梨子はもう迷わない、そう決めた。
※シリーズ全体
・本作品はアニメ版『ラブライブ!サンシャイン!!』を原作とした二次創作です。
・アニメ本編との時間軸のズレや、独自の設定・キャラクター解釈を含んでおります。
・原作を尊重しつつも、キャラクターの性格・関係性に独自解釈が加わる場面がございます。
・アニメ最終話に登場する犬「プレリュード」は本作には登場せず、オリジナルキャラクターの犬が登場・物語の中心となっております。
・人と動物(犬)との恋愛要素を含む内容となっております。苦手な方、抵抗のある方は閲覧をお控えください。
・ストーリー後半には、**18歳以上推奨の描写(R-18相当)**が含まれます。年齢制限・閲覧にご注意ください。
・本作はフィクションです。実在の人物・団体・作品とは一切関係ありません。
その頃、曜とダイヤは、カフェの静かな隅で向かい合っていた。
アイスティーのグラスに、氷が静かに音を立てていた。
「……ダイヤさん。やっぱり、あれって普通じゃないよね」
曜が、眉をひそめながら切り出す。
ダイヤは、静かに頷いた。
「ええ。梨子さんと、まつたけさんの間には──普通の飼い主とペットの関係を超えた何かが、確かに存在していました」
「うん……わたしも、そう思う」
曜は、ストローを指で弄びながら、視線を落とした。
「でも……これ、本人たちに直接聞くのは違う気がするし」
「ええ、無理に聞き出すのは、かえって傷つけてしまうかもしれません」
ダイヤは、考え込むように指を組んだ。
「ただ、放っておくこともできない。梨子さんが傷つくことになるかもしれませんから」
「……梨子ちゃんのお母さんに、相談してみる?」
曜が、そっと提案した。
ダイヤは少しだけ考え、やがて頷いた。
「ええ。ですが、その前に、もうひとり話しておきたい相手がいます」
曜は、すぐに気づいた。
「──千歌ちゃん、だね」
ダイヤは頷いた。
「彼女は、梨子さんにとって特別な友達です。きっと、彼女の意見がわたしたちの背中を押してくれるはずです」
そして数日後。
曜とダイヤは、千歌を呼び出して話を切り出した。
千歌は、最初こそぽかんとしていたが、曜とダイヤの真剣な顔を見て、すぐに表情を引き締めた。
「──そっか。梨子ちゃん……」
千歌は、しばらく沈黙した後、静かに言った。
「でも、わたし、梨子ちゃんがどんな気持ちでいたって──ちゃんと支えたいって思うよ」
曜とダイヤは、顔を見合わせた。
「だから、梨子ちゃんのお母さんに相談するの、賛成。だって、梨子ちゃんのためだもん」
千歌は、小さな決意をこめて、頷いた。
静かな昼下がり。
梨子の母は、曜とダイヤ、そして千歌の真剣な顔を前に、ゆっくりと話を聞いていた。
「──それで、あなたたちは、梨子と……まつたけくんに、何か特別なものを感じたと?」
梨子の母の声は穏やかだったけれど、その奥には深い戸惑いがにじんでいた。
曜が、言葉を選びながら答える。
「……はい。梨子ちゃんの目がまつたけを見てる時、すごく……優しいっていうか、普通の家族とかペットを超えた何かを、感じたんです」
ダイヤも、真剣な面持ちで続けた。
「それは、梨子さん自身も、きっと気づいている。だからこそ、わたしたちは──見守るだけでいいのか、迷いました」
梨子の母は、ゆっくりと目を閉じた。
心の中で、梨子がまつたけと過ごす日々を思い出していた。
──穏やかな笑顔。
──まつたけを撫でる時の、優しい手つき。
──そして何より、梨子があれほど自然に笑っていられること。
「……あの子が、笑っていられるなら」
彼女は、そっと呟いた。
「わたしは、あの子の選んだ幸せを、信じたい」
曜とダイヤ、千歌は、その言葉に驚き、そして──ほっとしたように微笑んだ。
梨子の母は、目を開けて彼女たちを見た。
「でも。もし、あの子が苦しむようなことがあったら──その時は、力を貸してあげて。お願い」
「もちろんです!」
曜が、力強く頷いた。
千歌も、ダイヤも、真剣に頷いた。
梨子の母は、静かに微笑んだ。
