「北郷、ちょっとついてきなさい」
Dクラスの教室に姿を見せるや否やそう言ったのは桂花である。結果的に平田の過去を暴くことになった翌日の放課後だ。
「桂花? そりゃまあ、ついていく分には構わないけど、教室じゃあダメなのか?」
「ダメ。ここだと人目がありすぎる」
言うだけ言って桂花は歩き出した。自分で誘っておきながら、俺のことなどお構いなしである。……いやまあ、俺がついていかざるを得ないと分かってのことだろうが。
「北郷くん、これは……」
直後、平田が話しかけてきた。見たところ血色はよく、昨日の悪影響は残ってなさそうだ。
「ああ。Cクラスが仕掛けてきた、そう見ていいだろうな。まあ断言はできないが、こうなると俺はついていかざるを得ない。
頭脳面で優秀な奴ってだけなら何人もいるが、桂花はその中でも折り紙付きだ。学年どころか、学校全体で捉えてもトップレベルだと断言できる。
そんな相手が、こうして真っ向から誘いをかけてきたんだ。俺が元からアイツをよく知ってるってこともあるが、これで無視する方が怖いよ」
ついていかない、という選択肢もあるにはある。だがそれを選んだ場合、ただでさえ読めない手が尚更読めなくなってしまう。
警戒対象の数や情報不足など、その理由は多岐に亘るが、その一角でも得られるチャンスをフイにするのはあまりに惜しい。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、そういうことかい?」
「そういうことだ。桂花に限ったことじゃないが、デキる奴ってのはその方面でのプライドも高い。まあ、必要とあれば捨てることも辞さないから恐ろしい部分もあるが、普段から蔑ろにしているわけでもない。
だからこそ、この機会は逃せない。桂花のこの行動が誰の思惑によるものなのか、危険を冒してでも探るだけの価値はある」
そう。一概に『Cクラスの攻撃』と断定できない理由がそこにある。たとえ龍園でも、桂花を飼いならすことなどできやしない。俺でも無理だ。真にそれができるとしたら、この世にただ一人――華琳だけだろう。
とはいえ、飼いならせずとも助力を求めることはできる。『王』を自称するだけあって、確かに龍園にはその資質があるのだ。
基本的に男嫌いの桂花とはいえ、現代社会において日常生活を送れるだけの擬態ができている以上、その比率は向こうにいた頃ほどではない。
ならば、暇潰しや手慰みとして、龍園に助力する可能性は十分にあるだろう。華琳が関わらず、その命令もない以上、桂花にとってこの学園生活は遊戯と変わらないのだから。
だがその一方で、遊戯だからこそ譲れぬ部分もあるだろう。『王』として龍園を立てているにしても、それで龍園の方針を最優先にする筈もない。桂花が最優先すべきは、第一に己の方針である。基本的に、己の策を第一に置くのが軍師という存在なのだから。……まあだからこそ、真に軍師の協力を得た指導者というものは途端に侮れなくなるのだが。
「分かった。気を付けて」
「そりゃあな」
平田の激励を受け、俺は教室を後にする。廊下に出て辺りを見渡すと、桂花は少し離れたところで、片足を上げつつ壁に背中を預けるようにして待っていた。……うん、ポーズとしてはおかしくないんだけど、致命的なまでに桂花には似合っていない。
「悪い、待たせたか?」
「……別に。突然だった自覚はあるし、この程度なら待ったうちには入らないわよ。……それで、お友達への説明は終わった?」
「あ? ああ。まあ、当たり障りなく、って形ではあるけど……」
「そ。なら、良いわ。……んじゃ、行くわよ」
軽いやり取りの後、再び桂花は歩き出す。やはり、行先と用件は告げないままだ。まあ、訊いても無駄な筈なので、おとなしくついていく。
暫く進むと、徐に桂花が口を開いた。
「悪いけど、アンタにはこのあと茶番に付き合ってもらうから」
「茶番?」
「そう、茶番。反感を抱く奴と抱かれる奴っていうのは、どこにでもいるってことよ。それこそクラスなんか関係なくね。アンタがクラス内で池とかいう奴から反感を抱かれているように、龍園もまたクラス内で反感を買ってるのよ」
