「さて。大分限定的ではあるが、ここに結果は示された。今後、このクラスは俺が仕切らせてもらう」
茶柱先生が去っていったとはいえ、授業の時間はまだ続いている。それはつまり、この時間を利用して今後の対策を練ろ、ということだ。
「あん!? ふざけんなよ、北郷! 何でてめえの言うことを聞かなきゃならねえんだ!?」
相も変わらず池が食って掛かってくる。その気概は買うが、残念ながら現状では負け犬の遠吠えだ。何せ、池は小テストの点数でも評価ワーストでも名前が載っている。退学最有力候補の一人なのだ。
「俺が実力者で、この学校では実力者こそが正しいからだ。他に理由が必要か?」
だから、今までのように優しく接したりはしない。敢えて高圧的に接する。
そもそも、ある日突然、わけも分からぬままに三国時代に飛ばされて生活を余儀なくされることに比べれば、この環境は天国だ。衣食住は保証されているし、何ならここへの入学を希望したのは他ならぬ本人だからだ。にも拘わらず、環境に適応しようと努力することもなく、不平不満をタラタラ零す。
そんな奴に、いつまでも優しく接する道理などない。……それでも、どこかしら見所があるなら話は別となるが。
「んな!?」
「俺はAクラスでの卒業を目指している。卒業特典の推薦がほしいからな。だが、そのためにはクラスの団結が必要不可欠だ。しかし、何も実績を出していない状態で言っても反発は免れない。だからこそ、俺は一ヶ月待ったんだ。実際に痛い目を見て、お前たちが否応なく『現実』を認識する瞬間を。
もちろん、ただ漫然と待っていたわけじゃない。俺なりに行動はしてきたし、お前たちにも注意喚起を促し、それとなく手を差し伸べもした。俺のグループメンバーは、危機感を抱き自発的に接触してきた者、差し伸べた手を掴んだ者で構成されている。途中で加わった麻耶と波瑠加がいい例だ。――逆説、俺のグループメンバーでないなら、差し伸べた手を掴まなかったということだ」
俺の言葉に反論する者はいない。何故なら、俺の言っていることは事実だからだ。
「故に、ここで今一度言う。俺の『仲間』になれ。俺は『仲間』を見捨てない。だが、状況に甘え、何の努力もしない奴を『仲間』と認識するつもりもない。そして、『ただのクラスメイト』を相手に慈悲を示し続けるほど、俺は甘くない。正確には、それで乗り切れるほど、ここの学校生活は甘くない、と言うべきか。
Aクラスでの卒業を目指すなら、卒業特典が得たいなら、俺の手を掴め。どれだけ能力があろうと、人一人にできることには限度がある。しかし『仲間』がいれば、場合によっては手段も増える。試練を乗り越えられる可能性も、それだけ上がる。
とはいえ、強制はしないし、できない。示された評価は一部に過ぎないのも事実だしな。
どうあれ、選ぶのはお前たちだ。すぐに手を取るのも、様子見をするのも、手を取らないのも、どの選択肢を選ぶにしろ、何よりお前たち自身の意思が重要になる。
同時、並び立つ実力者を相手に命令を下す権利も権限も持たない。だから高円寺、お前は好きにしろ。どの道、俺にお前を御すことはできないからな。ただ、場合によっては力を貸してくれると嬉しい」
「よく分かっているじゃないか、北郷ボーイ。まあ、他ならぬ君の頼みだ。気が向けば力を貸すのは吝かじゃないよ」
俺の言葉に、高円寺は悠々と頷いた。
事実、先の小テストにおいてこのクラスで百点を取ったのは僅かに三人。俺、清隆、高円寺だけである。
学力で並び立ち、ワースト評価にも名前の載っていない高円寺をどうこうすることなど、元よりできはしないのだ。
「まあ、『仲間』にならなくても言うことには従ってもらうがな。この学校では弱いことこそが罪だ。弱者にこれ以上足を引っ張られるのは御免なんだよ。
ワースト評価に名前の載った奴は生活態度を改めろ。小テストで点数の低かった奴は復習からやり直せ。嫌ならそれでも構わない。待っているのは退学だからな。この先も定期的に足を引っ張り続けられるくらいなら、いっそのこと最初の時点でスパッといなくなってくれた方が助かるくらいだ。
この学校は運営側、経営側に立てる人物を育てることを目標にしている。うちのクラスを例えると、『基本的には業績不良で、スタッフも一部デキる人物はいるが、多くは口だけが達者の水準以下。運営費もカツカツ』という状況だ。普通に考えて、リストラも視野に入れなければならない状況だろう?
