「まあ、考えてみればおかしくはないんだよな……」
リビングに戻ってきて一息吐き、ポツリと零した瞬間、一斉に視線が寄せられた。
「神崎についてはともかく、龍園は雪蓮が目を掛けていたそうだからな。その時点で何かあっても不思議はない。たとえ本人ですら目を掛けている理由に見当が付かなくても、雪蓮なら『勘』の一言で済ませるだろう」
「ああ……。そう言われちまえば、俺としても同意せざるを得ねえな。あの女の勘はおかしすぎる」
「雪蓮様の勘ですか……。どれだけの矛盾があっても、その一言で納得してしまうのだから不思議なものです」
俺の言葉を受け、実際に雪蓮を知る龍園と美雨がしみじみと頷いた。
「まあ、細かいことはどうでもいい。これで、あの女を屈服させるのに一歩近づいたわけだからな」
「言っとくが、雪蓮も気功を使えるからな。付け加えるとバーサーカー気質がある。相手が強ければ強いほど燃え上がるタチだ」
「……道はまだまだ遠いぜ」
俺の指摘により一瞬でテンションを下げた龍園は、明後日の方向を見つめてアンニュイに呟いた。
「ところで、神崎くんと龍園くんも気功を発現したわけなんだけど、一刀くんと同じことを期待してもいいのかな? 主にケアの方面で」
「正直に言って分かりません。俺の気が呼び水となって発現した以上、二人とも大元の属性は俺と親和性が高いんだと思います。……が、神崎はともかく、龍園とケアって結び付きますか?」
俺の言葉で一斉に龍園へと視線が向く。
「龍園くんには申し訳ないけど、そんな感じじゃないかな。どっちかって言えば『支配』って感じだし……」
「ああ、言い得て妙ですね。そういう意味で、龍園は俺と親和性が高いのかもしれません。俺の場合、見方を変えれば快楽や快感で女性を支配しているわけですし……。言ってみれば『支配属性』で共通しているのかもしれません。
龍園は他者を屈服させることに愉しみを見出してますし、食指の動いた対象に限定するなら効果はあるかもしれませんね。言葉にするなら、『気に入った! 俺に従え!』って感じですかね?
問題があるとすれば、龍園がそんな弱った相手に対して食指を働かせるか? ってことでしょうかね。むしろ、健常者に対してこそ効果を発揮しそうです」
「……ああ、なるほど。そういう考え方もできるのか。確かに、そう言われれば納得かも……。
でも、じゃあ神崎くんは? 彼の場合、どう見ても『支配』って感じじゃないし。かといって、一刀くんのような女好きって感じでもないし……」
今度は神崎へと視線が向かった。
だが、如何せんこの場には神崎をよく知る人物は限られていた。結果、神崎への視線はそのままBクラス関係者へとスライドする。
「う~ん、特には思い浮かばないかな~。そもそも、気功に関してからよく分かんない部分が多いから……」
「ですよね。フィクション的な知識から意見を言うことはできますけど、どこまで合っているかも分かりませんし……」
帆波と千尋は首を横に振る。まあ、それも無理はないだろう。
「これは私見ですが――」
そんな折、有栖が口を開いた。何か意見があるらしい。
「――神崎くんは、龍園くんほどには一刀くんの気の影響を受けなかったように思います。呼び水となったのは間違いないですし、親和性があるのも確かでしょうが、その度合いは龍園くんに比べると一段落ちるのではないでしょうか?
