※この作品はR-18です。

東京都高度育成高等学校・北郷伝   作:山上真

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北郷伝:10

「あああぁぁぁっ! もうっ! ふざ! けんな!」

 

 部屋の片隅で空気式のサンドバッグを相手に、桔梗が叫び声を上げつつ拳と足を振るっている。それに伴い、ズバン! ズバン! と良い音が奏でられている。

 ダイエット兼ストレス発散用の道具として購入されたサンドバッグは、今日も今日とてものの見事に役目を果たしていた。入学してから一週間と経っていないのに、もはや風物詩と化してしまった感がある。

 なお、共同生活を機にルールとして各自の呼び方を改めることにした。時期尚早と言えば確かにその通りではあるのだが、呼び方ひとつで互いの距離感が変わるのも確かな事実。それにこのままだと、特に愛里などは遠慮しすぎるきらいがあった。

 メンバーの中だと、一般的な学校の一般的な評価項目であろう学力、運動能力、コミュニケーション能力の全てにおいて、彼女はダントツでビリだ。その分だけ自己評価が低いし、自信がない。それでも、ファッションや自撮りなどが絡む場合は饒舌にも積極的にもなるのでまだマシではあるのだが。

 呼び方一つとっても様々な意味を持つ。互いの距離感や立場によっても変動するし、それは社会通念を鑑みれば致し方のない部分もある。だが、中には己に自信がないからこそ、必要以上に相手を尊重したり、逆に相手を貶めたりする場合もある。

 何を優先するかは人それぞれで違うし、時と場合によっても変動する。ただし、愛里は基本傾向が尊重パターンと言えるだろう。それを、せめて限定範囲内においては儀礼面のみの方向に持っていきたい。

 呼称の変更は、そのための荒療治でもある。一定の理があるためだろう。最終的には可決された。

 基本的に、俺は相手の名前を呼び捨てだ。ただし、諸事情により幸村だけは名字呼びのままだが。

 幸村自身は本人の名前が嫌いなようで、どうやらそれには相当に根深い問題があるらしい。ただ、感情面に由来する問題でもあるようで、今は自己整理の真っ最中なのだとか。正確には、俺たちと接することにより感情面の問題だと自覚したそうだ。

 まあ、そういう込み入った事情があるのなら、こちらとしても無理は言えない。

 

「いや~、桔梗ちゃんは今日もやってるね~」

 

 千秋が呑気な感想を呟く。彼女の場合は、名前にくん、ちゃん付けに分けられる。ただ、やはり幸村に対してのみは『幸村くん』だ。

 もはや風物詩と化したこの光景。桔梗も最初のうちは闇雲に拳と足を繰り出しているだけだったが、それを見た清隆が口を挿んだものだからさあ大変。簡素ながらも身体の動かし方、拳と足の繰り出し方をレクチャーされた結果、その拳撃と蹴撃は日毎に鋭さを増している。打撃音と風切り音にもハッキリとした違いが表れていた。

 多方面において優秀な能力を持つ桔梗だが、それには当然ながら日々の積み重ねが必要だ。しかし、どれだけストイックに生きたところで、人には限度があるのも事実なのだ。個人差はあるにせよ、勉強を疎かにすれば学力は下がるし、運動を怠れば身体能力は劣化する。

 桔梗はその上で優秀な能力を維持しているのだから、各方面のポテンシャル自体が優れていることを如実に表している。そしてメンバー内には、分野次第では桔梗以上の能力を持つ者もいる。である以上、適切な教えを受けた上で真面目に取り組めば、一足飛びな成長を果たしたところで何の不思議もないのだ。

 その教師役は専ら清隆である。学力に関して言えば俺と幸村も桔梗以上だと自負してはいるが、流石に清隆には及ばない。本人曰く、常人が一生をかけて学習する知識量を遥かに超えている、とのことであり、実際、これから先に学ぶ範囲の問題も軽々と解き明かす。これには俺と幸村も脱帽だ。

 反面、頭脳面では俺も清隆には負けていない。むしろ、囲碁、将棋、チェスでは勝ち越している。

 確かに頭脳面でも清隆は優れているのだが、アイツの場合はその判断元があくまでも『学問』に偏っている。人類学や心理学といった、全体的な傾向から判断を下しているに過ぎず、個人を重視してはいないのだ。

