「……なるほどな。以前にお前たちから危惧するところを打ち明けられてはいたし、こちらとしても佐倉の入学を認めた時点で同様の危惧を抱いてはいたんだ。……お前たちには話してなかったが、担任である私には人事部の方から通達があったのは間違いない。
佐倉は当校の生徒『佐倉愛里』であると同時に、アイドル『雫』でもあるからな。その人気と知名度は、登校に属する生徒の中でも群を抜いていると言っても過言ではない。まあ、お前たちの推測通り、その事実こそが佐倉の入学を認める要因になったのは否定できないわけだが……。
しかし、こうして事が現実に起こってしまうと、頭の痛いどころではないな。
不便をかけるようですまないが、暫くの間、佐倉には不要不急な外出を禁止する。寮と学校の往復だけに注力すること。それに伴い、可能な限り単独行動もよしてくれ。強制はできないが、協力してくれると嬉しい。
無論、その間にこちらも『上』に報告し、関係各所と対応について協議する。それで決定した事項に関しては、お前たちにも通達することを約束しよう。
佐倉本人だけではなくお前たち全員が同席しているのは、大方以前に北郷が持ちかけてきた創部の件に影響が出ることを懸念しているのもあるんだろう? 佐倉本人を心配しているのも本当だろうがな。
ああ、この手紙の一部は、証拠品として預からせてもらう。もちろん、残りはお前たちが持っていていい。
ま、何だかんだ言ってこっちも学校だからな。ルールを守っている限り、生徒に悪いようにはせんよ」
『お願いします』
早めに登校して『愛里に送られた手紙の件について』を報告・相談した俺たちは、茶柱先生による通達を受けた後、揃って頭を下げてからその場を辞した。
「ま、妥当と言えば妥当なところか……」
「誰がやっているのかは分からないが、ここが陸の孤島であるからこそ、調査範囲も限定的で済む。相応の時間は必要になるだろうが、間違いなく事態は解決するだろう」
「問題があるとすれば、どれだけの時間がかかるか想像もできないところだな」
「茶柱先生は確かに私たちの担任だけど、言ってしまえば一担任教師でしかないからね。どれだけの影響力を持っているかは分からないけど、決定力は低そうかな?」
教室へと向かいながら、今しがたの通達に関して意見を交わす。
現状では愛里の窮屈さが増しただけだが、そこに関しては無理も言えない。
この閉ざされた敷地内に手紙の送り主がいるのは間違いなく、それが誰かも分かっていない。手紙の内容が気持ち悪いのは事実だが、言ってしまえば手紙が送られてきただけであり、実害が出ているとは言えない。さりとて、手紙の内容を鑑みれば、不用意に愛里を外出させない方が望ましい。出かけたところを実際に襲われないとも限らないからだ。
そういった諸々を鑑みれば、茶柱先生の下した結果は『実に妥当である』と言わざるを得ないだろう。末端教師が大それた決定を下せる筈もないことを考慮すれば尚更だ。
「けど、ある意味では幸いでしたね。間違いなく犯人は見付かりますし、処罰が下ることが確定しているわけですから。――唯一の例外があるとすれば、そもそもこれが『学校側の仕組んだヤラセ』だった場合ですかね?」
「あ゛~、否定しきれないところが悩ましいわ~。普通に考えればあり得ないけど、この学校だからね~。実際にそうだったとして、何とでも言い訳付けれるのがこれまた腹立つわ~」
「それ以上は冤罪になっちゃうから置いとくとして。
そもそもが政府が運営する学校だしね。現状でもどこかのスタッフに犯人がいるのは間違いないんだし、その威信に掛けて調査するでしょ。話が表沙汰になった時点で、雇い主が甘い対応で済ませようとしても、それは許されないし許さないと思うよ」
それもまた事実。
どちらの可能性もあり得るのが何とも言えないところだが、ともすれば茶柱先生自身も『ヤラセ』であることを疑っているフシがある。証拠品となる手紙の、全てではなく一部を回収というところが、実にそれらしい。
まあ何れにせよ、犯人に対し表向き何らかの処罰は下されるだろう。
現在は入学して約半月。少なくとも、来月になるまでは様子見するのが妥当か。
「念のため、他のクラスにも注意喚起を促しておこうか。犯人がボロを出しにくくなる可能性もあるけど、人海戦術で見つけやすくなる可能性もある。何より、他にもこんなことをしでかす人物がいる可能性もゼロじゃない。ゼロじゃなくなってしまった」
気付いたときには、そう口にしていた。