仲良しこよしは結構だし、それができるなら俺だって万々歳だ。だがそのためには、スタッフの一致団結と、それぞれが一定水準以上の能力を持っていることが大前提にして必要不可欠なんだよ。……俺は何か間違ったことを言っているか? 平田」
俺は不満そうな目を向けてくる平田に対し、敢えて水を向けた。
「……いや。何も、間違ってはいない」
「無秩序な自由など、混沌すぎて地獄と変わらない。それぞれが自由を謳歌するためには、ある程度の秩序は必要不可欠だ。そして、秩序に迎合できない奴は排斥されるのが世の常だ。世の中ってのはそうして回っている。
俺は何も難しいことを言っているわけじゃない。この学校生活を笑って過ごしたきゃ、それに相応しい実力を身に着けろと言っているだけだ。この学校の設立目的を鑑みれば、求められる人材の基準が高くなるのは入学前から分かり切っていたことだろう?
確かに、この学校の卒業者には社会的な成功者が少なくはない。だがその数を調べてみれば、生徒の募集人数から想定される卒業者総数に比べるとあまりに少ない。政府が力を入れて喧伝している人物がそれだけ、という見方もできるが、喧伝するに値する人物がそれだけしかいない、という見方だってできる。むしろ、そう考えた方が無難だ。
それとも、ただこの学校を卒業するだけで社会で成功すると、成功する人物になれると、本当に思っていたのか?」
俺の言葉に答えるクラスメイトはいない。
「例えば……須藤、お前はバスケ部だったな? やはり将来の夢はプロのバスケ選手か?」
「んだよ、文句あんのか?」
「いや、文句なんてありはしない。実に立派な夢だと思う。俺は応援するよ」
「そ、そうか……」
俺の言葉が意外だったのか、須藤は呆気にとられた表情を見せる。
「だが、応援するからこそ厳しいことを言わせてもらう。
お前は本当に、バスケを頑張るだけでプロになれると思っているのか? 確かにバスケの腕は大事だろう。しかし、プロともなれば写真撮影やインタビューとも無縁ではいられない。その時点で一種の客商売だ。普通に考えて、礼儀のなっていない人物が起用されると思うのか?
