※シリーズ全体
・本作品はアニメ版『ラブライブ!サンシャイン!!』を原作とした二次創作です。
・アニメ本編との時間軸のズレや、独自の設定・キャラクター解釈を含んでおります。
・原作を尊重しつつも、キャラクターの性格・関係性に独自解釈が加わる場面がございます。
・アニメ最終話に登場する犬「プレリュード」は本作には登場せず、オリジナルキャラクターの犬が登場・物語の中心となっております。
・人と動物(犬)との恋愛要素を含む内容となっております。苦手な方、抵抗のある方は閲覧をお控えください。
・ストーリー後半には、**18歳以上推奨の描写(R-18相当)**が含まれます。年齢制限・閲覧にご注意ください。
・本作はフィクションです。実在の人物・団体・作品とは一切関係ありません。
秋の風が、少し冷たくなってきた頃。
木々の葉も色づき始め、
街は少しずつ冬の足音を感じさせていた。
梨子の家の庭にも、秋の香りが漂っていた。
今日は──梨子の誕生日だった。
特別なことは何もない。
だけど、それでいい。
梨子は、まつたけと一緒にいられるだけで、十分だった。
「ねえ、まつたけ。今日、わたし、またひとつ大人になったんだよ」
梨子は、芝生にシートを敷いて、まつたけの横に腰を下ろした。
まつたけは、梨子をじっと見上げた。
その視線は、いつもと変わらず、まっすぐでやさしい。
梨子は、まつたけの頭を撫でた。
「まつたけがそばにいてくれたから、わたし、ここまで頑張ってこられたんだ」
まつたけは、梨子の手に鼻先をすり寄せた。
(君が頑張ったんだよ。でも、僕も、君のそばにいられて、幸せだった)
梨子は、ふっと微笑み、ポケットから小さな包みを取り出した。
「じゃーん、まつたけにプレゼント。新しい首輪だよ。おそろいのチャーム付き」
まつたけは首を傾げ、梨子を見た。
梨子は、丁寧に首輪をまつたけにつけて、自分のバッグから同じデザインの小さなブレスレットを取り出した。
「ふふ。おそろいだよ。これからも、ずっと一緒に歩こうね」
まつたけは、そっと梨子の手を舐めた。
(うん。どんな未来でも、君となら)
風が、梨子の髪をそっと撫でた。
空は高く、雲は静かに流れている。
梨子とまつたけ。
ふたりの、穏やかな誕生日だった。
ある秋の午後。
梨子はまつたけと、近所の公園を散歩していた。
落ち葉を踏みしめながら、のんびり歩く時間。
「気持ちいいね、まつたけ」
まつたけは、尻尾をふりふりと振りながら歩いていた。
そのとき──
一匹の雌犬が、まつたけに近寄ってきた。
小柄で、ふわふわとした毛並み。
飼い主に連れられたその子は、興味津々といった様子で、まつたけの周りをくるくると回った。
そして、積極的にまつたけに鼻を寄せ、しきりにアピールを始めた。
まつたけは、特に動じることなく、軽くあいさつするように鼻先を合わせた。
けれど、梨子は──
(……なんだろう、この気持ち)
胸の奥が、じんわりと、チクリと、痛んだ。
まつたけは、まるで興味がないかのように、すぐに梨子の方へ振り返った。
そして、まっすぐに歩み寄り、梨子の足元にぴたりと寄り添った。
「まつたけ……」
梨子は、まつたけの頭を撫でた。