(梨子。あなたが、どんな道を選んでも──わたしは、あなたの母親だから)
夜。
リビングのソファに並んで座る梨子とまつたけ。
テレビをつけっぱなしにしながら、梨子は、何気なくまつたけのお腹に手を伸ばした。
ふわふわの毛並み。
あたたかい体温。
梨子は、まつたけのお腹を、そっと指先でくすぐった。
「こちょこちょー」
まつたけはびくっと体を震わせた後、ぱたんと床に転がり、梨子にお腹を見せた。
(──可愛い)
梨子の胸が、きゅんと鳴った。
そのまま、梨子はまつたけの柔らかいお腹に、くすぐるような手遊びを続けた。
まつたけは、くすぐったそうに身をよじりながらも、されるがままだった。
──けれど。
梨子の指が、ふと胸元の柔らかい毛を撫でた瞬間。
まつたけの心臓が、どくん、と跳ねた。
(あれ……なんだろう、この感覚)
ただ触れられているだけなのに、体の奥がざわつく。
呼吸が浅くなる。
一方、梨子もまた──
まつたけのふわふわの体温を指先に感じるたび、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
(まつたけ……)
梨子は、まつたけの大きな前足をそっと持ち上げ、指をからめるようにして手遊びをした。
まつたけの肉球は、やわらかくて、ほんのりあたたかかった。
すると、まつたけがそっと顔を持ち上げて、梨子の足に顔を近づけた。
「きゃ──っ」
梨子が声を上げるより早く、まつたけの舌が梨子の足裏をぺろりと舐めた。
「ちょ、まつたけ、やだ、くすぐったいって!」
梨子は慌てて足を引っ込めたが、顔は真っ赤だった。
まつたけも、どこか気まずそうに耳を伏せた。
──けれど、
ふたりの間に流れる空気は、以前とは明らかに違っていた。
ただの遊びのはずだった。
ただのスキンシップのはずだった。
でも今は、
どちらの心にも、
かすかなドキドキが芽生えていた。
梨子は、胸に手を当てたまま、まつたけを見た。
(こんな気持ち、今まで感じたことなかったのに──)
まつたけもまた、梨子の視線を感じながら、ゆっくりと尻尾を振った。
夜は、静かに更けていく。
ふたりだけの、
誰にも知られない、
秘密の時間だった。
夏の夜。
虫の声が微かに聞こえるリビングで、
梨子はまつたけの毛並みに指を滑らせながら、
静かに呟いた。
「ねえ、まつたけ──」
まつたけは、ソファに寝そべりながら、
梨子の声に耳を傾けていた。
梨子は、そっとまつたけの背中を撫でながら、言葉を選んでいた。
「わたしね、君と一緒にいると、すごく落ち着くの」
まつたけは、静かに梨子を見つめた。
その視線は、ただ優しく、
すべてを受け止めるようだった。
「たぶん……わたしにとって、君は、家族とか、友達とか、そんな言葉じゃ、足りないんだと思う」
梨子は、少し照れたように笑った。
言葉にすると、自分の想いが輪郭を持って迫ってきて、少し怖かった。
けれど、まつたけは何も言わず、ただそばにいてくれた。
だから、梨子は、そっと続けた。
「君に触れるとね、心臓がドキドキするの。前はそんなことなかったのに──」
まつたけは、梨子の手にそっと鼻先を押し付けた。
その仕草に、梨子の胸はまたきゅんと鳴った。
(大丈夫だよ。続けて)
まつたけがそう言ってくれている気がして、梨子は、勇気を出して言葉を紡いだ。
「君といると、毎日が特別になるの。ただ並んで歩くだけでも、何でもないことでも、全部──」
まつたけは、静かに耳を傾けていた。
その姿に、梨子の心が支えられた。
「君がいるから、わたしは毎日、頑張れるの。笑えるの。だから──」
梨子は、そっと息を吐いた。
「だからね。これからも、ずっとそばにいてほしい」
まつたけは、まるでその言葉を理解したかのように、梨子の手に顔を寄せた。
梨子は、まつたけの耳の後ろをそっと撫でながら、微笑んだ。
「少しずつでもいいよね。ゆっくりでいいよね」
まつたけは、静かに尻尾を振った。
言葉はなくても、まつたけの瞳が、すべてを伝えていた。