そうですね、『支配』の一段下ということで、『要請』や『同調』と考えるのは如何でしょうか? 同調圧力といった言葉もありますし、『何かをさせる』という点で考えれば共通項があります。ただ、その本質は相手の同意ありきと考えれば、そう的外れでもないかと……。」
「強制させることもできなくはないが、本領を発揮するには相手の同意あってということか……。確かに、その可能性はありそうだな」
まあ、現時点では想像に過ぎないが、頭から否定することもできなかった。
とはいえ、気功に関しては分からないことの方が多いのだから、この想像が合っている保証もない。
「副顧問として、一刀くんと神崎くんに命令させてもらいます。神崎くんは一日でも早く今以上に気功を習得してください。一刀くんはその補佐を。推測通りでケア役が増えるのなら、こちらとしてもありがたい限りです」
「おいおい、ヒデエな先生よ。俺にはケア役を求めねえのか?」
「求めないとも限りませんが、少なくとも神崎くんほどの早急性は認めませんね。少なくとも、ケア方面に関しては期待ができません」
からかい気味に龍園が問えば、知恵はバッサリと両断した。
「ところで先生。地下室の鍵ですが、私と清隆くんも許可を頂くことはできませんかね?
正直、問題児というなら私と清隆くんもかなりの問題児だと思いますよ。何せ、大多数の人間を駒としか見れませんから。人間に感情があることを承知の上で、それを『どうでもいい』と感じてしまうタイプの人間なんですよ、私と清隆くんは。
私の場合は、自由に歩き回れないが故に戦略ゲームにのめり込んだ影響ですね。……まあ、歩けないが故の自暴自棄もあったのだとは思いますが。
ただ、CPUやAI相手なら問題はありませんが、生きた人間相手だと致命的です。結局のところ、私たちが相手をするのは生きた人間であるわけですからね。
清隆くんはその教育方針故ですね。政府の手が掛かった、こことは別の形式で実力者を輩出する施設。『天才の量産』を掲げて運営される施設。通称を『ホワイトルーム』。……清隆くんはその施設の出です。
曲がりなりにも『学校』という体裁を取っているこことは違い、件の施設は非合法が罷り通っています。『人権とは何ぞや?』な面があるのは否めません。表沙汰になれば間違いなく叩かれるでしょう。
そこの運営者が清隆くんの父親です。名を綾小路篤臣。元政治家であり、政財界や裏社会とも深い繋がりを持ち、彼を慕う人間も多いです。そのため、日本国内であればほぼすべての場所に手を回せるほどの権力を有しています。
ですが、その性質は傲慢の極みです。自分を絶対視するが故に他人を『道具』としか見ない。もっとも、だからこそ、そこに惹かれる人物も一定数いるようですね。大半はその本性を知らないが故でしょうが……。
そんな人物の息子が清隆くんで、育った環境が環境です。歪むのが当然と言えるでしょう。
私は自由に歩けるようになったことで、清隆くんは一刀くんの影響を受けることで脱却しつつありますが、正直に言えばまだまだです。
その解決方法として一番手っ取り早いのは、『生の感情』のぶつけ合いなんですよ。有体に言えばセックスです。ここの地下は随分と道具が揃っていましたからね。その分だけ色々と捗るでしょう」
そんな中で、有栖が知恵に直談判していた。……何だかんだと言っているが、有栖にとって重要なのは一番最後だけだろう。
とはいえ、その理由を聞けば頷けないわけではない。
「ちょっと待て、坂柳。たまたま名字が一致しているだけだと思っていたが、綾小路は綾小路先生の息子なのか? ――というか、本当に綾小路先生がそんな非道な真似をしているのか?
