「なあ北郷……お前、どこまで計算していたんだ?」
寮への帰り道、幸村が問いかけてきた。
「どこまで、って言われてもな。途中からはアドリブだよ。何かしらの特典が得られるとは思っていたけど、確証はなかったしな。
ただ、創部の件に関しては佐倉さんを誘った時点でぼんやりと考えてはいた。特別棟で過去語りが行われた時点でその思いは強まり、会議室で櫛田さんまでもが過去を暴露したことで、提案だけはするべきだと結論付けた。
言った通り、俺たちはDクラスだからな。順当にいけば、逆に来月以降の支給ポイントには期待ができない。契約を結んだ以上は注意喚起も不可能だ。
まあ、注意喚起をしたところで、どこまで効果が出るか怪しいのがうちのクラスではあるけどな。何せ、HRでこれ見よがしに思わせぶりな態度を取ったのに、自発的に声をかけてきたのはたったの四人だからな」
「……ああ。そういえば、綾小路と櫛田と佐倉の三人はお前が誘ったんだったか。誘いをかけたら同行しただけマシではあるが、誘わなかったらこの場にはいなかったわけか……。
これだけで結論付けるのは厳禁だが、確かに期待はできないな……」
俺の説明に、幸村は納得したように頷く。
「共同生活については、思いの外ポイントが貰えたからだな。八人もいるんだから、折半すればそこそこ上等な部屋は得られるかもしれない。
確かに共同生活にはデメリットもあるが、普通に考えてメリットの方が大きい。食費も折半できるし、役割も分担できるからな。その分だけ負担も減るし、独り暮らしよりは時間を有効に使うことが可能だ。
先生にも言ったが、個人の才覚だけではできることなど限られている。社会で成功するには、どうしたって資本力と人脈が必要になる。
それを思えば、これからの学校生活を送るに当たり、ただのクラスメイトでは弱いんだ。否が応でも関係を深める相手が必要になる。そのために、敢えて俺は自らの過去を暴露した。秘密を共有することで縛りつけようとしたのさ。軽井沢さんまでそれに乗ってきたのは驚きだったが、おかげで佐倉さんと櫛田さんまで乗ってきた。これは大きい。
正直、強攻策を取った分、俺たちの関係は歪だ。一蓮托生、運命共同体、そんな言葉で縛りつけてるんだから無理もない。
けど、だからこそ、より短期間で互いを分かり合える可能性は高まった。儀礼的に外面よくして付き合って、それで対等な関係が築けるかって話だ。実際、それで失敗したのが中学時代の櫛田さんだろう?
率直的な態度は、相手により強い影響を齎す。それは効果的な一方で諸刃の剣だ。しかし、互いにそれを受け止めることができれば、これ以上ないほどに強固となる。
俺たちはそれを目指さなければならない。甘美な日常に浸り成長を怠れば、待っているのは地獄だ」
そう。二、三年生からは少なからず退学者が出ているのだ。
単純に足切りラインに手が届かなかった結果なら、努力不足の一言で済む。
だが、仮に退学を強制される試験でもあれば、影響力の低い者から落とされる。どれだけ実力があったところで、それを示していないのなら、そんなものは無いも同然だからだ。
「言わんとすることは分かるわ。何せ、ここは『高度育成』高等学校だからね。安易な考えで臨むと足元を掬われるって話でしょ?
