※この作品はR-18です。

東京都高度育成高等学校・北郷伝   作:山上真

21 / 101
北郷伝:19

 教室にやって来た茶柱先生はいつもより表情が険しい。それでいて、手にはいつもはない物を持っている。あれは……ポスターの筒だろうか? そう見当付けると、すぐにその用途が思い浮かんだ。

 五月を迎えた今日。月の替わりを迎えた初日。

 おそらく、これからSシステムに関して入学時点では敢えて伏せていた部分を説明するのだと思われるが、あのポスターはそのために使うのだ。口頭だけだとどこまで理解できるか怪しい部分があるのも事実。だが、聴覚と視覚の両面で現実を叩き付けられたら、否が応でも認めなくてはならないだろう。

 

「せんせー、ひょっとして生理でも止まりましたー?」

 

 茶柱先生の纏う空気に気付かぬのか、池から発されるバカ発言。いつものことと言えばいつものことだが、相も変わらず空気が読めていない。

 

「これより朝のホームルームを始める。まあ質問はあるだろうが、心配するな。きちんと答える。……が、物事には順序というものがあるのでな。質問に答えるのはこちらの説明が終わったあとだ」

 

 HRの始まりを告げた茶柱先生は、持ってきたポスターを順次黒板に張り出していく。

 一つは、A~D、各クラスの名前と、最大で四つの枠が記載された物。枠の中には異なる数字が記載されている。Dクラスの横に記載されている数字は120。

 一つは、クラスメイト全員の名前と、その横に最大三桁の数字が記載された物。

 一つは、何人かのクラスメイトの名前と、その横に1~3の数字が記載された物。

 一つは、数字はなく、ただクラスメイトの名前が並んだ物。並ぶ名前の数は十。それが男女別の物と男女混合の三種類用意されている。

 流石にポスターの数が数。貼り出している間にHR終了のチャイムが鳴ったが、今日の一時限目は茶柱先生が担当の日本史だから問題はない。或いは、元からこれを見越して時間割が設定されている可能性もある。普通に考えて、HRだけで説明を終えられる筈がないからだ。事実、終わらずに一時限目に突入している。

 

「さて、これらが何か分かるか? まあ、言わずとも何となく想像はつくかもしれんな。得にこれなんかは分かりやすい」

 

 張り終えた茶柱先生は嘲笑を浮かべ、各クラスと数字が記載されたポスターを指し示した。

 

「入学初日に言った筈だ。我が校は実力で生徒を評価する……と。実力と可能性を評価し10万ポイントを振り込んだ……と。

 この数字はクラスポイントといい、入学初日の数字は全クラス等しく1000。これを百倍した数字が、プライベートポイントとしてお前たちに振り込まれることになっている。だから、先月は10万ポイントがお前たちに振り込まれた。

 しかし、この一月の行動でお前たちはCPを溶かしまくった。授業への遅刻や無断欠席、授業中の居眠りや私語、正当な理由なき携帯操作、廊下の走行……まあ他にも色々とあるが、それにより当初は千あった数字がゼロにまで落ち込んだ。

 世の中には連帯責任というものがある。そして、我が校はクラス単位でそれを採用している。真面目に臨んでいた者にはお気の毒だが、その煽りを受けた形だな。とはいえ、呆れたり静観するばかりで止めようと動かなかったこと自体が、罪と言えば罪だ。それを思えば、周りだけを悪くは言えん。

 また、CPがそのままクラスの評価でもある。もしもDクラスがCクラス以上のCPだった場合、それは学校側の評価を覆したことに他ならない。学校側は潔くその事実を認め、その時点で今度はお前たちがCクラスということになっていた。……まあ、あくまでも仮定だがな。ここまで差が広がったのは、歴代でも初めてなんじゃないか?」

 

 つらつらと説明する茶柱先生だが、一つ奇妙なことを言った。

 

「先生、質問があります。先生は今、うちのCPがゼロにまで落ち込んだと言いました。ですが、ポスターには実際に数字が記載されています。これはどういうことでしょうか?」

 

 質問をしたのは堀北さん。聞き逃さず、見逃さず、的確な質問だ。やはり、基本的には優秀なんだよな。

 