「あ~、まあ、そりゃあ龍園のスタンスならなぁ……。ある意味で俺以上に反感を買う手法だろ。俺も龍園も『力の論理』を振りかざし、それに則っていることに違いはないが、それが直接的な暴力かそうでないかってのは、この現代社会だとやはり大きいと言わざるを得ない」
「ま、アンタの言う通りね。……別に、龍園が反感を抱かれようが、そんなのは私にとってはどうでもいいのよ。ただ参ったことに、うちのクラスで『君臨者』としての資質を持ち合わせているのも龍園だけなのよ。そして、私たちは龍園の客将的な立ち位置にある。
その一方で、当の龍園は吠えるだけの奴らを咎めない。まさしく『弱者の遠吠え』としか見ていない。相手にする価値もない、そう判断している。
ある意味でそのスタンスは正しい。私たちも否定はしない。けどね――」
道中でそんな会話をしながら進んでいると、言葉を途中で切った桂花が横目で俺を見てきた。さながら、分かるでしょ? と言わんばかりである。
まあ、分かる。分からないわけがない。
「何から何まで相手取れるわけではない以上、上が下を無視するのはある意味では道理だろう。――だがその一方で、油断や慢心の表れ、という見方をすることもできる」
「そういうことね。噛みつこうとする動きを見て、或いは実際に噛みつかれて、初めて龍園は相手を『相手』として見るのよ。ま、龍園に限ったことじゃなく、実力者ってのは大概そんなもんだけど……。
ここで問題になるのは、それによって私たちの策が崩されかねないってことなのよ。……相手に上回られたのなら、悔しいけれど素直にその実力を称賛しましょう。無理な策を強行しての結果なら、素直にその非を認めましょう。だけど、起き得る可能性を放置しておいての失敗は、流石に我慢がならないのよ。そんなのは『甘え』に他ならない」
「だから、いざそうなる前に相手を罠にハメて睨みを利かせておこうって腹か……。分からなくはないが、上手くいくのか? ――いや、愚問だった。そこを上手くいかせるのが軍師の腕の見せ所ってやつだもんな」
「フン、分かってるじゃない。だからアンタも素直に協力しなさい。既に策は動き出してるし、何かしらの結果が出るまではもう止められない。拒否しても構わないけど、その場合は池って奴がどうなるかは保証ができないわよ?」
「池も絡んでるのか?」
「ええ、バッチリとね。元々龍園はそいつを狙って動こうとしていたし、私たちにも協力を求めてきた。アンタの対応を測るって名目でね。アンタを引き合いに出されると、流石に私たちも食指を動かさずにはいられない。いいように動かされている感はあったけれど、まあ遊戯と思って受諾した。
だけど、そこで龍園に反感を抱いている奴が邪魔するべく動いたのよ。先んじて、狙いをつけていた池って奴に接触を図った。アンタへの反感もあって、池って奴もそれに乗った。
まあ、所詮は吠えるだけが能の犬。動いたと言っても、確たることはできてない。結局は目障りなだけ。――それでも、目障りで邪魔であることに違いはないのよ。
また、結果として、そんな奴に私たちの描いていた策は潰されることとなった。描いていただけで、実際に動いていなかったのは、アイツ――時任にとっても不幸中の幸いだったでしょうね。実際に動き出してから邪魔されていたのなら、この程度で済ます筈なんてなかったでしょうから……」
おお、怖い。桂花は淡々と語っているが、だからこそ、その怒りの程が伝わろうというものだ。
池もだが、その時任という奴は九死に一生を拾った形だな。単に龍園の邪魔をするつもりで、或いは龍園を出し抜くつもりで、その実は桂花たちの策を邪魔していたのだ。
軍師にとって、己が策を潰されることほど許せないことはない。桂花の言う通り、読み合いの末の敗北や無理に強行しての失敗ならば受け止める余地もあろうが、身内に邪魔された、なんてのは認め難いに決まっている。そして桂花の言を信じるなら、策が動き出す前とはいえ、実際にそうなってしまったのだ。
