校舎内へと戻った俺は、真っ直ぐに職員室に向かうことはせず、手始めに購買へと向かった。軽井沢さんを始めとした同行者たちもゾロゾロと後をついてくる。
「職員室に向かうんじゃなかったのかな? まあ、私としては連絡先の交換が第一だから別に構わないんだけども」
それを不思議に思ったのだろう。櫛田さんがそう問いかけてきた。同行理由としてはあくまでも建前上のものであろうが、疑問に思っているのは間違いないと思われた。
この人数の連絡先を一度に手に入れられるのであれば、その本音がどうであれ、彼女としても効率的だろう。俺はそれを狙って声をかけたし、彼女もまた食いついた。
入試の点数なんぞ、この時点では本人ですら知り得ることのない秘密だ。真に皆と仲良くなりたいのであれば、それを探ろうとしていると思われるであろう動きは、本来ならば避けるべき。
しかし、彼女は食いついた。周りから抱かれるであろうイメージよりも、同行することを重視したのだ。彼女が自覚しているかは怪しいが、この時点でその言動が建前の可能性は高い。
「確かに職員室には向かうけどね。その前に推測を補強するために情報を収集しようと思ったのさ」
「だが、購買で何を? 買いたい物でもあるのか?」
「売られている物と、その価格、そして在庫状況だね。俺の予想が正しければ、捨て値同然の物か、無料商品が売られている筈だ」
俺の言葉に、綾小路以外の皆が分かりやすく顔色を変え、全員で商品を吟味する。
「……あったよ。こっちの自販機、水だけは無料で売られている」
程なくして松下さんが声を上げた。
「こっちも見つけた。ご丁寧にコーナーまで用意されていたぞ。
勉強道具なら鉛筆とミニ型の鉛筆削り器のセット、ボールペンとマーカーのセット、ノート三冊のセット、定規とかがあった。どれもこれも、販売時の個数制限付きだ」
次いで綾小路が。
「こっちもありました。塩お結びとか、コッペパンとかが無料です」
そして佐倉さんが。
「……どういうことだ? 毎月ポイントは支給されるのに、何だってこうも無料商品が? ポイントを使いすぎた生徒への救済措置? だが、それにしては……」
「そう言えば、北郷くんは言っていましたね。今月は0ポイントが支給されました、なんてことがあるかもしれないと」
「世の中、連帯責任って言葉があるよね~。ABCDなんて、ランク分けにも最適だし~。学生証にはclって表記があったけど、それについては何の説明もなかったし~」
この状況に、幸村が首を傾げ、王さんがハッとした様子で零し、最後に軽井沢さんが分かりやすく口を開いた。
何だかんだとしている内に既にお昼を回っていたこともあり、各自でおにぎりなど手早く食べられる物とボトル式の飲料を買って購買を後にし、他の場所を見て回った。食堂、A~Cの教室、先輩の教室、そして特別棟。
食堂は食券式だったが、無料の山菜定食が目を惹いた。今日は入学式ということもあってか営業していなかったので、購買で飲食物を買ったのは正解だったらしい。まあ、教師がいるとはいえ利用者の絶対数が少ないのなら、食堂を休みにするのは効率的でもある。お昼用の食べ物を買うだけなら、俺たちのように購買でも可能なんだし。
他の教室もまた参考になった。端的に言えば席の数が違った。一年生は各クラス四十席ずつだったが、二年生と三年生はそれより少なかったのだ。Dクラスの席数が一番少なかったのは二、三年で共通しているが、全体的な席の少なさだけで言うと二年生が特に顕著だった。
特別棟は一言で言うと人気がなかった。本校舎にはあった活気がない。特別教室が固まっていることを思えば無理はないのかもしれないが、どういうわけか監視カメラまで存在しない。……いや、決して存在しないわけではないんだが、本校舎に比べると穴がある。
それを確認した俺は、カメラの範囲外に立ち、徐に口を開いた。
「特別棟はカメラの数が少ないな。穴がある。
良い機会だから自分語りでもしようか。軽井沢さんと王さんには既に言ったが、俺は中一の時に課外授業で赴いた展示会で突如として意識を失い、そのまま二年間眠りっぱなしだった過去がある。いやはや、いろんな所へ迷惑をかけたもんだ」
「あたしなんてイジメのターゲットだったからね。詳細までは語らないけど、色々とひどい目に遭ったし、最後には入院までしたよ。ま、そこで北郷くんと出逢ったんだから、決して悪いことだけじゃなかったかな?