「良い質問だな、堀北。その答えとなるのが、隣のこれだ」

 

 言いつつ、茶柱先生は立ち位置を変える。次に指し示したのは、クラスメイト全員の名前と、最大三桁の数字が記載された物。

 

「何も我が校とて汚点や欠点ばかりをあげつらうわけではない。良点や美点の類も正当に評価するさ。その機会が少ないだけでな。

 だいたい察しが付いているとは思うが、これは先日にやってもらった小テストの結果だ。私は『成績表に反映されることはない』と言った。それは事実だ。間違いない。だが、CPには反映されたわけだ。

 あの小テストをやって疑問には思わなかったか? 全20問中17問は入試よりも遥かに簡単な問題だというのに、ラストの3問は格段に難しいという構成になっている。そしてこのラスト3問は、それぞれがこれから先――高一、高二、高三の段階で学ぶ内容だ。

 当然ながら、伊達や酔狂でそんな問題構成にしているわけではない。当校に入学を果たした以上、最初の17問は解けて当然なんだよ。これが解けないのであれば実力不足と評価せざるを得ない。結果、一問間違える度にCPがマイナスされていく。

 ただしその逆、ラストの3問を解けたのであれば、それは予習をしっかりとやっていることに他ならない。であるならば、その実力と学習態度はキチンと認めるとも。こちらの問題に合格した場合は、それに応じてCPに加算されていく。

 加減算のタイミングは四月最終日の早朝。最初に減算され、その後に加算される仕組みとなっている。これにより、本来ならばCPがゼロにまで落ち込んでいたお前たちは、数字を取り戻すことに成功したわけだ。難問の正解者は、まさにこのクラスにとって救いの神というわけだな」

 

 言いつつ、再び茶柱先生はその立ち位置を変える。次は、何人かのクラスメイトの名前と、その横に1~3の数字が記載された物。……ここまでくれば、それが指し示しているのが何なのか、もはや簡単に予想はつく。

 

「その救いの神を抜粋したのが、こっちの用紙というわけだ。横の数字は、難問の正解数を示している。

 本来ならば学校側もここまではせんのだがな。まあ、これで私もお前たちの担任だ。これからの学校生活を乗り切るべく行動している生徒がいるのなら、応援してやりたくもなるというものだ」

 

 そう言って、茶柱先生はクツクツと嗤った。その表情は見るからに偽悪的だ。

 

「では、こちらの用紙が何かと言えば……これは北郷からリクエストがあったものでな。クラスのワースト評価十人を、男女別と男女混合でリスト化、ホームルームで発表してほしいとのことだ。提案された時には流石に驚いたよ。だが、ポイントを支払われればこちらに断る理由はない。

 早い話、この男女混合表に名前の記載されている生徒は、現段階において我がクラスきっての問題児ということになる。男女別だけに記載のある生徒は予備役だな。油断すれば容易く落ちるぞ? 中には逆転現象が起こりかねん人物もいる。――だが、リストに名前が載っていても、佐藤だけは例外と言えるか。何せ一問とはいえ難問を解いているからな。クラスにも貢献しているし、その点では紛れもない実力者だ。

 この件において北郷を恨むのは筋違いだとは言っておく。我が校が謳う進路に関する卒業特典。あれを受けられるのはAクラスでの卒業者に限られる。

 入学早々から動きだした北郷は、推測と根拠を積み重ねて歴代最速、入学初日にその事実へと辿り着いた。そして学校側へと答え合わせに訪れ、我々はその実力を認めて、北郷及びその場にいた面々――綾小路、幸村、軽井沢、櫛田、佐倉、松下、王へと一人当たり百万ポイントを支給し、同時に他言しないように契約を交わして口止めを課した。

 そして北郷は、いやそれ以外の面々も、その後も色々と動いている。動き方に違いはあるがな。

 実力者にも色々とあるが、この者たちは紛れもなく我がクラスきっての実力者と言えるだろう。教師と言えど、私だって人間だからな。そんな生徒のためになるなら、職務を逸脱しない範囲で私的に力になってやりたくもなるとも。先の抜粋表のようにな。