俺は以前に綾小路先生と会った際、『助ける力を持ってないのなら、逃げるのも無視するのも良いだろう。しかし、力を持っていながら使わないのは愚か者のすることだ』……との言葉をもらっている。その言葉に感銘を受け、以来ずっと尊敬してきたんだ。俄かには信じられん」
だが、知恵が言葉を返す前に、横から神崎が口を挿んだ。
「あら? おかしなことを言いますね、神崎くん。私は今の説明の中でキチンと言った筈ですよ。大半はその本性を知らないが故でしょうが……と。
あなたのようにリップサービスに踊らされた人間が、彼の信奉者の大半なんですよ。他ならぬあなた自身が、その証明者です。
それに、その言葉に嘘はありませんよ。使い方に問題はありますが、彼は確かに持っている力を使っているのですから。たとえその過程で何人もの子供が精神崩壊を引き起こしていたとしても、ホワイトルームの運営が『持っている力を使っている』ことを指すのは事実ですからね」
「そんな……」
思いもよらぬ事実を知ってか、神崎は打ちひしがれた。
だが、否定したくとも否定しきれないのだろう。有栖の説明に筋は通っているし、清隆が高い実力を有しているのは事実なのだから。
神崎が清隆の父を信じれば信じるほど、言葉の裏を考えた場合には、有栖の言葉の信憑性が高まってしまう。
かといって、耳を塞いで知らぬ振りを通すなら、それは実力者に相応しい振る舞いではない。そんな真似をしてしまえば、神崎は自分の決意を早々と崩すことになってしまうのだ。
「綾小路……」
神崎は、まるで縋るかの如く、清隆に弱々しい視線を向ける。
「神崎にはトドメを刺すようで悪いと思うが、施設における俺への呼称は『最高傑作』だ。……分かるだろう? あの男にとっては、実の息子であるオレですら自身の理論の正統性を証明するための道具であり作品でしかないのさ。
もっとも、オレ自身もあの男のことを父親だなどと思ったことはないが……」
まるで『悪い』とは思ってない口調と声音で、清隆は淡々と語った。
そして、尊敬する相手の、実の息子からの認識を口に出されれば、神崎は耐えられなくなったらしい。
「すみません。ちょっと、今日のところは帰らせてもらいます。一人で、ゆっくりと考えたいですから……」
どうにか、といった態でそれだけを絞り出した神崎は、若干フラフラとした足取りで家を出ていった。
『神崎くん……』
クラスメイトと元クラスメイト、そして担任教師ということもあってだろう、帆波と千尋と知恵が心配げに神崎の名前を呟いた。
「美雨」
「かしこまりました」
俺が美雨の名を呼べば、意図を察した彼女は部屋を出ていった。神崎の後を追っていったのである。流石に、あの状態の神崎を放置するのもどうかと思うしな。
かといって、当の神崎を追い詰めた有栖と清隆のいる場では、心が休まる筈もない。
一人で考えたからといって結論が出る可能性は低く、むしろドツボにハマる可能性の方が高そうではあるが、この場に置いておくよりはいい筈だ。
「取り敢えず、美雨に神崎を追ってもらった。何かあれば連絡が入るだろう」
俺の言葉に、この場の多くがホッとしたように息を吐く。
「はぁ……。坂柳さんの言いたいことは理解しました。ある意味で、途中まではやってることが一刀くんと一緒なんだけど、決定的な違いとしてアフターケアを考慮しないわけね……」
深々と溜息を吐いた知恵は、頭を押さえてそう言った。
有栖と清隆の言葉は、厳しくはあったが神崎のためにもなる言葉だった。それは間違いない。
だがその一方で、神崎に対する配慮が著しく欠けているのも確かだ。その言葉を聞けば神崎が傷つくのは分かり切っていたにも拘らず、そこについては何のフォローもしていない。
そこが、俺との決定的な違いだろう。
少なくとも、俺であれば神崎レベルの相手にはフォローを入れる。入れられる状況を作ってから事を起こす。
それが不可能なら、せめてその場はお茶を濁す。そうして、予め神崎に覚悟を促しておく。
「ある意味ではこの上ないほどに実力者に相応しい態度なんだけど、それで期待の生徒を潰されるのもねえ……」
それで潰れるならそれまでだ、と冷徹な判断をすることもできなくはないが、如何せん俺たちは未成年の子供なのだ。この時点で覚悟がガン決まってる方が逆におかしい。
