いながらも、
興味深げに鼻先で海水をすくってみた。
「飲んじゃだめだよ?」
くすくすと笑う梨子。
まつたけは梨子の声に耳を傾けながら、
波と戯れるように、前足でちゃぷんと水を跳ね上げた。
ぱしゃり、と飛び散った水しぶきが、梨子のすねにかかる。
「きゃっ、冷たっ!」
梨子が思わず声を上げると、まつたけはまるでからかうようにもう一度前足をバシャバシャと動かす。
「もー……!」
でも、怒る気にはなれなかった。
むしろ、その無邪気さが、たまらなく愛おしい。
「……元気だね、まつたけ」
まつたけは振り返り、尻尾を大きく振った。
それから、砂浜に腰を下ろして、じっと海を見つめる。
梨子もその隣に座った。
潮風が、髪をそっと揺らす。
並んで座るふたりの影が、夕陽を受けて砂浜に長く伸びていた。
梨子は、ふと、まつたけの頭に手を置いた。
温かい。
柔らかい。
何も言わなくても、心が満たされていく。
「ねえ、まつたけ。こうして一緒にいるだけで、すごく幸せだよ」
まつたけは梨子の手に鼻先をすり寄せると、
ふぅ、と大きな息を吐いた。
梨子は、笑った。
波の音だけが、ふたりの時間を静かに包み込んでいた。
ある日の昼下がり。
梨子は、リビングのソファに座って楽譜を広げていた。
まつたけは、その足元で丸くなって寝ていた──はずだった。
「……ん?」
ふと気配を感じて、梨子が顔を上げると。
まつたけが、静かに、しかし確実に梨子のスリッパを咥えて運んでいた。
「……ちょっと、まつたけ?」
まつたけは梨子の呼びかけにも動じず、
まるで宝物を運ぶみたいに大事そうにスリッパを咥えたまま、テーブルの下へと隠れた。
梨子は呆れながらも立ち上がった。
「返してよ~」
まつたけはテーブルの下でぺたりと伏せ、梨子を見上げる。
「まったく……」
しゃがみ込んで手を伸ばすと、まつたけはすっとスリッパを梨子の方に寄せた。
でも、手が届くか届かないかのギリギリの距離で止める。
梨子がもう少し手を伸ばすと、まつたけはすっとまたスリッパを引き寄せる。
まるで──「取れるもんなら取ってみなよ」とでも言いたげに。
「わざとでしょ、それ……!」
梨子は苦笑しながら、そっとまつたけを撫でた。
まつたけはスリッパを咥え直し、今度はぽとりと梨子の膝の上に落とした。
「……ふふっ、ありがと」
まつたけは満足げに尻尾を振った。
梨子は膝の上に落ちたスリッパを拾いながら、思った。
(まったく、いたずらっ子なんだから)
でも、そのいたずらも、どこか可愛くて、憎めない。
梨子はスリッパを履き直して、まつたけの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「次は、靴とか持って行かないでね?」
まつたけは、まるで「わかってるってば」と言わんばかりに、ぺろりと梨子の指を舐めた。
休日の午後。
静かなリビングに、ピアノの柔らかな音が響いていた。
梨子は椅子に腰掛け、指を鍵盤の上で滑らせる。
まつたけはそのすぐ隣、ピアノに寄りかかるようにして寝そべっていた。
ウトウトしながらも、梨子の弾く旋律に耳を傾けている様子。
梨子はふと、弾く手を止めた。
(……ちょっと、やってみよっか)
いたずら心が芽生えた。
「ねえ、まつたけ」
声をかけると、まつたけはゆっくりと頭を上げ、梨子を見上げた。
「連弾、ごっこしよ」
まつたけは首をかしげる。
梨子は笑いながら、まつたけの前足をそっと持ち上げた。
かわいらしい肉球。
柔らかくて、ぷにぷにしている。
「こうやってね──」
そっと、鍵盤の上に前足を乗せてみる。
ドン、と低い音が鳴った。
まつたけはびっくりして、目を丸くした。
「ふふっ、大丈夫だよ」
梨子はまつたけの頭を撫でながら、自分も隣の鍵盤に指を置く。
そして、軽くメロディを弾き始めた。
ポロン、ポロン。
軽やかな旋律に、時折まつたけの足がドン、と重い音を奏でる。
「いいね、まつたけ。重厚感ある連弾だよ」
まつたけは、よくわからないままに尻尾を振る。
梨子はそれを見て、ますます笑顔になった。