あ、ここに傷跡が残ってるんだけど、見る? ……ってまあそれは冗談として、結果的に学校も見て見ぬ振りができなくなって関係各所へ処罰が下ったらしいわ。
そんなだから、この学校生活におけるあたしの最優先目標はイジメられないこと。そのために必要とあれば、何だってやるつもり。その手始めに北郷くんに寄生することにした」
俺が自身の過去を語れば、何と軽井沢さんまでそれに続いた。
淡々と語りはしたが、その過去は軽井沢さんにとって確かな傷だ。
「……良かったのかい?」
「言ったでしょ。イジメられないためには何だってやるって。あたしは寄生虫なの。独りでは生きることのできない、弱い生き物なんだよ。
だけど、毎回都合良く北郷くんの助けが得られるとも限らないからね。敢えて過去の欠点を詳らかにすることで、己の弱さを武器とし、利用する。やってることだけなら北郷くんと同じじゃない?
男子では綾小路くんに幸村くん、女子では櫛田さん、佐倉さん、松下さんに王さん。この場には私と北郷くんを除いて六人もいる。万一の際の庇護者とするには十分よね?」
暗い笑みを浮かべた軽井沢さんが、悪びれもせずに言った。ターゲットとされた周りは、綾小路を除いて顔を青褪めさせている。
「けど、なるほど。それが事実なら、この学校の指す実力っていうのは、ますます多角的なものである可能性が高まったね。
私は本来の実力を隠して過ごした。幸村くんは学力を重視するあまり身体能力の強化を怠った。北郷くんと軽井沢さんは言った通り。
人それぞれではあるけど、中には知る者が限られている事柄だってあるだろうね。私なんてその典型だし。
少なくとも、中学の同級生の中には、私が実力を隠していることに気付いている人は一人もいなかった。
例外がいるとすれば、先生くらいなものかな? 答案用紙が返却されないと分かっているテストに関しては本気で臨んだし。そんなことをしてれば先生にも疑問を抱かれるし、きちんと説明はした。
けど、だからこそ、ここに入学するに当たり、その情報が流れている可能性は否定できないかな?」
「学校には、隠しておきたい秘密が知られているってことですか……」
「確証はないけどね」
「いえ、その可能性は高いと思います。でないと、私が受かった理由に説明がつきませんから……。
私は人付き合いが苦手だし、勉強も運動も得意ではありません。そんな私がこの学校に受かった理由を考えた場合、思い浮かぶのは一つだけです」
言って、佐倉さんは一つ深呼吸をしてメガネを外した。その瞬間、確かに彼女の雰囲気が変わった。服装はそのままだが、先ほどまでの地味な雰囲気は既にそこにはない。
「私が受かった理由で考えられるのはこれしかないでしょ。普段の態度はともかく、アイドル『雫』として五千人以上のフォロワーがいたことには違いないし。
言うなれば、私はビジュアル特化型であり、そこを学校側に評価されたってことね」
先ほどまでからは考えられないほど、佐倉さんははきはきと語る。
「嘘っ!? 雫!? ……いや~、目の当たりにすれば納得だけど、目の当たりにしないと信じられないわ~」
軽井沢さんが目に見えて驚きを露わにし、呑気な感想を述べた。
「私は人付き合いってものを難しく考えすぎていたきらいがあってね。
きっかけとしては単純なもの。ある日、友達がほしいけど人付き合いが苦手な私は、それでも一念発起して人前に立つことにした。そのために作ったのが雫というキャラクター。私自身の憧れを詰め込んだ形と言ってもいい。ただ、その分だけ素の佐倉愛里からはかけ離れる形になってしまったけどね。
それでも最初のうちは良かったわ。けれど、雫がアイドルとしてスカウトを受けたことで歪んでしまった。会社が求めるのは、あくまでも雫というキャラクター。そこに
それらが積み重なった結果の動作不良。私自身が、佐倉愛里と雫を同一視しきれなくなった。
そんな中、北郷くんが
だからまあ、少しくらいは開き直ることにした。さっきの軽井沢さんじゃないけど、手始めにこの面子だけならば隠さなくてもいいかなってね。
前述の通り、入学前の時点で私には五千人以上のフォロワーがいたわ。潜在的にはそれ以上いてもおかしくはないし、もしかしたらこの敷地内にもいる可能性がある。
そして、ここの環境を思えば、それが原因で面倒事に巻き込まれる可能性も否定はできないわね。だから、その時にはご協力をお願いするわ」
最後にウインクをしてそう宣った佐倉さんは、流石にアイドルとしてスカウトを受けるだけあって可愛かった。味気ない制服姿にも拘わらず華があった。
直後には再びメガネをかけて地味な雰囲気に戻ってしまったが。この『早や着替え』ならぬ『早やチェンジ』も見事なものだ。
「佐倉愛里、侮れない娘! なんという見事な意趣返し!」
軽井沢さんは『ガラスの仮面』チックにショックを表していた。……意外と余裕があるな。
反面、余裕がないのは櫛田さんだ。人付き合いに慣れている彼女だからこそ、同調圧力に屈さざるを得ない場面は多いだろう。そして、現在もそうなりつつある。
それを察したのかそうじゃないのか、綾小路が口を開いた。
「まあ、オレに何ができるかも分からんが、その時には協力しよう。
しかし、オレは人付き合いが不慣れだし、友人がいたこともないからよく分からんのだが、こうやって秘密を語るものなのか?」
「必ずしもそうは言えんだろう。まあ、かく言う俺も友人がいたことはないので確かなことは言えんが」
「友だち、親友、戦友って具合に、友にも様々な形があるからね。自分がどれだけ相手を欲するか、どれだけ相手に望むか次第じゃない?
