「おうコラ北郷! 櫛田ちゃんがお前の部屋に泊まったってのはどういうことだ!?」
教室に入って早々、池の怒鳴り声に出迎えられた。
チラリと下手人らしき人物――佐藤さんに視線を向ければ、手を合わせペコペコと頭を下げている。おそらくは昨日の件が改めて話題に挙がり、追究を誤魔化しきれなかったか、或いは口を滑らせるかしてしまったんだろう。
正直に言えば、あまり喜ばしい事態ではない。それでも、佐藤さんを必要以上に責めるのも酷だろう。事情があったとはいえ、俺たちがもっと早くに教室に来ていれば防げた可能性もあるのだから。
「ああ、その件か。別に話しても構わないけど、それより先にやることがある。それについてはまた後だ」
言い捨て、教卓に向かう。時間が押しているのだ。他のクラスには注意喚起をしておいて、自分たちのクラスにはしないなどとなったら本末転倒である。
「おい待てよ、北郷!」
だが、池にとっては、そんなことお構いなしである。俺の肩に手を置いて、動くのを防いでいる。事情を知らないのだから無理もないが、流石にイラついてくる。説明すると言っているのだから、素直に待てないのだろうか?
振り払うこと自体は可能だが、監視下にある状況、ヘタな真似は避けたい。
「離してくれないか、池。説明はすると言っているだろう? 単に、それよりも優先することがあるだけだ。正直、お前一人の嫉妬と、クラスメイト全員の安否を比較したら、どちらに天秤が傾くかは自明の理だ」
「どういうことかしら、それは?」
俺の言葉を聞き捨てることができなかったのだろう。我関せずを貫いていた堀北さんが問いを投げてきた。
同時、極僅かな例外を除き、クラス中の視線が俺に集中する。……結果オーライというべきか。そもそも、教卓に向かおうとしたのはその方が視線を集めやすかったからである。視線が集まったのなら、わざわざ教卓に向かう必要もない。
「端的に言うと、愛里のストーカーが現れた。もしかしたら単に表面化しただけかもしれないが、そこまでは分かっていない。
こんな手紙が幾らか愛里の部屋に送られてな。さっき茶柱先生には報告してきたが、学校側がどういう対応をするのかは分かっていない状況だ」
俺の言葉を受け、クラス中が騒ついた。予想外だったのだろう。俺の肩を掴む池の手も緩くなっている。見逃さず、その手を離させた。
同時、手紙を適当な生徒に渡し、回し読みさせる。
「愛里がアイドルの雫だというのは皆も既に知っていることと思う。ある意味で、アイドルとストーカー問題は切っても切り離せない。行き過ぎたファン活動が、己すらも知らずの内にストーカーに仕立て上げていることだってままある。それがニュースになったり、刑事ドラマの題材で使われたりもしてるしな。
ここへの入学に当たり、愛里は雫としての活動を休止中だ。それでも、ブログやSNSまで閉鎖したわけじゃない。そして閲覧すれば分かることだが、その双方において気持ち悪いコメントは存在する。愛里に限らず、似たようなことは度々起こり、その都度問題視されているが、明確な解決方法は出ないままだ。どこの誰がやっているのか? それが分からないのがネットの利点であり欠点でもある。
だからこそ、可能性だけなら、この敷地内にそんなことをしでかすファンがいたとしてもおかしくないわけだ。しかし、それが可能性では済まず現実になってしまったのが今回の問題だ。
この手紙の送り主に限って言えば、まさかの場所で本人を見かけて舞い上がってしまったパターンだろう。だが、重要なのはそこじゃない。この陸の孤島――閉ざされた敷地内にそんな人物がいたという事実こそが問題なんだ。
何故ならば、一人いた以上は他にもいないとは断言できず、そのターゲットとなり得るのが愛里だけとも限らないからだ。何せ、この学校は容姿、外見も実力として評価している。それに応じて、男女問わずビジュアルの良い生徒も一定数以上存在する。
そんな状況で、自分が、身近な友人が矛先にならないと断言できるか? 女が犯人でないと断言できるか? できないだろう?
