夕食を食べて理事長室に戻ってきた俺たちは、改めて診察結果について話し合うことにした。
既に夜も深くなってきたため、一度解散して結果は後日にしてはどうかという案も出たが、今日中に結果を伝えることを俺が押し通したのだ。何故ならば、結果を伝えて終わりではなく、その結果から向こうがどの選択をするのか考える必要があるからだ。
「率直に言うと、こっち方面からアプローチすることで十中八九は治ります。
有栖の身体に気を流して精査してみての率直的な感想ですが、気脈が非常に狭かったです。まあ元々狭いんですけど、今回言いたいのはそういうことではなく、気の巡りが悪いってことです。流れてないわけではないんですが、その量が少ない。それこそ、針一点分しか道が開通していないと言うか……。精査にあれだけ時間がかかったのも、道を開通しながら進んだせいです。
水道の蛇口で考えると分かりやすいかもしれません。
完全に占めると流れない。『気配断ち』の状態です。一次的にならともかく、常時続くなら正常な状態ではありません。
思いっ切り開けると、勢いよく流れる。『火事場の馬鹿力』とか『リミッター解除』とかに当たる状態なので、一時的にならともかく、常時続くならこれも正常ではありません。
あとはもう個人差になってくるんですけど、それを踏まえても有栖は正常な状態とは言い難いです。ほんの少しだけ栓が開いて水がチョロチョロと流れている感じです。ただ、全部が全部そういうわけではありません。問題なく流れている部分もあったので。むしろ、逆に勢いよく流れている部分もあった。何と言うか、バランスの悪さ故にバランスが成り立っている感じです。だから、特段有栖は気配が薄いわけでもない。
先天的な心疾患とのことですので、その影響でしょうね。気脈に気を送り込むための気穴が正常に機能していないんです」
俺の説明に、それぞれが何となくといった態で頷いた。
「そう言われると、何となく理解はできますね。私、運動ができない代わりに非常に頭はいいので。バランスが良いと言えば良いですが、見方を変えると非常にアンバランスです」
「運動面に流れる分まで頭脳面に流れてしまい、それ故に頭脳面が著しく発達してしまった。……そんな感じですかね?」
そして、有栖が補足。それを受け、理事長が感想を零した。
「そんなところだと思います。となれば、話だけなら簡単です。要は正規のルートから、正規の方法で、気を補ってやればいいだけですから。
『健全なる魂は健全な肉体に宿る』ってのは昔から言われていることですが、ある種の真理ですね。魂を気に置き換えれば分かりやすいでしょう。
肉体が健全じゃないんだから、気が健全に流れる筈がない。――逆説。気が健全に流れるなら、肉体もまた健全ってことです。
医学方面では肉体を健全にする術がなくても、気功方面なら可能です」
俺の導き出した結論に、その場の全員が喜色を浮かべる。だが、それもほんの僅かのこと。
「ですが、当然問題もあるのでしょう? 簡単なのは、話だけなら、とのことですしね」
そう投げかけてきたのは、他ならぬ有栖だった。
「率直に言えばその通り。俺は二つの解決方法を提示できるが、どちらも相応に問題がある。問題の種類こそ違うけどね」
「順番に教えてください」
「一つ目の方法は只管に時間がかかるし、確実性がない。どれだけ時間がかかるかは俺自身でも分からないし、それで得られるのは可能性だけだ。
この方法を行うに当たり、さっきの開通作業を何度となく繰り返すことになる。基本、普通の食生活でも少なからず気を補えるんだ。だが、十数年の結果があれだ。なら、道を開くのはこっちでしてやらなければならない。
そして、十分に道が開いた後でなら、食生活で得られた気が道を通るに不足は無くなるだろう。
とはいえ、それは不足が無くなるだけだ。今よりはマシに動けるようにはなるだろうけど、心臓を正常稼働させるには足りない。どんだけ食えば正常に機能するのかも分からない。
しかし、そこまで状態が持ち直せば、外科手術でどうにかできるようになっている――かもしれない」
一つ目の方法を聞いた面々が、何とも言えない表情を浮かべる。
それも当然だろう。可能性が生まれるだけ御の字なのかもしれないが、やはり確実性に欠けるのは痛い。
「話を聞いた限りだと、道理と言えば道理ではありますね。
第一に、摂取効率を向上するための下準備を行う。その上で栄養を摂取する。ただし、どれだけ栄養を摂取すれば100%に届くのかが分からない。ですが、摂取効率が上昇した分、私も今よりはマシな状態になっている可能性が高い。分かりやすく言うと、ペナルティを追ってることには違いありませんが、その種類が軽減されていたり、その効果が激減している状態にある。そうであるなら現代医学で対応可能かもしれない……と。
この方法を取る場合、北郷くんが関与するのは最小限――気脈の開通作業だけ、ということですね?」
「そうなる。……嫌な話ではあるが、俺たちはいつ退学になるとも限らないしな。赤点退学なんぞするつもりはないし、そう簡単に退学する気もないけど、試験次第ではそうなる可能性を考慮しないわけにはいかない」
「確かに、その通りではありますね。連帯責任制を採用しているこの学校です。試験次第ではペア制の道連れ退学など普通にありそうです」
俺と有栖が言葉を交わし合う。チラリと教育者陣を見てみると、わざとらしく明後日の方向を見ていた。
「確定か」
「確定ですね」
「君たち、そういうのは止めてくれないかね!」
俺と有栖が頷きあうと、流石に我慢できなかったのか理事長がツッコんできた。
「まあ、冗談はここまでにして。そうなると二つ目の方法は……ああ、単純に栄養価の問題ですか。一般的な食事よりも、遥かに効率よく気を摂取できるものに北郷くんは心当たりがあるのですね? いえまあ、ここまでくると私にも想像はつきましたが……。ズバリ、北郷くんの精液ですね?