 こればかりは経験と積み重ねがモノを言うので仕方ないが、そのためか割とうっかりミスも多い。あくまでも傾向は傾向に過ぎず、何から何まで当て嵌まるわけではないのだ。例外は必ず存在する。

 清隆も頭ではそれを理解しているようだが、実感が及んでいないそうだ。本人の感情発達が希薄にして未熟なため、感情を優先した行動を取られると格下相手にも後れを取るのだ。清隆自身の地力が高いのでカバーできてはいるが、相手次第ではカバーが追い付かないため致命的な隙となる。

 そんな清隆側の事情に加え、俺の方の事情もある。

 囲碁や将棋における俺の師は三国志に名高き人物たちなのだ。特に軍師陣。魏なら桂花、風、稟。呉なら冥琳、穏、亞莎、包。蜀なら朱里に雛里。董卓軍なら詠に音々音。袁紹軍なら真直。もちろん、愛紗を始め将軍の中にも嗜む者は多かった。……向こうの時代背景的にチェスは例外だが、それだって応用が利かなくはない。何せ、盤面に駒を打って勝利を目指すという根本部分は同じなのだから。

 俺の中には彼女たちの教えと打ち筋が根付いているし、何だったら限定的なトレースだって可能である。それらを駆使すれば、如何に清隆が相手であっても早々負けることはない。

 

「さあ、愛里。今度は背筋を十回だ」

「う、うん」

 

 その清隆はと言えば、同じく部屋の片隅で愛里のトレーニングに付き合っていた。幸村も一緒である。

 メニューとしては、ストレッチ、腹筋、背筋、腕立て伏せ、スクワットだ。

 如何せんメンバー内では体力を含めて最下級の二人であるからして、片方がやってる間にもう片方は休んで体力回復に努め、というのを交互にやっている。

 回数は清隆の判断に任せているが、日毎にやれる回数が増えている。実際、最初は五回が精々だったからな。それを思えば、確かに成果は出ていると言えるだろう。

 

「さあ、美雨も向こうに負けてられないぞ!」

「は~い!」

 

 俺は俺で恵と美雨を見ている。幸村と愛里よりマシとはいえ、身体能力面ではこの二人も平均以下なことに違いはない。この先を考慮すれば、今から鍛えておいて損はないのだ。一朝一夕で確たる効果が出るようなものでもないのだから。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 入学してから今日で早くも一週間だ。

 俺の忠告も何のその、我がDクラスはこれ以上ないほどに問題児然とした様相を披露していた。

 最大の問題児は、何と言っても須藤という赤髪の男子だろう。立ち居振る舞いも不良然としており、授業中の居眠り、遅刻、無断欠席のオンパレードだ。バスケ部に所属しており、運動能力もクラス内では優秀な部類だが、如何せん欠点が多過ぎて僅かな長所を打ち消して余りある。

 だがまあ、俺に言わせれば本当にプロを目指しているのか怪しく思えてならない。本当にプロを目指しているのなら、少なくとも儀礼や英語には力を入れろという話だ。ただでさえバスケの本場はアメリカなんだから。技量だけでプロを目指すなら、よっぽどに飛び抜けたものが必要となる。

 須藤が圧倒的なだけで、男女問わず問題児が多いのがDクラスである。授業中の私語、携帯操作、廊下の走行等々、違反した項目と回数は数えるのも馬鹿らしいほどだ。ドラマの不良校もかくやとした有様に、もはや呆れよりも関心の方が勝る。

 やはり、何らかの手を打つべきだろう。現在の俺たちは、『新入生』、『クラスメイト』という点で平等なのだ。であるからこそ、注意喚起くらいしかできることはなく、それも一定以上には響かないし届かない。

 個人的にはワイワイと楽しく過ごしたいのが本音だが、それ以上に推薦の確約という特典が得たい。そのためには、たとえ傷つけることになろうとも、恨まれることになろうとも、否応なしに現実を叩きつける必要があるだろう。クラス内での格差社会を創り上げるのだ。

