※この作品はR-18です。

東京都高度育成高等学校・北郷伝   作:山上真

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例によって、【】内は中国語ということでお願いします。


北郷伝:70

「思ったんですが、どうせ試験はあと数時間で終わりですし、必ずしも私がリタイアする必要はないのではないでしょうか?」

 

 試験最終日。

 最後のスポット更新を終えて、予定通りにリタイアするべく船へと向かっている道中、有栖がそんなことを口にした。

 咄嗟に急ブレーキをかけ、言及された事柄に対して思考を働かせる。

 

「……確かにそうだな」

 

 結果、頷かざるを得なかった。

 そも、有栖のリタイア路線は、この試験中、有栖の体力や体調が保たないと思われたからだ。

 だが、蓋を開ければそんなことはなく、あと数時間で試験が終わりを迎えるという状況になっても、有栖にしんどそうな様子は見られない。何が起こるか分からないので断定はできないが、普通に大丈夫そうではある。

 ならば、必ずしも有栖がリタイアする必要はないだろう。

 

「いやはや、先入観とは恐ろしいものですね。リタイアを前提に考えていたため、『リタイアしない』という選択肢が今の今まで抜けていました」

「それを言うなら俺もだよ。……そうだよな。有栖の体調が保ちそうなら、有栖がリタイアする必要はないよな」

 

 有栖がリタイアしないなら、その時点で試験ポイントが30は浮く。これは大きい。

 付け加えれば、リーダー当ての際に誤認を促せる。

 Dクラスからスポット占有に動いていた俺と有栖のうち、俺だけがいない。その時点で、他のクラスが俺のリタイアを察するのは容易い。そこから短絡的に考えれば、残った有栖がリーダーということになるだろう。

 まあ、短絡的に考えれば、の話にはなってしまうが、葛城派には戸塚がいる。

 端的に言えば『葛城至上主義』の男であり、以前にAクラスでリーダー争いをしていた有栖や、現在のAクラスで葛城以外に支持力を集める蓮華に対する反発心が強い。それは視野狭窄を引き起こすには十分な土壌となる。

 それでいて、戸塚は葛城の側近に位置するのだ。端から見ると、なぜ葛城が側近にしているのか分からない。いや、それだけ葛城をヨイショするのが上手いのかもしれないし、そういった立場の人物が近くに必要なのも頷ける話だが、発言力を持たせるかはまた別の話だろう。

 正直な話、他のクラスからAクラスを見た場合、戸塚は穴でしかない。

 とはいえ、あまりにも明確な弱点であるからこそ、狙い撃ちにするのが憚られる部分もあるが。これは戸塚を憐れむとかそういう話ではなく、弱点には弱点のままでいてもらった方が助かるからだ。

 

「んじゃ、有栖には試験終了まで頑張ってもらうってことで」

「承りました」

 

 予定を変えてベースキャンプに向かい、そこで有栖を下ろす。元々リタイアする予定だったので、手荷物もキチンと持っている。

 流石に午前六時を過ぎれば、チラホラと目を覚ましている生徒の姿もあった。

 

「北郷くんに坂柳さん!? え? いま空から降りてこなかった?」

 

 だからこそ、そんな健康優良児の一人に、着地の瞬間をバッチリと目撃されてしまった。言わずとしれた平田である。

 

「おはよう、平田」

「おはようございます、平田くん」

「ああ、うん。おはよう、二人とも」

 

 平田の様子を気にすることなく平然と挨拶を返すと、平田もまた礼儀として挨拶を返してきた。……こういう行動ができるから、コイツは貴重なんだよな。

 

「質問に答えると、時間短縮のために木から木へと飛び移っているんだよ。むしろ、そうでもしなきゃ、いくらBクラスの協力を得たってスポットの大量占有なんかできはしないって」

「はあ……木から木へ。まるで忍者みたいだね。……うん、前々から思っていたけど、北郷くんのことを常識に当て嵌めて考えるのは止めた方がいいみたいだ」

 

 溜息を吐き、頭を横に振りつつ、何とか平田は言葉を絞り出したみたいだった。

 割と失礼な物言いではあるが、役割的には明命だって忍者みたいなものだったし、忍者扱いに異論はない。

 