二人の演奏は、決して息の合ったものではなかったけれど──
それでも、楽しかった。
まつたけが重い音を鳴らすたびに、梨子は少しテンポを変えて合わせた。
まるで、本当に連弾しているみたいに。
ポロン、ポロン、ドン。
二人だけの、不思議なアンサンブル。
曲の終わり、梨子が手を止めると、まつたけも前足を引っ込めた。
「上手だったね、まつたけ」
梨子が微笑みかけると、まつたけは梨子の膝に鼻を寄せた。
梨子は、そっとまつたけの頭を撫でた。
「また今度しよっか」
まつたけは尻尾を一度だけ、ふり、と振った。
ある日、Aqoursのメンバーたちが集まった。
千歌、曜、ルビィ、花丸、善子、そしてダイヤ、鞠莉、果南──
みんな揃って、賑やかな時間。
リビングの中心には、もちろん、まつたけが陣取っていた。
「わー、ちょっと大きくなったんじゃない?」
曜がにこにこしながら、まつたけを撫でる。
まつたけは嬉しそうに尻尾を振る。
「ふふっ、梨子ちゃんにぴったりの、やさしい子ずら」
花丸も微笑みながら、まつたけの背中をそっと撫でた。
ルビィは少しおっかなびっくり手を伸ばす。
「うゆ……ふわふわ……」
善子はちょっと距離を取りながら、
「魔界の獣だけど、光属性ね……」
とブツブツ言っている。
鞠莉は、「まつたけ~!」と呼びながら、耳をくにくにと触る。
果南は笑いながら、「そんなにいじったら嫌がるよ」とたしなめるけど、
まつたけは嫌がるどころか、目を細めて気持ちよさそうにしていた。
ダイヤも、静かに近づいてきて、
「とても、落ち着いていて立派ですわね」と感心したように言う。
みんなが入れ替わり立ち替わり、まつたけを撫でたり、声をかけたり。
まつたけはというと、誰が来ても穏やかに受け入れて、ときどき梨子の方を見て、ちゃんと彼女がいることを確認するように視線を向ける。
梨子はそれを見て、心がじんわりと温かくなるのを感じていた。
「……ねえ、梨子ちゃん」
ふと千歌が言った。
「まつたけって、しいたけと同じ、Aqoursのマスコットってことでいいよね?」
「えっ?」
梨子が驚いていると、曜がうんうんとうなずく。
「しいたけもそうだったし、まつたけもそうだよね!」
「賛成ずら」
「ルビィも……賛成……」
善子は「ヨハネの使い魔ってことにするわ」と勝手に決めているし、鞠莉と果南もニコニコしながらうなずいている。
ダイヤも、「異議なしですわ」と小さく微笑んだ。
梨子はあきれたように笑った。
「──まあ、いいけど。本人が嫌がらなければ、ね」
梨子がそう言うと、まつたけは梨子を見上げて、ワン、と一声鳴いた。
それがまるで、「いいよ!」と言っているみたいで、リビングは大きな笑い声に包まれた。
夏の終わり。
内浦では、毎年恒例の小さな夏祭りが開かれていた。
境内には赤い提灯が揺れ、焼きそばやかき氷の香りが風に乗って漂ってくる。
梨子は、浴衣姿で人波の間を歩いていた。
隣には、リードをつけたまつたけ。
「人がたくさんいるけど、怖くない?」
梨子が小さく声をかけると、まつたけは尻尾をふりふりと振って答えた。
まつたけも、特製の浴衣を着ていた。
犬用の、淡い水色の浴衣。
胸元には小さな鈴がついていて、歩くたびにチリチリと涼やかな音が鳴る。
(似合ってる……)
思わず頬が緩んだ。
すれ違う人たちも、まつたけを見るたびに「わぁ」「かわいい」と声を漏らす。
子どもたちが駆け寄ってきて、まつたけの頭を撫でたり、写真を撮ったり。
まつたけは、そんな子どもたちにも穏やかに接していた。
梨子は、ふと立ち止まった。
「ちょっと休もうか」
境内の端にある、少し開けた芝生のスペース。
そこに腰を下ろすと、まつたけも梨子の隣に座った。
夜空には、星が瞬いている。
「賑やかだね、まつたけ」
まつたけは梨子に顔を寄せると、そっと鼻を鳴らした。
屋台の光が遠くで瞬き、笑い声が夜に溶けていく。
梨子は、そっとリードを手繰り寄せて、まつたけを撫でた。
「ねえ。今、すごく幸せだよ」
まつたけは梨子をじっと見上げる。