上辺だけの付き合いを望むんなら、それこそ上辺だけの付き合いで済ませればいいんだし。ただ、より深い関係を望むなら、自分を曝け出す覚悟も、相手に踏み込もうとする覚悟もいるでしょうね。
何を秘密とするのか、それにどれだけの価値を付けるのかは人それぞれ。自覚があるのかは分からないけど、綾小路くんと幸村くんも秘密を語ったわよ? 今まで友人がいたことがない、っていう秘密をね」
「言われてみれば……」
「なるほど。そういう考え方もあるか……」
松下さんの言葉に、綾小路と幸村が頷いた。
「そろそろ職員室に向かいませんか? 補強材料としては、十分な情報が集まったと思いますし……」
「それもそうだね」
王さんの言葉に同意を示し、俺たちは職員室へと向かった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「失礼します。一年Dクラスの北郷一刀及びクラスメイト七名、茶柱先生に用があってきました」
職員室の入り口で挨拶をすると、席に座ったままの茶柱先生が迎えてくれた。
近付くように、と手振りで示してきたので、それに従って接近する。
「思いの外遅かったな? もしかしたら、あの質問は単なる探りだったのではないか? と思っていたところだ」
「ええ、まあ。質問をした状況が状況でしたし、それで気になったんでしょうね、同行者が増えました。
来るのが遅くなったのは、それが理由の一つなら、改めて校内の各所を確認してきたのも理由です」
「ふん。よくもまあ悪びれもせずに言うものだ。……それで、北郷の他は綾小路に幸村、軽井沢に櫛田、佐倉に松下、最後に王か。何とも脈絡のない人選だな?」
「入学初日かつ初めて会った顔が大半なんです。そんなものでしょう」
「まったく。まあいい、ちょっと待ってろ。……真嶋、話していた件で生徒たちが訪ねてきた。思いの外、数は増えていたがな」
茶柱先生は俺たちから顔を背け、斜め向かいの席に座る男性教師へと声をかけた。
「ふむ。……初めましてだな、諸君。私は真嶋智也という。一年Aクラスの担任を務める傍ら学年主任も務めている。
事前に簡単な話は聞いていると思うが、諸君の質問は茶柱先生個人で判断できる範囲を超えていたのでな。そちらには手間をかける形になったが、こうして足を伸ばしてもらった次第だ。……それで、だが。説明はするが、その前に場所を変えたいと思う。ついてきてくれ」
茶柱先生に声をかけられた男性教師は、わざわざ立ち上がって俺たちの前にまでやって来た。おそらくは根が真面目なのだろう。
真嶋と名乗った先生の言葉を言葉を断る理由もない。俺たちは先導する真嶋先生の後をついていく。俺たちの後ろからは茶柱先生もついてきた。
「ちょっと待っていてくれ」
着いた先は生徒指導室。だが、真嶋先生は俺たちを中に入れるでもなく、この場で待機するように告げて、独り中へと入っていった。
程なくして、真嶋先生の他に二人の人物が生徒指導室から出てきた。男性と女性が一人ずつだ。
「ありゃま。確かに想定より人数が多い。これじゃあ生徒指導室だと手狭だね」
「ふむ。これでは場所を変えるのも已むを得ませんか……」
その言葉から事情を察するのは容易だった。おそらく、この二人はBクラスとCクラスの担任なのだろう。質問内容が内容のため、質問者に興味が湧いたというところか。
「どうにも、この学校の先生は色々と推し量るのがお好きなようで……。
俺たちが来るのを確信してなきゃ、わざわざ別室で待ったりはしない。しかし確信しているのであれば、最初からスペックが足りている部屋を用意しておけばいい。にも拘らず、向かったのはスペックの足りない部屋。なら、そこには何かしらの意図があって然り。こんな手間をかけたのは、こちらの実力を測るためですか……。
あと、そちらのお二方は順当に考えてBクラスとCクラスの担任ですね?」
「フッ、実に見事だな。素晴らしい。バレるかもしれんとは思っていたが、こうも早いとは流石に思わなかった。そちらの推察通り、会議室を抑えてある。詳しくはそちらに向かってから話そう」
こうして、各クラスの担任と一緒に、俺たちは会議室へと向かうことになるのだった。
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