梨子とまつたけの絆は深まっていく。
※シリーズ全体
・本作品はアニメ版『ラブライブ!サンシャイン!!』を原作とした二次創作です。
・アニメ本編との時間軸のズレや、独自の設定・キャラクター解釈を含んでおります。
・原作を尊重しつつも、キャラクターの性格・関係性に独自解釈が加わる場面がございます。
・アニメ最終話に登場する犬「プレリュード」は本作には登場せず、オリジナルキャラクターの犬が登場・物語の中心となっております。
・人と動物(犬)との恋愛要素を含む内容となっております。苦手な方、抵抗のある方は閲覧をお控えください。
・ストーリー後半には、**18歳以上推奨の描写(R-18相当)**が含まれます。年齢制限・閲覧にご注意ください。
・本作はフィクションです。実在の人物・団体・作品とは一切関係ありません。
春の気配が漂い始めた頃。
梨子は、珍しく風邪を引いてしまっていた。
熱はそんなに高くないけれど、体はだるくて、起き上がるのもしんどい。
部屋はカーテンを閉めて、暗くしていた。
暖かい毛布にくるまりながら、梨子は静かにベッドに横たわっていた。
その横で──
まつたけが静かに、梨子のベッドの足元に座っていた。
いつものように膝に顔を乗せるでもなく、ただ、静かに、少し距離を置いて。
梨子は目を開けて、ぼんやりとまつたけを見た。
「……まつたけ」
弱々しく呼びかける声。
まつたけは、静かに立ち上がり、梨子の顔の近くまで歩み寄った。
そして、ベッドに前足をかけ、そっと梨子の手元に顔を寄せた。
梨子は、力なく微笑み、まつたけのふわふわの頭をそっと撫でた。
「ごめんね、心配かけちゃって」
まつたけは、何も言わない。
ただ、梨子の手に顔を預ける。
(いいんだよ。君が元気になるまで、僕は、ここにいるから)
梨子は、ゆっくりと目を閉じた。
体の節々が痛む。
でも、まつたけの温もりを感じると、心だけは不思議と落ち着いた。
(大丈夫。君は、ひとりじゃない)
まつたけは、梨子の手をぺろりと舐めた。
それは、がんばれとも、早く治ってとも言わない、ただただ、寄り添うための動作だった。
梨子は、まつたけに微かに囁いた。
「……ありがと。まつたけ、いてくれて、よかった」
まつたけは、静かに梨子の脇に丸くなった。
梨子の呼吸が、次第に穏やかになっていくのを感じながら。
(君が眠っている間、僕が守るよ)
外では、春の風が静かに吹いていた。
けれど、梨子とまつたけの間には、
その風さえ届かないくらい、
あたたかな静けさが満ちていた。
夜が更けていく。
まつたけは、梨子の手のぬくもりを感じながら、静かに目を閉じた。
数日後。
風邪はすっかり良くなった。
体調を崩していた間、静かに寄り添ってくれたまつたけへのお礼を、梨子は考えていた。
(何か、まつたけに喜んでもらえること──)
そして、思いついた。
その日は少し早起きして、街の小さなペットショップへ向かった。
春らしい日差しのなか、梨子は、手提げ袋を大事そうに抱えて帰ってきた。
家に帰ると、まつたけが玄関で出迎えた。
尻尾をふりふりと、嬉しそうに。
「ただいま、まつたけ。──今日は、君にプレゼントがあるんだ」
まつたけは、首を傾げた。
梨子は、にこりと微笑みながら、袋の中からそれを取り出した。
ふわふわの、春色のバンダナ。
淡い桜色に、小さな花の刺繍が施されている。
「これ、まつたけに似合うかなって、選んだの」
まつたけは、そっと近づいて、梨子の手元のバンダナをクンクンと嗅いだ。
(新しいにおい。君が選んでくれたんだね)
梨子は、しゃがみ込んで、まつたけの首にそっとバンダナを巻いた。
春の光を受けて、バンダナの色が、まつたけの毛並みにやさしく馴染んだ。