まあ、試合に勝つことだけを考えるなら、実力次第で可能性はゼロではないだろう。とはいえ、試合中だけならヒートアップで済ませることもできるかもしれないが、普段からそう短気だと日の目に当たる機会はガクンと下がると思うぞ? 日常的に喧嘩でもされた日には、チームの評判も下がる一方なんだからな。
まして、バスケの本場はアメリカだろう? 英語が話せなくてどうする気だ? 日本の選手として一時的に渡るだけなら、通訳で済ませるという手もありかもしれない。だが、本場で成功するつもりがあるのなら、英語が理解できなきゃお話にもならんだろう」
「い、言われてみれば……!?」
俺の指摘に、須藤は愕然とした表情を浮かべて驚いていた。……まさかとは思ったが、本当に気付いていなかったらしい。
「本気でプロを目指すなら、一時的にバスケの練習を止めてでも勉強しろ。何も満点を取れとは言わない。各教科51点。最初に目指すべきはそれだけでいい。それだけ取れば、赤点による退学はないからな。お前が本気で勉強に取り組むのなら、俺も助力は惜しまない。
まさか、一夜漬けでどうにかなるなどと甘いことは考えてないだろうな? 中学の内容もおぼつかず、授業は居眠り三昧。それで通用する筈ないだろうが。それで通用するんだったら、そもそもこんな低い点数になる筈がない。分からないが故の結果だ。まずはその事実を認めろ」
一つ一つ、須藤の逃げ道を塞いでいく。同時、現実的なラインを設定させる。
勉強が苦手な奴に、いきなり百点を取れなんて言ってもまず無理だ。ならば、最低限の安全圏。頑張れば手が届きそうなラインを目標に設定させた方が良い。
これで須藤の運動能力はクラスでも優秀な方だからな。易々と見捨てるのは些か勿体ない。素行不良が玉に瑕だが、真面目に取り組むものがあるだけまだマシだ。この手のタイプは、そこを軸として諭せば決して話が通用しないわけではないのだから。
「あー、ったく! 分かった、分かったよ! お前の言うことはムカつくし癪に障るが、確かに一々御尤もだ。馬鹿な俺が今から必死に勉強したって、満点なんか取れるわけがねえ。んなこた分かってる。……が、51点なら、まだ可能性はあるかもしれねえ。それも認める。
だが、言った通りに俺はバカだし、色々と辛抱も利かねえ。それでも、お前は本当に俺を見捨てず、勉強を見てくれるってのか?」
「お前が本気でそれを望むならな。……ただし、厳しくいくぞ。普通なら、中間までまだ三週間ある、と捉えるところだが、お前の場合は、中間まで三週間しかない、と捉えるべきだからな。それこそ、泊まり込みで勉強してもらう。
とはいえ、俺にも都合なり予定なりがあるのも事実だ。だから、清隆に幸村、桔梗に千秋、美雨にも手伝ってもらうことになるだろうな。そこまでしなくちゃいけないほど、お前の学力はヤバい。まずはそのことを自覚しろ」
「お、おう……分かった。面倒かけるが、よろしく頼む。俺も、こんなところで退学なんざしたくねえからな」
どうにかこうにか、須藤の言質を引き出すことに成功した。ルームメイトの皆には巻き込むようで申し訳ないが、何とか理解を示してもらうしかないだろう。
だが――
「ゴメン、一刀くん。手伝いたいのは山々だけど、私にその余裕はないかな」
そんな俺の目論見は、桔梗によって否定された。
「ねえ、堀北さん。今度の中間、私と勝負しよう?」
そんな桔梗は、間を置かずに堀北さんへと勝負を吹っ掛けた。
「私が? あなたと? 何故そんなことを?」
「理由? そんなの分かり切っている。あなたを私たちのグループに引き入れるため」
「……と、言うと、北郷くんや綾小路くんのいるグループかしら?」
「そう。北郷くんは、厳しいようで優しいから。口では何だかんだ言ったところで、可能な限りは相手の自主性を尊重しちゃう。それが良いところでもあるんだけどね。
正直に言うと、私はあなたが嫌い。本音を言えば退学してほしいとすら思っている。――けどその一方で、あなたが優秀なのも認めている。うちのクラスが本気でAクラスでの卒業を望むなら、あなたの協力は必要不可欠。だからこそ、無理矢理にでもあなたを仲間に引き入れる」
「あら? 漸くハッキリと言ってくれたのね。私も正直に言わせてもらうと、薄気味悪い仮面をつけているその様が、非常に気持ち悪かったの。