「はぁ……。分かりました。許可を出しますから、もう好きなだけイチャコラしてください。
あなたたちの場合、大多数と触れ合わせる方が逆に危険です。普段から遠慮斟酌の無い言葉を繰り出されては、傷つく生徒の方が増えるだけです。
むしろ、私がこのように判断せざるを得ないようにするため、坂柳さんは神崎くんを当て馬にしたでしょ?」
「あ、バレました?」
ペロッと舌を出して有栖が言った。それだけなら可愛らしいのだが、先ほどの神崎への仕打ちを鑑みれば、何と言うか、もにょる。
「バレないわけがないでしょ。一般的なコミュニケーションは十分に可能、というのが学校側があなたに下した判断なわけだし。
それであれは道理が合わない。だとすると、そこには何かしらの思惑があって然るべき。つまりは、それこそがあの部屋への自由な入室の許可。
そう、あなたは神崎くんを当て馬にすることで、大多数の生徒を人質に取った。神崎くんレベルの人物でさえ簡単にやり込められる様を目にすれば、こちらも否応なく危機感を刺激されるしね。
その一方で、神崎くんへの言葉を咎めることもできないわ。だって、ここは『実力向上探究部』なんだもの。『高度育成高等学校』の一部にして、本校舎以上にグレーやブラックな内容が飛び交う場所。そこに入部を志願した時点で、彼には実力の向上に取り組む責務と覚悟があることになる。
あの言葉だって、言ってみれば彼が気付いていなかった点を指摘したに過ぎない。それは決して悪いことじゃない。
一方で、私はそうと悟りつつも、その脅しに屈服して許可を出すことを選択した。現在は自主的に入室できないだけで、入室自体は可能なんだしね。入室許可を出すだけで大多数の生徒が救われるんなら、個人的には安いものだわ。
面倒なので、もういっそのこと初期部員には全員に入室許可を出します。脅しに屈服した前例を作ってしまった以上、二度目や三度目がないとも限らないしね。正直、一々それを相手取るのは面倒なことこの上ないわ」
こうして、有栖のファインプレー? の甲斐もあって、初期部員は全員がSMルームへの入室許可を得ることに成功したのだった。……まあ、端末への紐づけやら何やらとあるので、即座にというわけではないのだが。
そして全員が、結果的には身体を張ってこの部活の活動内容を示すこととなった神崎に対し、合掌するのであった。
神崎は精神的ダメージを受けた! の回です。
そりゃあ、こんなブラックとグレーの行きかう場所に清隆、神崎、有栖の三人が揃ったら、篤臣に関する話題だって出ます。
有栖としてはSMルームへの自由入室許可を得るのが第一ですが、篤臣に対する神崎の盲信を否定するのも狙いなら、この場の面子に対して『外部からの干渉』を示唆するのも狙いです。
実際に部室の建造には外部からの手が入っていますので、それを否定はできません。
それでいうならショップとかの施設もそうなんですが、ああいうのは日常的過ぎて中々そこまで考えが回りません。
その点、高校生にとってSMグッズなんかは非日常そのものです。
外部からの干渉に思考が回る土壌になりますし、それが必ずしも自分たちにとって『友好的な干渉』にならない可能性を示唆するのにも十分な効果を持ちます。
また、この学校自体が『騙し討ちのオンパレード』なくせして日本政府の運営ですから、他にそういう施設が無いとも言い切れないわけです。
清隆がそこの出だということも、脱走してきたということも、清隆のスペックを鑑みれば完全否定もできません。
それもまた『外部からの干渉』を示唆する要因になります。
もっとも、気付く奴だけ気付けばいい、というのが有栖の判断です。
所詮、この『陸の孤島』ではできることにも限りがありますので。
また、清隆が実力を発揮している現状においては、ホワイトルームも様子見をする可能性を否定できないのも一因です。
清隆を取り戻したいのは本当でしょうが、現在の清隆は未だ限定的ながら『持っている力を発揮している』状態であるのも事実なので。
現状を鑑みてホワイトルームがどちらに重きを置くかまでは、流石に判断が付きません。
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