「うん、似合う。──すごく、似合うよ」
まつたけは、静かに梨子を見上げた。
梨子の顔は、桜色のバンダナよりもずっとあたたかく、柔らかかった。
(ありがとう。君が選んでくれたものなら、どんなものでも、僕にとって宝物だよ)
梨子は、まつたけの背中を優しく撫でた。
「この間は、ありがとうね。まつたけがいてくれたから、わたしはちゃんと休めたよ」
まつたけは、ぺろりと梨子の手を舐めた。
(君が元気になってくれて、それだけで十分)
梨子は、まつたけの首元に手を添え、バンダナを直しながら、ふっと笑った。
「春だし、これをつけてお花見に行こうね」
まつたけは、尻尾をふりふりと振った。
(うん。君と一緒なら、どこへでも)
桜色のバンダナ。
ふたりだけの秘密の贈り物。
それは、言葉よりもずっと深く、
ふたりの心を結んでいた。
春。
空は澄みわたり、
街路樹の桜は、どこもかしこも花盛りだった。
梨子は、桜色のバンダナを巻いたまつたけと一緒に、近くの大きな公園へ向かっていた。
暖かな日差しに包まれて、歩道を並んで歩くふたり。
「満開だね、まつたけ」
まつたけは、いつもより少しだけ足取りを軽くしながら、梨子の歩調にぴったり合わせていた。
公園までは、あと少し。
そのとき──
ぶうん、と耳障りなエンジン音が背後から近づいてきた。
ふと振り向くと、一台の車が、スピードを出したまま曲がってきていた。
梨子が歩道の端に差しかかる瞬間。
車は、脇見運転でこちらに気づいていない。
危ない──!
梨子が思うより早く。
まつたけが、リードを引いた。
ぐい、と。
驚くほど強い力で。
梨子の体は、引っ張られるように歩道の奥へと戻された。
次の瞬間、車は梨子のすぐ前をすり抜けるように走り去っていった。
「っ……!」
梨子は、呆然と立ち尽くしていた。
まつたけは、梨子のすぐそばに立って、何事もなかったかのように尻尾を一度だけ振った。
梨子は、まつたけの首に手を置き、震える指先でふわふわの毛並みに触れた。
「まつたけ……ありがとう」
まつたけは、静かに梨子を見上げた。
(守りたかった。君を)
梨子は、胸の奥がぎゅっとなるのを感じた。
ただ感謝とか、安心とか──
それだけじゃない。
もっと、心がきゅんとときめくような気持ちが、
体の奥から湧き上がってきた。
「……わたし、いま……」
梨子は、自分でも驚いたように呟いた。
(まつたけ……に、キュンって……)
まつたけは、梨子が震える手でそっと撫でるのを、ただ静かに受け止めていた。
(君が無事なら、それでいい)
梨子は、深く息を吐いて、微笑んだ。
「ありがとう、まつたけ。お礼に、いっぱいお花見しようね」
まつたけは、ぱたぱたと小さく尻尾を振った。
──
公園に着くと、
桜がまるで雲みたいに空を覆っていた。
シートを広げ、梨子は、まつたけの隣に座った。
風が吹くたび、花びらが舞い落ちる。
まつたけのバンダナにも、梨子の髪にも、ひらりと桜の花びらが落ちた。
梨子は、ふっと微笑んで、まつたけの耳元の花びらを指でそっと取った。
「ねえ、まつたけ。わたしね、今日、また新しい君を知ったよ」
まつたけは、梨子を見上げた。
梨子は、顔を赤らめながら、まつたけの頭を撫でた。
「すっごく、かっこよかった」
まつたけは、照れる様子もなく、ただ梨子の手に顔を寄せた。
花びらが、ふたりの間にふわふわと舞い落ちる。
梨子は、まつたけに寄りかかりながら、そっと目を閉じた。
春の陽気と、まつたけの温もり。
それだけで、世界がこんなにも優しくなる。
──ふたりだけの、
静かで、特別な春の午後だった。
深夜。