「それで、何だってここへ?」

「いや、あと数時間で試験は終わるだろ? 最後のスポット更新もしたし、俺はリタイアするつもりなんでな。そうなると有栖の移動が心許なくなるから、一足先にこっちに連れてきたわけだ」

「リタイア? ……いや、そうか。リーダーだからってリタイアできない道理はないのか。高円寺くん然りCクラス然り、リタイアするのに本当に体調不良である必要がないのは明らかだ。

 リタイアによる30ポイントのマイナスは痛いけど、リーダーを当てられた場合は一クラスにつき50ポイントのマイナスで、スポット占有で稼いだボーナスポイントまで無に帰してしまう。それを思えば、十分にありな選択だろうね。

 いや、そうか。最初から試験の最後にはリタイアするつもりだったから、ああも大胆にスポット占有に動けていたわけか……。納得がいったよ」

「ま、そういうことだ」

 

 頷きつつ、俺は改めて平田に感心した。俺がリタイアするという一言から、そこまで思考を働かせることができるのだ。やはり、Dクラスの生徒では非凡である。

 

「てなわけで、俺は一足先にオサラバだ。試験終了後に会おう」

「分かったよ。……北郷くん、試験お疲れ様」

「そっちもな。クラスの奴らの面倒をよく見てくれたよ」

「それも、君の掌の上だったんだろう?」

「そうなることを望んではいた。……が、実際にそうなるかは定かじゃなかった。そうなったのは、お前が期待通りに動いてくれたからだ」

「期待を裏切らなかったことを喜べばいいのか。それとも、いいように動かされたことを悔やめばいいのか。どっちだろうね?」

「さあな。それを決めるのはお前だよ」

 

 試験での健闘を称え合った俺たちは、最後に握手を交わして別れるのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「あ゛ぁ~、ジュースが美味え」

 

 久しぶりに口にしたコーラは、暴力的な旨味を俺に齎した。自然、その感動が口から零れた。

 

「然り然り」

「まったくだぜ」

 

 それに続く声が二つ。星と龍園だ。この二人もまた、船内に設置されたドリンクサーバーから飲み物を手に入れていた。

 まあ、俺と同じくリタイアが既定路線だったし、ほぼほぼ同時行動をしていた以上、星がいるのはおかしくない。

 だが、何故か龍園までもが一緒だった。……いやまあ、龍園も、リタイアする、とは言っていたので、おかしくないと言えばおかしくないのだが。

 

「今回の試験、『宝の持ち腐れ』って言葉をこれ以上ないほどに実感したぜ。テメエからペンションを提供されたはいいが、俺じゃあ活かしきれなかったからな。入学してから独学で自炊し始めた身にとっちゃあ、難易度が高すぎる。

 それでも、食うと寝るに困らなかっただけマシなんだろうがな。流石に手軽な『焼き』ばっかだと、いくら美味い肉だって流石に飽きてきやがるってもんだ」

 

 そう言って、龍園は深々と溜息を吐いた。

 そりゃそうだろう。どれだけ豊富な食材と設備があったところで、それを活かすための技能がなければ役立てることなどできはしない。

 料理一つにしたって、『焼き』、『蒸し』、『揚げ』、『煮込み』といった具合に、大きく分類される。その中でも細分化され、ピンからキリまであるのが現実だ。中には複数の工程を挿むものだってある。

 肉だってそう。『焼肉』という言葉があるように、焼けば食べられるし、一番単純にして単調な料理法だろう。だが、肉は『焼き』以外にも幅広い適応性を持っている。それを真に堪能しようと思えば、相応の調理技術と調理設備は必須である。

 っていうか、龍園の奴、キチンと自炊してたんだな。ホント、見かけや普段の態度からは考えられず、真面目なとこは真面目である。何事も、必要とあれば苦に思わないタイプというわけだ。

 

「本音を言やあ、とっととリタイアしちまいたくもなったがな。だがそうすると、Aクラスがリーダー当てに動く可能性が減っちまう。

 Aクラスの一強状態を打ち崩すには、Aクラスがリーダー当てに動き、外し、その上でリーダーを当てられる、そんな状況を作るのが必須だ。

 何せ、今回の試験ではCPのマイナスがねえからな。すごろくに例えるなら、Aクラスを一回休み状態にし、その間に他のクラスがコマを進めるしかねえわけだ。

 しかし、運だけでどうこうなるわけがねえ。必然、そうなるように、こちらもまた手を尽くす必要がある」

 