もちろん、その怒りの中には自らの見通しの甘さに対するものもあるだろうが、その大部分が邪魔した輩へと向かってしまうのは無理からぬ話だ。
何せ、これは正規の手合いではない。言ってしまえば盤外戦だ。遵守するべきルールはあるが、バレなければどうとでもなる。極論すれば『何でもあり』なのだ。必然として、その分だけ自由度が増す。
無論、学校側が用意する正規の試験のように、定められた条件下で力を発揮するのも、それはそれで腕の見せ所なのも間違いはない。
しかし、それはそれ、これはこれ、だ。前提となる条件が異なっているのだから、楽しみ方も違っていて然りである。
早い話、料理をするためにいそいそと食材と調理道具を用意していたら、直前で食材をつまみ食いされてお釈迦にされたようなものなのだ。許す奴は許すだろうし、ブチ切れる奴はブチ切れる。まあ、状況やつまみ食いした相手次第で結果に変動があるのは否定できないが、お眼鏡に適わなければ言わずもがなだ。
「んで、特別棟か……」
会話をしながら歩を進めていると、やがて辿り着いたのは特別棟だった。……まあ、ここの大部分には監視カメラがない。流石に理科準備室や美術準備室周りは設置されているが、むしろその方が例外と言わんばかりなのだ。
「そりゃあね。校舎内だと、密会・密談にはここほど適した場所もそうはないわ。カメラがないだけなら体育館裏も候補には挙がるけど、向こうだとここほどの安心感は持てないわね」
「ああ、それには同感だ。向こうは遮蔽物が無さすぎる。いや、全く無いわけじゃないんだが……」
体育館裏だと、外だけあって木陰を始め隠れる場所が多過ぎるのだ。
それが特別棟の場合、どこかの室内に入ってしまえば、あとは出入り口に見張りを置けばそれで済む。安心確保に対する手間が段違いなのである。
「お疲れ様です、桂花の姐さん」
桂花の先導で特別棟内を進んでいくと、所々に1-Cの所属と思われる生徒が立っていた。……のだが、誰も彼もが桂花に対してこんな挨拶をしてきた。そして、俺にはガンを飛ばしてくる。
「ええ、お疲れ様。悪いけど頼むわ」
「うぃっす。お任せください」
それに対し、桂花らしからぬ態度で優しく声をかけ、誰も彼もが気合を入れる。
そんな光景が何度となく繰り返された。……いったい何だこれ?
「姐さん、なんて呼ばれてるのか?」
「中間の時に勉強を見てやったら懐かれたのよ。そりゃあ、向こうと違って荀家のバックボーンも無ければ役職に就いてるわけでもないから、必然的に幾らか舌鋒を優しくした部分はあるけれど、まさかこうなるとはね。流石にこれは想定外だったわ。中学の時とは偉い違いよ。アイツ等ってマゾなのかしら?」
俺が訊けば、桂花は困惑と呆れをない交ぜにした様な態度で答えた。言葉通り、桂花自身が状況をうまく理解できていないのだろう。それでも、無駄に反感を持たれるよりはマシだから、いちいち声を返しているわけか。
そうこうしながら目的の部屋についたわけだが、見張りの配置が絶妙だったな。適度に穴を設けてあった。つまり、見張りを掻い潜って部屋に近付くこと自体は不可能じゃないわけだ。
「よお、北郷。今回はこっちの不手際に巻き込んじまって悪かったな。だがまあ、そっちにも得のある話だ。素直に受け入れてくれや。……桂花も案内ご苦労だったな」
部屋に入った俺と桂花を出迎えたのは、龍園のそんな言葉だった。
室内を見渡せば、他にも幾人かの姿がある。ガタイのいい黒人に、メガネを掛けた男子、龍園の傍に控える男子。そこから少し離れたところには女子が四人固まっている。二人は風と稟。もう二人は、勝ち気そうな少女とおっとりとした雰囲気を漂わせる少女だ。
「別に。……北郷、アンタはこっち」
龍園に対して素っ気なく答えた桂花は、俺の手を掴んで室内を移動する。
「まあ、良い機会だからお前にも紹介しとこうと思ってよ。石崎、アルベルト、金田、んでもって伊吹、全員俺の側近だ。あとは側近ってわけじゃねえが、クラス内で俺が一目置いてる奴だ。稟と風は知ってるな? 残りの一人は椎名ひよりだ。