(別に、何もおかしくない。犬同士が仲良くするのは、当たり前のこと──)
そう自分に言い聞かせるけれど、心の奥に沈んだざらりとした感情は、なかなか消えなかった。
まつたけは、何も言わずに梨子を見上げた。
その瞳は、いつものまま。
(……大丈夫だよ。君がそばにいれば、それだけでいい)
梨子は、ふっと笑った。
「そっか。──やっぱり、わたしはちょっと欲張りなのかもね」
まつたけは、尻尾を小さく振った。
梨子の手のぬくもりを感じながら、静かに、そっと寄り添い続けた。
秋の風が、ふたりの間をやさしく吹き抜けていった。
夜。
静かなリビング。
カーテンの隙間からは、月の光がそっと差し込んでいた。
部屋の中は、梨子とまつたけだけ。
梨子は、ソファに座りながら、ぼんやりと月を見上げていた。
隣では、まつたけが丸くなって、静かな寝息を立てている。
──いや、寝ているふりをしているだけかもしれなかった。
梨子の隣にいるとき、まつたけはいつも、梨子の呼吸にそっと耳を澄ませていたから。
梨子は、ふっとため息をついた。
「ねえ、まつたけ」
呼びかけると、まつたけはゆっくりと顔を上げた。
眠たそうな目で、けれどまっすぐに梨子を見つめる。
梨子は、そっと微笑んだ。
けれど、その笑顔には、どこか少しだけ影が差していた。
「わたしさ、思うんだ。いつか、誰かを好きになるのかなって」
まつたけは、ただ黙って聞いていた。
梨子の、静かな、でもどこか揺れる声を。
「もし……もしも、そんな人ができたら、わたし、どうすればいいのかな」
梨子は、まつたけに顔を向けた。
月明かりに照らされたその瞳は、ほんの少しだけ潤んでいた。
「まつたけは、どう思う?」
まつたけは、そっと梨子に近づいた。
そして、梨子の膝に鼻先を押し当てた。
(──君が誰かを好きになるなら、僕は、君の幸せを願うよ)
梨子は、そっとまつたけの頭を撫でた。
その手は、微かに震えていた。
「でもね、まつたけ」
梨子は、かすれた声で続けた。
「今は、まだ考えられないの。──だって、まつたけがいてくれるから」
まつたけは、梨子の手に鼻をすり寄せた。
その動作は、ただ静かに、優しく。
(僕も、君がいてくれるから、ほかの誰も、いらないって思うんだ)
梨子は、微笑んだ。
涙はこぼれなかった。
「ありがと、まつたけ。……ずっと、そばにいてね」
まつたけは、そっと梨子に体を預けた。
(うん。君が望む限り、僕は、ずっとそばにいるよ)
夜の静寂。
月の光がふたりを照らしていた。
言葉は交わせない。
でも、心はきっと、
どんな言葉よりも深く、つながっていた。
──これからも、ずっと。
ある秋の終わりの夕方。
梨子は近所のスーパーで買い物をしていた。
目に留まったのは、季節の味覚──松茸。
値段を見て、少しだけ眉をひそめる。
でも、考えた末に、えいっと小さなパックをカゴに入れた。
(たまには、ちょっと贅沢してもいいよね)
家に帰ると、玄関でまつたけが出迎えた。
梨子は袋から松茸を取り出し、にっこりと微笑んだ。
「見て、まつたけ。今日、ちょっと奮発しちゃった」
まつたけは興味深そうに近づき、梨子の手元の松茸をクンクンと嗅いだ。
──そして、顔をしかめた。
(なに、このにおい……!?)