 龍園の言い分は言い得て妙だった。確かに高校生活をすごろくに例えるなら、今回の試験に『何マス下がる』といった結果はない。クラス間の差を埋めようと思ったら、他のクラスが追いつくしか方法はないのだ。

 

「そのためにも、少なくとも葛城派にはギリギリまで俺の健在を知らしめる必要があったし、ギリギリまでリタイアするわけにはいかなかった。

 ここまでくると、自分たちが不利な契約を結ばされたことにも契約の穴にも、葛城派だって気付いている筈だ。だからこそ、せめてもの意趣返しとしてリーダー当てを仕掛けてくる可能性は高え。何せ、対外的にCクラスで試験続行中なのは俺だけになってるからな。……念のために確認するが、『海の家』に残した伊吹たちを他のクラスの目に晒しちゃいねえだろうな?」

「……夜はともかく、日中は引き籠ってもらってたよ」

 

 俺は明後日の方向を向きつつ、何とかそう返した。

 

「おいこら、どうしてそこでそっぽを向きやがる? まさか、てめえ……」

「いや、そのな。気分転換の海藻採りを希望されたら、無下にするのもな……。夜にそんなことをさせるわけにもいかないし……」

 

 他ならぬ澪からそんな希望を出されれば、流石に却下するのも憚られた。

 

「チッ、んなことを言うとしたら伊吹の奴か……。訊くが、伊吹以外は見られてねえだろうな?」

「おそらく、としか言えないがな。基本的には屋内作業に従事してもらったけど、夜には外に出ることも多かったし、断言はできない」

「……まあいい。過程がどうあれ、結果的にAクラスがリーダー当てに動いて外せばいいんだ。むしろ、その状況は逆に好手かもしれねえしな」

 

 妙だな? やけに龍園の物わかりがいい。結果的に退くにせよ、もう少しねちっこく責めてきてもいい筈だ。

 それをしないということは……。

 龍園を怪しんでいる状況で、『龍園と別行動を取っているCクラスの生徒』の情報を得れば、葛城派も『龍園のリタイア』に気付く可能性はある。その上でミスを誘発できる可能性もあるだろう。

 だがそれは、同時に葛城たちもまた『リーダーのリタイア』を取る可能性が高くなることを意味している。それに気付かぬ龍園でもないだろう。

 その上で、龍園はそこについて何の言及もしてこない。

 その事実が指し示すことは……。

 仮説が生まれたが、俺はそれを口にしなかった。表情の変化までは止められなかったかもしれないが、口にしない限りは疑惑止まりとなる。

 その一方でこちらも仮説止まりとなるが、口にしたところで確定昇華できるとも限らない。

 ならば、仮説を基にした新たな可能性を心構えておけばいいだけだ。

 

「おっと、そうこうしているうちに開き始めた店もあるようですな」

 

 星の言葉で飲食店エリアの方を見ると、確かにその通りだった。暖簾を出したり、OPENの看板を出したり、そんな店がチラホラとある。

 現在時刻は午前の七時を過ぎたばかり。一般的な飲食店に比べると開店時間がやけに早いが、これらの店はホテルや旅館での朝食に相当するからだ。俺たち乗船客の食事が船内の飲食店に依存する以上、開店時間もそれに合わせる必要があるのは道理である。

 

「んじゃ、お先に。いい加減、凝った料理が食いてえんでな」

 

 片手を振りつつ、龍園はとっとと席を去っていった。律義というか当然というか、ドリンクカップを道中のゴミ箱に叩き込むことは忘れずに。

 

「それでは、私もここで。せっかくなので御一緒したいのは山々ですが、おそらく主は『悪来』に向かわれるつもりなのでしょう?」

「うん、そうだね。合宿初日に瑞姫から教えられたんだけど、流琉が来ているらしいんだ。そうと知ったら流石に逢っておきたいし、久しぶりに流琉の手料理も食べたくなるさ。結果的に一週間のオアズケを食ってるわけだから尚更だ」

「でしょう? 知らぬならまだしも、知った上で流琉の邪魔するわけにはいきますまい。入学してからは御無沙汰ですが、その前にはこちらも流琉には大層世話になっていたものですからな。これで邪魔をしてしまっては、流石に流琉に申し訳がないというものです」