行き過ぎた猜疑心を持たれると困るが、危機管理意識は持ってもらわないと困る。グループで行動するとか、一人で出かける時は用件を済ませたらすぐに帰るとか、ちょっとしたことでも大分変わるからな。そんなわけで、今回説明させてもらった次第だ」
俺の言葉に対し、楽観そうな表情を浮かべる者、不安そうに相談する者、すまし顔でいる者、反応は実に様々だ。
この中で一番マシなのは不安そうな表情を浮かべている者。危機意識がしっかりと働いていることを意味している。
どちらとも言えないのがすまし顔の者。まあ、高円寺や堀北さんなわけだが。己が実力への自信がそうさせているのだろうが、その実は過信である場合も少なくはなく、油断や慢心を招く場合もある。よっぽど実力に開きがない場合は、足を掬われる可能性も捨てきれない。
問題外なのは楽観そうな者。あくまでも対面の火事として事態を捉えている。究極的なところで他人事だと思っているから、そんな顔ができるのだ。そして、多くの男子陣はここに該当する。池や山内も。
それを見て、俺は疑問を思わずにはいられない。
手紙という物的証拠がある。携帯端末を使えば、SNSやブログのコメントを見ることだってできる。なのに、何故あっけらかんとしていられるのか。
池、お前は桔梗がその被害を受けないとでも思っているのか?
山内、愛里が実際に被害を受けているんだぞ。色欲が先に立っているとはいえ、お前はそれで何とも思わないのか?
それは怒りへと転換され、俺は知らずの内に手を握り締めていた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
HRが始まったのはそれから間もなくのこと。
「今日はお前たちに伝えておくことがある」
茶柱先生は教卓に両手をつき、そんな出だしで口を開いた。
内容としては、やはりストーカーに関することで、被害者については『当校の生徒』という形でぼかしていたが、俺が前以て伝えたことと大差はない。
しかし、これは大きい。『校舎外ではあまり単独行動をするな』、『できる限り多人数での行動を取れ』。言ってること自体は同じでも、所詮は一クラスメイトが発言するのと教師が発言するのとでは、抱く危機感にも大きな違いが出るからだ。
普段からHRでの伝達内容が少ない茶柱先生である。ストーカーへの注意喚起をしたとはいえ、まだHRの時間は十分に余っていた。
「先生、質問いいっすか?」
そこで、珍しいことに池が手を挙げた。タイミングを鑑みれば、十中八九話題は限られる。
「珍しいな、池。質問は何だ?」
茶柱先生もまた珍しさに驚き、次いで質問を促した。
「俺、ちょっとしたことから、櫛田ちゃんが北郷の部屋に泊まったって聞いたんすけど、良いんすか、それって?」
そして、池は予想通りの質問を投げかけた。俺に対する怒りを必死に堪えているのだろう。一つ一つ、区切り良く発音していることが、その怒りのほどを窺わせる。
池としては、先生に否定されることで、公的に俺が怒られることを期待していたのだろう。その気持ちを察するのは容易だ。そして、妥当と言えば妥当な手だ。
しかし――
「ふむ。櫛田が北郷の部屋にか……。構わんだろう、別に」
「……え?」
池の期待こそが、真っ向から拒絶された。
それが信じられなかったからだろう。池は呆然と突っ立っている。
「寮則において、男子が女子部屋のある階層に行くのには時間制限を設けているが、その逆は否定していない。である以上、櫛田が北郷の部屋に泊まったところで、寮則的には何の問題も無い。
大半が信じられんという顔をしているな? だが、これはお前たち生徒のためでもあるのだぞ?
当校においては生徒の自主性を尊重してはいるが、学生の本分が勉強にあることを否定してはいない。そして以前にも言ったかもしれんが、学力や交友関係なんてのは人それぞれだ。同性間のみで効率的乃至は有効的な勉強ができるとは限らん。
例えば、池。お前は須藤や山内とよく一緒につるんでいるようだが、三人に共通してその学力はクラスでも下から数えた方が早い。分からない者同士だけで集まって、これでどうやってまともな勉強をする? まともな勉強ができる? ――無理だろう?