いいわ。私はルームシェアに賛成。……正直、私は朝の北郷くんの行動がなければ、Sシステムの絡繰りに気付くことはできなかった。ここに入学が叶った時点で、従来よりも大きな夢を描くようになったのよ。今更、それが叶わなくなるなんて我慢ができない。そのために必要とあらば、異性との共同生活だって送ってやるわよ」
「そうですね。私も希望進路への推薦を受けられると思えばこそ、この学校を受験しましたから。今更、それが叶わなくなるなんて御免です。異郷の地で、家族と別れてまで独り暮らしをするからには、生半な覚悟じゃないんですよ。
だけど、私一人ではできることも限られてます。なので北郷くん。試練を乗り越えた王として、私を導いてください。私もまた、助力を惜しみません」
「あたしもオーケー。てか、北郷くんへの寄生宣言してるからね。ここで拒否るようじゃ、寄生なんてできないっしょ」
「私も乗ります。怖いのは確かだけど、ここで怖気づくようじゃ、いつまで経っても本当の友だちなんてできないから……」
「私も乗った。愚痴を吐ける場所の確保にも繋がるし、ウザったい誘いからの逃げ場所にもなる」
共同生活に対しては、先に女性陣の方が賛意を示した。……いやはや、度胸がありすぎである。やはり、世界が違おうと女性は強いということか。
「オレも乗ろう。共同生活というものに興味がある」
そして綾小路が。
「えぇい! 分かった、俺も乗ってやる! 自炊とかに自信が無いのは確かだからな。だが、俺が提供できるのは勉強を見てやることくらいだぞ?」
最後に、悩みつつも幸村が。
「なるほど。確かに共同生活を送る上で何が必要なのか、それぞれに何ができるのか、というのは重要だね。……まあ、大まかに分けると、調理、洗濯、掃除は必須だよね?」
「学習も欠かせないでしょ。運動面と学力面の両方で」
「あとは情報収集に、集められた情報の精査、PP稼ぎとかが挙げられるでしょうか?
先生は高額商品の質問に二千万を挙げてましたし、私たち自身、条件付きとはいえポンと百万を渡されたばかりです。おそらく、PPを稼ぐ手段は思いの外多い筈です。パッと思いつくのは賭け事でしょうか……」
「賭博!? ありなのか、それは……」
「ありなんじゃないか? オレはよく知らないが、例えば友人同士で遊んだ際、カードゲームでも格闘ゲームでも何でもいいが、敗者にちょっとした命令をする、なんてのはよくあるんだろう?」
「まあ、言っても子供だからね。精々、最下位がトップに缶ジュースの一本でも奢るだとかそれ位だったけど。……ああ、そういうことか。無理矢理ポイントを奪えばカツアゲだけど、両者合意の上でならば譲渡になるわけね」
「だろうね。正直、俺は創部に関してポイント契約を例題に挙げたけど、現物支給でも構わないかなと思ってる。
仮にモデルを務め、報酬としてその時に着た服を貰えるのなら、それはそれで十分にありだ。ファッションに対する熱意や興味は人それぞれだろうけど、それでもどうしたって必要になるのが衣服だからね。結果としてはポイントの節約に繋がる」
話しながら歩いているうち、学生寮に着いた。早速受付から個室の鍵を受け取り、ついでだからパーティールームについても訊ねる。
それによると、共通してプライベートの確保と寝室を兼ねて内鍵付きの個室があり、リビング、ダイニング&キッチン、トイレ、バスルームが完備されているらしい。
また、部屋のランクによって内装や設備の規模も異なってくる。例を挙げると、部屋のランクが上がればカラオケルームや書斎がついてくる。カラオケはネット接続により収録曲が毎月更新され、書斎には最初からある程度の本が収納されている。
当然、ランクが上がるにつれて部屋も広くなり、レンタル費用や購入費用も上昇する。最高ランクともなれば、最上階層のワンフロアを丸々使っているようだ。
「これはどうかな? 中ランクで購入費用は700万。全員で折半すれば出せなくはない」
「確かにそうだけど、高くない? 最初からそんなに無駄遣いする必要ある? 私たちDクラスなんだし、推測通りなら収入に期待はできないよ?」
