※この作品はR-18です。

東京都高度育成高等学校・北郷伝   作:山上真

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北郷伝:25

「やあ、はじめまして。当学園の理事長、坂柳成守です。……通信越しに顔を合わせたことはあるし、入学式でも一緒の空間にいたとはいえ、直接的に顔を合わせたのは初めてだからね。そのため、『はじめまして』と言わせてもらったよ」

「そういうことでしたら、こちらも。……はじめまして、一年Dクラスの北郷一刀です。過日は大変お世話になりました」

 

 放課後、職員室に赴いた俺が連れてこられたのは、理事長室ではなく生徒指導室だった。

 そして、俺たちの邂逅はこのような出だしから始まった。

 なお、流石に狼耳は外してある。ほぼ間違いなく恵の一件にも話が及ぶと分かっていて着ける筈もない。あんな物を着けたまま語れるほど、恵の過去は軽いものではないのだから。

 

「君に関する評判は私にも届いているよ。入学直後から精力的に動いているようで大変結構なことだ」

「俺にも目的があってしていることですから」

「だろうね。……それと、別荘と家庭教師を用意した件なら、特に気にしなくても構わないよ。あれはこちらにも旨味のある話だったのでね」

「旨味……ですか?」

 

 政府直轄校の理事長を任せられるほどの人物が得られる旨味? 俺に別荘を貸し出して家庭教師を派遣するだけで? ……ダメだな。考えても分からない。

 

「分からない、という顔をしているね。時に北郷くんは、『三國(みくに)コーポレーション』を知っているかな?」

「三國ですか? 三國志ではなく?」

 

 理事長の問いに、俺は素で訊き返した。少なくとも、俺の知ってる中で理事長の挙げた名に一番近しいのは『三国志コーポレーション』である。確認したことはないが、名前からして十中八九蓮華たちが関わっているだろう。

 

「ああ、やはりその名が出てくるか。まあ、間違いではないんだがね。本来は三國なんだ。……そうだね。君さえ良ければ、少しそこら辺を説明しようか?」

「……お願いします」

 

 理事長の言葉に、俺は一も二もなく頷いていた。

 

「元々が中国発祥だという彼らは、ある日日本に渡ってきた。僕たちが生まれるよりもずっとずっと前の話だ。

 日本に渡ってきた彼らは、徐々に、しかし着実に実績と影響力を積み上げ、地盤を築いていった。時代の変遷の中、名前と体系を変えながら存続していき、今の形に落ち着いたと言われている。三國コーポレーションの始まりだね。実に手広く、色々とやってるよ。

 そんな彼らが公言してやまない目的がある。それが、天の御遣いを再び迎えること、だそうだ。……天の御遣いが何を指すのか具体的には分からないが、響きからしておそらくは人なのだろうと思われているし、僕もそう思っている。アーサー王伝説のような謂れもあるからね。彼の人物は『かつて在り、後に復活する王』と謳われている一面がある。真偽がどうあれ、そのように謳われる人物が一人でもいる以上、この広い世界に他にいないとは限らない。

 そしてそう仮定すると、彼らが日本に渡って来たことにも説明がつく。どのような方法かはさて置き、彼らは『天の御遣い』が日本に現れると踏んだんだ。だからこそ、日本に地盤を築いた。……夢見がちと言ってしまえばそれまでだが、実にロマンのある話だと僕は思うよ。

 まあ日本に渡ってきたとはいえ、彼らにも元々の生まれ――『中華』を誇る心はあるのだろうね。三国志とか水滸伝とか、その手のイベントを定期的に開催するんだ。君が意識を失う羽目になった展覧会もその一つだよ。正確には子会社の開催だけどね。

 それで、ここからが旨味に繋がる話になるんだが、ある日、彼らの方から私にコンタクトがあったんだよ。君に対し、可能な限りの便宜を図ってやってくれないかとね。しかも、そう言ってきたのが三國コーポレーションの中枢、御三家の一角、孫家の現当主、孫炎蓮だ。……ああ、三國コーポレーションは孫家、曹家、劉家を中心に成り立っていてね。他にも袁家とか董家とかもある。それもあって三国志コーポレーションと言い出す人物が現れ、向こうも特にそれを否定しなかったために定着化し、今では本来の名より通りがよくなっているという事情があるんだ。

 それはさておき。疑問には思ったけど、三國の御三家当主との繋がりができるのはこちらとしても損じゃない。……もっとも、そういうのを狙って所持品を貸し出した部分がないでもないんだけどね。君には申し訳ないが、最上級の形でリターンを得られたわけだ。