他に同性で教えてくれる人物がいるのなら問題はないかもしれない。だが、教師役を務めてもいいという人物が異性にしかいなかったら? 極論を言えば、そういった事態に対する救済策の一種だ。相手の信用と信頼を稼げば、時間外だろうと異性の部屋に来て勉強を教えてくれる可能性はゼロではない。無論、その逆も然りだ。
あくまでも入試での評価になるが、櫛田は学年でも優秀な成績だ。流石にトップ層には及ばないが、逆に言うと学力面で櫛田の面倒を見れるのはトップ層しかいないということになる。そして、北郷は紛れもなくトップ層の一人だ。櫛田が勉強を教わりに行っても何ら不思議はない。根を詰めれば、そのまま寝落ちすることだってあるだろうさ」
茶柱先生がそこまでを言ったところで、チャイムが鳴った。HRの終了だ。
「チャイムが鳴ったか……。まあ、そういうことだ。では、これにてHRを終了する」
言い捨て、茶柱先生が教室を去っていった。
池は呆然と突っ立っている。
「ちくしょおおぉぉ! 何でだよ!? ありなのかよ、こんなの!?」
やがて、池は苛立ち混じりに机を叩き、慟哭した。……池にとっては無情極まりないだろうが、これが学校の裁定なのだ。
確かに倫理面では問題がある。しかし、そこを除けば一定の筋が立っているのは事実なのである。
誰も池にかける言葉がないままに、教師が訪れ一時限目の授業が始まった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
昼休み、俺はいつものグループメンバー及び三国志勢と屋上を訪れていた。
クラス毎にまとまりつつ、全員で大きな円を組んでいる。共通の知人ということで、俺と美雨がDクラスの両端に位置していた。
「それじゃあ、食べながらでいいんで、まずは改めて自己紹介からやっていこうか」
俺が音頭を取り、順番に名乗っていく。
そして全員が名乗り終わったところで、質問タイムに移り変わった。ただし、時間が限られているため、質問は一人一つまで。もちろん、質問によっては答えられないこともあるし、全員が質問をする前に終了時間を迎える可能性だってある。
とはいえ、連絡先の交換も済ませた以上、後から個人的に訊くことだって不可能ではない。
「まずは俺から質問させてもらうよ。……個人的な疑問になるけど、華琳はいないのか? 正直、
俺の質問に、蓮華たちは揃って苦笑した。
「いないわけじゃないけど、華琳さん、私たちより年下だから」
「実際、向こうでもそうだっただろう? 全部が全部というわけではないが、個人的には割と踏襲されている部分は多いように感じるな。私は炎蓮母様の娘であり、雪蓮姉さまの妹であり、小蓮の姉であるといった部分はまるで変わっていない」
「ただその一方で、妙な部分も大きいですけどね~。何と言うか、私たちやお兄さんの認識が多分に影響しているような感じです。
私が向こうでお兄さんと初めて逢った時、私は星ちゃんや稟ちゃんと一緒でした。場合によってはそこに香風ちゃんが組み込まれるわけですが、それは置いておきます。ともあれ、この時点でお兄さんにとっては、私、稟ちゃん、星ちゃんが一緒にいるのは組み合わせ的におかしくないわけです。
その後は星ちゃんと別れたわけですが、今度は仕事柄桂花ちゃんと一緒になることが増えました。これにより、私、稟ちゃん、桂花ちゃんの組み合わせもお兄さん的にはおかしくないことになります」
俺の質問にそれぞれが答えてくれた。端的に言って分かりやすい。そのことに礼を言う。
「ありがとう。取り敢えずの理解と納得はできたよ」
完全に、と言われると難しいが、一定の筋は通っている。
言わば、三国志における設定が軸に敷かれ、そこにエッセンスが加えられている感じだ。ただし、その設定次第ではそこまで重く捉えられてもいない……と。
例えば孫家。この親子関係が崩れたら、そもそもが三国志として成り立たない。故に、
「ん~、まあよく分からないけど、次はあたしが~。正直、あたしたち全員が気になってると思うんだけど、ズバリ皆と一刀の関係は?」
「全員俺の嫁」
恵の質問に対し、誰かが口を開く前に俺の方で答えを口にした。
「まあ、間違いではないな」
「うん、間違いじゃないね」
「まったく、なんだってこんな精液男と……」
続き、それぞれのクラスの中心格――蓮華、桃香、桂花――が遠回しに同意する。
「厳密に説明することも可能ですが、結構信じられない内容になりますし、どの道この時間内では終わりませんので、この場はこの答えで無理にでも納得しておいてください」
稟がそのように補足を入れた。実際、信じ難い話ではある。こればかりは、実際に体験してみないと、心からの同意は得られまい。
そうまで言われてはグループメンバーも質問を続ける気になれないのだろう。おとなしく引き下がった。
その一方、最も気になるだろう質問について封殺されてしまったため、次に何を訊くかグループ内で相談しあっている。
「では、次は私が質問をさせてもらうとするか。……この中に一刀の女はいる? なお、実際に抱いたかだけじゃなく、粉かけ状態も含むものとする」
「ぶふっ……!?」