 

 星は首を横に振り、やるせない表情で答えた。

 表情から察するに、流琉の手料理を食べたいのは星も同じ筈だ。だが、その上で流琉を慮っている。

 確かに、試験という已むを得ない事情があったとはいえ、教えられてから一週間放置しているのだ。むしろ、だからこそ俺も『悪来』に行こうとしているわけだし。

 その一方、瑞姫から流琉に話が伝わっていると考えるのが普通だし、流琉も事情に理解を示してくれるとは思うが、その上で可能な限り再会演出を考えるべきだ、と星は言っているのだ。

 

「そう言われたら、無理に誘うわけにもいかないな。……分かった。『悪来』には俺だけで向かうよ。また後で」

「ええ、また後で」

 

 星と別れ、俺は独りで『悪来』へと向かう。無論、ドリンクカップを途中のゴミ箱に叩き込むのは忘れない。

 店の前に着いたとき、まだ『悪来』は開いていなかった。説明書きによると、開店時間は午前の7:30らしい。店の前に並べられた椅子に座って、おとなしく開店時間を待つ。

 その傍ら、見本品を眺めながら何を頼むか考える。どれもこれもが美味そうではあるが、『朝食セット』というのがあったのでそれを頼むことに決めた。日替わりのおかず、野菜系料理、炒飯、中華スープの組み合わせらしい。

 そうして待つこと数分。店の中からドアが開かれた。暖簾を持った男性が出てくる。この店のスタッフだろう。アジア人種ということは分かったが、日本人か中国人なのかまでは判断が付かなかった。

 

【……お待たせいたしました。ご来店ありがとうございます】

 

 その男性は僅かに焦った表情を浮かべ、どうにか冷静さを繕って言葉を発したが、その言葉は中国語だった。

 言った直後に本人もそのことに気付いたのだろう。焦りの色が強くなる。普通に考えて、日本の高校生が中国語を理解できる可能性は低い。

 日本人にも身近な中華だが、だからこそ、今回の乗客――つまりは俺たちが『日本の高校生』であることを鑑みると、朝から中華が選ばれる確率は低いと言えるだろう。皆無ではないだろうが、開店前から並ぶ客がいると思わなくても不思議はない。

 推測でしかないが、早期に試験をリタイアした生徒たちが開店前から並ぶことはなかったのだ。それが数日も続けば、油断が生まれてしまっても仕方がない。

 

【中国語は分かりますのでお気になさらず。こんな豪華客船です。普段のお客様がどんな層なのかは自然と想像できますし、その中には通訳がいて然りでしょう。また、中国発祥の『本格中華』を売りにしている以上、店内における普段の会話が中国語であってもおかしくはありませんよ】

 

 焦らせておくのもかわいそうなので、フォローを入れる。こちらが中国語を理解できると分かった瞬間、スタッフの表情に安堵の色が広がった。

 

【……そう言っていただけると助かります。しかし、日本の学生さんの割には随分と中国語が達者ですね。中国生まれの方ですか?】

【純日本人ですよ。ただ、周りに中国語が達者な人たちが多いのも事実でして。

 乗船初日に『漢女道』の瑞姫から、夏休みを利用してこの店に流琉が手伝いに来ていることを聞きまして。試験もどうにか終えたことですし、久しぶりに彼女に逢いがてら手料理を食べに来たわけです】

【ほう!? 流琉お嬢様のお知り合い! ……もしや、お客様は北郷一刀様でしょうか?】

【ご存知で?】

【それはまあ、小学生にとっては貴重な夏休みの二週間を拘束されるわけですからね。そんなところに、乗船客として乗り込むならまだしも、スタッフとして乗り込んできたんです。こちらだって疑問に思いますし、理由を訊き出すくらいはしますよ】

 

 この世界での流琉は小学生なのか、それは知らなかった。いやまあ、あのロリ体型を思えば納得ではあるんだけど。

 

【……そう言われれば御尤もですね。そうして訊き出した結果、流琉の口から俺の名前が出たわけですか?】

【そういうことです。まあ、他にも名前の挙がった方々はいますが、一番熱が入っていたのはお客様の名前でしたね。

 おっと、これ以上の立ち話は無粋ですね。店内にどうぞ】

 

 そうしてスタッフに促され、俺は店内に入るのだった。 




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