 ともあれ。『教育関係者の私が表に立った方が、行為に対しての正当性と理解が得られる』と言われてしまえば、確かにその通りではある。話し合いの末、人材を向こうが、場所を私が用意することで決着が付いた。……こういうわけだね」

 

 理事長の説明は十分に納得のいく話だった。以前にサラリと聞いたこととも重なっている。

 つまり、俺が向こうを認知するより早く、向こうは俺を認知していたのだ。……まあ、そりゃそうである。家庭教師が偶然冥琳と梨晏だったとするよりは、狙ってその二人を派遣したとする方が十分に筋は通るのだ。

 展覧会の親会社ならば、意識不明者(俺)の情報を最低限度に得ることは容易かろう。名前を確認した後は、現地で顔を確認すればいい。俺は意識を失っていたから分からなかったが、展覧会の開催関係者としての立場を使えば、見舞っても不審には思われないだろうし、定期的に俺の状況を知ることも不可能ではないだろう。

 道理で病室が上等だったわけだ。入院費用に転院費用を支払うだけならまだしも、病室まで上等にするのはパフォーマンスの域を超える。だが、今回の話を聞いて漸く合点がいった。そもそもがパフォーマンスでも何でもなかったのだ。単に俺が深読みしていただけの話である。

 また、開催元が子会社だといのなら、俺が彼女たちと結び付けられなかったことにも納得がいく。状況が状況なため、そこまで深く調べる気も、その余裕もなかったからな。

 考えれば考えるほど、納得しか生まれない。

 

「ご説明、ありがとうございます。おかげさまで、色々と腑に落ちました」

「そうかい? 少しでも助けになったのなら良かったよ。……さて、これで本題の一つは片付いた」

「本題の一つ……ですか?」

「うん。君も薄々は察してると思うけどね。理事長としての用件と個人的な用件が半々。だから、余人を交えずに会話に臨みたかった。ちなみに、今のは個人的な方だね」

「個人的な用件の方は、俺と理事長、どちらか乃至は両方のプライベートに深く関わってくる話、というわけですか……」

「まあ、そういうことだね。……話の流れもある。残る本題のうち、まずは理事長としての用件から始めさせてもらうよ。

 最初の一つは提案のあった創部の件についてだ。僕個人としては非常に面白い試みだと思うし、是非やってもらいたいとも思う。……が、残念ながら今すぐは許可できない。理由は分かるかい?」

「ストーカー問題、ですね?」

「そう。アイドルの『雫』こと佐倉愛里さん。短期間とはいえ、全国展開されてる雑誌に掲載されていたからね。我が校の敷地内に彼女のファンがいる可能性も考えなかったわけではない。それがストーカー問題に発展する可能性もね。

 とはいえ、可能性は可能性に過ぎない。危惧だけで彼女を落とすのもあまり好ましくはなかった。学力や運動能力が低くとも、ビジュアルや知名度といった点においては、彼女は紛れもない実力者であったからだ。我が校が実力を誉れとする以上、そのような人物を迎え入れないのは方針に反する。

 ただまあ、その結果が現状だ。割と最悪に近い形で発現してしまったと言えるね」

「仕方ありませんよ。様々なしがらみがある以上、できることには限りがあります。……まあ、その言葉で済ますわけにはいかないのが、そちらの立場ではあるのでしょうけど」

「そういうことだね。提案のあった創部を許可するには、少なくとも、佐倉さんのストーカーを摘発、再発防止の工作、安全性の確保、この三点が終わらなければどうにもならない。その点を理解してほしい」

「分かりました」

 

 まあ、そりゃそうである。何せ俺が提案したのは『高度育成高等学校スクールアイドル部(仮名)』だ。活動範囲が限定されているとはいえ、活動内容が活動内容だ。ファンが生まれる可能性もあれば、それがストーカーに転じる可能性は捨てきれない。

 そんな危惧がある状況下において、実際にストーカー問題が発生してしまったのだ。

 ただでさえ陸の孤島のストーカー問題など厄介極まりないのに、それが現在進行形で発生している以上、それをどうにかするのは必須にして最低条件。まして俺たちの部活内容を鑑みれば、それだけで速攻許可を出せる筈など無い。再発防止と安全確保も必須条件となる。

 最悪、俺たちの在学中には創部は叶わないかもしれない。……未だどうなるかは分からないが、その可能性は考えておいた方がいいだろう。

 