──わかってるよ。
──ずっと、そばにいるよ。
夜は、深く、静かに更けていった。
梨子の言葉は、
まだ不器用で、拙かったかもしれない。
けれどそれでも、
確かにふたりの心に、小さな灯を灯していた。
同じ夜。
梨子は、眠れずにベッドでぼんやりしていた。
カーテン越しに、月のない闇が広がっている。
(──まつたけ)
彼の顔を思い出すと、自然と胸が温かくなる。
あの柔らかい毛並み。
あの静かで優しい目。
寄り添ってくれるあたたかさ。
梨子は、自分がどれだけまつたけに支えられているか、よくわかっていた。
(でも……)
ふと、未来のことを考えてしまった。
(このまま、ずっと一緒にいられるのかな)
人間と犬。
寿命だって違う。
社会の目だってある。
たとえ自分たちの間に愛があっても、それが認められることはない。
(それでも、わたしは──)
梨子は、胸に手を当てた。
まつたけの隣にいたい。
それは、誰に何を言われても変わらない気持ちだった。
(わたしは、君を選びたい)
社会の常識とか未来の不安とか、全部、今は置いておきたい。
ただ、
今だけは──
この気持ちだけは、信じたい。
梨子は、そっと目を閉じた。
「まつたけ……」
名前を呼ぶと、心の奥に優しいあたたかさが広がった。
その夜、梨子はようやく静かな眠りに落ちた。
彼女の夢には、まつたけと歩く未来の景色が、ぼんやりと浮かんでいた。
──ふたりで歩く道は、どこまでも続いていた。
ある日のこと。
梨子の母が泊まりに来た。
「しばらく顔を見てないから、心配になっちゃって」
梨子は、少し照れながら迎え入れた。
梨子の母は2人で作った夕食を一緒に食べた後、リビングで過ごす娘とまつたけの様子を静かに見つめていた。
梨子は、
まつたけの頭を撫でたり、
微笑んだり、
ときおりそっと手を握ったり。
──その目が、違っていた。
ペットを可愛がる目じゃない。
家族を慈しむ目でもない。
もっと深くて、
もっと切ない。
まるで──
恋人を見つめるような、特別な眼差し。
梨子の母は、心の奥で小さく息を呑んだ。
(千歌さんたちが言ってたこと……本当だったんだ)
梨子は、まつたけの耳の後ろを撫でながら、優しく微笑んでいた。
まつたけもまた、何かをすべてわかっているかのように、静かに梨子を見上げていた。
──幸せそうだった。
それが、
彼女の胸を打った。
戸惑いは、確かにあった。
迷いは、あった。
けれど、
梨子の母は、ゆっくりと心の中で頷いた。
(梨子が、幸せなら──)
リビングの隅、彼女はそっと目を細めた。
娘が、自分で選んだ大切なもの。
それを、母親として信じてあげたい。
(梨子。あなたが選んだその手をどうか、離さないで)
彼女は、静かに微笑みながら、ふたりのそっと寄り添う姿を見守っていた。
まるで、未来を祝福するように。
夏の終わり。
梨子は、久しぶりに内浦へ向かう電車に揺られていた。
隣には、まつたけ。
車窓の外を興味深そうに眺めている。
(懐かしいな……)
車窓を流れる風景に、懐かしさと少しの緊張が混ざって胸を締めつけた。
──今日は、Aqoursのメンバーとの再会。
千歌、曜、果南、ダイヤ、鞠莉、花丸、善子、ルビィ。
みんな、時間を合わせて集まってくれる。
(みんなに……まつたけとのことを……)
梨子は、そっとまつたけの頭に手を置いた。
まつたけは、梨子の方を見上げ、何かを察するように静かに瞬きした。
「大丈夫だよね、まつたけ」
梨子は、小さく呟いた。
──内浦駅に到着。
待ち合わせ場所には、見慣れた顔ぶれが集まっていた。
「梨子ちゃーん!」
真っ先に駆け寄ってきたのは千歌。続いて、曜が笑顔で手を振り、他のメンバーたちも懐かしそうに集まってきた。
梨子は、胸がいっぱいになりながら、
まつたけのリードを持って一歩踏み出した。
「──それで、今日はみんなに伝えたいことがあって……」
まつたけは、静かにみんなの前に座った。
賢そうな瞳。
静かな佇まい。