「だからこそな面もある。そもそもにして、俺たちは大金の扱いになれていない。所持しているだけで、挙動が不審になりかねない。そうなれば、疑問に思う奴だって現れるだろう。
それならば、いっそのこと最初にドカンと使ってしまうのも一つの手だ。これならば、購入後の手持ちは他の生徒と大差ない。
それに、万一ペナルティを食らってしまえば、どれだけポイントを持っていても没収されてしまうからね。部屋の購入に使っておけば、仮にポイントが無くなっても、暮らしぶりはまだ楽になると思うんだ」
「あ~、否定はできないかな。池くんとか山内くんとか、うちのクラスにはデリカシーの無さそうな生徒も多そうだったし。そうでなくても友だち付き合いしてれば、所持ポイントを覗かれる可能性もゼロではないし……」
俺の言葉に対し、櫛田さんと松下さんが苦い表情で頷いた。交流面で何らかの心当たりがあるのだろう。
「取り敢えず、最初に個室の方を確認してみませんか? その結果を判断材料に加えた方がまだ建設的です」
王さんの言葉は尤もであり、俺たちは一先ず与えられた個室へと向かうことにした。
綾小路、俺、幸村の部屋を確認したが、内装に大した違いはなかった。部屋の位置によって窓の配置とかが違う程度だ。
それぞれの部屋に荷物を置き、次に女子の部屋に向かったが、やはり大差はない。未だ使い始めてもいないため無機質なままだ。
「……うん。部屋、買おう」
取り敢えず俺の部屋に集まって相談することにしたが、開口一番に櫛田さんが言った。
「いやね、個室も悪くはないのよ。ざっと見た感じ、必要最低限の物は一通り揃ってる。普通に独り暮らしすることを考えたら、むしろ上等な部類だと思う。
だけど、これから細々とした物を買い集めて自分色に染めていくことを考えれば、あり寄りの無しだわ。毎月十万が与えられるなら然程気にはならないと思うけど、そうじゃない場合が痛い。
独り暮らしをするに当たって、家で最低限の予行練習はしてきたけど、唯一にして絶対の違いがあった。用意された部屋は、私の慣れ親しんだ空間じゃない。部屋の纏う空気が違う。ホッとしない。……旅行とかの短期的な利用ならまだしも、長期的な利用の場合、絶対に耐えられない部分が目に付いてくる。
それに加えて、節約のために自炊して、洗濯して、お風呂洗って、勉強して、それでもクラスメイトに足を引っ張られてってなれば、絶対に精神を病むわ。私自身、結構最低な本性をしてると思うけど、それを差し引いてもそう思う。
私、周りからチヤホヤされるのが大好きなの。それでいて、自分のことを最優だとは決して思ってないけど優秀だとは思ってる。だけど、どうしたってトップにはなれない。だから、周りに優しく接することで称賛を集めることを選んだ。ただね、自分で選んだ選択とはいえ、馬鹿に付き合うとストレスが溜まるのよ。結局、中学時代はそれで失敗した。
なら、ストレスを溜めること自体を最小限にしつつ、ストレス解消の窓口を増やせばいい。
普通にカラオケショップで歌えばお金がかかるけど、部屋の設備を使う分にはタダだし。本に関しても同じことが言える。たとえお気に入りのタイトルがないにせよ、本の種類が多いなら、それだけ暇潰しや気分転換の一助にはなる。
一緒に生活する人数が多いなら、今挙げた事柄も分担できるから、それだけ余裕ができるしね。もちろん、愚痴を吐く相手にもなってもらうけど。
こう考えると、購入以外にあり得ないわ」
目を爛々と輝かせ、櫛田さんが言った。
「……なるほど。きっと、櫛田さんは馬鹿の相手をするのが我慢ならないタイプなんだな。自他共に厳しいタイプと言い換えることもできるだろう。覇王の気質だ。
儀礼を尊重しがちな日本の現代社会では、その気質は受け入れられにくい。そしてそれを、無意識下で本人が理解している。だが、あくまでも無意識下であり、自覚には至っていない。その齟齬が、中学の一件に繋がったんだろうな。
本人は自分の選択を逃げと思っているのかもしれないが、まずその時点で間違いだ。だって、この入試成績によると水準以上の点数は取っている。きちんと勉強もしていた証明だ。本当に逃げたのなら、ここまでの点数は取れない」