 これから先の学校生活、お前たちはクラス闘争と無縁ではいられん。それを乗り切ろうと思えば、厳格な姿勢だって必要になる。北郷は敢えてワースト対象者を明らかにすることで、お前たちの危機感と負けん気を促そうとしたんだろうよ。まあ、そうでもしないとお話にならないほど問題児揃いだったのも理由の一つだろうがな」

「先生、最後の一言で台無しです。俺をフォローしてくれるんじゃなかったんですか?」

「そうか? 個人的にはこれもフォローのつもりだったんだが……。いやはや、最近の高校生は難しいな」

 

 思わずツッコめば、茶柱先生はそらっとぼけた。

 そんな俺たちを余所に、クラスの雰囲気はどんよりと沈む一方だ。

 

「さて、話を戻そう。先日の小テストに関してだ。……良かったな、お前たち。これは小テストだからある意味で無事だったが、これが本番の中間テストや期末テストだったら、入学早々に数人は退学になっていたところだ」

 

 言って、茶柱先生はとある生徒と生徒の間に、赤いマーカーでラインを引いた。早い話、マーカーの下に名前が記載されている生徒は、クラスでも指折りの劣等生ということになる。

 

「我が校では、中間テストや期末テストで一科目でも赤点を取った場合、退学になるルールだ。そりゃあそうだろう。我が校は次代の日本を担うに相応しい人材を育成するためにあるんだからな。馬鹿に用はない。

 まあ、中には佐倉のように情状酌量の余地が認められる者もいるが、そんな生徒は極僅かだ。……佐倉が例外な理由? 既に社会的な成功を得ているからだ。その道のプロに認められ、会社と契約し、アイドルという社会人の一種として活動し、一定以上のファンもいる。この事実は高く評価しなければならん。

 胸の大きさならば長谷部だって佐倉に負けず劣らずだろうし、櫛田だって紛うことなき美少女だろう。むしろ、美形というだけならば他にも何人か該当者はいる。――だが、佐倉との間には唯一にして絶対的な違いがある。そしてそれが指し示す事実は、お前たちが考える以上に大きく重いということだ。

 世の中、本人の能力が全てではないのも事実だからな。たとえ本人の能力が低くとも、周りが率先して協力してくれるのであれば、それもまた実力だ。世にはこの手の成功者も確かに存在している」

 

 茶柱先生が言う、社会的な成功。これを引き合いに出されたら、生徒たちは何も言えない。何かの大会で優勝したとかならまだしも、俺たちの年齢で社会人として働く機会などそうはない。それこそ、芸能人、漫画家、小説家などでもなければ。

 

「少しばかし脱線してしまったな。当校における赤点基準は、クラスごとに平均点÷2で算出される。つまり、必ずしも他のクラスとは平均点が合致しない。だからこそ、どのクラスにも平等に赤点者が出る可能性があるわけだ」

 

 それも事実。平均点が上がれば、それだけ赤点の基準も高くなる。クラス全員百点満点なんてあり得るわけがなし、可能性だけなら平等だ。

 

「中間テストまではあと三週間だ。頑張って退学を回避してくれ。都合よく支給ポイントも少なかったんだ。手持ち的にも、ゴールデンウイークだからとて遊び呆ける余裕はあるまい?」

 

 茶柱先生は偽悪的に嗤う。

 大半の生徒にとって、それは紛うことなき事実である。どれだけ節約を重ねたとて、先月だけで数万は使っている筈だ。にも拘らず、今月の収入は一万ちょっとだ。この先を考えれば、無駄使いをする余裕などある筈がない。

 

「まあ、何だかんだと脅したが、これもお前たちを思えばこそだ。教師に向かって、生理でも止まりました? なんてバカな質問をする生徒がいるクラスだからな。生半なことでは浮かれ気分を払拭させることなどできん。

 お前たちの担任として、お前たちが赤点を取らずに中間を乗り切ることは可能だと信じている。小テストで百点を取った綾小路に北郷、部活をやっている者であれば先輩だっていいだろう。教師役となり得る者はどこにだっているし、お前たちの頼み方次第では親身になって応えてくれる筈だ。

