生徒指導室を後にした俺は、龍園たちと一緒に廊下を歩いていた。
教室に荷物を置いているため、どの道取りに戻らなくてはならないからだ。どうせ隣のクラスである。特に用事もないなら、わざわざ別行動を取る必要もない。
「感謝するぜ、北郷。今回の一件、結構な情報が取れた。正直、勝算はあったが確証があったわけじゃねえからな。それがハッキリしただけでも大きいってもんだ」
歩いていると龍園が上機嫌に声をかけてきた。
それも当然だろう。龍園の言う通り、今回の一件は俺たちもだいぶ危ない橋を渡っている。
俺と桂花の乳繰り合いがそれで、如何に口裏を合わせて理論武装を固めたところで、『不純異性交遊』の一言で切って捨てられる可能性自体はゼロではなかったのだ。……まあ、恵の一件もあり、俺の方は龍園より精神的な余裕があったのは事実だろうが。
言い訳を用意した上でキチンと状況を組み立てれば、問題行動も問題にならないということが、今しがたの話し合いでハッキリしたのである。
これは大きい。他クラスよりリスキーな手を取りやすくなったのは事実であり、アウトロー路線万歳なCクラスにとってはこれ以上ない戦果だろう。
「そう思うなら、期末試験が終わるまではうちのクラスに仕掛けるのは止めてくれ。そうしてくれなきゃ、俺個人としてはともかく、クラスとしての旨味に差がありすぎる」
それも事実だ。
Dクラスの場合、男女問わず、我の強さと能力が反比例している奴が多過ぎるのだ。これだけで統制を利かせるのは生半なことじゃない。クラスの統制状況を比較すると、他クラスに比べて格段に劣るのは間違いないだろう。
Dクラスの強みは、あくまでも『突出した個』が他クラスに比べて多いことなのだ。
しかし、突出具合では数の前に容易く破れる。俺や清隆、高円寺であれば早々破れることもないだろうが、全員にそのレベルを求めるのも酷というものだ。
だからこそ、一歩一歩着実に連携状況を強めているのが、現在のDクラスの状況なのである。
清隆に桔梗、鈴音など大方の有力者はグループメンバーに加わり、平田や須藤はグループメンバーでこそないものの、協調路線を取ることはできるようになった。
高円寺は放置一択だ。あれの手綱を取ることなどできるわけがない。そんなことに労力を費やすのは無駄以外の何でもない。状況次第で助力してもらえれば、それだけで十分だ。
現状、有力者で浮いている駒は、今日Dクラスに配属されたばかりの有栖となるが、これの取り込みは容易だろう。向こうも向こうで共同生活に加わる気満々である。昨日のセリフはそれ故だ。共同生活に加わる予定だから、本の提供も厭わなかったのだ。
まあ、これらはあくまでもクラスの有力者に限った話。他クラスに比べると有力者が多いのは間違いないが、劣等生が多いのも間違いないのである。
そして問題なのは、こちらを狙われた場合だ。我が強いということは、それだけ挑発に乗りやすい、ということだ。打ち負かす能力があるのならそれも構わないが、如何せんその能力もない。
相手が暴力上等のCクラスだからと言って、単純に暴力で黙らせればいいというわけではないのだ。むしろ、そんな真似をすればこれ幸いと餌食になる未来しか見えない。学校側に訴えられて時間を拘束されるだけで、うちのクラスは途端に不利になる。何せ、今月には期末試験があるのだから。
とはいえ、我の強い人物が多いからこそ、損して得を取る選択肢も早々選べそうにはない。挑発したのは向こうが先だ! だの何だのと言った水掛け論に時間を浪費される展開がありありと見える。
或いは、龍園が最初に池に目を付けたのは、それを狙ってのことかもしれない。
クラスの総意で山内を退学に追い込んだという事実は、裏を返せば、山内に負い目を持っている、ということにもなる。自然、その負い目は最後まで山内の退学に反対していた池にも向けられる。
他の相手ならまだしも、池だからこそ、今度はそう簡単に切り捨てられない。良心の呵責により、そう思う人物が一定数現れるだろうことは、無理からぬ話である。
我の強さ、良心の呵責、池への遠慮、それらが一度に重なれば、常のポテンシャルを発揮するなど不可能に近いだろう。
ただでさえ能力が低いのに、更にデバフまで食らってしまえば、期末試験を乗り越えられる生徒は如何ほどいることか。
