茶柱先生の退室を見送った俺は、今後の方針について脳内会議を行っていた。
実際に訪れたことで新たに判明した学校の実情を前にしては、無頓着に過ごすことなどできそうもない。
第一に、俺は何が何でもこの学校の卒業特典を得なければならないのだ。
そう覚悟せざるを得ないほど、二年間にも及ぶ原因不明の意識喪失という事実は重く、多方面に迷惑をかけた。確かな原因を証明できない以上、俺は被害者であると同時に加害者なのだ。ならば、どうしたって俺に原因を求める者は現れるだろう。就職にしろ進学にしろ、それによって落とされる可能性はゼロではない。
今はまだしも、将来的には働いて賃金を稼がなければ生活もままならない。そして、学歴次第では就職先も限られるのが今の世だ。少しばかり求人票を検索すれば、正社員の必須事項に『要:運転免許』とか『要:大学卒』とか載っているところはザラにある。
自分で言うのもなんだが、今の俺は割とハイスペックだ。それを思えば、卒業特典が無くても進学や就職は叶うかもしれないが、決して断言はできない。中学校生活で負った俺の負債を鑑みれば、恩恵を得られるに越したことはないのである。
だが、件の卒業特典――『高確率で希望する進学先・就職先への推薦を約束する』というものだが、そう簡単に得られるとも思えない。まあ、100%で無いのはあれだが、政府の力を以てしても限度があるということだろう。特に海外を希望した際が怪しい。しかし、それを差し引いても非常に魅力的だ。
とはいえ、仮に推薦が通ったところで、本人の能力が足りなければついていくことはできないだろう。それだけならまだしも、長続きせずに退学や退職などということにでもなれば、そんな人物を推薦した学校側にもダメージが入るのは間違いない。
完全ではないにせよそれを防ごうと思えば、初めから厳選した人材を推薦するのが一番だ。
当校では実力を評価する、三年間の間クラス分けはない、という茶柱先生の言葉から考えると、評価によってクラスそのものが変わるという可能性や、卒業時のクラスによって希望できる進路先のランクが変わるという可能性を捨て去ることはできない。
A、B、C、Dというのは、クラス分けとしては一般的でありながら、ランク分けを表すにも適当だ。SpecialのSやMasterのMがクラスとして存在しないのは、そういった可能性を容易に想像させてしまうからだとすれば説明もつく。
第二の理由としては、やはり彼女たちに恥じない自分でありたいからだ。向こうでは沢山の奥さんと、それぞれの間に子供もいたし。まあ、その分だけ倫理観が低下したのは否めないが、やはり夫として、親として、立派でありたいとは思う。
とはいえ、現実の俺は高校一年になったばかりであるからして、向こうの俺は
流竜馬がゲッター線と関わるのを約束されているように、
一番最初に向こうの世界への扉を開いた、言うなれば原初の北郷一刀がおり、それをきっかけにして、その他並行世界の北郷一刀も向こうの世界に関わるようになったと仮定すればどうだろうか?
言わば、俺が関わったのは二度目以降の世界であり、二度目以降の世界に関わる
だとすれば、その時々で召喚直前の記憶が曖昧だったり、無駄に雑学知識が豊富だったり、メイド服に並々ならぬ拘りを持っていたことにも納得がいく。
推測が正しければ、
それらを踏まえた上でどうするか、だ。……やはり、まだまだ情報が足りない。所詮、推測は推測に過ぎないのだ。もっと情報を集める必要がある。
「う……ん。……くん。北郷くん!」
気付けば、身体を揺さぶられていた。揺さぶっているのは王さんだ。
「王さん? どうかした?」
「良かった。やっと気づいてくれた。聞いてなかったようなので説明すると、みんなで自己紹介をしようということになり、その流れで、先ほどの質問の意図について北郷くんに訊いてみようということになったんです」
「ああ、そうだったんだ。ゴメン、ちょっと考え事に耽っていてね……。
質問だけど、自己紹介については全員が賛同したのかな? そうでないのなら、自由参加型にした方がいい。
世の中、人付き合いが苦手な人もいれば、集中して見られるのが苦手な人もいるだろうし、何だったら人付き合い自体を厳選する人もいる。何せ、ここは政府が運営する名門校なんだからね。上昇志向の強いクラスメイトがいたって不思議はないさ。
そもそも、一度に全員の名前を覚えられる人の方が少ないだろうしね。なら、必ずしも全員が同時に行う必要もない。