椎名は本の虫だから、コイツを堕とすならそっちで攻めるこったな。伊吹は……力で屈服させんのが一番じゃねえか? 見ての通りだから、お前もそそるだろ?」
俺にとっては嬉しいワンポイントアドバイス付きの龍園の言葉を受けて、それぞれが軽く会釈をして挨拶をしてきた。伊吹さんという女子だけは、誰がアンタの側近よ! と龍園に対して吠えていたが。……うん、龍園の言う通り、実にそそる。『くっころ』的なシチュが映えそうな美少女である。
ともあれ、俺もまた自己紹介を返す。
その後、龍園以外の男子は部屋を出ていった。本当に紹介だけが目的だったようだ。
「んで、どうやら俺を茶番に付き合わせたいみたいだが、率直に訊くが、俺に何をさせたいんだ?」
「なに、簡単な話だ。お前には、ここで桂花とシッポリやってもらおうと思ってよ。だから野郎どもは下げさせたんだぜ。感謝しろよ。まあ、女どもについては勘弁してくれ」
「別に女子に見られるのもシッポリやるのも構わないが、お前は残るのかよ、龍園」
「おいおい、分かり切ったことを訊くんじゃねえよ。俺がいねえと始まらねえじゃねえか」
ま、そりゃそうである。詳細を聞いたわけではないが、ターゲットを上げて落とすのが今回のキモだ。池の反感対象である俺、時任とやらの反感対象である龍園がいないことには、片手落ちにも程がある。
要は、俺と桂花が不純異性交遊を働いているシーンと、それを高みの見物している龍園を目撃――引いては、証拠映像でも撮らせるのが目的なのだろう。ご丁寧なことに、部屋の扉も開けきらず閉め切らずだ。隙間から覗くことは十分に可能である。その後の展開など読めたものだ。
まあ、ターゲットがこの部屋の前に到着するのが前提の策ではあるが、十分に餌は蒔いている筈だ。普通に考えれば来る筈だし、怖気づいて来ないようなら、それだけ潰すのが容易ということでもある。
「ふぅん。しかしまあ、よく桂花が納得したな」
「私の裸が見られるってわけじゃないしね。それに、ジャンケンの結果だから」
つまり、本番は無しということだ。ま、当然だな。もっと気心が知れてからならともかく、今の龍園に桂花の裸を見せるつもりなど俺にもない。まあ、だからこそ、桂花も妥協したのだろうが。……いや、着衣エッチという手もあるか? これなら、誰に裸を見せることなく本番が可能だ。
「ええ。私たちのジャンケンに勝利した結果ですね」
「桂花ちゃん、今からでも代わりませんか?」
俺が邪な欲望を思い抱いているところに、稟と風からツッコミが入った。……なるほど。ジャンケンに負けたからではなく、勝ったから桂花が相手になったと。
「ウッサイわね、敗者は黙ってなさい! 第一、違うクラスだからってオアズケ食らいすぎなのよ、こっちは! まあ、それは私たちに限ったことじゃなく、呉と蜀の連中にもだけど。
結論として北郷が悪い! 足場固めやら中間やらで色々と忙しかったのは分かるけど、もっと私たちにも手を出して来いってのよ! ったく!」
「あら? 開き直りましたね」
「ですが、よく言ってくれました桂花ちゃん。……桂花ちゃんの言う通り、お兄さんはもっと積極的に風たちにも手を出してくるべきなのです」
桂花、風、稟の三人からはジト目を。龍園からはニヤついた笑みを。伊吹さんからは絶対零度の、そして椎名さんからは興味津々な眼差しを向けられた。
見事なまでに針の筵であるが、返す言葉もない。実際、状況に甘えてしまったのは確かであるし、それで千秋を爆発させてしまったのは記憶に新しい。
さながら、往年の名作ギャルゲー『ときメモシリーズ』の爆弾解除の如しである。彼のゲームとの違いがあるとすれば、爆発しても別に好感度は下がらないことか。その代わり、以後は対象の女子に割く時間が増える。
「そうは言ってもなぁ……。『爛れた性生活』って言われちまえばそれまでだし、現代社会で受け入れられがたいのは事実だ。ましてクラスが違うとなれば、下準備もそれだけ手間になるのはそっちだって分かるだろう?」