学力不振な生徒が多いのはCクラスも同じだが、それでもDクラスほどではない。
まして、桂花辺りに動かれたらその時点で終わりだ。以前に比べれば丸くなっているが、依然として桂花が攻撃的であることに違いはないのだ。……いや、攻撃的なのは魏の軍師陣三人に共通しているのだが、普段の言葉遣いやら何やらも加味すれば、桂花がダントツなのは間違いない。
軍師であるからには、他者を駒として見て、それを思い通りに動かすことこそを是とする気質があるのは三人に共通しているが、だからこそ、必要とあれば自分が動くことを厭わない行動力もある。そうでなければ、戦への随行などできやしない。自分が直接に武器を握らないことと戦の現場に出ないのは、決してイコールでは結ばれないのだ。
売り言葉に買い言葉。ちょっとした争論の規模を大きくすることなど、桂花にとってはとても簡単なことだろう。ある意味で弱い者イジメに他ならないが、桂花の本命は、あくまでもそれによって引っ張り出される俺と考えれば、勝負のための切っ掛けと考えれば、行動を辞すこともあるまい。
元々、俺に勝負を仕掛けようとしていたみたいだから尚更だ。桂花にしてみれば、ターゲットを池に限定する理由などありはしないのである。
だからこそ、俺としてはどうしてもそれを危惧しないわけにはいかない。この状況でCクラスに仕掛けられるのは流石に勘弁である。
尋常な勝負を望むのが本願なら、相手の弱みを突くのも勝負の鉄則だ。
勝って兜の緒を締めよ。一緒に手を取り合い、協力して物事を解決したこの瞬間だからこそ、逆に気を抜くことなどできやしないのだ。
「……チッ!」
俺の言葉に返されたのは、桂花の舌打ちであった。やはり、狙っていたらしい。
「ハッ! 残念だったなぁ、桂花。どうやら北郷には、油断も隙もなかったらしいぜ? ……いいぜ、北郷。その提案を吞んでやる。お前の言うことも尤もだし、先手を取られるのも勘弁だしな」
「そいつは助かる」
龍園は桂花に対して嘲笑を浮かべつつ、俺の提案を受け入れた。
それも当然。俺の危惧は、そっくりそのままCクラスの危惧にも繋がるからだ。前述の通り、学力が不振なのはCクラスも同じなのだ。この状況で俺や清隆に先手を仕掛けられたら、Cクラスもタダでは済まない。Dクラスよりは統制が利く分、期末試験を考慮してすんなりと引き下がることはできるだろうが、引き換えにダメージを食らうのは否めない。
だからと言って反撃を仕掛ければ、泥沼の消耗戦に突入することになり、得をするのはAクラスとBクラスになる。それを嫌えばどこかでどちらかが退かねばならず、ダメージを最小に抑えるのであれば、一番最初のタイミングが賢明だ。
俺の指摘により、龍園は俺が気付いていることを察したのだ。である以上、一時停戦を受け入れるのが利口というものだ。結局のところ、CクラスとDクラスが争ったところで下位争いでしかなく、AクラスやBクラスといった上位には一切のダメージを与えられないのだから。
「あん? 何だか騒がしいな……」
龍園がそう呟いたのは、1-Aの前を通りかかった時だった。放課後ということを考えれば、確かに騒がしい。そりゃあ残っている生徒はいるかもしれないが……。
「よお、邪魔するぜ」
俺が不思議に思ってる間にも、龍園は行動に移っていた。何のためらいもなく扉を開けて教室に入っていく。
「貴様は……龍園! 何をしに現れた」
「そうカッカするんじゃねえよ、葛城。単に、通りかかったらいつも以上に騒がしいから気になっただけだ。ただの興味本位だよ。それがダメだって言うんなら、そもそも興味を抱かれねえようにするんだな」
Aクラスの生徒と龍園のやり取りが聞こえてくる。葛城というと、Aクラスのリーダー候補の一人か。保守的な人物と聞いているが、龍園の悪名を考えれば無理もない対応だ。
「まったく……。言っていることは正しいが、もう少し言い方ってものを考えられないのか、お前は。そんなんだから、無駄に敵を作るんだぞ? まあ、それこそがお前の狙いなのかもしれないけどな。
それと葛城、お前が本当にAクラスを率いようと思っているのなら、噂に踊らされるのは止めるんだな。龍園本人を見ずして勝てる筈もない。その程度のこと、理解できないお前じゃないだろう?