まあ、それはそれとして、優秀なあなたが私を評価するのは素直に喜んでおくわ。実際に私は優秀だから、事実の追認でしかないのだけどね。
でも、一つ訊かせてちょうだい。私、そこまであなたに嫌われるようなこと、何かしたかしら?」
「ううん、堀北さんは何もしてないよ。何もしてないから――ムカついてしょうがねえんだよ……!」
冷笑であっても笑顔であることには違いない。そんなわけで、笑顔を浮かべて言葉の応酬を繰り広げていた二人だったが、先に桔梗がその仮面を脱ぎ捨てた。
「中学の時からそうだった。端から人間関係切り捨てて、お高く止まったその態度、腹が立って仕方がない。アンタは一体全体どこに生きてんだ? この現代社会で、全く他人と触れあわずに生きることなんざ不可能に決まってんだろうが。
だからこそ、時に他人へと踏み込み、他人から踏み込まれて、そうやって互いに傷付けあい、互いへの理解を深めていく。そうやって人間関係は構築されていく。私たちは人間関係を構築していく。
それがアンタは何だ? 相手へと踏み込んで傷つける勇気も、踏み込まれて傷つく覚悟も持ち合わせちゃいない。理論武装を掲げることで、その事実から必死に目を逸らしているだけだ。……ああ。能力があるくせして、現実に向き合わないアンタが本当にムカつく」
「向き合う必要のない相手と向き合って何になると? 今思い出したけど、それであなたは自滅したクチでしょう。八方美人を振りまくだけ振りまいて、結局は向けられる『信用』や『信頼』という名の重さ、ストレスに耐えきれず、向けられたそれらをぶちまけることでクラスを崩壊へと導いた。
私は別のクラスだったから、今の今まであなたと結び付けることはできなかったけど、あれだけの騒動だったもの。貴方の言葉を聞いてピンときたわ」
「別のクラスだったから、じゃなくて、気にしてなかったから、でしょう? 言葉は正しく使わないと。あなたにとっては学校の一大騒動だろうと他人事。それほどあなたの世界は狭い。
それに、心配しなくても大丈夫だよ。人は努力することで成長する生き物だもん。
中学では私にも経験が足りなかった。だから、万人に優しくしたし、親しみを持ってもらえるように努力した。けど、結局は失敗してしまった。それは認める。だけど失敗の原因が分かってるんだもん。今度は上手くやる。この学校では上手くやる。その覚悟と自信が、私にはある。
とりわけ、アンタにはこの態度で臨ませてもらう。だってほら、喧嘩友達だって友だちだもん。喧嘩するほど仲が良いとも言うし、全然おかしくない」
「あなたと仲が良い私なんて、まるで想像もできないけれど。……ああ、でも一つ分かったわ。世の中にはどうしても生理的に無理な相手がいるというけど、きっと、私たちは互いがそうなのね。
私はあなたが気に食わない。人間関係なんてくだらないものに現を抜かして、せっかくの能力を腐らせているあなたが! それさえなければ、あなたはもっと凄い実力を付けていたでしょうに……!」
止めるべきか、止めないべきか、慎重に事態を静観していると、どうも妙な流れになってきた。
罵り合いには違いないのだが、どうにもその理由が変だ。いや、相手への嫌悪であることには違いないのだが。
結局は優先する価値観の違いなのだ。それによって相手の行動をもどかしく感じている。相手の実力を認めればこそ、我慢がならない。それほど相手の一挙手一投足に注目している。
言葉にすればそれだけのことなのだが……。それはつまり裏を返すと――この二人、互いのことを好き過ぎかよ!?
「いいわ、勝負してあげようじゃない! 他人に愛想を振りまくことで、あなたがどれだけのものを無駄にしてるか、その身に叩き込んであげる!」
「それはこっちのセリフだよ! 一人で何でもできる気になって、それがどれだけ滑稽なことなのか、骨身に刻み込んであげるよ!」
そうして二人は、ガルル、グルルと睨み合う。それはさながら、龍虎が相対するかの如く。
一触即発の雰囲気に危機感を抱いていたクラスメイト達も、今は呆れを隠そうともしていない。
さっき桔梗本人が言った通り、この二人はまさしく喧嘩友達だ。心配するだけ損である。
そうこうしているうちにチャイムが鳴り響き、一時限目は終わりを迎えるのであった。
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赤とオレンジを行ったり来たり……。