メンバーたちは、久しぶりのまつたけを見て、微笑んだり、目を細めたりしていた。
梨子は、少しだけ息を飲んだ。
──彼との関係。
──わたしたちの特別な絆。
変だと思われるかもしれない。
距離感がおかしいって、思われるかもしれない。
覚悟していた。
でも──
「──うん」
千歌が、ふっと微笑んだ。
「やっぱり、梨子ちゃんらしいね」
「え?」
梨子は、ぽかんとした。
曜が、にこにこしながら言った。
「だってさ、梨子ちゃんが見せるあんな顔──まつたけといる時だけだよ?」
ダイヤは、穏やかな口調で続けた。
「梨子さんがどれだけ大切に思っているか、見ていればすぐにわかりますわ」
「リリーがそれを選んだなら、ヨハネたちはそれを祝福するわよ」
善子もいつものポーズを決めて、フッと微笑む。
鞠莉は、少し茶目っ気たっぷりにウインクして言った。
「Loveに形なんて関係ないわ。大事なのは、心でしょ?」
梨子は──
言葉を失った。
涙が、じわっとにじんだ。
(みんな……)
怖かった。
受け入れてもらえないんじゃないかって、
ずっと不安だった。
でも──
みんなは、
そんな梨子のすべてを受け入れて、
祝福してくれた。
まつたけが、そっと梨子の手に鼻先を押し当てた。
梨子は、堪えきれずに涙をこぼした。
「ありがとう……みんな」
まつたけが、
そんな梨子を支えるように、
そっと足元に寄り添った。
そして──
Aqoursのみんなが、
まるで何も特別なことじゃないかのように、
梨子とまつたけを囲んで、笑い合った。
海の匂いが、夏の終わりの風に乗ってふわりと香った。
梨子は、
こんなにも温かい気持ちで、
この場所に立っていられることに、
心から感謝していた。
──愛を、形で決める必要なんてない。
──大事なのは、心だ。
梨子は、
まつたけの頭をそっと撫でながら、
胸の奥でそっと誓った。
(君とわたしで、未来を作っていこう──)
内浦での再会を終え、東京の家に戻った夜。
梨子は、ベッドに座りながら、まつたけの柔らかい毛並みに指を滑らせていた。
窓の外には、東京の街の灯りが静かに瞬いている。
いつもと変わらない、でもどこか──
今夜は特別な気がしていた。
「ねえ、まつたけ」
梨子は、小さな声で呼びかけた。
まつたけはベッドの下から顔を上げ、梨子を静かに見つめた。
その優しい瞳に、梨子はそっと笑いかけた。
「今日、みんなに会って、あらためて思ったの」
まつたけは、ゆっくりと梨子のもとに近づいてきた。
「わたしたちって──家族だよね」
梨子はまつたけの頭に手を置いて、そっと撫でた。
「血が繋がってるとか、そういうことじゃなくて」
まつたけは、静かに耳を動かしながら、梨子の言葉に耳を傾けていた。
「君がいて、わたしがいて、
一緒に笑って、
一緒に泣いて、
何でもない日を一緒に過ごして──」
梨子は、ふと視線を落とした。
指先が、まつたけの毛をすくうように撫でる。
「それだけで、もう充分だって思ったの」
まつたけは、梨子の膝に頭を乗せた。
その重みが、梨子の心にじんわりと沁みていく。
「わたしたちは、
わたしたちなりの形で、
家族になっていこうね」
梨子の声は、震えていたけれど、確かだった。
まつたけは、梨子の膝に顔を預けたまま、ゆっくりと目を閉じた。
心臓の鼓動が、梨子の太もも越しに、かすかに伝わってくる。
(──家族)
その言葉は、まつたけの心に深く染み渡っていった。
血も、言葉も超えて。
ただ、
梨子のそばにいるだけで、
まつたけの世界は満たされていた。
まつたけは、梨子の膝にそっと前足をかけた。
まるで、
(わかってるよ)
(ずっと一緒にいよう)
と伝えるかのように。
梨子は、
その小さな重みを受け止めながら、
微笑んだ。
「ありがとう、まつたけ」
静かな夜。
窓の外の街の灯りが、
ふたりをそっと照らしていた。
梨子は、まつたけの頭に額を寄せた。
(わたしたちは、わたしたちでいいんだ)
ふたりだけの、誰にも壊せない絆。
言葉なんて、もういらなかった。
ただ、
この温もりさえあれば。