まあ、お前がその程度の人物であるのなら、楽に勝てる分、こっちは楽でいいんだけどな」
ともあれ、龍園が入っていってしまったので俺も乱入する。
龍園を窘めつつ、軽く葛城を挑発。これで少しでも本領発揮に歯止めがかかってくれれば万々歳だ。何せ、既にAクラスには有栖がいないのだから。
攻めの有栖と守りの葛城、そして守り寄りではあるが中庸の蓮華、この三人がAクラスの要であり、蓮華が間に入ることでバランスが取れていた。しかし、ここにきてそのバランスが崩れた。学校側の判断により、有栖がDクラスへと移籍することになったからだ。
俺としても素直にそれは嬉しいし、Dクラスの戦力強化に繋がっていることも間違いない。
だがその一方で、Aクラスが強化されたと捉えることもできる。有栖の離脱により攻撃力が下がった反面、防御力は増しているからだ。現状でトップに立つAクラスに本気で守りに入られたら、下剋上を狙うこっちとしては堪ったものじゃない。強敵であると同時、ある意味で有栖がAクラスの穴でもあったのだ。
「何だとお前! 葛城さんに生意気な口を!」
俺の挑発に釣られ、葛城派と思われる一人の男子が食って掛かってきた。……正直、これを確認できただけでも十分だ。守りの葛城にも穴はある。
「止めておけ。それと失態だな、戸塚。お前の今の行動一つが与えた情報は大きいぞ。
やれやれ。一刀だけならともかく、龍園の前でそんな無様を晒すとはな。Aクラスたるを誇るのなら、その実力を付けてからにすることだ。お前が狙われても、クラスの一員以上には助けんからそのつもりでいろ」
その瞬間、前に進み出たのは蓮華だった。件の男子――戸塚を窘めつつ、こちらにも牽制を入れている。暗に、戸塚を切り捨てる用意がある、と告げることで。
こちらにとって重要なのは、Aクラスが上手く機能しなくなることだ。戸塚の切り捨てだけでも確かなダメージにはなるが、覚悟ができているのなら乗り越えられる程度であることも間違いはない。旨味が無いわけではないが、少ないと言わざるを得ない。
楽々と蓮華が切り捨てる判断を下したことからも、それが分かる。
「へえ? その髪色に肌の色……。なるほど、お前が孫蓮華。雪蓮の妹か。お前の名前は知ってたんだが、流石に雪蓮とは結び付かなかったぜ。――正確には、その確証が得られなかったんだがな。似てるとは思ったが、雪蓮の名字を知らなかったもんでな」
「ほう? であれば、桂花辺りにでも聞いたか? 如何にもその通りだ。こちらも、姉上からお前のことは聞いているぞ、龍園翔。姉上の被害者的な共感意識がないではないが、それ以上に姉上の影響を色濃く受けているお前を侮ることはできん。かかってくるのなら、全力で相手をしよう」
龍園と蓮華の視線が交わり、火花を散らす。ある意味で、二人はどちらも雪蓮の後継だ。
「良いぜ、おもしれえ。あの女を屈服させる前に、その妹であるお前を屈服させるのも悪かねえ。――と、言いたいところだが、残念ながら暫くはお預けだな。お前に食って掛かれば、その脇腹を北郷に食いつかれるのは目に見えている。個人的にはそれも一興ではあるが、王としては上手くねえ」
「ほう? 暴君と聞いていたが、中々どうして分別があるではないか。……正攻法が売りのBクラスに、搦め手を辞さぬCクラス、果ては有栖までもが加わり、より一騎当千感が強まったDクラスか……。いやはや、この学校生活も中々に大変だな」
「しかし、だからこそ面白い。……そうではありませんか? 蓮華様、亞莎」
「はい。一刀様はもちろん、桂花さんに風さんに稟さん……。蓮華様付きの軍師としては弱音を吐くようですが、一人として侮れる相手ではないです。ですが、だからこそ、相手として不足はありません!」