 そもそも、そうまでして上意下達を徹底しなければ、このクラスが学校生活を乗り切ることなど不可能としか思えない。

 

「おはよう山内!」

「おはよう池!」

 

 俺が密かに意思を固めているその最中、教室内に池と山内の声が響き渡った。遅刻寸前の登校がデフォルトと化していたのに、今日に限ってやたらと早い。まして、両者共に満面の笑みを浮かべているため、端的に言って気持ち悪い。

 だが、その理由が分かれば気持ち悪さもどこかへ消えた。

 今日の体育の授業は水泳であり、それは男女合同だ。それは誰に憚ることなく女子の水着姿を拝めるという事実を示しており、要はそれが楽しみ過ぎて早く登校したわけだ。二人のスケベ心とガキらしさを鑑みれば、むしろ納得の方が勝る。

 

「うう、怖気が……」

 

 隣席に座る美雨が肌をさすっている。それは美雨だけではなく、愛里や井の頭さんを始め、おとなしめな生徒も同じだ。

 グループを組んだ俺たちだが、それぞれのペースとやり方で人脈構築にも勤しんでいる。クラス対抗が待ち受けている以上、クラス内での協力者が多いに越したことはないからだ。

 ただ、俺を含めた一部人員は上手く運べているとは言い難い。

 俺と清隆は言わずもがな。白昼堂々と女子にキスをした一件は、注目を集めている一方で反感を持たれている。それでも、池や山内を筆頭にした一部男子は堂々と悪態を吐いてくるため、そこを基点にして交流を重ねてはいるが、やはりマイナスからプラスへ持っていくのは生半なことじゃない。コミュ強の俺ですらそうなんだから、清隆は尚更拙い。

 幸村、愛里、恵の三人も、今は自己強化の方に重きを置いている。二年の教室を見れば退学を身近に感じずにはいられず、である以上、その対象になるのは実力のない者と考えるのが妥当である。そして、学力テストもそうだが、学校生活を送るに当たっては体育祭や学園祭も真っ先に思い浮かぶ。

 簡単に思い浮かぶだけでもこれだけ足切り場があり、三人はそのどれかに引っ掛かる可能性が高いのだ。そこに危機感を抱けば、安穏としていられるわけがない。何せ、足切りの選定方法が不明なのだから。学年内、乃至はクラス内での最下実力者を切るのならば、まだ余裕はあるだろう。だが、基準値未満が対象になるタイプだった場合は非常に怪しい。

 それで言えば美雨も運動面で引っ掛かりそうなものだが、どうしてかそれほど心配を抱けない。美雨ならば大丈夫だろう、という安心感の方が先にくるのだ。接する時間が増えるにつれて、尚更にそう思う。

 おそらくは彼女の纏う空気感によるものだろう。……そう、どこか月や美花を連想させるのだ。普段は一歩も二歩も下がっているが、いざともなれば覚悟ガンギマリで周囲がドン引きするほどに苛烈な行動も辞さないタイプ。美雨からはそんな空気を感じてならないのだ。

 そんなわけで、グループ内での人脈構築は桔梗、千秋、美雨の三人に一任されているのが実情だった。

 桔梗はキスをされた張本人という立場を活かして、それとなく俺と清隆のフォローをしてくれている。グループの一員ということもあり、千秋や美雨も同様だ。

 おとなしかろうと、騒がしかろうと、色恋沙汰が好きな女子は多く、それもあって俺はキャーキャー言われている。

 なお、清隆の方はそこまででもない。ただし、周囲からの反感もそれほど買ってはいない。これは、ある意味で上手く噛み合った結果と言えるだろう。

 顔立ちはイケメンだが無表情で積極性に欠ける清隆は、『根暗』や『地味』といったイメージを持たれている。一方の愛里も、基本的に学校では雫としての顔を出すことはなく、地味な装いを心掛けていることもあって、清隆と同様のイメージを持たれている。そのためか、地味同士お似合いじゃね? といった空気が気付いたときにはできあがっていたのだ。……いやはや、真実を知った時の反応が怖くもあり愉しみでもある。

 