その瞳には、言葉にできないほどの優しさがあった。
(──出会えて、よかった)
梨子はそう思った。
ふと、境内の中心から声が聞こえた。
「これから、花火を打ち上げまーす!」
人々の歓声。
そして──
ドンッ、と空に花火が咲いた。
鮮やかな色が、夜空を彩る。
続けざまに、ポン、パーン、と音が響いた。
まつたけは一瞬だけ耳をぴくりと動かしたけれど、
梨子の隣にいるとわかると、落ち着いた様子で再び座り直した。
梨子は、まつたけの頭にそっと手を置いた。
大きな、大きな、温もり。
(ずっと、一緒にいたいな)
そんな想いが、自然と胸に浮かんだ。
空いっぱいに広がる花火。
その下で、梨子とまつたけは、静かに寄り添っていた。
誰にも邪魔されない、ふたりだけの時間。
それは、誰にも壊せない、確かな絆だった。
祭りが終わり、提灯がひとつ、またひとつと消えていく。
境内を離れ、梨子はまつたけと並んで歩き出した。
夜の道は、祭りの熱気が嘘みたいにひんやりとしていた。
梨子はサンダルを手に持ち、浴衣の裾を軽くたくし上げながら、裸足でアスファルトの冷たさを感じていた。
まつたけは、リードを引くでもなく、ぴたりと梨子の横に寄り添って歩く。
「……楽しかったね、まつたけ」
梨子が言うと、まつたけは鼻を鳴らした。
チリチリと、小さく鈴が鳴る。
「たくさん、撫でられたね。ちょっと疲れた?」
まつたけは、静かに尻尾をふった。
暗い道の中、二人の影だけが、街灯に伸びる。
重なるように、寄り添うように。
梨子は、まつたけをちらりと見た。
「……わたしね」
ぽつりと、言葉をこぼす。
「最初は、犬ってちょっと怖かったんだ」
まつたけは、歩調を緩めて、梨子に合わせる。
「でも、まつたけと会って、触れて……怖いっていう気持ちが、なくなったの」
言葉を探しながら、梨子は続けた。
「ううん。怖いどころか、すごく安心できる」
まつたけは、梨子を見上げた。
その瞳は、まっすぐだった。
梨子は、小さく笑った。
「ありがとうね。……今日も、ずっとそばにいてくれて」
まつたけは、鼻先で梨子の手の甲をそっと突いた。
まるで「こちらこそ」とでも言いたげに。
二人はまた、静かに歩き出した。
夜の空気は少し冷たかったけれど、
まつたけの隣にいると、梨子は不思議と寒さを感じなかった。
それはまるで、まつたけの体温が、心まであたためてくれているかのようだった。
家に着くと、梨子は浴衣を脱いで、楽しかったけれど少し疲れた体をベッドに預けた。
カーテンの隙間から、まだわずかに夜の光が漏れている。
まつたけは、梨子が着替える間もおとなしく待っていて、ベッドに腰を下ろした梨子の足元にそっと寄り添った。
「ふふ……まつたけも、疲れた?」
梨子が声をかけると、まつたけは静かに目を細めた。
梨子はベッドの上に膝を抱え込むように座って、そっと、まつたけの頭を撫でた。
「ねえ、まつたけ」
夜の静けさに溶けるような、柔らかい声。
「こうして、一緒にいられるの、すごくうれしいよ」
まつたけは、じっと梨子を見つめる。
言葉はない。
でも、その瞳が、すべてを語っていた。
梨子は、指をまつたけの耳の後ろに滑らせながら、
ぽつりと続けた。
「もし、あの時。海辺でまつたけと出会わなかったら……」
考えるだけで、胸が締め付けられる。
「今、こんなふうに笑えてなかったかもしれない」
まつたけは梨子の手にそっと顔を預けた。
その重みが、梨子の心に優しくしみ込んでくる。
「……出会ってくれて、ありがとう」
梨子は、まつたけの頭を両手で包み込むように撫でた。
「一緒にいられて、よかった」
その言葉に、まつたけはぴくりと耳を動かし、満足げに鼻を鳴らした。
ベッドの横で、まつたけはそのまま静かに横になる。
梨子もベッドにもたれかかり、目を閉じた。
夜風がカーテンを揺らし、遠くで波の音がかすかに聞こえる。
何も言わなくても、伝わるものがあった。
梨子は、まつたけの穏やかな寝息を聞きながら、もう一度、心の中で呟いた。
(──一緒にいられて、よかった)