「確かにな。……戸塚のような足手纏いがいないわけではないが、Aクラスの層は厚いぞ。有栖がいなくなったことで、逆に防御力は増したからな。果たして、お前たちに乗り越えられるか?」
いやはや、参った。有栖がAクラスからいなくなったことで、逆に蓮華のやる気が増している。相手として面白いのは事実だが、これを崩すのは容易じゃない。
「かつてのAクラスの一員として層が厚いのは認めますが、穴があるのも事実でしょう? 私がクラスからいなくなったとて、それで私が築いていた派閥との繋がりが消えるわけではありません。だからこそ、私の派閥の受け入れに対し、難色を示す生徒が多かったのではありませんか? 特に葛城派は……」
横から口を挿んだのは有栖だった。……なるほど。派閥の長として、クラスに残された派閥メンバーの受け入れを、他の派閥に頼みに来ていたわけか。
当然と言えば当然の行動であるが、それを受け入れるに当たっては、どうしてもスパイを意識せざるを得ないだろう。
普通に考えれば、Dクラスに移籍した有栖の言うことに従う理由なんてなさそうなものだが、それで有栖個人の能力が低下したわけではない。下剋上があり得るのがこの学校の特色であるし、莫大だが二千万ポイントさえあればクラス移動の権利を購入することもできる。ならば、引き続き有栖の命令に従うのではないか? と警戒するのは頷ける話だ。
とはいえ、それを割り切れないのが一般人の限界だ。そこを割り切って考えられるか否かが、一般人と実力者を分かつ境界線の一つであるのは間違いない。
そして、Aクラスとはいえ一般人が多いからこそ、ここまで長引き紛糾していたわけだ。そう考えれば、Aクラスと言えども恐れるには足らない。……侮れないのは事実だが。
「これ以上、他クラスに弱みを晒すのも馬鹿らしい。有栖の派閥は、私の方で全てを受け入れる。……葛城と有栖もそれで構わんな?」
「……仕方あるまい」
「願ってもないことです。どうか、皆さんのことをよろしくお願いしますね?」
奇しくも、俺たちの乱入により結論が出たようだった。結果的に、有栖の派閥はその全てが蓮華に吸収されたのだ。
「ああ、一刀くん。長々とした話し合いで、流石に疲れてしまいました。そういうわけですので、抱っこしてください」
そんな中、先ほどまでの空気を省みることもなく、そんなことを宣う有栖。
「はいはい」
それに若干呆れつつ、役得でもあるので、俺は素直に有栖をお姫様抱っこするのであった。
池と時任相手には手を組みましたが、基本的には敵同士ですからね。一刀も龍園も、虎視眈々と互いの隙を狙っています。
俺を前にして隙を見せた方が悪い、という理論です。
とはいえ、互いにそれは承知しており、容易に隙を晒さないからこそ、互いにある程度の好感を持っています。
まあ、互いに決して隙が無いわけではないんですが、フェイクの可能性も考慮すると易々とは仕掛けられません。
だからこそ、学力不振という前提条件ありきですが、テスト前という期間は互いに狙い目なわけです。
あとは、個人的感情を優先させたりもするけど、有栖ならリーダーとしての後始末くらいはするよな……と。
退学したなら不可能ですが、クラスが移っただけなので、自派閥の対処をする余裕はあります。
派閥メンバーとしても、事情が事情であり、学校判断によるクラス移動なので、声高に有栖を責めることもありません。
ですが、本文中で描写した事情から、他派閥――主に葛城派が強固な受け入れ拒否の態勢を取ったことにより、紛糾したまま状況は進展せず、そこに一刀たちが訪れた形になります。
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