中華料理店『悪来』の店内は、そこそこ広くはあったが、同時に、そこまで広いというわけではなかった。
そりゃまあ、如何に豪華客船とはいえ店を構えられるスペースは限られている。その状況下で門を構えているのが複数もあっては、尚更範囲は狭まるだろう。
しかし、席も自前で用意しているという事実は、それだけ『悪来』の資本力が高いことを物語っていた。
そもそも、豪華客船に出店できるだけで一つのステータスである。
まあ、豪華客船だからといって、必ずしも乗船客が上流階級の人間とは限らないのも事実だが。俺たちのような例もあれば、何かしらの記念として乗り込む者だっているだろう。
おそらくはそういう理由もあって、フードコートにも需要がないわけではない。だがその中には、提供する料理故、という理由の店もあるだろうが、資本力の問題でフードコートにしか出店できなかった、という店もあるだろう。
その点において『悪来』は、カウンター、テーブル席、座卓を揃えており、テーブル席と座卓には仕切りも用意されている。つまり、それだけの資本力を持っていることを証明している。
同時、プライベートの確保が容易であることも示していた。
【テーブル席と座卓、どちらがいいですか?】
【……いいんですか? 俺、個人客ですけど……】
スタッフに問いかけられ、俺は思わず訊き返した。普通に考えて、個人客が相手ならカウンターに案内するだろう。
【構いませんよ。その方がお嬢様にもゆっくりしてもらえますのでね。
確かにお嬢様は齢に見合わぬ調理技術を修めてますが、やっぱりまだ小学生でしかないんですよ。
そんなお嬢様が、ここ最近は鍋を振るいっぱなしだったんです。お嬢様に頼らねばならぬ自分たちの未熟の証明ですね。実際に助かりはしましたが、羽を伸ばしてもらいたくもなりますよ】
スタッフはにこやかに返し、かと思えば僅かに表情を顰めた。
まあ、如何に凄腕であっても小学生に手伝ってもらったとあれば、プロとして恥じ入るのも道理だが、それもまた妙である。
俺の把握している限り、高円寺を除けばリタイアしたのはCクラスが大半の筈だ。
確かに船内スタッフもいるだろうし、俺の把握していないリタイアした生徒もいるかもしれない。それらを合計すればそこそこの数になるかもしれない。
それでも、その全員が『悪来』に来るとも思えない。船内には他にも魅力的な飲食店はあるのだから。
それを思えば、十分に捌ける筈だ。
【……試験を途中リタイアした生徒は四十人くらいだったと思いますが、そんなに繁盛したんですか?】
【そういうわけではないのですが……】
スタッフは口を濁らせた。繁盛したのなら、素直にそう言えばいい。にも拘らずそれをしない。である以上、真っ先に思う浮かぶのは『繫盛』以外の理由だ。
そこまで考えてピンときた。今しがた想像したように、先にリタイアした生徒の中には『高円寺コンツェルン』の御曹司がいたのだ。
あのゴーイングマイウェイ男ならば、味にうるさい舌を持っていてもおかしくはない。ここは曲がりなりにも豪華客船に門を構えた飲食店だ。
学校生活では元から期待をしていなかったから不満を持つこともなかったかもしれないが、豪華船内の料理店にであれば僅かなりと期待を持つことだってあるかもしれない。
まあ、その期待も本当にわずかなものかもしれないが、そこで自分の舌を唸らせる料理に出会えば?