本人も自覚していない些細なすれ違い。小さな不幸が大きな不幸を呼ぶことに繋がった。櫛田さんの一件は、そう捉えることもできるのだ。
もちろん、俺は櫛田さんの過去を克明に知っているわけではない。しかし、本人の言葉を聞く限り、そう捉えることもできるのだ。
「櫛田さんは自分のことを『優秀』だと認めている。自負している。言い換えれば、トップになれないことを認めた上で一定以上の満足感を持ってはいるんだ。
それで、ここからは推測になるけど、当時の櫛田さんは自身のコミュニケーション能力に納得がいってなかったんじゃないかな? だから、コミュニケーション能力を鍛えるための行動に移った。そうでもなきゃ、万人に親身に接するなんて苦行、実行するとは思えない。実行しようとしても、必ずどこかで壁を作るのがオチだ。本心からそんな真似をするような奴がいるとすれば、それこそ正真正銘の『善人』や『聖人』だろう。
だが、櫛田さんは違う。だから多大なストレスを負った。それは当然の理だ。本心では相手を見下しているのなら尚更だろう。そこに学習面での研鑽も怠らなければ、耐えきれなくなって潰れるのは自明の理だ。誰にだって限界はあるんだからね。
少しばかりの失敗であれば、櫛田さんはきっとその結果に対し、満足はせずとも納得はしていただろう。けれど、盛大な失敗だったからこそ、自分に厳しい櫛田さんは納得しきれなかった。だから、高校に入ってまでやり直しをしようとしている。自らが納得できる範囲の結果を求めようとしている。……その自覚がないままに。
ただ、やはり無意識下では理解しているんだ。だから、失敗した原因を追究した上で対策を取った。万人に親身に接しないことへの尤もな理由を用意した。それが、俺たちに過去を暴露する行為だ。そんな理由があると聞かされれば、相手が余程の人格破綻者でもない限り、愚痴を吐こうが尊大な態度を取ろうが受け入れてくれる可能性が高いからね。
そして、だから共同生活に乗り気になっている。その方が時間に追われる可能性が減るからだ。少なくとも、役割分担をすることで家事の手間が減るのは確かだろう?」
俺の言葉に櫛田さんは目を点にし、他の面々は納得したように頷いている。
自分のことを一番分かっているのは自分である。その考えを否定する気はない。
しかし、自分の視界に自分が映らないのも事実だ。精々、鏡越しに見るしかない。ならば、自分では確認できない箇所が生じて然りだ。
俺の解釈を絶対だというつもりはない。あくまでも、こういう考え方もある、というのを示したに過ぎない。それを櫛田さんがどう受け取ろうとも、櫛田さんの自由だ。それでも、せめて多少なりと櫛田さんの心に安らぎが訪れることを願わずにはいられない。
いい機会だから、俺はこの機に学校生活に対する考えを述べることにした。
「ここでの学校生活を送るに当たり、一番重要なのは意識改革だと俺は思っている。
働くことを考える際、俺たちは雇う側ではなく雇われる側の立場で考えると思う。それは間違いではないし、それが一般人ってもんだ。
だが、この学校が生徒に求めているのは違うんだろう。俺たちに対し、雇われる側ではなく雇う側の立場で考えることを、行動することを求めている。
契約により、俺たちは百万ポイントを手に入れた。百万ともなれば、一般人にとっては大金だ。普通に考えて、入学したばかりの高校生に渡すとは思えない。そのための契約ではあるんだろうが、渡されたという事実があるのは確かだ。
どうしたって、その理由を深掘りせずにはいられなかった。そして、上流階級や運営側にとってはどうだろうか? と思い至った。極々一般的なんじゃないか? と俺は考えたが、皆はどう思う?」
「かも、しれないな。確証はないが……」
俺の問いかけに、幸村を始め消極的な同意が続く。実際にその立場に立ったことがないのだから、確かなことなど分かる筈がない。だが、テレビ番組なり何なりを見ていると、そう思わずにはいられない部分があるのは確かだ。
バラエティー番組がいい例だろう。一つの料理に数千円や数万円を払うなど、庶民の立場では考えられない。いくら番組の企画とはいえ、度々そんなことをしていれば、あっという間にお金は無くなる。