訊かれることを覚悟はしていたが、まさかこの場で訊かれるとも思っていなかった俺は、思わず口の中の物を噴き出してしまった。途端に巻き起こる非難の嵐。……悲しい。
ついでに言うと、それを訊いてきた蓮華からの圧が凄い。いや、蓮華に限ったことじゃないんだけど……。
「あ~、桔梗は抱きました。恵と美雨からも求められてはいますが、取り敢えずは彼女たちの地力を上げるのが先と思って、まだ手は出してません」
「あら? 意外と少ないのね……。一緒にいる女の子には、もうとっくに全員手を出しているものかと思ってたわ」
俺の言葉を聞いて、心底不思議そうに呟く蓮華さん。……そんなに意外か、おい。
「ふむ。……では、残りのお二人は?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべて問いかけてきたのは星である。
「一応、俺たちは全員で共同生活を送ってるんだけどな。その前提でになるが、愛里は清隆とプラトニック? な関係を構築中。千秋は独り身。同様に幸村も」
「何で疑問形な関係なのよ?」
呆れた声で訊いてきたのは桂花である。
「まあ、清隆の過去が過去でな。能力は高いんだが、感情面が未発達なんだ。恋情とか愛情よりも興味の方が先に立ってる」
「あ~、なるほど。綾小路清隆って名前、どっかで聞いたことあると思ってたんだけど、あれでしょ。『ホワイトルームの最高傑作』とかってやつ」
俺の説明に、桂花は訳知り顔で頷いた。どうやら、清隆の素性について心当たりがあるらしい。
瞬間、桂花へと清隆が殺気を向ける。
「おや? 知られたくはありませんでしたか。これは申し訳ありません」
しかし桂花は平然としており、それを見兼ねた稟が代表して頭を下げた。まあ、本当に謝意が込められているのかは見ていて怪しかったが。
「まあ、悪かったわよ……。一応説明しておくと、こっちだって各所に根を張ってるんだから、相応の情報は入ってくるわよ。まして、あまりにもバカらしい命題に必死に取り組んでいるとあれば、その滑稽さも相俟って余計にね。まあ、馬鹿らしさでは私たちも負けてはいられないから否定はしないけどね」
「『バカらしい命題』に『滑稽さ』……か。ああ、そうだな。確かにその通りだ。……すまなかった。オレにとっては忌むべき過去なんでな。思わず過敏に反応してしまった」
「ま、無理矢理付き合わされた身であることを鑑みれば、仕方ないんじゃない」
そっぽを向きつつ、桂花が言う。
「しかし、あれだな。桂花の奴、何だか丸くなってないか? 俺に対する態度と全然違うんだけど? 男嫌いはどこいったんだ?」
「うっさいわね! 向こうとはルールも常識も違うんだから、そりゃあ少しくらいは周りに合わせる努力をするわよ!」
「まあ、御覧のように根本的な部分での男嫌いは健在ですけどね。それでも、お兄さんに対するものは『甘え』と捉えて問題ないかと……」
「ちょ、風! アンタねえ~」
俺の疑問に桂花が怒り混じりに答え、それに対し、風が補足を入れつつクスリと笑う。当然、桂花は風へと向けて眦を上げる。
「すまないが質問をさせてもらっていいだろうか?」
「どうぞ」
それを横目に清隆が確認を取り、桃香が笑顔で促した。
「先の発言から察するに、お前たちは相応に大きな組織に所属していると考えて間違いはないのか?」
「まあ、そうだな。現在はグローバルな社会を迎えてはいるが、一昔前はそうもいかない。そんな状況で異国人が根を下ろそうとすれば、必然的に相応の影響力を持たねばならん。それが積み重なって今を迎えているのは事実だ」
「そこにオレを受け入れることは可能か?」
「……なるほどな。後ろ盾を得ようということか。まあ、できなくはないだろうが、私の一存では何とも言えんな。
だが、お前は一刀の友人なのだろう? なら、悪いようにはならんさ。何せ、将来的にそこのトップに立つのは一刀だからな」
「あの、蓮華さん? 聞いてないんですけど……」
「当然だろう。いま初めて言ったんだからな。
冥琳と梨晏から聞いているだろうが、私たちという存在を象るのは無念と妄執だ。それを晴らすには北郷一刀が必要不可欠。しかし、北郷一刀は一人しかおらず、社会情勢的に多婚は難しい。そんな状況で全員のそれを晴らそうとすれば、掟破りや常識破りは当然のこととして、無理にでも周りを黙らせる力が必要となるのは間違いない。だからこそ、先達はそのために動き、それは今も続いている。
そのような前提がある以上、実際に北郷一刀が現れたのなら、その身を迎え入れるのは当然のことだ」
淡々と蓮華は語った。無茶苦茶ではあるが、筋は通っている。そしてそれが事実なら、大いに助かるのは間違いない。
「北郷――いえ、ボス! どうかこれからは犬とお呼びください!」
そして、それを聞いた清隆は俺の方へと向き直り、そんなことを宣いつつ平伏した。いつになく感情が込もっている。
「変わり身はえーなおい!? ってか、んな真似すんじゃねーよ! ダチ相手にんなことさせて喜ぶ趣味なんかねーんだよ!」
必然として、俺は思いっ切りツッコミを入れるのであった。
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もう、『犬小路エロ隆』的なタグをつけても良いんじゃないかと思う今日この頃です。