【なるほど、高円寺ですか……】
サービス業のスタッフとしては、面倒な客にも真摯に対応しなければならない。
その点において、高円寺は実に面倒な客と言えるだろう。ただの『高度育成高等学校』の生徒であったならば店側も注意したかもしれないが、アイツは『高円寺コンツェルン』の御曹司だ。俺も未だその片鱗しか知らないが、あの傲岸不遜な態度が、その高い実力に裏打ちされたものであることは分かる。
その言が『ただの学生の世迷い事』ではなく芯を突いたものであったなら、店側は尚更対応に苦慮するだろう。
実際、似た事例として、俺は十分に満足できる料理店の店主に対し、華琳は散々とダメ出しをしたことがあった。期待の裏返しで高円寺が同じことをしないとは限らない。
その結果、流琉にお鉢が回り彼女が対応することになった……という可能性は十分にあり得るだろう。むしろ、一度考えてしまうとそうとしか思えなくなった。
流琉の料理は、自他共に厳しく自らもまた完璧超人である華琳が認めるレベルだ。である以上、高円寺が認めるレベルであったとしても不思議はない。
望外にそんな料理に出会ってしまえば、地に落ちた期待は高昇りし、通い詰めても、注文過多になっても、何らおかしくないだろう。
【ッ……!? ノーコメントでお願いします。――それで、席の方は如何されますか?】
スタッフは僅かに息を呑み、それでも実際のところを口に出すことはなかった。実に口が堅い。口の堅さは、客商売として紛うことなき優秀さの証明である。
それでも、これ以上は不味いと思ったのか、改めて席の確認をしてきた。
俺としても高円寺のような迷惑客になる気はないので、素直に乗っかる。
【座卓でお願いします】
テーブル席も悪くはないのだが、今は思いっ切り足を伸ばしたい気分だ。マナーは悪いが、座卓であればゴロンと転がることができるのも一因だ。
部屋を仕切った上で少しの時間ならば、店側も文句は言うまい。部屋を仕切るということは、客がプライベートの確保を目的にしていることでもあるのだから。
同時、部屋を仕切ってしまえば、他の客にマナーの悪さが露呈することもない。である以上、店のステータスが下がることもない。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
スタッフさんが立ち去ってから暫し。
未だ料理を注文していなければ、当然ながら料理が届いている筈もないので、部屋を仕切ってもいない。仕切るのは料理が届いてからで十分だ。
部屋を仕切っていない以上、客の姿を確認することも容易となる。
だからこそ、案内された座卓を覗き込む小さな人影があった。紛うことなき流琉である。
今の流琉は小学生と聞いているし、小学生の、特に低中学年であれば実際にとってもおかしくないような行動だ。
その一方で流琉らしからぬ行動であるのも事実だが、やって来たのが本当に俺であるかを確認するには上手いやり方と言えるだろう。
まあ、高度育成高等学校の貸し切りである船に小学生がいる状況そのものがおかしいとも言えるが、各家庭には家庭の事情や都合がある。豪華客船に乗り込んで作業することを許されるような優秀なスタッフなればこそ、家庭が上手くいっていない、と思われるには十分だ。儲けはあれど、触れ合いがなければ家族間の熱だって冷めるものなのだから。
おそらく、流琉はそういう風に思われることまで見越した上で行動を取っている。主たる華琳や、上役である秋蘭の薫陶が行き届いているのも事実なのだ。その分だけ、実年齢に比べて遥かに成熟しているのは間違いない。リスクリターンの計算だってある程度はやれるだろう。
それでも、現在の実年齢が実年齢だ。こちらから僅かに窺えるその仕草と表情は、まさに年相応と言ってよく、そのような計算を働かせているようには見受けられない。
俺が流琉に気付いたことに、流琉も気付いたのだろう。
「やあ、流琉」
「一刀兄様!」
俺と流琉の声が重なり、流琉がダッと駆け寄ってきた。――かと思えば、急ブレーキをかけて仕切りを閉めた。
「ふぅ……。これで外から見られることはありませんね。――お久しぶりです! 一刀兄様!」
流琉は安堵の息を洩らし、こちらを振り向いたときには満面の笑顔を浮かべていた。ある意味で物凄い二面性である。薬で小さくなってしまった少年探偵もビックリだろう。