「あ゛~、水泳の授業、マジで憂鬱なんだけど……」

 

 恵が背後から俺にもたれかかる。それを見た男子が何やら言っているが、俺の耳には届かない。

 

「どうする? 見学に回るか?」

「そうしたいのが山々ではあるんだけどね~」

 

 恵の脇腹には傷跡がある。中学時、イジメによって受けた傷だ。初めて俺たちが逢った時も、恵はそれで苦しんでいた。俺の気功治療で薄まりはしたものの、消すことまでは叶わなかった。まあ、薄まっただけでも恵が精神を回復させる一助にはなったのだが。そしてその事実こそが、恵が俺に懐く一因でもある。

 学校がユニフォームとしてスクール水着を採用している以上、傷跡は水着に隠れるだろう。だが、それはそれだ。誰かに見られないとも限らない。場合によっては興味本位で探られたり、裏でコソコソと噂される可能性だってある。

 まして、うちのクラスには池と山内を筆頭にデリカシーの欠如した男子が多い。何だ、女子の胸の大きさで賭けるって。同じ男としてその気持ちに理解を示さないでもないが、少なくとも女子の目に映る範囲でやるのは問題ありだろう。こいつらは本当に彼女を作りたいと思っているのだろうか?

 

「やっぱ、一刀も胸の大きな女子の方が良い?」

 

 俺が馬鹿どもの方に視線を向けたことに気付いたのか、恵が不安そうな声で訊いてくる。

 

「嫌いじゃないが、巨乳だろうと美乳だろうと貧乳だろうと、結局は当人の一側面に過ぎないからな。俺は容姿だけで人を好きになることはないし、人柄だけで好きになることもない。好きになるのは双方が噛み合った場合だよ」

 

 その代表格が漢女だろう。正直、人柄だけならば好ましいとは思うのだ。しかし、どれだけ人柄が好ましかろうと、心が乙女だろうと、パンイチの筋肉ムキムキマッチョマンに迫られて喜ぶ趣味など俺にはない!

 

「ああ、もちろん恵のことは好きだよ。恵だけじゃない。桔梗も、愛里も、千秋に美雨だって好きさ。……まあ今となっては、愛里には先約ができてしまったけどね。女の子が悲しむのは好きじゃないし、あの二人には上手くいってもらいたいと思っているよ」

 

 紛うことなき本音である。俺の女好きは真性のものだ。どの勢力に所属しても『種馬』扱いが絶えなかったのは伊達ではない。

 それと同時、女の子が悲しむ顔が嫌いなのも本当だ。必要とあれば、清隆から愛里を奪うのも辞さない。まあ、そうならないのを願ってはいるが。

 

「……この節操なし」

「はは、よく言われたよ」

 

 恵の文句を軽く笑って受け流す。

 現代社会ではあるまじきことだが、俺には誰か一人の『本命』を選ぶことなどできそうにない。選んだとしても形だけになるだろう。だがそうした場合、今の社会ではメリットよりもデメリットの方が多く感じる。ならば、わざわざ結婚などという枠組みに囚われる必要がどこにあるのだろうか? 明確なルール違反を犯さない限り、実力さえあればどうとでも黙らせることは可能なのだから。

 男女の関係でよく話題に挙がる三角関係なんてものは、一夫一妻制度を下地に置いた結婚を前提にしているからこその問題なのだ。一夫多妻制度が許可されているなら問題にはならない。

 しかし、現実問題として多くの国が一夫一妻制を採用している。

 ならば、そもそも結婚しなければいい。無理に相手を選ぼうとするから良好な関係にも亀裂が走ったりすることを鑑みれば、それだって一つの解決方法だ。

 結婚しなくたって子供は産めるのだし、当事者同士が結婚しなくても構わないのなら、あとは生活環境を構築できるかどうかだ。

 まあ、そこが一番の難問ではあるのだが、逆に言うとそこさえクリアできるのなら、現代でもハーレムは形成可能なのだ。である以上、俺にとってハーレムを目指さない道理はない!

 そうこうしている内に茶柱先生がやって来て、男どもの馬鹿話も一先ずは幕を下ろすのだった。




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