だからといって、容易にそれを実行できない現実というものがあるのだ。願うだけで易々と叶うなら、元より苦労はない。
共同生活だって、『同じクラス』だから、まだハードルが低い方なのだ。クラス対抗が絡む以上、違うクラスの生徒との共同生活は周りも受け入れがたい。
その一方で、共同生活だから、時間の確保も容易となっているのは否定できない。
それに伴い、ルームメイトも次第に互いの影響を受けてきた。俺が与えた影響も大きく、今となっては誰もが最初期ほど性方面に対する壁はない。……輝彦とか、本当にお堅かったからな。
「あん? なら、ヤリ部屋を用意してやるよ。安いパーティールームなら、今の手持ちでも買えるしな。まあ俺自身、北郷とのスタンスは違うだろうが、女を食わずにいられるほど健全でもねえからな。いずれ、その手の部屋を用意するのは必須だった。必然、お前たちだけに占有させるわけにもいかねえが、そこは我慢しろや。
これで『王』ってのも苦労があるんだよ。デキのいい配下や忠臣には良い目を見せてやらねえとならねえしな。んで、俺たちの年頃を考えれば、性快楽が一番簡単で手っ取り早い。男女問わず、誰も彼もが一定の興味を抱いているからな。
一度快楽の底に叩き込んでしまえば、這い出ることは容易じゃねえ。逃げるためか、或いは『もう一度』を求めてか、奮起する奴は奮起するし、溺れる奴はそのまま溺れる。前者であれば取り立てる目があるし、後者であれば共通財産として役に立つ」
龍園の言葉は、あまりにも明け透けだった。しかし、決して否定しきれない。目標やご褒美があるから頑張れるのが人間なら、安寧に浸り込むのも人間なのだ。
水商売だって、『お金』という合意の下だからこそ、犯罪にはならないのである。レイプは確かに犯罪だが、結果的に両者が合意の上であれば、そういう『プレイ』と言い張ることもできる。
俺と女たちの関係もそれに近しいものがある以上、その論法を否定はできない。俺が齎す極上の快楽があるからこそ、女たちも勉強や運動に力を入れて取り組んでいる面があるのは事実なのだから。
「俺自身、自分が歪んでる自覚はあるぜ。けどな? 中学時に逆レを食らえば、誰だって大なり小なり歪むと思うぜ? あの女は火照っただの見所があるだの言ってたが、やってることは所詮逆レだ。それでも、俺はそれを是とした。文字通り、俺はあの女――雪蓮に屈服させられたんだよ。
その後は、アイツの連れてくる欲求不満な女どもを対象に実践の積み重ねだ。普通に考えて、中坊にすることでもさせることでもねえだろ。だが、それが罷り通ったのが、今の世の中ってやつだ。
んなわけだから、俺は多分にあの女の影響を受けている。それを悪いとは思わねえ。実際、慣れてくれば女を抱くのも愉しかったしな。最初はマウントを取っていた女どもが、やがては俺に屈服するんだ。そいつが齎すエクスタシーは、言葉では言い尽くせねえほどだ。
しかし、だからこそ、俺はいずれ逆にアイツを屈服させてやる。そういう夢が、愉しみがあるんだよ」
そう言って、クックックッ……と、龍園は嗤った。
それにしても……そうか、雪蓮か。王の誇りを持ちつつも、どこか享楽的で、己の勘を大事にする。龍園の振る舞いは、まさに雪蓮じゃないか。道理で、龍園を嫌いになれない筈だ。
「あ゛~、アンタ、アイツの被害者だったのね。
しかしまあ、いやはや道理で……。なんかアンタに対して既視感があると思ってたのよね。あの女の影響を多分に受けてるのなら、そりゃあまあ、『王』として不足がある筈もないか……」
「あん? その口ぶりだと、あの女を知ってんのか?」
「そりゃあね。三國コーポレーションの中枢、御三家の一角、孫家の次期当主、孫雪蓮。こちとら、同じ御三家の一角である曹家に仕える身だからね。知らない道理がないわ。
ついでに言えば、Aクラスの蓮華は雪蓮の妹だし、コイツは三國の次期総帥よ。って言うか、三國自体がコイツを迎えるために用意された組織なのよ。まあ、信じるも信じないもそっちの自由だけどね」
「ほう? そりゃあ、アレか。前世がどうのとか、そういう話か? なるほどな。だってなら、逆に納得がいくってもんだ」