「うん。本当に久しぶりだね、流琉。一週間前――乗船した日には瑞姫から流琉が来ていることを聞いてはいたんだけど、来るのがここまで遅くなっちゃったよ。本当にゴメン」
「そんな!? 謝らないでください、兄様。兄様はプライベートで乗船したわけではなく、あくまでも学校行事の一環として乗り込んだんです。だったら、そちらを優先するのは当然のことです!」
俺の謝罪に、流琉は両手を振って答えた。
「……そう言ってくれると助かるよ。――ところで、スタッフさんから聞いたんだけど、流琉って今は小学生なんだって?」
「はい、そうですよ。兄様の知っている相手ですと、季衣に音々音さん、美羽さんも小学生ですね」
「あ~、やっぱりあの子たちもいるんだ。……ところでさ、改めて訊くのも憚られるんだけど、名づけの法則とかってあるのかな? 俺が実際に会ったのは、全員が『向こうでの名字に真名』っていう組み合わせだったし、真名に慣れてたから何の疑問も持ってなかったんだけど、改めて考えると名字との組み合わせ次第じゃ思いっ切り語呂が悪くなる相手もいるじゃない?」
「あ~、いますねえ。実際、私も『典』の名字だったら語呂が悪いですし……。だからか分からないですけど、私の苗字って『悪来』なんですよね。この店と同じです。
確かに私は典韋ですが、正史で語られる典韋とも、演義で語られる典韋とも別人です。『悪来』=『典韋』の別側面として『流琉』がいる、と考えることだってできますし、そう考えれば今の名前にも違和感はありません。語呂も典流琉よりはいいですし。
ただ、名前はともかく、家族とかに違和感が出まくりなんですけどね……」
流琉は最後に溜息を吐いた。
「と言うと?」
「家族として認識はできるんですけど、家族とは思えないんですよ。私を成り立たせるための舞台背景。情がないと言われるかもしれませんが、そうとしか思えないんです。以前はそうでもなかったんですが、いつからかそうとしか思えなくなってしまったんです……。
今回の乗船に関してだってそうです。『三國』の連絡網で、兄様たち高度育成高等学校の一年生がこの船に乗り込むことを知り、私もまた即座に乗船希望を出しました。その結果として、私は今この場にいるわけですが、一週間とかからずに許可が下りたんですよ? 確かに華琳様たちの後押しがあったとはいえ、すんなりと私の意見が通り過ぎているんです。
自分で希望しておいて、と思われるかもしれませんが、私、まだ小学生ですよ? 結果的に希望が通るにしても、もっと時間が掛かった方が自然な筈なんです」
「……ふむ」
頷けないわけではない。流琉が俺たちの乗船予定を知ったのがどのタイミングかは分からないが、一週間足らずで許可が下りるのは確かに早いだろう。流琉が疑問に思うのも当然だ。
また、流琉=典韋は三国志において著名な人物ではあるが、その両親は違う。むしろ、三国志の有名人であっても、親まで有名な人物の方が少ない。だからこそ、親には個性を持たせられなかったのかもしれない。
貂蝉の話によると、あくまでこの世界は『外史』だ。人の想念によって形作られている。それはつまり、ベースとなる情報が少なければ少ないほど固定化できない、ということになりはしないだろうか?
流琉を登場させるに当たり、彼女を産む親の存在は必須だ。しかし、メインが流琉であるのなら、親の情報など無くても構わないとも言える。最悪、流琉の存在が確定した時点で孤児になっても構わないのだ。
よく『中国四千年の歴史』と言われるが、言われ始めた時点で、それだけ歴史の片鱗が残っていたのだろう。そしてこのフレーズは、しばしば武術や料理とも結び付けられる。
それが、この外史では流琉を構成する情報の一つである『料理上手』と結び付いたのだろう。結果、『歴史を持つ名料理店の娘』として、この世界の流琉が生まれたわけだ。
考えすぎると『卵が先か、鶏が先か』になってしまうが、成り上がりのシンデレラストーリも物語として王道なら、順風満帆な最強ものも王道だ。流琉の場合は後者が当て嵌まったわけである。
そして、そのように流琉の存在が確定したのであれば、第三者にとってはその親など知ったことではない。あくまでも重要なのは流琉だからだ。
