バスルームから出た俺たちを待っていたのは、実に様々な視線だった。
そりゃあ、随分とバスルームに籠っていたのだ。これが男同士、女同士なら単なる長風呂で済ませられるのかもしれないが、男女一緒にとなればそういうわけにもいかないだろう。どうしたっていかがわしい内容を想像してしまう筈だ。
まして、それが俺たちだというのだから尚更だろう。それについては否定する要素がなければ、否定する気もない。
「朝から随分とお盛んだったようだな、一刀。もうそこについてはとやかく言うつもりもないが、頼むから心だけは巻き込んでくれるなよ?」
呆れを隠すこともなくそう言ってきたのは輝彦だ。精一杯に自分の彼女を守ろうとしている。
「ああ、そうだな……」
それを微笑ましく思うと同時に感心してもいるが、俺の口から洩れたのは弱々しい同意が一言だけだった。
「……どうした? 散々とハッスルした割には随分と元気がないようだが? それとも、逆にハッスルし過ぎたからか? だとすれば、俺の心配を返せ! と言わざるを得んのだが……」
「ああ、ちょっと自己嫌悪が著しくてな。一時のテンションに身を任せ過ぎた。まあ、それも俺であるからして否定する気はないが、落ち着いてみれば己が所業にドン引きだよ。
いや、知人に中々にサディスティックな奴がいて、そいつの振る舞いを参考にしたつもりなんだが、アイツでもここまでやるかどうか……。アイツならやってもおかしくはないか……?」
何せ、自らの筆頭軍師を裸に剥いた挙句、己は玉座に腰掛けたままその足を舐めさせるような女だ。付け加えると、男嫌いのその軍師に、『
行為の鬼畜度だけなら俺の方が上かもしれないが、少なくとも、恵と麻耶がそれを望んでいたからでもある。それを思えば、逆に俺の方がマシな可能性もある。
まあ、性癖なんてものは千差万別にして人によりけりなんだから、そこを論ずることこそ無意味なのかもしれないが……。重きを置く場所が異なる以上、どれだけ話し合ったところで決着なんぞ付くわけがない。精々が妥協点の確定ぐらいだ。
「深くは突っ込んでやるな、輝彦。同席した身で言わせてもらえば、個人的に興味深かったのは確かだが、普段の一刀からはかけ離れた行為だったことを伝えておく」
「そ、そうか……」
これにて決着。モヤモヤした部分が残るのは確かだろうが、藪をつついて蛇が出ることになりかねないことを、誰しもが理解してくれたようだ。
「んじゃ、話を勉強合宿について変えるけど、結構参加者が多いね。男子は半数以上が参加を希望してるね。参加者以外だと、高円寺くんは参加拒否。平田くんは部活を優先しつつ、彼の方でも勉強会を開くみたい。それに伴って、向こうに参加する女子も一定数いるね。三宅くん、池、山内は表明自体してないね」
「あ、ゴメン。みやっちはこっちに参加希望出してる。ただ条件付きで、落ち着いた者同士少人数でやれるなら参加するし、そうでないなら辞退するってさ。
まあ、みやっちって私と一緒で無駄に騒がしいのは好きじゃないから。あの男子共と一緒にやっても、逆に身にならないんじゃないかって心配してるみたいだね」
桔梗が端末を確認しつつ口を開くと、それを補足するように波瑠加が口を開いた。彼女もまた自分の端末を確認している。
「高円寺を心配する必要はないとして、平田の行動を否定することはできないな。アイツ自身はクラスでも学力は優秀な方だから、須藤みたいに勉強を優先しろとは言えない」
「ついでに言えば、女子の中でも派閥とか色々とあるからね~。平田くんの方に参加する女子とこっちに参加する女子は馬が合わない方が多いから、これはこれで好都合かな? 終始平田くんにキャーキャー言って終わる可能性が無いでもないけど、そこまで気にしてたらキリがないしね」
「三宅の言うことも尤もだろう。俺だってあの馬鹿どもと一緒に勉強するとなったら気が滅入る。それよりだったら一人で勉強した方がよっぽどマシだ」
「なら、三宅の面倒はオレが見よう。波瑠加もオレが教えることになってるし、その方が妥当だろう」
「……だな。なら、頼む。俺は心とその周辺の面倒も見なければならんからな。俺が良くても向こうがどう思うかは分からん」