先生はさっき、実力で生徒を測ると言っていた。じゃあ、実力とは何だ? 何を以て実力とする? 学力? 運動能力? 体力? それは確かにそうだろうが、じゃあ礼儀のなってない人物は、果たして実力のある人物と見做されるのか? 正直に言って、俺たちにはまだまだ情報が足りない。
俺たちはクラスメイトとなり、三年間を一緒に過ごす。自己紹介をするのは最低限の礼儀と言えるだろう。
だが、言ったように人にはそれぞれのペースやスタンスがある。それを無視して自己紹介を強要するのは、場合によってはイジメと見做される可能性もある。世の中には集団圧力や同調圧力っていう言葉もあるしね。
だったら、最初から逃げ道を作っておいた方が良い。……どうかな?」
俺の言葉に、教室内はシンと静まった。……周りはそこまで深く考えていなかったのかもしれない。
「そうだね、言われてみれば尤もだ。僕は賛成するよ。
ここで周りに確認を取るのは……同調を促すのと同じことになっちゃうか。じゃあ、勝手に名乗らせてもらうとするよ。興味のある人だけ聞いてくれればそれで良い。
僕は平田洋介。気軽に下の名前で呼んでほしい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きだね。だから、この学校でもサッカー部に入るつもりだよ。これから三年間、よろしく」
俺の意見に賛同し、真っ先に名乗りを上げたのは、見るからに好青年然とした生徒だった。
「じゃあ、次は私が。……櫛田桔梗といいます。クラスを問わず同級生と仲良くなれればと思っていますので、良ければ後ほど連絡先を交換してください」
次に動いたのは、これまた美少女だ。外見は似ても似つかないが、桔梗という名前には琴線を掻き立てられる。
しかし、どうにも彼女の心情は言葉と裏腹なようだ。仲良くなりたいのも連絡先を交換したいのも本当だろうが、その理由は言葉通りではないと見た。
言葉だけだと、似たタイプとして真っ先に桃香が浮かぶが、纏う空気が明らかに違う。分かりやすく言えば、桃香が天然で櫛田さんが養殖だ。つまり、あの態度は演技ということになる。……だとしても見事なものだが。
その後も自己紹介が続いていく。そして、軽井沢さんが立った。
「軽井沢恵。北郷くん狙いで動くんで、よろしくするならそれ込みでお願い」
堂々と宣ってくれました。途端に女子から歓声が、男子からは俺に向かってブーイングが起こる。
次は流れで俺が立つことにする。
「北郷一刀だ。男として軽井沢さんの言葉は嬉しいけど、それはそれということで。
俺自身、かなりの女好きだし、このクラスだけでも魅力的な女子は多いからね。
軽井沢さんとはこの学校に入学する前からの知り合いだし、その分だけ優先はするけど、時と場合によっては他の女子を優先することもあると思う。
男同士でバカやって遊ぶのも好きだけど、この学校だとちょっと難しそうかな? ポイントが入らなくなる可能性もあるし、最悪、今月は0ポイントが支給されました、なんて可能性も捨てきれないからね。
俺の行動方針としては推薦を貰うことが第一だし、そのために必要とあれば、優しく接してばかりもいられないだろう。……ということで、質問の意図について俺から言えるのはここまでだ。
現時点ではただの推測に過ぎないけど、これでもおおまけにまけている方だからね。あとは各自で考えてほしい」
言うだけ言って着席する。言葉通り、これ以上は質問の意図について語るつもりはない。……少なくともこの場では。
毎月の支給ポイントが連帯責任制を採用している場合、クラス内で意見を通しやすくするためにも、仲間を増やすのは必要不可欠だ。
だからこそ、目星をつけた相手には推測の全てを語るし、否応なく巻き込む。この自己紹介は、その要因として打ってつけだ。
自己紹介の内容、それに対する周りの反応、そもそも自己紹介をするか否か。個々人の人柄を測るための材料とするには十分だ。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
結局、全員が自己紹介に参加することはなかった。それでも、教室を出ていった者もいなかったので、及第点と言えば及第点だろう。
俺の言葉にも幾ばくかの効果はあったのだろう。何人か、考え込む様子の生徒がいた。
その後は暫くしてから茶柱先生が再び教室へやって来て、彼女の先導で体育館へ。
名門であっても入学式自体は他の学校と然程変わりが無いようで、お偉方のありがたくも退屈な話を長々と繰り広げられた。