私たちの身近で気功が可能なのは北郷くんだけ。探せば他にいるのかもしれませんが、私たちだけで見つけられるかも分かりません。女好きで知られる北郷くんが教えてくれるとも思えませんし、もし教えてもらえたとしても、北郷くんと同じような真似ができるとも限りません。それではぬか喜びになりますし、女好きだからこそ、それを嫌がり最初から教えない可能性もあります。結論として、他の使い手に関して考える意味は薄いですね。ならば、最初から北郷くんを信じた方が良い。
気功を用いることのできる北郷くんの生成物なら、別に精液でなくとも構わないのかもしれません。それこそ、唾液や血液でも。ただ、普通に考えると栄養価が下がる可能性は否めません。
精子なくして子供は生まれませんし、精がつく、精魂尽き果てた、などと言われるように、気と精を結び付ける言葉も少なくありません。そう考えると、やはり最初から精液を摂取するのが一番でしょう」
本当に有栖は頭の回転が速いようだ。俺が口出しするまでもなく、自問自答で結論を導き出していく。
「如何です、私の推測は間違っていますか?」
そう、勝ち気な笑みを浮かべて有栖は問いかけてきた。ある意味で自分で自分の逃げ道を塞ぐような真似をしておきながら大した度胸である。
「いいや、間違っていない。敢えて補足するなら、直飲みを推奨するくらいかな。
注意点があるとするなら、やはり治るまである程度の時間は掛かるだろうこと。そして、どれだけの反動がくるかわからないことだ」
「まあ、当然ですね。長らくの間、異常であることが平常だったのです。それを短時間で平常に戻そうというのですから、生半な反動である筈がありません。ですが、死にはしないのでしょう?」
「当然だ! 快感や幸福感を与えることはあっても、俺の気が女の子を死なせることはない!」
それだけは声を大にして言える。
「なら、別に構わないでしょう。それにしても、直飲みを推奨とは……。そこまでして私にフェラチオをさせたいと。フフ、噂通り――或いはそれ以上のスケベ振りですね」
「何とでも言ってくれ。……それで、どうする? 他ならぬ君の身体のことだからな。選ぶのは君だ」
微笑を浮かべつつ有栖が揶揄ってくるが、俺は特に否定しなかった。今更、俺のスケベ振りを否定する理由などないからな。むしろ、彼女の口から淫語が出てきた事実を受けて昂る始末だ。
「当然、フェラチオの方で。……正直に言いますと、私、このような身体ですので性交渉に諦めを持っていたんですよね。実際、この齢で初潮もまだだったんです。個人差があるとは言っても、ここのペナルティを背負ってる限り、とても健常とは言えませんし。
そんな時に受けたのが今日の北郷くんによる診察です。あれが非常に気持ち良かったのも一つの理由なのですが、寝て起きたら下着に『おりもの』がついていたんですよ。知識として知ってはいたものの、最初は結び付きませんでした。何せ諦めましたからね。星之宮先生にそうだと教えてもらったときも、俄かには信じられませんでした。時間が経つにつれ、徐々に自分でも認められるようになったんです。
分かります、この喜び!? 不意に、諦めていた『女』としての幸せが得られると! そのように身体が作り変わったと知った時の感動!