取り敢えず池と山内については置いておいて、他の面々について意見を述べ合う。これについては思いの外早く終わった。まあ、事前にある程度の組み分けはできていたんだから、当然と言えば当然だ。
「しっかし……これ、部屋への収容自体は可能だろうし、寝るのも雑魚寝をすれば良いとしても、俺が一人で面倒見るのは無理があるぞ。ちょっとばかし飴が効き過ぎたか?」
頭をガシガシと掻きつつ俺は唸った。ただでさえクラス一学力不振の須藤の面倒を見なければならないのだ。それに加えてこの人数は、流石に俺一人だと手に余る。
「あ、なら私が手伝いますよ。そもそも、ご主人様の補佐をするのがメイドの務めですから。師匠立会いの下、名実ともに一刀様のメイドとなったからには、メイドとして恥ずかしい振る舞いはできません!」
グッとこぶしを握り美雨が言った。なお、彼女の纏うメイド服についてのツッコミはない。
「んじゃ、私もそっちに回ろっかな。男子たちの中でも学力の差はあるだろうし、科目についても得意不得意があるだろうし。人数的にはこれでも心許ないっちゃ心許ないけど、赤点の脱却を目指すだけなら十分でしょ。まだテストまでの時間はあるし、最終兵器過去問もあるし」
千秋もまたこちらの補佐を宣言。ついでに、最後の一言でこの場にいる全員の視線が鈴音へと向かった。
「言わんとすることは分かるけど……そもそも役に立つのかしら、これ? 確かに小テストに限っては全問丸々先日受けたのと同じ問題が並んでいたけど、中間テストの方は公表されている範囲と別物よ?」
小首を傾げつつ鈴音が答えた。
話題となってるのは文字通りの過去問。実際に生徒会長がこの学校で受けてきたテストだ。小・中・期末と揃いに揃っている。妹のおねだりに負けた生徒会長からのプレゼントである。
そして、確かに鈴音の言う通り、生徒会長が受けた一年時最初の中間テストは、俺たちに公表されているものとは範囲が異なっていた。
「確かに公表範囲とは違っているが、授業で学習してない範囲でもないからな。……この学校のことだ。後々テスト範囲の変更を行ってもオレは驚かん。赤点退学の事実と突然のテスト範囲変更、この二つが絡めば、嫌でも今後は真面目に授業へ向かい合うことになる。
また、だからこその救済処置という見方もできる。如何に危機感を植え付けたところで、初っ端から退学になってしまえば無意味だからな。考えれば過去問に行き着く可能性は高いし、ポイントで買えないものはないんだ。実際のそれを手に入れることも、先輩との交流機会を得ることもできる。ダメ元で臨んで赤点回避に成功したら、安堵すると同時に危機感を抱くだろうしな。
その一方で、これに味を占めて期末にも同じやり方で臨んだ場合は、十中八九通用しないというパターンだろう。世の中そんなに甘くない、ってのを身を以て教えるわけだ。
一粒で何度も美味しい。実によくできたシステムだな」
鈴音の疑問に清隆が答えた。それもまた御尤もである。
「学生の本分に則っている限りはほとんど意味のないやり方ではあるけどな。それでも、うちみたいなクラスには効果覿面だろう」
結論としてはそういうことになる。正道の大切さを説くと同時、正道だけが道ではないことを教えているわけだ。過去問の使用については正道だろうが、それがカンニングに繋がるなら、とてもじゃないが正道とは言えない。
「なるほど、言われてみれば確かに……」
清隆と俺の言葉を受け、鈴音は頷いた。……自分の考えに囚われがちではあるけど、言って分からないわけじゃないんだよな。ただ、相手次第な面が強いだけで。限定的ながら、俺たちは確かな成果を出しているから鈴音も簡単に受け入れているわけだ。たとえ同じ意見でも、これを言ったのが池や山内だった場合は考える間もなくバッサリだろう。風聞の大切さがよく分かる。
同時、真面目に授業に臨み、それでいて実力のある鈴音のようなタイプには、中々思い至らない手法でもある。自分に自信があるのなら、わざわざ高い金払ってまで過去問を買う必要などないからな。今回は妹のおねだりに負けた兄からの私的なプレゼントであるため例外である。タダで過去問が手に入るなら、そりゃあ鈴音だって過去問に手を伸ばすだろう。
「あの、そろそろ目を向けるべきじゃないかな?」
そんな中、おずおずと愛里が意見を述べた。