「はあ? 前世? 龍園、アンタ、気でも触れてんの?」
「いやいや、間違いなく俺は正気だぜ、伊吹。世の中にはな、理屈や理論じゃ証明しきれないことが確かにあるんだよ。そして、あの女もそうだったって話でしかない。
まあ、こればかりは実際に直面しねえと納得も何もあったもんじゃねえ」
「そうは言ってもねぇ……」
伊吹さんが呆れを隠さない一方で、これまで黙っていた椎名さんが徐に口を開いた。
「三国志の時代。大陸に黄巾がはためいていた頃、世を憂いた天は一人の御遣いを地上へと遣わした。……三国志を舞台にしたお話、『天の御遣い史』に共通する最初の一文です。
天の御遣いが所属する勢力によって、お話の流れや展開が変わることもあり、魏の章、呉の章、蜀の章の三つが基本とされていますね。それ以外の所属やその後を描いた外章も存在します。
三国志の武将や軍師が女性化していたりといった突拍子もないところがありますが、お話としては中々に面白いですよ。非常にマイナーなのが残念ではありますけどね。私自身、その全てを読んではいません。読むことができていない、と言う方が正しいですけどね。
そして興味深いことに、このお話に登場する武将や軍師の大半は、複数の名前を持っているんです」
「あ~、あれでしょ。蜀の軍師として有名な諸葛亮なら孔明っていう……そう、字ってやつ」
「ええ、伊吹さんの言う通り、一般的な三国志では、姓名の他に字が登場します。ですが、私が言っているのはそれとは違います。
確かに字も登場しますが、もう一つ、真名という名前も登場するんですよ。基本的に親しい相手以外には呼ぶことを許さず、許されず、不用意に呼んでしまえばその場で叩き切られても文句は言えない。そういう名前です。
前述の通り、私も全てのお話に目を通しているわけではありませんので、登場人物全ての真名を把握しているわけではありません。それでも、一通りは抑えていると言ってもいいでしょう。
魏の軍師、荀彧であれば桂花、郭嘉であれば稟、程昱であれば風というのが、そのお話での各自に振られた真名になります。勢力を変えると、孫権――仲謀の方が蓮華、甘寧が思春、呂蒙が亞莎、孫策は雪蓮、劉備は桃香、趙雲は星、公孫瓚は白蓮になりますね。……おや? 何とも奇妙な一致ですね?」
そう言って、椎名さんはクスクスと笑った。
「椎名さん。あなた、あのマイナーな本を読んだことがあるのですか。それは何ともまあ……。呆れればいいのか、感心すればいいのか、こちらとしても分からなくなりますね」
「あれはそもそも、記憶の整合性を図るために控えた手記が元になっているんですよ。
世の作品は、名作になればなるほど、シリーズが続けば続くほど、設定が増え続けて過去の整合性が図れなくなるのが大半でしょう? 大抵はパラレルの一言でそれを片付けるわけですが、これも結局はそれと同じです。それを誰かが面白おかしく本にしたのが正直なところになります。
ええ、私たちは確かにそのお話に登場する人物と捉えて相違ないでしょう。お兄さんが『天の御遣い』ですね。ですが、元々余所からやってきたお兄さんと違って、私たちはその地に足を着けている人物ですからね。元の世界に戻ったお兄さんを追うのは生半なことではありません。それでも、それを成し遂げた結果が、今に至っているというわけです。
数多の世界からお兄さんを追いかけてきた風と、この世界に元々生きていた風。言わば、その魂の集合体とでも言うべき存在が、今の風です。まあそんな経緯ですので、この場面にこの人物はいたのか、それともいなかったのか。それらをハッキリさせることは、記憶の整合性を図るためにも必要なことだったのですよ。他の面々も似たり寄ったりですね。
まあ、そんなこんなでこの世界に魂を定着させた私たちは、お兄さんとの再会を夢見て転生を繰り返し、今に至っているわけです。……周りにどう思われようと、それが私たちにとっての真実であり事実なのです。