無事に入学式が終わった後は、軽く校舎内を案内がてら説明を受け、最後に玄関前で敷地内の説明を受けて解散となった。
体育館を出たあとは、他のクラスの一年生とは出会っていない。おそらく、クラス毎に案内ルートを分けているのだろう。その方がスムーズに運ぶのも一理ある。
大半の生徒は一所にかたまっている。どうやら櫛田さんに群がっているようだ。自己紹介の時に彼女が言っていた連絡先の交換が目的だろう。
その後は真っ直ぐ寮の方向へと向かっていく生徒が多い。必要最低限の物は最初から用意されているらしいが、確認しなければその内訳も分からないのだ。それを思えば、最初に自室を確認するのは道理に適っている。荷物を置く必要もあるし。
まあ、俺は再び校舎へと戻るのだが。職員室へ行って情報を買う必要がある。茶柱先生への質問は、ただの確認作業というわけではないのだ。
「待った待った! あたしも一緒に行く!」
校舎へと足を向けかけた俺に、軽井沢さんが声をかけてきて同行を希望する。……いや、どうやら他にもいるらしい。
「北郷だったな? すまないが、俺も同行して構わないか?」
「ああ、構わないよ。そっちは幸村であってたかな?」
「ああ。……お前の言葉には色々と考えさせられた。俺は親の方針もあり今まで学業一本でやってきたんだが、お前の推測が正しい場合、それだけだとこの学校では通じない可能性がある。少なくとも、身体を動かすのは苦手だからな。その点では劣等生であることを否定できない。
先生の言葉も理には適っていたが、テストの点数と言えど個人情報であることも間違いではない。同時、こうして入学を果たした以上、ある意味では入試の点数なんぞに然したる価値はない。
その上で、学校側がどれだけの値を付けるのか。それを知っておくに越したことはないだろう。その結果次第では、今までのやり方が通用しないことを認めざるを得ん」
最初に声をかけてきたのは幸村輝彦。メガネがキラリと光る生徒だ。
「私もいいかな? 幸村くんじゃないけど、色々と考えさせられたから。どうにも、出る杭として打たれることを嫌がってたら碌なことになりそうにないし……」
「えっと、松下さんだっけ?」
「うん、そう。私って割と現実主義者なのよね。自分のことを天才とは言えないけど、優秀であるとは思ってる。ただ、それを前面に押し出すと無用な軋轢を生んじゃうから隠してたんだけど……。
中学の時はそれで通したし、高校でもそうしようかと思っていたんだけどね。北郷くんの話を聞いたら、流石に不安になっちゃってさ」
次に声を上げたのは松下千秋さん。ロングヘアーで容姿端麗な美少女だ。
「私もです。私、言葉の違いもあって言語学には打ち込んだんですけど、その分だけ他が疎かになっちゃって……」
続いて王さんが。まあ、王さんがいつから日本で暮らし始めたのかは不明だが、外国人にとって、特に日本語は面倒だという評価があるのは間違いない。それをこうも堪能に使用しているのだから、他が疎かになるのも仕方がないだろう。
俺と軽井沢さんを含めると、これで五人。初動であることを鑑みると、十分と言えば十分だ。
しかし、どうせここまできたのなら、あと三人加えたい人物がいる。できれば自発的に声をかけてきてくれることを期待したが、どうやらそう上手くは運ばないらしい。
まずは周囲を確認し、近くにいるかどうかを確認する。
「……いた」
運が良かった。一人は所在なさげに立っており、一人は人目を避けるように隅っこにおり、残る一人はクラスメイトと連絡先を交換中だ。順に綾小路清隆、佐倉愛里さん、櫛田桔梗さんである。
当然ながら、この三人であることには理由がある。
「どうせだから、他にも三人ほど声をかけてくる」
「りょ」
俺が言うと、軽井沢さんが片手をプラプラさせて気軽に返してきた。
それを受け、まずは綾小路の元へ。
「綾小路、このあと予定はあるか? もし予定が無いのなら、俺たちと一緒に行動しないか?」
「……良いのか?」
俺が声をかけると、綾小路は無表情に訊き返してきた。その声にも抑揚はない。しかし、どことなく嬉しそうではある。
「良いから声をかけたんだよ。……で、どうだ?」
「ありがたく参加する。友達がほしかったが、オレはこんなだからな。早くも諦めてたところだ」
「諦め早いな、おい。……ま、本音はどうあれ、形から入るのも一つの手だ。そして、お前が形だけでも友だちとして動いてくれるんなら、こっちとしてもありがたい」
「……どういう意味だ?」
俺の言葉に、綾小路はやはり無表情で抑揚のないまま、しかし眼光鋭く訊き返してくる。