「敢えて大金を渡すことでそのことを意識させ、徐々に適応させる。理に適ってはいるが、現金で試すのはリスクが大きい。しかし、試すだけの価値はある。その結果が、この陸の孤島だと考えれば筋は通るんだ。
敷地内においては1ポイントが1円の価値を持っているが、実際のポイントにはそれだけの価値などないだろう。あくまでも、この敷地内だからこそ通じるシステム。しかし、だからこそ大金の扱いに対する予行練習には持って来いだ。
そして、次第に一般庶民としての感覚を麻痺させ、卒業した頃合いには自然と雇う側でものを考えられるように意識改革を促し、ついてこられない者はその過程で自然と淘汰される。……おそらくは、これがSシステムの根底思想なんだと思う。
うちのクラスには高円寺がいるだろう? 日本有数の資産家である『高円寺コンツェルン』の跡取り息子。極論を言えば、これ以上ないほどアイツに適合したシステムであり、アイツのような考え方をすることを求められているってわけだ」
「あの唯我独尊の体現者のような男の考え方をか?」
「アイツの振る舞いを忌避するのは分からないでもない。俺自身、どうかと思う部分があるのは否定できないしな。だけど、アイツは自分の定めたルールに対しては厳格だ。自己紹介でもその旨を言っていた」
「そういえば、そんなことを言ってたっけ。ええと、『私が不愉快と感じる行為を行った者には、容赦なく制裁を加えていくことになるだろう』……だっけ?」
「うん、そうだね。その前にも、『高円寺コンツェルンの一人息子にして、いずれはこの日本社会を背負って立つ人間となる男だ』……とも言っていたね」
「確かに、何様だ! と思わなくもないけど、これが立場の違いって言われれば頷くしかないね。この時点でただ一人だけ、既に雇う側の立場でモノを考えている。それが私たちの眼には異端に映る」
場の空気がどんよりと沈んだ。
「理解はできるが、納得はしたくないな。
ともあれ。だからデカい買い物をして、大量のポイント行使に慣れておこうってことか?」
「まあ、そういうことだな。貯蓄は確かに大切だ。しかし、後生大事にしまい込んで、結局使わなかったら意味がない。……RPGのエリクサーとかそんなもんだ」
「ああ、分かる分かる。入手機会が限定的で、それでいて効果が高いもんだから、使うのは勿体ない! って思っちゃうのよね。消耗品だから尚更」
俺の挙げた例に食いついたのは、女子の櫛田さんだった。普通に考えた場合、真っ先に食いつくであろう立場である男子の綾小路と幸村は、困惑した表情を浮かべていた。
もしかしたらとは思ったが、綾小路と幸村は有名なRPGの知識にも疎いらしい。それだけ厳格な環境下で育ったということだろうか?
「それに、アイツならではの攻略方法があるのは事実だ。それを使えば、Aクラスでの卒業も容易だろう」
「そんなものがあるのか!?」
「ある。卒業していく先輩からポイントを貰うことさ。特にB~Dクラスの生徒が狙い目だな。高円寺コンツェルンともなれば、その影響力は幅広い。その後押しを得ることが叶うなら、学校に頼らずとも推薦を得ることは可能だろうし、系列会社への就職を世話することだってできるだろう。単純にポイントと現金の交換だってありだ。
それが実際に果たされるかは分からない。単なる口約束で終わる可能性もある。だが、大衆が高円寺コンツェルンに抱くイメージが、その信用が、ポイント譲渡への後押しをする可能性は高いだろう。
塵も積もれば山となる。そうして積もったポイントで、Aクラスへの移籍権を購入すればいいだけだ」
「そんな方法が……。確かに、その方法はアイツくらいでないと実行はできないだろう」
悔しそうに幸村は言った。この方法は、個人の能力ではなく、持って生まれた資本力での勝負となる。勝負をする上での、そもそもの土台が違うのだ。素直に納得できないのも無理はない。
「邪道と言えば邪道だが、世の中は正道だけで成り立っているわけではないからな。それに、アイツがこの方法に気付かなければ無意味な仮定でもある。
その一方で、この方法がある以上、どれだけ能力があろうと高円寺に期待はできない。アイツの琴線に引っ掛かるだけの振る舞いをすれば協力してくれる可能性もあるが、その基準は高いだろう。