「次は軽井沢恵さんの件だ。報告を聞いて、正直驚いたよ。こちらが把握していた以上に、その過去は凄惨にして悲惨だった。『イジメ』ではなく『犯罪』の被害者と言っていいほどだ。……が、それを指し示す証拠がない。あくまでも本人からの証言で、しかも当の案件は既に『イジメ』として処理されている。今からでは覆すのは不可能に近い。これで私も一児の父親だから、腹の内には煮え滾るものがあるけどね」

「ええ、先日に話を聞いた際、俺も腸が煮えくり返る思いでしたよ。

 俺が初めて恵と出逢ったとき、彼女は心を凍らせていた。何をしても無反応・無挙動に近い。だからこそ病院の先生も、苦肉の手として同時期に同病院に入院していた同年代の俺を彼女に逢わせたんでしょうけどね。

 流石にあんな状態の女の子を放置するなんて忍びないですからね。俺にできる手を打ちました」

「それが、気功による治療、ということかな?」

「ええ。もちろん、病院の先生には事前に話しましたよ。半信半疑でしたけどね。ただまあ、他に打てる手がないのも事実。やるだけやってみようということになりました。結果は成功して恵は人間性を取り戻しましたが、これで困ったのが病院の先生です。気功による治療を試したら成功しました、なんて書けませんからね。俺の用いる気功はオカルトに近いですから尚更です。そのため、気功云々は抜きに、同時期に入院していた同年代の少年との接触が奏功した、という扱いになりました。

 そしてそんなだから、俺も敢えて恵の過去に踏み込まなかった。漸く取り戻した人間性を壊すことになりかねませんでしたから。恐怖した、と言ってもいいです。

 ただ、実際に恵の口からその過去を聞かされてしまえば、やはり苛立ちが募ります。俺自身にも。そんな奴らがのうのうと暮らしているだろう現状にも」

 

 語っているうちに、再び怒りが湧き出してきた。深呼吸して怒気を逃がす。

 

「今の君を見れば、その怒りのほどがよく分かるよ。

 そんな彼女が日常を過ごせている現状こそが奇跡に近い。僕としては、それを認めざるを得ません。

 同時に、彼女が負っただろうトラウマの深刻さについても。中学生の少女が負う責め苦としては、あまりに過酷すぎる。

 そして、奇跡が万能とは限らない。君に依存するのも、おそらくはそれを機に性癖が歪んでしまったのも、仕方のないことなのでしょう。……やはり、こんな言葉で片付けたくはないですけどね。

 彼女の日常生活は、ひどく危ういバランスの上で成り立っている。それを是正するために必要だというなら、そして当人同士がそれを認めているというのなら、倫理的な是非がどうあれ、僕がそれを止めることなどできませんよ。

 そりゃあ、教育者としては止めるべきなんでしょうけどね。そんなのは身綺麗な立場に――安全圏にいるからこそ言えることです。それが教育者として正しい姿だというのなら、僕はそんな教育者は御免です。

 世の中は綺麗事だけでは回らない。それは教育も同じです。この学校の制度なんてその最たるものでしょう。何せ生徒に対して騙し討ちのオンパレードなんですからね。……そんな汚い学校の代表を務めている人間が、身綺麗でいることなど逆に許されません。

 ですので、この件については僕が責任を持ちます。ただ、表立って言えることでもやれることでもありませんので、それ専用の場所を提供します。また、表沙汰にできないとはいえ監督責任が生じるのも事実ですからね。行為を行う際には女性教師の同席を認めていただきます」

 

 そう言って、理事長は一枚の書類を差し出してきた。それはこの件に対する契約書だった。最終的な責任は、全て坂柳理事長に帰属する旨が書かれている。実際にそうなる可能性は低いが、有ると無いとでは大分違うのも事実だ。それだけ、理事長の覚悟のほどが見て取れる。

 

「後日、軽井沢さんにもサインを入れてもらいますので、その旨を伝えておいてください。おそらくは今回と同様に呼び出してのことになるでしょう。もっとも、その際には茶柱先生か星之宮先生が相手をすることになると思いますが……」

 

 俺がサインを入れて差し出すと、それを確認した理事長は、そう言いつつ契約書をしまった。

 

「さて、最後に個人的な用件についてです」

「はい」

「確認したいのですが、君の行う気功による治療は、身体的な病気にも効果を発揮するのでしょうか?」

 

 理事長の言葉に、俺は暫し悩み、正直に返答することにした。

 

「試してみなければ何とも、としか言いようがありません。俺は確かに気功による治療を可能としていますが、決して万能というわけではありませんので……」

「例えばそれが先天性の心疾患であればどうでしょう? まあ、私の娘なんですけどね。私に取れるだけの手を使って名医という名医に見てもらいましたが、結果は芳しくありません。杖無しには歩くこともままならず、病院から正式に運動の一切を禁じられているほどです」

 

 深い懊悩を露わに、理事長はそう言った。

 日本政府直轄校の理事長を務める人物のコネともなれば相当のものだろう。だというのに、たとえ医者に限定したとしても、その全てが空振りだって?