「言葉通りだ。正直、お前は一般的な学生とかけ離れている。醒めている、言うべきか。どういう経緯でそうなったかは知らないし興味もないが、俺の知る限りでは、共通して他者を駒として見るタイプだ。
どうやら今のお前は自発的に動く気はなさそうだが、それがこの先も続くとは断言できない。そして、いざ動くとなった時、対立することになるのは避けたい。面倒だしな。だから、早いうちに引き込もうと考えた」
対し、俺もまた醒めた態度で返す。これでも名だたる面々から直に教えを受けた身だ。他人を数で捉えるのも、駒として考えるのも、やってやれないことはない。
「……良いだろう。オレの望みは平凡に暮らすことだ。オレ自身が動かずに済むのなら、それに越したことはない。
それと、友人関係や恋人関係に興味があるのは本当だ。情動によるものではないがな」
「他人のことを言えたもんじゃないが、どうやら中々に数奇な人生を歩んできたようだな、お前も」
「まあ、そうだな。表立って口に出したくないほどには数奇だろう」
取り敢えず、引き込みには成功した。この手のタイプにこちらの関与しないところで動かれると、本当に困る。場合によってはそれで上手く回ることもあるが、その多くは結果が良かっただけに過ぎないのだ。過程では散々に振り回される場合が多いのである。
「他にも声をかける人物がいるんだが、お前はどうする? 軽井沢さんたちに合流して俺を待つでも、俺に同行するでも、どっちでもいいぞ?」
「同行しよう。学生の交友関係というもの自体、よく分かっていないんでな。あそこに混ざったところで、どうすればいいのか見当が付かない。……いや、見当を付けることはできるが、その通りに動く気が湧かないんだ」
「なるほど。結構な重症のようだ」
言って、次は佐倉さんの元へ向かう。優先度合いは軽井沢さんの方が高いのだが、彼女は未だに連絡先を交換している最中だ。これでは赴いたところで待ちぼうけを食らうことになる。
「やあ、佐倉さん。良ければ、俺たちと一緒に行動しないか?
敢えて目立たない恰好をしているみたいだし、美少女ってだけなら他にもクラスにはいるけど、人気と知名度を込みで考えたら君がダントツだ。
そんな実力者、こっちとしては引き込まない理由がない」
「……分かるんですか? それに何だろう、ただ好色ってだけじゃない? 不思議です」
「好色であるのは否定しないけどね。この学校生活において、俺は王たるを目指して動く。そうして確たる結果が出たとき、初めて俺は王であることを自任できる」
「王様、ですか。壮大ですね。……私は、そんな風に自分に自信が持てないです。
心の底では友だちが欲しいと思っているのに、仮面越しに接することを嫌悪し、恐怖する。それでいて、好色な視線を向けられることにも耐えられない。弱虫なんです。……不思議。言うつもりのないことが、口を衝いて出る。どうして?」
「簡単に言えば、相性なんだろうさ。仮面を着けようが着けまいが、俺が俺であることには違いなく、君が君であることにも違いない。
俺にしてみれば、そうして地味な格好をしている君も、グラビアアイドルの雫も、佐倉愛里という一人の人間でしかない。出かける時にオシャレをするかしないか程度のことで、接する態度を変える理由なんてありはしないさ」
「オシャレ、ですか。私の悩みは、人にとってはその程度なんですね。……けど、確かにそう考えたら、心が楽になった気がします」
「それは良かった。憂い顔が似合う子もいるけど、できることなら女の子には笑顔でいてほしいからね」
「フフ、自己紹介で言ってた通り、軟派なんですね。……でも、それを好ましく思う私がいるのも確か。分かりました、私も混ぜてください。友だち、ほしいですから……」
「じゃあ、早速一人紹介しよう。綾小路清隆だ。こいつも人付き合いが不慣れなようだから、一緒に学んでいけばいい。是非とも仲良くしてあげてくれ」
「綾小路清隆だ。……その、よろしく」
「佐倉愛里です。よろしくお願いします」
二人は軽く挨拶したあと頭を下げ、その後は言葉を交わすことなくお見合い状態だ。コミュニケーション下手にもほどがある。しかし、そこに険悪な空気はない。
チラリと視線を動かすと、そろそろ櫛田さんも手が空きそうだ。
「んじゃ、最後の一人に声をかけに行くか」
言いつつ歩を進めると、俺の言葉を受けた二人も無言のままに動き出す。
結論から言うと、櫛田さんはアッサリと誘いに頷いたのだった。
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