誰だって楽に過ごせる方法があるのなら楽に過ごしたいものだし、アイツがこの方法を取ったとて、使えるモノを使っただけに過ぎないのだから、これでアイツを責めるのもお門違いだ。
学校側は素直に認め難いかもしれないが、こういった方法を想定して手を打っていなかった学校側の落ち度でしかない。
どれだけ傲岸な振る舞いをしようと、それが明確な犯罪でないのなら、許容せざるを得ないのが現代社会というものだ。それが我慢ならないのなら、自分もまたそうあれるだけの能力を示し、それで以て世の中を変えるしかない。その結果が良いことか悪いことなのかは、人によって判断が分かれるだろうけどね」
勝者と敗者。成功者と失敗者。挑戦者と逃亡者。どれだけ平等を謳おうと、必ずどこかで差が生じる。それが世の理であり、それで世の中は成り立っている。
向こうの世界での経験と体験。それによるフィードバックがあるから、こうも気が回るし冷静でいられるが、それがなければ、俺もまた大多数と同じようにのほほんと過ごしていただろう。或いは、この学校への入学すら叶わなかったかもしれない。
それを卑怯だと思う自分がいないではないが、悪びれない自分がいるのも事実。結局はそんなもの。数多の矛盾を抱えた上で折り合いを付け生きていくのが、人間という生き物であり人生だ。
「軽井沢さんはイジメられないことを第一にして過ごすと言った。そのために俺に寄生するとも。それを否定はしない。
だけど、それにかまけて己が研鑽を怠れば、退学となる可能性は否めない。退学者に対する世間の目は厳しい。理解を示す者もいるだろうけど、退学という一字を以てのみ判断し、見下す者だって必ず現れる。そんな奴がどういう態度を取るかなど、一々口にするまでもない。それが嫌なら研鑽を積むしかなく、それは学校の方針とも合致している。
そう、早い話、根本的な対策は単純明快だ。誰かのセリフじゃなけど想像すれば良い。目標を、実現への過程を、その障害を。
俺は歴史に名を遺すことを目標にしている。だけど、簡単なことではないし、俺個人でできることでもない。だからこそ、人脈構築にも手を抜くつもりはない。そして、その第一歩として俺は君たちを選んだ。
自覚の有無や目的の違いはあれ、君たちもまた俺を選んだ。
故に、この選択を誇れるように、互いに研鑽していきたいと俺は思う」
「まったく。大言壮語と笑い飛ばせればいいんだが、どうやら俺はお前にアテられてしまったらしい。こんなのは俺のキャラじゃないんだがな……。
お前の言うことは一々御尤もなんだよ。俺は学力を重視し、それで人を判断する傾向があるが、それが絶対に正しいわけではないことも頭では理解しているんだ。それが正しいのなら学校の授業に体育なんてあるわけがなく、プロのスポーツ選手が存在する余地もありはしないからな。
ただ、幼い頃に母親が出ていったため、俺は父親に男手一つで育てられたんだ。必然として苦労を掛けたが、そんな父親から『学生の本文は勉強だ』と幼い頃から教え込まれて育てば、否定するのも難しい。一面の事実であることに間違いはないからな。
だから、俺は学力を第一に考えるし、それを基に接する態度を決める。それで構わないのであれば、部屋の購入に否はない」
幸村が。
「オレも構わんぞ。帰り道でも言ったが、共同生活というものに興味があるからな。付け加えると、関係性というものにも興味を抱いた。
オレはある種の諦観と共にこの学校に来た。お前たちと共に生活することでこの考えが変わるのか、諦観を払拭させることができるのか。
仮に、希望というモノを抱けるのであれば、オレもまた変われるのかもしれない。……いや、正直に言おう。お前たちの手で、オレを変わらせてくれ」
綾小路が。
そして女性陣からも、部屋の購入に、共同生活に、否の声は出なかった。
こうして、入学初日に大金を得た俺たちは、早々にその大半を使い切った。
この選択が吉と出るか、それとも凶となるか。それはまだ、現時点では分からないことだった。
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