学校の対応がどうなるか未だ不透明な現状では、妥当と言えば妥当な提案である。
だがその実は、そうすることで自分を追い込んでいることを自覚していた。
何の因果か、Dクラスを除く各クラスに、見覚えのある名前がチラホラと存在しているのである。
俺は、その事実から目を逸らしていた。『気のせい』、『偶然』と自分に言い聞かせていた。事実、桔梗のように『本当に偶々名前が一致しているだけ』という可能性もゼロではない。
しかし、その可能性はどれほどあろうか。
新一年生の入試成績を購入したときか、或いは入学時にクラス分けの掲示板を見たときか、もっと遡って家庭教師と出逢ったときか。そもそもが俺という存在か。……考えれば考えるほど、必然である可能性の方が高い。
つまりは、そろそろ目を逸らすのを止める段階ということだ。現実を直視する時がきたということだ。
坂柳理事長の紹介で俺が出逢った家庭教師。短期間で俺を高みへと導いてくれた家庭教師。この世界における、俺の初体験の相手。――その名を、周冥琳と太史梨晏と言った。そう、呉の重鎮、周瑜と太史慈である。
名も、外見も、性格も、向こうの世界で俺が出逢った彼女たちと瓜二つ。違いがあるとすれば、彼女たち自身はこの世界の生まれであるということと、それでいて向こうの世界の影響を受けているということ。
彼女たち以外にも同様の現象が起こっている人物はいるが、その発現の仕方も、影響の度合いも人によって異なるらしい。生まれつき影響を受けている者もいれば、三国志に関連する何らかのアイテムに接近することで初めて影響を受ける者もいる。
彼女たち自身、どうしてそうなっているのか定かではないらしい。それでも、推測として『無念』や『妄念』がその身を形作っていると言っていた。あくまでも感覚的なものになるが、敢えて言語化するなら『世界を渡る過程で弾き飛ばされた部分が、それでも北郷一刀という存在を求めたが故にこの世界へと辿り着き、それが具現化した存在』ということだった。
そういった事前情報があったから、俺は美雨との初対面時、彼女の語ったことをすんなりと信じられたのだ。
俺はあの展示会で、銅鏡を介して精神乃至は魂だけが向こうの世界へと飛んだ。ならば、同様に向こうの世界とを繋ぐアイテムがあっても、それを介してこちらへと渡ってくる精神乃至は魂があってもおかしくはない。そして、こちらへやってきた精神乃至は魂は適応者と同化し、世界へと定着し、輪廻転生を以て生まれ変わった。生まれつき影響を受けている者がこのパターンである可能性は否定できないだろう。
そこまでして
だが、そう思う一方でこうも思うのだ。果たしてこの俺は、彼女たちの求めた北郷一刀なのだろうか? と。
冥琳と梨晏は俺を肯定してくれた。しかし、たったの二人でしかないのも事実なのだ。どうやったって不安はぬぐえない。その自信のなさが恐怖へと変わり、ここまで確かめるのを避けていた次第である。我ながら実に情けない。
「どうした、北郷?」
隣を歩く幸村が、心配そうに問いかけてきた。どうやら、殊の外表情に出ていたらしい。
「いや、ちょっと思うところがあってな。
Bクラスは一之瀬さんがいるから繋ぎを取るのに問題はないけど、誰か、AクラスとCクラスに知人はいる? 一応、名前だけなら知人の可能性がある人物がいるんだけど、本人かどうか分からないんだよね」
覚悟したつもりで、それでも逃げ道を探してしまう。……本当に度し難い。
「あ、私いますよ。A、B、Cどのクラスにも。所謂『中国圏ネットワーク』ってやつです」
俺の問いかけに、朗らかな笑みを浮かべて美雨が答えた。
「ってことは中国人? なんて人?」
「Aクラスだと孫蓮華と甘思春、呂亞莎の三人。Bクラスだと劉桃香と公孫白蓮、趙星の三人。Cクラスだと荀桂花、郭稟、程風の三人です。仲間内だと三国志になぞらえてAクラスの面子を呉軍、Bクラスの面子を蜀軍、Cクラスの面子を魏軍と呼んでますね。まあ厳密には違うメンバーもいますが、年上と年下を含めると面子はもっと増えるもので、細かなツッコミは遠慮してください」
千秋の質問に美雨が答える。挙げられた名前は、俺の心当たりそのものだ。それにより、俺はまた一歩追い詰められた。
しかし、ここまでくると美雨の存在が不思議でならない。彼女曰くの『中国圏ネットワーク』。確かに、何の因果関係も無しに知り合える可能性はゼロではない。それでも、こんな偶然があり得るのだろうか?