 

「であるならば、逆に可能性はあるかもしれません。やはり実際に当人を確認してみないことには確かなことは言えませんが……。

 心・技・体という言葉に代表されるように、人間の身体の運営には、精神や魂、気という、目に見えず、触れられず、実在を確認できない要素が密接に絡んでいます。そして人間の身体には『気脈』という、やはり目に見えない血管のようなものが走っています。臓器に当たる『気穴』というものもあります。

 これらが正常に機能していないと、肉体に何らかの影響を齎しても不思議はありません。限定条件ながら日常生活を送ることができている分、まだマシな方だとは思いますが、こっち方面でかなり重篤な可能性は大いにあります。先天的な心疾患というなら尚更でしょう」

「そう、か……」

 

 俺の言葉を受け、理事長は大きな溜め息を吐いた。

 

「いや、まずは可能性が生まれただけで十分です。……どうでしょう、今度実際に私の娘を診てもらうことはお願いできませんか?」

「構いませんよ。俺は自他共に認める女好きですからね。女の子が杖無しには歩くこともままならないなんて、流石に可哀そうすぎる。知ってしまったら放置はできません。打てるだけの手は打たせてもらいますよ」

「そう言ってくれますか……。父親としては少々複雑ですが、それでも礼を言わせてもらいます。ありがとう。是非ともお願いします」

 

 そうして、今度理事長の娘さんを診ることを約束した俺は、生徒指導室を後にするのだった。




一言で言えば、簡単な説明回です。本題は有栖攻略に対する布石ですけど。

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以下は本作の恋姫に対する、より詳細な説明です。

恋姫の中には、一刀への想いが並外れて強い人もいれば、覚悟決まっちゃえばどんな行動も辞さない人もいます。中にはその二つを兼ね備えている人も。もちろん、それ以外の人もいますけどね。
外史はそれこそ無数にありますからね。ある日突然一刀に会えなくなってしまう可能性もあれば、それこそ外史自体が無くなってしまう可能性だってあるでしょう。

そんな状況に置かれた恋姫の魂は、一刀への再会を夢見て行動を起こし、世界を渡ります。とはいえ、たとえ一刀のいる世界へ渡れたとしても、都合よく全員が全員同じタイミングで世界へ出られる筈がなければ、一刀のいる時代へ出られるとも限りません。
無理難題をこなしたとはいえ、結局は魂だけですからね。現実世界で行動するためにはそのための肉体が必要となります。その器となったのが、並行世界の自分――より正確に言うと、その魂を持った同位体です。
世界は矛盾を嫌いますので、同じ魂が本来あるべきでないタイミングに存在することを許しません。それでいて、片や魂のみ、片やきちんと魂と肉体が揃っているという状況に困惑し、とある解決策を図ります。
結果として、世界を渡ってきた恋姫の魂は、自身に縁ある器物へと宿ることになったのです。付喪神やインテリジェンス・ウェポンは、その時点である程度人々に知られていたことが大きいです。
同じだからこそ惹かれ合う一方で、同じだからこそ嫌悪する可能性もあります。中には本能的に器物に近付くのを忌避する同位体もいました。
運よく同位体との邂逅を果たした恋姫の魂は、その瞬間に同化・融合を開始。それが侵食に近い形になるのか、人格面にはほとんど影響を及ぼさないのかは人それぞれです。
どうあれ己が肉体を得た恋姫は、状況の把握に努め、一刀への再会を夢見て動き出しました。『日本』とか『フランチェスカ学園』とか『高校生』とか、己が知る漠然とした情報だけを頼りにして。
そうしてこの世界への爪痕を残しては、この世界の人物として生まれ変わり、再度一刀への再会を夢見て行動する。
そういう、自分以外の恋姫が残した爪痕を頼りに恋姫たちは自然と同調し、協力関係を築き上げていきました。
その果てに本作の現代へと繋がっています。恋姫たちが自分を指して『無念と妄執の塊』と言ったのには、そういう事情もあります。
一刀への想いだけで世界を超え、散々と行動し、巨大な組織をつくり、強大な影響力を保持するに至ったのですから、あながち否定もできません。 
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