分かっている。分かっているとも。だが世の中には、分かっていても目を背けたい事柄が少なからずあるのだ。……とまあ、現実逃避もここら辺で止めておこう。
「池くんと山内くん……だね」
ポツリ。麻耶が零した。
「まったく……。一体全体何を考えてんだか。須藤くんほどじゃないとはいえ学力不振に違いはないし、何なら先の小テストだって下から数えた方が早かったろうに。イケメン嫌いを公言して憚らないし、桔梗ちゃんや愛里のことを踏まえれば、一刀や清隆の世話になりたくないって気持ちは分からないでもないけどさ。そんなこと言ってる場合?」
「それだけ危機感が欠如してるんでしょ。……はぁ。しょうがない。あの二人の面倒は私が見るよ。勝負するまでもなく鈴音ちゃんがグループに加わってくれたから、手も空いてるしね」
「クッ、何故かしら? 名前を呼ばれただけだというのに、妙な怖気が……。
まあ、それはともかく。なら、会場には私の部屋を提供するわ。正直言えばあの二人を招くのは嫌だけども、あなたたちの個室に比べればまだ生活感はある方でしょうし。私の部屋で私が一緒なら、桔梗さんの彼らに対する扱いが多少雑になっても疑問には思われないでしょうしね。
ただし、あくまでも私は部屋を提供するだけ。あの二人の勉強は一切見ないからそのつもりで」
恵が溜め息混じりに疑問を呈すと、桔梗もまた溜め息混じりに続き、自分があの二人の面倒を見ると宣言。それを受け、鈴音が部屋の提供を申し出た。
まあ、理には適っている。あの二人のことだ。女子の部屋で勉強をするというだけでテンションを上げることだろう。初日以外は個室を使っていない桔梗の部屋では、生活感がなく頓挫するかもしれないが、鈴音の部屋なら十分に生活感がある。モチベーションの維持に繋がるのは間違いない筈だ。
同時、女子部屋を提供することであの二人の泊り込みを許さず、閉め出しも企図している。
だが、それよりも何よりも、鈴音のツンデレっぷりがヤバい。桔梗に対する見事なまでのツンデレである。理屈の上では筋が通っているのも、ツンデレに拍車をかける。
第一、部屋に招き入れるのに対し、あの二人には嫌悪を示しているにも拘らず、桔梗については何の言及もしていないのだ。裏を返せば、あなただけなら歓迎よ、ということになるだろう。
瞬間、ピカン! と俺の脳裏に電球が輝いた。さながら某ゲームの如しである。
上手く運べば、桔梗と鈴音の『イヤイヤ百合プレイ』も夢ではない! 実際に希望はある。
現状の鈴音は、ある意味で兄に対する幻想が崩れた状態にあるのだ。それによって周囲に対する当たりが若干ながら柔らかくなっていることを踏まえれば、良い変化だと言えるだろう。
とはいえ、それでもまだ兄である生徒会長を上位に据えているのは間違いないだろう。しかし、以前ほどの強固さはない。生徒会長自身が、その強固な壁を叩き壊したからだ。
ならば、より高みにいる上位者として、生徒会長の代わりに俺が君臨することも不可能ではない。
端的に言うと『弱った状態に付け込もう』としているわけだが、世の中は綺麗事だけではないのである。欲しいものを手に入れるには、時に外道な手を以て臨まなければならない。
その方法も、言うだけなら簡単だ。生徒会長以上のハイスペック振りを見せつければいいだけである。まあ、部分部分では劣るかもしれないが、総合力で負けているとは思わない。可能性はあるだろう。
「まあ、なんか下世話なことを考えている一刀くんは置いておいて。ぼちぼち時間だし、私たちは一足先に向かおっか。ねえ、みーちゃん?」
「……ですね。この表情は如何なものかと思わない部分がないではないですが、ご主人様の思考を邪魔するわけにもいきませんし……」
「……ハッ! いや、待った待った。俺も行く。お前たちだけをあの野郎どもと一緒の空間に置いておけるか」
千秋と美雨の言葉が耳に届き、俺は思考の海から引き戻された。
池や山内ほどではなくとも、デリカシーのない野郎が多いのだ。俺の危惧は当然と言えるだろう。
そんなわけで、俺、千秋、美雨の三人は、予め購入しておいた低ランクのパーティールームへと向かうのだった。
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