独特の香りに、戸惑いを隠せないまつたけ。
梨子は笑いながら、「びっくりしちゃった?」と声をかけた。
「でも、調理したらきっと美味しいんだよ」
キッチンで、梨子は松茸を優しく焼き上げる。
香ばしい匂いが部屋中に広がった。
焼きあがった松茸を一口食べて、梨子は目を丸くした。
「わあ……!」
まつたけは、梨子の表情に引き寄せられるように、また近づいた。
先ほどとは違う、香ばしい香り。
梨子は、ほんの少しだけちぎった香り松茸を、まつたけの鼻先に差し出した。
「食べてみる?」
まつたけは、慎重に匂いを嗅いで──ぺろりとひと舐め。
(……あ、美味しい)
梨子は嬉しそうに笑った。
「まつたけが松茸、食べたね」
まつたけは、静かに尻尾を振った。
梨子の顔が、松茸よりずっと美味しそうに見えると思いながら。
(でも、僕にとっては、君の笑顔の方が、ずっと特別なごちそうだよ)
梨子は松茸をもう一口食べ、
「秋ももうすぐ終わりだね」
と、ぽつりと呟いた。
まつたけは、そんな梨子の膝に顔を寄せた。
(うん。でも、君となら、どんな季節も好きになれる)
それからしばらくして──
東京に、初雪が降った。
窓の外には、白い粉雪。
街も、屋根も、車も、うっすらと白く覆われていた。
梨子は、暖かいコートを羽織り、まつたけにリードをつけた。
「まつたけ、雪、見に行こうか」
まつたけは、尻尾をふりふりと振った。
玄関を出ると、冷たい空気が顔に触れた。
けれど、不思議と寒くはなかった。
まつたけが、ぴたりと梨子のそばを歩いているから。
歩道に積もったばかりの雪に、
ふたりの足跡が並んでついていく。
まつたけは、雪を踏む感触を楽しむように、軽く鼻を雪に押し当てたり、ふわふわと舞い落ちる雪を見上げたりしていた。
梨子も、ふと手袋を外して、手のひらに雪を受け止めてみた。
「きれいだね、まつたけ」
まつたけは、梨子の声に耳を傾け、梨子の顔をじっと見た。
その瞳は、空から舞い降りる雪よりも、ずっと澄んでいた。
(うん。君が笑っているから、もっときれいに見える)
梨子は、まつたけの頭にそっと手を置いた。
「この冬も、まつたけと過ごせるんだね。嬉しいな」
まつたけは、梨子のコートの裾に鼻先を押し当てた。
雪は静かに降り続ける。
街の灯りが、ぼんやりと雪に溶けて、まるで世界が、ふたりだけのものみたいだった。
梨子とまつたけ。
並んで歩くふたつの影は、静かに、静かに、白い夜の中へと溶け込んでいった。
──ふたりの歩幅は、今日も、ぴったりと揃っていた。
12月24日。
東京にも冬の寒さが深まって、吐く息が白く浮かび上がる夜。
けれど、梨子の家の中は、ストーブのやわらかな暖かさに包まれていた。
小さなクリスマスツリーが、リビングの隅でちかちかと瞬いている。
梨子は、ソファに座って、まつたけの首に赤いリボンを結んでいた。
「よし、完成!」
まつたけは、特に嫌がる様子もなく、梨子の手をじっと受け入れていた。
梨子は、続けて小さな袋から、ふわふわしたトナカイの角がついた帽子を取り出した。
「まつたけ、これ、被ってみようか」
まつたけは、ちょっとだけ首を傾げた。
梨子はくすくす笑いながら、帽子をまつたけの頭にそっと乗せた。
ぴったりサイズ。
茶色のふわふわ帽子に、赤い鼻。
まつたけの優しい瞳と相まって、まるで絵本から飛び出してきたみたいな、トナカイの完成だった。
梨子は、その姿を見た瞬間──
「……か、可愛すぎるっ……!!」
思わず、ソファにばたんと倒れ込んだ。
まつたけは、そんな梨子をきょとんと見つめていた。
(なに? そんなに変?)