 叶うことなら、実力者に相応しい振る舞いを以て中間に臨み、見事に乗り越えてくれ。諸君が私の鼻を明かしてくれることを期待している」

 

 黒板に張り付けられたポスターはそのままに、茶柱先生は激励の言葉を残して教室を去っていく。

 

「先生、少し待ってもらっていいですか」

 

 それを呼び止め、近付いた。

 

「北郷か、何だ?」

「少し恵のことで相談したいことがありまして。今日の昼休み、時間を取ってもらうことは可能ですか? できれば会議室辺りの使用許可と、星之宮先生にも同席してもらいたいんですが……」

「今日の昼休み、会議室の使用許可と知恵の同席だな。確認してみないことには何とも言えんが……。真嶋と坂上はいいのか?」

「ええ、少し他聞をはばかる内容ですので。出来れば女性教師だけの方が好ましいです」

「ッ……! そうか。できる限り着手してみよう。後ほど、確認が取れたらお前の携帯に連絡をする」

 

 恵に関する相談で、他聞をはばかる内容。これにより、相談内容に何となくの想像がついたのだろう。茶柱先生は息を呑み、次いで、神妙な顔で返事をくれた。

 

「お願いします」

 

 やり取りの後、今度こそ茶柱先生は教室を出ていった。

 そして、その後のDクラスには重苦しい雰囲気が漂っていた。 




本作のオリジナル要素として、学校側が認めた一部の生徒には、学校側からある種の特典が与えられます。入学時点で与えられている生徒もいれば、在学過程で与えられる生徒もいます。
『次世代の日本を牽引するに相応しい人材を育成する』のが高度育成高等学校の目的ですからね。
だからこそ、原作からして学力や身体能力では測れない部分も評価しているわけだと思いますが、可能性と実績次第では、より優遇する、される生徒が現れたって不思議ではないでしょう。
そして、そんな生徒に退学されるのは、設立目的からすると学校側としても困ります。どうにかして防ぎたい事態です。それ故の特典です。
原作でもプロテクトポイントが出てますが、あれの亜種と考えてもらって差し支えはありません。
効果を限定的にした上で、学校側が恣意的に与えるものですね。効果を限定的にした分、どの特典も『確定で退学を防げるわけではない』という点では共通しています。
その一方、特典次第ではありますが、プロテクトポイントよりもよっぽど強力です。
平等からは縁遠いですが、『実力を評価した結果』の一言で一定の筋は通ります。また、ある意味では確かに平等なのも否定はできません。結局はどこに重きを置くかの違いです。

特典所持者の一人が佐倉愛里です。彼女に関しては入学時点から特典が与えられています。まあ、彼女自身はそれを知りませんが……。
以下は人事部であったかもしれないやり取りです。

今年の新入生、佐倉愛里はアイドル『雫』である。歌唱力、容姿、ダンス、どれもアイドルにとって重要な要素だが、何よりもアイドルの実力を示すのはファンである。
ファンのためにあり、ファンによって支えられるのがアイドルである。さりとて、ファンの数が重要な一方、数だけで測れないのも確かである。
以上の理由を以て、佐倉愛里には下記の特典を付与するものとする。

特典名:ファンの献身。
文字通り、ファンからの献身。佐倉愛里がアイドルの『雫』であることを明かし、明かされた側がその事実を受け入れることで、初めて使用可能となる。
仮に彼女がテストで赤点を取って退学要素を満たしても、ファンが己の点数を譲渡することにより救済が可能となる――かもしれない。
幾らファンの数が多くとも、そのファン自体の学力が低ければ、譲渡可能な点数時代が少ない、不可能という可能性は捨てきれず、退学を覆せない場合もある。
その一方で、塵が積もって山となる可能性もあり、たった一人のファンでも、その一人が学力優秀であれば、一人で状況を覆すことも可能となるだろう。
更には、ファンが己の退学を覚悟で点数を全譲渡する可能性もある。
本人の能力も関わってくるが、それ以上にファンによって左右される特典と言える。
なお、これはほんの一例であり、転用可能な範囲は他にもあるものとする。

感想・評価お願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。