部屋は静まり返り、カーテンの隙間から差し込む月明かりが、床に薄く影を落としていた。
梨子は、ベッドの中でうなされていた。
──まつたけが、弱っていく。
──いつものように元気に走り回れず、
静かに、静かに、力を失っていく。
梨子が呼びかけても、まつたけはただ静かに、じっと梨子を見つめるだけ。
梨子は、必死に名前を呼び続けた。
けれど──
まつたけは、静かに目を閉じた。
──その瞬間、梨子ははっと目を覚ました。
「……!」
額には冷たい汗。
そして、頬には熱い涙の跡。
喉の奥が詰まって、呼吸がうまくできない。
梨子は、手を伸ばした。
隣には──
静かに寝息を立てるまつたけがいた。
ふわふわの毛並み。
あたたかい体温。
梨子は、そっとまつたけに触れた。
指先が震える。
(……夢、だった)
でも、心臓はまだ早鐘のように鳴っていた。
「……ごめんね。こんな夜中に、起こしちゃったね」
梨子は、まつたけの体に額を寄せた。
まつたけは、梨子の異変に気づいたのか、目を開け、静かに梨子を見つめた。
梨子は、かすれた声で囁いた。
「まつたけ。……わたし、怖いよ」
震える手で、まつたけの背中を撫でる。
「いつか、まつたけがいなくなっちゃうかもしれないって、考えたら……すごく、怖いよ」
まつたけは、ゆっくりと体を起こした。
そして、梨子の手に鼻先をそっと押し当てた。
(──大丈夫。君が思うより、ずっとずっと、僕はそばにいるよ)
梨子は、涙をこらえながら微笑んだ。
「……まつたけ。約束して。わたしがちゃんと、君を守ってあげるから──」
まつたけは、梨子の手をぺろりと舐めた。
(うん。僕も、君を守るよ)
梨子は、まつたけの頭を抱きしめた。
涙がまたあふれてきたけれど、今度は、さっきとは少し違う、あたたかい涙だった。
「ありがとう、まつたけ。わたし、がんばるから」
まつたけは、梨子の腕の中で静かに身を委ねた。
外では、風がやさしく木々を揺らしていた。
その音さえ、ふたりを包み込む子守唄みたいだった。
翌朝。
冷たい空気を割って、一筋の朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。
梨子は、目を覚ました。
まつたけは、彼女のそばで丸くなって眠っていた。
昨夜の涙の跡は、もう乾いていた。
梨子は、まつたけの背中にそっと手を置いた。
「……おはよう、まつたけ」
まつたけは、ゆっくりと顔を上げ、梨子に静かに尻尾を振った。
(おはよう。君が笑ってくれるなら、それでいい)
梨子は、ふっと笑った。
夢は夢。
でも、現実には、まつたけはこうして、そばにいてくれる。
それだけで、心が少しだけ強くなれる気がした。
梨子は、そっとまつたけの首に腕を回した。
「約束だよ、まつたけ。ずっと、一緒にいようね」
まつたけは、梨子の腕の中で、ただ静かに身を預けた。
(うん。君が望む限り──僕は、ずっと君のそばにいるよ)
朝の光が、ふたりを優しく包み込んでいた。
それは、言葉を交わさなくても通じる、
ふたりだけの静かな約束。
これから先に、どんな未来が待っていても──
梨子とまつたけ。
ふたりの絆は、きっと変わることなく続いていく。
春の終わり、初夏の匂いが混じる季節。
梨子は、最近ついに運転免許を取得した。
何か新しいことを始めたくて、そして、ずっと心にあった小さな夢を叶えるために。
「さあ、まつたけ。今日は、特別なお出かけだよ」
まつたけは、梨子が慣れない手つきで用意したリードを首にかけると、首をかしげながら梨子を見上げた。
梨子は、満面の笑みで応えた。
「今日は、ふたりで初めての旅行だもんね。楽しもうね!」
小さなレンタカー。