そんなわけですので、私たちはある意味で余裕があり、ある意味で余裕がありません。お話の方だと省かれてますが、まあ男女の関係ですからね。散々とやることはやってます。私たちの中だと桂花ちゃんが真っ先に子供を作ってましたよ。
お兄さんとの再会こそ叶いましたが、そんな私たちがある意味で蔑ろにされているわけですからね。その不満と不安は、わざわざ説明するまでもないでしょう」
「ハッ、なるほどな。何とも男冥利に尽きる話じゃねえか。なあ、北郷よ?」
「ありがたいことにね」
「何とも夢のあるお話ですね」
「……ダメ。分かんない。アンタたちの話を聞いてると、頭がおかしくなってくる」
伊吹さんは表情を顰めて頭を押さえているが、それが普通の反応だろう。むしろ、龍園や椎名さんの反応こそがおかしいとさえ言える。
いやまあ、事実は小説よりも奇なり、とも言う。真正の本好きだからこそ、逆に椎名さんは受け入れやすかったのだろうか? 龍園は、この御時世で大真面目に『王』を称する男だからな。そんな奴が普通であるわけがない、と考えれば筋も通る。
「ま、だとするなら、よっぽどヤリ部屋は必要だな。今はまだ大丈夫なようだが、コイツ等に暴走された場合が怖え。数百万程度で安定化させられるんなら安いもんだ。
あ~いや、やっぱ北郷に桂花たちも幾らかポイントを出せ。お前たち専用の部屋を用意する方がよっぽどいい。お前たちがこっちに混ざる分には自由だが、北郷はともかく、女たちの方はそれを望まねえだろ?」
「ま、そりゃあね。コイツ以外の男に裸を見せる気なんて更々ないし……」
「まあ、妥当なところではありますか……」
「ですね~」
俺を放置し、龍園と桂花たちの間で話が進む。
「あん? 何だ椎名、お前も混ざる気か?」
「それは分かりませんが、見学はさせてもらおうかと……。言ってみれば、物語の登場人物が現実に現れたのが桂花さんたちであるわけですからね。それだけで興味は尽きません。
まあ、その手の方面に興味がないわけではないのも正直なところではありますが……」
どうやら、椎名さんも幾ばくかのポイントを龍園に渡したらしい。龍園がツッコミを入れると、椎名さんは素面なようでいて、それでも若干頬を赤らめながら理由を口にした。……まあ、そういうことなら分からないでもない。
「……と、そろそろ餌が掛かりそうだ。んじゃお二人さん、一世一代の芝居を頼むぜ?」
端末に目をやった龍園が、偽悪的な笑みを浮かべてそう言ってきた。
「はいよ。……それじゃ、桂花」
「はいはい、分かってるわよ」
龍園に促され、俺と桂花は立ち上がった。
俺のやる気も、最初よりかは増している。これを足掛かりにして、椎名さんと伊吹さんをも頂けるかもしれないとなれば、当然である。
とはいえ、俺はただ、真っ向から桂花に向かい合うだけだ。それが結果として他の女子を惹き付けることになろうと、誰に文句を言われる筋合いもない。
桂花も、当然ながら俺のそんな魂胆には気付いているだろう。それでも文句を言ってこない。――言える筈がない。それで自分への対応がおざなりになるようであれば、結局のところ割を食うのは桂花なのだから。
そうして、俺と桂花の大芝居が始まるのであった。
原作における『須藤暴力事件』の代替、その前振り回です。
本作と原作では須藤の状況も異なっています。本作では原作以上に部活を休んで勉強に集中したため、必然的に部活でのアピールが減っています。結果、レギュラー云々の話は持ち上がっていません。
Dクラスの実力者たる一刀との距離も比較的近いため、龍園的には須藤を狙う旨味が少ないです。これでは『須藤暴力事件』など起こりようがありません。
ただ、だからといって龍園が情報収集に動かない筈もありませんので、代替となる状況が発生してもおかしくはないでしょう。
本作では結果としてターゲットが変更になったり、求める情報が変更になったりもしてますが、龍園にとっては些細な問題です。
龍園が優先しているのは、一年生にとっては『未知』となる情報の収集ですので。
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