でも、梨子はもう顔を両手で覆って、耐えきれないほどの悶絶モードに突入していた。
「可愛い……無理……可愛い……!」
まつたけは、そっと梨子に近づき、鼻先で梨子の手をツン、とつついた。
梨子は、堪らずにまつたけを抱きしめた。
「まつたけ、世界一可愛いトナカイだよ……!!」
まつたけは、されるがままに梨子に抱きしめられながら、静かにしっぽを振った。
(君がそんなに喜んでくれるなら、何だって被るよ)
梨子は、頬を赤らめながら、まつたけの頭を撫でた。
「……ずっと、まつたけがわたしのトナカイでいてね」
まつたけは、ぺろりと梨子の手を舐めた。
(うん。君が望むなら、毎年だって、何十年だって)
外では、雪がちらちらと舞っていた。
ふたりだけの小さなクリスマス。
誰に見せるでもない、静かで、あたたかい夜。
ツリーの灯りが、ふたりの影をやさしく照らしていた。
まつたけは、梨子の足元で丸くなりながら、静かに目を閉じた。
(君が笑っていてくれるなら、それだけでいい)
梨子もまた、まつたけの背にそっと毛布をかけた。
「メリークリスマス、まつたけ」
(メリークリスマス、梨子)
ふたりの間に、世界でいちばん静かで、あたたかな祝福が流れていた。
──夜は、深く、静かに更けていった。
冬の終わり。
寒さの中にも、ほんのわずかに春の気配が混じり始めた頃。
今日は、梨子にとって特別な日だった。
学校の小さな発表会。
小規模なホールではあるけれど、梨子にとっては、久しぶりに観客の前で演奏する舞台。
ステージ裏で、梨子は静かに目を閉じた。
緊張で手が汗ばむ。
でも──
視線を感じて、そっと目を開ける。
客席の端っこ。
一般客に紛れて、ひときわ大きな体が静かに座っている。
まつたけ。
動物の入場は本来NGだったけれど、理解ある動物好きの関係者たちの計らいで、"特別ゲスト"として許可されていた。
(見ててね、まつたけ)
梨子は、胸の中でそっと呟いた。
そして、舞台に上がる。
ピアノの前に座り、深く息を吸う。
客席のざわめきは遠くなる。
ただ、感じるのは──
まつたけの、変わらない静かなまなざし。
梨子は鍵盤に手を置いた。
──音が、ホールに広がる。
やわらかく、けれど芯のある音色。
梨子の想いを、音に乗せて紡いでいく。
不思議だった。
指先が震えなかった。
まつたけが見てくれている。
そう思うだけで、怖くなかった。
曲が終わり、ホールに拍手が響いた。
梨子は、お辞儀をして袖に下がると、客席のまつたけと目が合った。
まつたけは、静かに尻尾を振った。
大きくも小さくもない、ただ、そこにいることを伝えるような、穏やかな動き。
梨子は、ふっと笑った。
(ありがとう、まつたけ)
舞台の上から見る世界は、こんなにもあたたかかった。
大晦日。
梨子は、家の中を少しだけ片付けたあと、まつたけとこたつに潜り込んでいた。
テレビでは、紅白歌合戦。
外では、どこかで年越しそばの香りが漂ってきていた。
「今年も、いろいろあったね、まつたけ」
まつたけは、梨子の膝に顔を乗せ、静かに目を閉じていた。
梨子は、その頭を撫でながら、ぽつりと呟く。
「……東京に戻って来たばかりのころは、正直、不安で仕方なかった」
まつたけの耳が、わずかにぴくりと動いた。
「でも、まつたけがいてくれたから。わたし、ここまで頑張ってこれたよ」
まつたけは、梨子の手に顔をすり寄せた。
(僕も。君がいたから、ここが"家"になったんだ)
カウントダウンが近づいてくる。
テレビのアナウンサーが、秒読みを始めた。
「10、9、8──」
梨子は、まつたけに向かって小さな声で言った。
「来年も、よろしくね」
まつたけは、梨子の膝の上で小さく尻尾を振った。
「3、2、1──」
テレビと、街のどこかから、同時に「ハッピーニューイヤー!」の声が響いた。
梨子は、まつたけの頭にそっと額を寄せた。
「明けまして、おめでとう、まつたけ」
(明けましておめでとう、梨子)
外では、遠くに小さな花火が上がっていた。
梨子とまつたけ。
こたつの中で寄り添いながら、
ふたりだけの静かな新年を迎えていた。
それは──
これからも続いていく、
ふたりだけの、あたたかな時間の始まりだった。