助手席に専用シートを設置して、まつたけを乗せた。
窓から流れ込む風に、まつたけの耳がふわふわ揺れる。
梨子は、少し緊張しながらもハンドルを握り、ゆっくりと車を走らせた。
(まつたけがそばにいるなら、大丈夫)
そんなふうに思えたから、不思議だった。
──
目的地は、山のふもとにあるペット同伴可能な宿。
緑が濃く、川が流れ、空気が澄んでいる場所だった。
宿に着くと、まつたけはふわふわの芝生の庭を嬉しそうに走り回った。
梨子はその姿を眺めながら、笑顔を浮かべた。
「いい場所だね、まつたけ」
チェックインを済ませ、部屋に入ると──
大きな窓から、森と川が見渡せた。
まつたけは、窓際に座り、外の景色をじっと見つめた。
梨子も隣に座り、しばらく無言で風景を眺めた。
(この瞬間を、まつたけと一緒にいられるだけで幸せ)
そんなふうに、静かに思った。
夜。
宿には、ペットと一緒に入れる温泉があった。
梨子は、まつたけと一緒にそっと湯に浸かった。
特別に設えられた、ペット用の浅い浴槽。
まつたけは、最初は不思議そうにしていたけれど、すぐに慣れて、目を細めて気持ちよさそうにしていた。
「まつたけ、気持ちいい?」
まつたけは、ぺろりと梨子の手を舐めた。
梨子は、ふっと微笑んだ。
夜空には、満天の星。
手を伸ばせば届きそうなほど、澄んでいた。
温泉に浸かりながら、梨子はまつたけの背中を撫でた。
「まつたけと、こんなふうに旅行できる日が来るなんて。……ちょっと、夢みたい」
まつたけは、そんな梨子を静かに見上げた。
その瞳は、星空よりも、月明かりよりも、ずっと優しい光を宿していた。
(君と一緒なら、どこにいても、それだけで特別だよ)
梨子は、そっと目を閉じた。
温泉のあたたかさと、まつたけのぬくもり。
それだけで、どんな不安も溶けていく気がした。
──
夜が更ける頃。
梨子は宿の部屋に戻り、ベッドの上でまつたけを撫でながら、ぽつりと呟いた。
「また、こうやっていろんなところ、行こうね。まつたけと、いろんな景色、見たいな」
まつたけは、梨子の手に顔をすり寄せた。
梨子は、まつたけの額にそっとキスを落とした。
それは、言葉にならない感謝と、愛情と、そして──少しずつ育ち始めている、特別な想いの証だった。
帰り道。
高速を降りて少し遠回りになるけれど、梨子はふと思いついて、海沿いの道を選んだ。
車を走らせるたび、窓の外に広がっていく水平線。
澄んだ空気と、潮の香りが鼻をくすぐった。
まつたけは、助手席から顔を出して、海の匂いをゆっくり嗅いでいた。
(──懐かしいね)
梨子はハンドルを握りながら、
心のどこかでそう思った。
小さな漁港の脇、人気のない砂浜に車を停めた。
エンジンを切ると、世界は途端に静かになった。
「ちょっと、寄っていこうか」
梨子はリードを握り、ドアを開けた。
海風が、髪をそっと撫でた。
まつたけは、地面に降り立つと、砂の感触を確かめるように一歩一歩歩き始めた。
梨子もその後に続く。
潮の香り。
波の音。
空の青と、海の青。
全てが溶け合って、静かだった。
梨子は、靴を脱いで裸足になり、波打ち際へと歩いていった。
まつたけも、砂をかすかに掘り返しながら、梨子の隣に来た。
冷たい海水が、そっと足元を洗っていった。
「ねえ、まつたけ」
梨子は、まつたけの首元に手を置いた。
「昔、わたしが内浦に来たばかりの頃、よく、こうして海を見てたんだ」
まつたけは、静かに梨子を見上げた。
梨子は、ふっと笑った。
「その頃は、不安でいっぱいだった。でもね、まつたけ。今は、君がそばにいてくれるから──何も怖くないよ」
まつたけは、梨子の手に顔をすり寄せた。
(僕も、君といるときが一番安心する)