そんな俺の疑問を知ってか知らずか、美雨は俺に意味ありげな視線を送ってくる。我慢できず、問いかけた。
【美雨、君はいったい何者なんだ? 俺の知っている人物なのか? 向こうの世界に関わりのある人間なのか?】
【いいえ、です。正真正銘、私はこちらの生まれですし、向こうとは直接の関係はありません。
ただ、元々が家族ぐるみで付き合いのある家も何軒かありまして。私の家が日本に渡ってきたのには、それも一因として存在します。
天の御遣いに関しては幼い頃から聞かされてまして。だからでしょうね。初めて逢った時から一刀くんには親しみを感じていました。まあ、それによって混乱させてしまったようですが……】
ごめんなさい、と美雨は笑顔で謝った。
それを聞き、俺はホッとした。言われてみれば尤もである。この世界に足跡があるのなら、家自体が元から知り合いであってもおかしくはないのだ。
同時、そんなことにも思い至らなかった自分に情けなさを覚えた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「失礼するよ」
ガラリと扉を開け、教室内に入る。ただし、そこは自分の所属する教室ではない。同じ一年の教室ではあるが、DクラスではなくAクラスである。
「櫛田……? ということはDクラスか?」
「綾小路くん……?」
「一刀……?」
「北郷……?」
「一刀様……?」
反応してこちらを見た人物が、小さく呟くのが耳に届いた。内訳としては男子が一人に女子が四人。
ただし、洩らした言葉の方向性も、また異なる。
男子の一人は、桔梗を見て俺たちをDクラスだと判断。それが何用で現れたのか見当が付かず、僅かに警戒を示している。
禿頭の巨漢であり、それがまた威圧感を放っている。
女子の一人は、清隆に対してのもの。どうやら、清隆を知っているらしい。清隆の過去を思えば、奇妙なこと極まりないが。
紛れもない美少女ではあるが、その手には杖を持っている。何かしら身体に障碍を持っているのだろうか?
残りの女子三人は、間違いなく俺を見てのもの。
【おはよう。蓮華、思春、亞莎。はじめましてと久しぶり、どっちが正しいかは分からないけど、ちょっと時間が押してるんでね。詳細についてはお昼にでもどうかな?】
「【……分かった。ではお昼に】。……それで、Dクラスのお前たちがAクラスに何の用だ?」
「これはうちのクラスメイトに送られてきた物だ。学校側には今しがた報告してきたけど、どんな対応を取るつもりなのかはまだ分からなくてね。また、学校の対応がどうあれ、この手紙の送り主以外にもこんな行動を取る人物がいないとは限らない。いないと断言できなくなった。そのため、ちょっと注意喚起をと思ってね」
言って、俺は愛里に送られた手紙の一通を、彼女たちに差し出した。
「……なるほどな。確かに、場合によっては大事になりかねんか……。情報提供、感謝するぞ一刀。間違いなく、うちのクラス内でも共有しておこう」
「ああ、よろしく頼むよ、蓮華。……じゃあ三人とも、またお昼に」
手早く用件を済ませ、Aクラスを後にする。
さっきまで持っていた緊張感は何だったのか? 我ながら呆れるくらい、普通にやり取りをすることができた。
まあ、それはそれ。早めに登校したとはいえ、茶柱先生への報告に時間を取られたこともあり、各クラスを巡るには時間が押しているのは間違いない。
その後もBクラスとCクラスを訪れ、似たような……うん、大まかに言えば似たようなやり取りを済ませて、自分たちの教室へと戻った。思いっ切り抱きつかれようが、罵倒されようが、鼻血を噴かれようが、弄られようが、彼女たちの為人を思えば、何ら不思議なことではないのである。
「おうコラ北郷! 櫛田ちゃんがお前の部屋に泊まったってのはどういうことだ!?」
そうして、教室に戻った俺たちを――俺を出迎えたのは、怒り狂った池の一言だった。
感想・評価お願いします。
今回の話は特に賛否両論あるかもしれませんが、D以外の各クラスに恋姫キャラを突っ込むのは最初から決めてました。人選については非常に迷いましたが。
できる限り陣営毎にまとめつつ、クラスの特色に合わせて選んだつもりです。
特にツッコミが多いだろう華琳様についてですが、恋姫キャラを突っ込んだ理由と合わせ、次話で説明します。