そりゃあ、流琉の付随情報として親を重要視する人物だっているだろうが、肝心要の親に関する情報がないのだ。自然、人々は好き勝手に妄想し、矛盾の塊となる。
結果、流琉の親に相応しい、『料理上手』や『怪力』といった情報しか採用されなかったとすればどうだろうか? 流琉からすれば、非常に無味乾燥な親となるだろう。
おそらく、流琉の人格が形成されるにつれ、記憶が定着するにつれ、親への印象も変わってしまったのだと思われた。
「貂蝉から聞いたんだが……」
俺はそこら辺の推測を流琉に語った。
「……なるほど、そう言われると納得です。と言うのも、大概に共通する意見なんですよ。例外があるとすれば、華琳様とか、桂花さんとか、馬家姉妹だとか孫家姉妹だとか、大小問わず親の情報が語られている人物なんですよね」
まあ、確かにその辺はな。炎蓮さんは言うまでもなく、馬家姉妹の親である馬騰も三国志では一翼を担っている。単に翠=馬超の知名度の方が圧倒的に高いだけだ。曹操の親や、名家である旬家に関しても、三国志にはチラホラと情報が残っている。
「ああ、そうそう! 名前に関してでしたよね? 現在のグローバルな社会情勢の影響もあってか、私たちって必ずしも純中国人ではないんです。ハーフやクオーターな子もいますし、むしろ日本人な子もいますよ。音々音さんなんかがそうですね。陳宮が名字になってるんです。何て読むんだったかな? 『むねみや』だったか『つらみや』だったか……」
ポンと手を打って軽く説明したくれたあと、流琉は考え込んだ。
音々音の場合、確かにそのような読み方であれば違和感はだいぶ減る。
だとすると、蒲公英や鶸もそのパターンだろうか。馬家の一員として名字から『馬』の字は外せないとして、涼州と合わせて『
とはいえ、あくまでも日本人的な感覚による部分も大きいので、そのまま馬姓の可能性もなくはない。
「っと、このまま話し込んでいたいのも山々だけど、来店したからには料理を注文しないとな。朝食セットを一つ頼むよ。できたら流琉の手料理がいいな」
「お任せください! 久しぶりに兄様にお出しする料理ですからね! 腕によりをかけますとも! では、早速作ってきますので、少し待っててください!」
言いながら力こぶを作ってみせた流琉は、厨房へと引っ込んでいった。
久しぶりの流琉の手料理とあって、俺は提供されるその時を楽しみに待つのであった。
本作の恋姫はその設定上、原作の恋姫とは『同一人物にして別人』です。
同時に、『三国志の登場人物であり、別人』でもあります。
そして恋姫の設定で最重要なのは、あくまでも真名です。それ以外の設定も重要ではありますが、真名には劣ります。
真名の響き的に、日本人名にすると違和感のないキャラも結構いるんですよね。
なので本文中で挙げた名前周りは、それを理由にした苦肉の策です。
下の名前は真名で確定させ、名字を変形させます。あくまでも、本人として通じるレベルに留めるつもりではありますが。
実際、『典流琉』よりは『悪来流琉』の方が響きは良いですし……。
その関係もあって、恋姫の家族設定は薄いです。いちいち家族の細かな設定までは考えていられないというのもありますが。
なのでそこに関しても、本作はあくまでも『外史』である、という設定と絡めました。
本作は『一刀がメイン主人公で、恋姫がヒロインで、そこに新たな舞台と、ヒロインを含む新たな登場人物が加えられた外史』なわけです。
普通に考えれば『親あっての子供』となるわけですが、一刀と恋姫に関しては『一刀(恋姫)あっての家族』となっており、世界レベルで優先順位も変更されています。
まあ、大概はその自覚も認識もありませんが。
一刀自身、冷静に考えれば親の印象が薄いことに気付きます。祖父に関しても『鹿児島で剣道場を営むスパルタ祖父ちゃん』という印象はありますが、それ以外は希薄です。
気付いてしまえばSANチェック間違いなしなので、無意識に気付かないようにしています。
『ご都合主義』にはそこら辺も含まれることとなりました。便利な言葉です。
スパロボYをプレイするため、暫く更新をストップします。書いては投稿しての自転車操業状態でしたし、いい機会です。
感想・評価お願いします。