梨子は、しゃがみ込んで、まつたけの顔に額を寄せた。
「ありがとう。本当に、ありがとう、まつたけ」
海風が、ふたりの間をやさしく吹き抜けた。
波音だけが、静かに耳に届く。
梨子は、そっと目を閉じた。
まつたけの体温が、胸の奥まであたためてくれた。
──
どれくらい、そうしていただろう。
日が少し傾き始め、空がオレンジに染まり始めた。
梨子は立ち上がり、リードを持った。
「帰ろうか、まつたけ。また、新しい日常が待ってるから」
まつたけは、軽く尻尾を振って応えた。
ふたりは並んで歩き出した。
波打ち際を、静かに、静かに。
ひとつ、またひとつと、並んでついていく足跡。
振り返ると、それはまるでふたりがここにいた証みたいだった。
梨子は、もう一度だけまつたけを見下ろした。
(君となら、どこへだって行ける気がする)
まつたけは、そんな梨子の想いを知ってか知らずか、ただ穏やかに歩みを進めた。
夕焼けに染まる海。
そして、ふたりだけの静かな帰り道。
それは、これからの未来を映す、やさしい光景だった。
少し汗ばむくらいの、ぽかぽかした日差しの午後。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。
梨子がドアを開けると、そこには、久しぶりに見るふたりの顔。
「梨子ちゃーん! 久しぶりーっ!」
「やっほ、梨子ちゃん!」
千歌と曜が、にこにこ笑顔で立っていた。
「来てくれてありがとう。上がって」
梨子はふたりを迎え入れ、テーブルの上には、用意していたお茶と手作りのスコーンが並んでいた。
千歌は、わあっと目を輝かせながら部屋を見回し──ふと、視線を止めた。
「おおっ、まつたけ! 大きくなったねー!」
部屋の隅で、まつたけが静かに座っていた。
梨子の指示があるまで、きちんと待っている。
「まつたけ、来て」
梨子が呼びかけると、まつたけはゆっくりと歩み寄り、梨子の隣に座った。
千歌は、まつたけの頭を撫でながら、感心したように言った。
「相変わらず賢いなぁ~。梨子ちゃんとまつたけ、すっごく仲良しだね!」
「うん。……もう、家族みたいなものだしね」
梨子は、まつたけの頭を優しく撫でながら、自然な微笑みを浮かべた。
千歌は、にこにこしながらスコーンをつまみ、曜もそれに続いて笑った。
──けれど、曜はふと、梨子のまつたけを見る"目"に違和感を覚えた。
普通のペットに向ける視線とは、少し違う。
もっと深くて、もっと優しくて──
けれど、どこか"特別"なものが滲んでいる気がした。
(……なんだろ、あの目)
曜は、スコーンを食べながら、なんとなく梨子とまつたけの間をちらちらと見てしまう。
梨子は、まつたけに向かって、当たり前のように微笑み、まつたけも、梨子をじっと見つめ返している。
言葉を交わしていないのに、何かがしっかりと通じ合っている。
そんな空気を、曜は感じた。
(うーん……ま、気のせいかな?)
曜は首をかしげながらも、深くは踏み込まずに、千歌の笑顔に引き戻された。
「梨子ちゃん、次は一緒に海にも行こうよ! まつたけも連れて!」
「……うん、いいね」
梨子は、まつたけを撫でながら、静かに微笑んだ。
その横顔を見ながら、曜はほんの少しだけ、言葉にならない何かが胸の奥にひっかかった。
(──梨子ちゃん。まつたけのこと、ただの家族っていうだけじゃない気がする)
でも、それが何なのか、まだ曜には、はっきりとはわからなかった。
春の陽気に包まれたリビング。
スコーンの甘い香りと、静かに寄り添う梨子とまつたけ。
ふたりの間に流れる静かな空気は、ただの飼い主とペットという言葉では片づけられない何かを、確かに含んでいた。