もちろん、偶然である可能性もあります。ですが、タイミングを考えると、どう考えても北郷くんの診察が関与しているでしょう?」
有栖は、実に生々しく己が心情を語ってくれた。
しかし、まさか初潮もまだだったとはな。だが、考えてみるとおかしくはないのかもしれない。杖を使わないとまともに歩くことすらできない、と病院から正式にお墨付きを頂いているような人物が、セックスのような体に負担のかかる行動を取れるわけがないのだ。
一般に、初潮は脳が指令を出している、と言われている。平均身長、平均体重、平均年齢を迎えようが、身体のどこかに異常があるなら指令を出さなくても不思議はない。
だが、俺の気脈開通が肉体に影響を与え、それによって脳が指令を下した可能性は決して否定できないだろう。むしろ、タイミングを考えるとそれ以外にあり得ない。
有栖が乗り気になるのも無理はないというものだ。
「ですので、北郷くんが相手なら構いませんよ。それで健常体になれるというのなら、その程度は問題にもなりません。
問題は反動の方ですね。どのくらい長引くのかも予想がつきませんので、少なくとも北郷くんにフェラチオをするのは中間テストが終わった後になるでしょう。すぐに相手をしてあげられないのは申し訳なく思いますが……。私もその間に可能な限り情報を収集したり練習したりしておくので、どうかお許しください」
何でだろうか? いつの間にか立場が逆転しているぞ。ことは有栖の身体に関わる問題で、一刻も早く治療を受けたいと思うのは、むしろ有栖の筈なんだが……。
やはり、これも俺のスケベさが知れ渡っているが故か。
「あともう一つ。これはひどく個人的な事情で申し訳ないのですが、あなたの治療を受ける前にやっておきたいことがあります。……そう、綾小路清隆くんとの勝負を。
私は、幼き頃に彼と初めて逢ったあの日から、彼のことをずっと想ってきました。彼に勝つことを。紛い物の天才である彼に、真の天才である私が終止符を打つことを。
自分でもこの想いが何なのかはよく分かりません。執着なのか、憤怒なのか、憐憫なのか、恋情なのか、愛情なのか、もっと別の何かなのか。
分かりませんが、この想いを抱えたまま、あなたの治療を受けることは許されません。他の誰が許しても、私が私を許せません。
ですからどうか、あなたの治療を受ける前に、彼との決着をつけさせてください。勝負をつけることで、この想いにも何らかの決着をつけさせてください。でなければ、私は彼にもあなたにも顔向けができなくなってしまうでしょう。あなたが私のことを想ってくださるのなら、どうかお願いします」
かと思えば、真剣な顔でそんなことを言われ、頭まで下げられてしまった。
有栖は、きっとある意味ではひどく真面目なんだろう。
いくら治療と銘打ったところで、フェラはフェラ。性交渉は性交渉だ。それを感謝の念一つでやってしまおうと思えるほどには真面目なのだ、坂柳有栖という少女は。それは、健常になりたいという思いとはまた別の話だ。
その一方で、幼き頃より清隆を想ってきたのも事実。自分でもその想いが何なのかは分かっていないみたいだが、俺の治療を受け、健常になってから清隆と勝負し、そこで自分の想いの正体を自覚した場合、それ次第では取り返しのつかないことになる。仮に恋情だった場合、自分で自分を裏切ってしまったことになるからだ。俺が許しても、清隆が許しても、有栖自身が許せない。
まあ、その想いを向けられている当の清隆は、既に愛里とヨロシクやっているわけだが……それとこれとは、また別問題なんだろうな。
「あ~、一応言っとくと、清隆には既に仲の良い女の子がいるんだが……」
「ええ、存じています。ですが、それとこれとはまた別の話です」
ダメ元で訊いてみると、やはりそのような返答が返ってきた。まあ、そりゃそうか。
「その方法がどうあれ、治療目的でやることだからな。身体が治っても、代わりに心が潰れちまったら意味がない。
また、実際に治療を受けるのも君だ。元より、俺に君を束縛する道理はないよ。
では、治療を行うのは、中間テスト後かつ清隆との勝負が終わった後ということで問題ないね?」
「それでお願いします」
治療についてはそういうことで決着がついた。
「話は終わったかい? では、親として、教育者として、二人に言っておきたいことがあります。
あまり堂々とフェラチオだの何だのと言わないでください。僕たちには気功のことなどよく分かりませんし、治療に必要なことなら、それで有栖が健常体になれるというのなら、止めるつもりもありません。
ですが、これで僕は有栖の親で、僕たちは教育関係者で、基本的に不純異性交遊は禁止されているんです。まあ、僕たちが止めることはないと分かっていたからこそ率直的な表現を使ったのだとは思いますが、やはり注意はしておかねばなりません。如何にプライベートのことであってもね。
ハーレムライフについて語るのとは生々しさが違うんですよ、北郷くん。
有栖も。君に初潮がきたのは、正確にはその準備段階が訪れたのは親として嬉しいことですが、やはり生々しいです。
二人とも、もう少しこちらに気を遣ってください。見ないふり、聞こえないふりをするのも、これで結構大変なんですから……」
その一方、俺と有栖は理事長から懇々と説教を受けるのであった。
まあ、ほぼほぼ独自理論のこじつけですが。
こじつけだろうと何だろうと、Rー18展開に持っていく上で、ある程度筋が通っているように感じれば問題はないのです。
普通に考えれば、『親と教師の前で真剣な顔して何言ってんだ、こいつ等?』な状況ですし、それを否定する気はありません。
ただ、有栖の先天性疾患が現代医学ではどうしようもないのは原作時点でハッキリとしています。
つまりその時点で、オカルト――気功に解決を求めたっておかしくはない下地があるのです。
そして、気功について一刀以外は詳しくないのですから、何を言われても完全否定は難しいのです。
反論するにしても、精々が一般常識に照らし合わせるくらいです。それ以外だと根拠のない感情論にしかなりません。
そんな理由もあって、教育者二人はほぼ黙って話を聞いています。まあ、それはそれとして最後に説教をしましたが。
ただ、書いていて思いました。
幸福感を高め、快楽を与え、それでいて検査には引っ掛からない。これだけを列挙すると、一刀の気ってタチの悪い新種の麻薬じゃね? ……と。
そして、話の都合上、初潮もまだにされてしまった有栖さん。
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